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開発方針会議

 実業学校の校舎の一角、程式(ていしき)工房という名のゴーレム置き場兼自習室。

 アイナたち四人はテーブルを囲んで話し合いをしています。別グループが野獣狩りに行くと先生方も引率で不在になるので、残りのグループは自習になるのです。

 移動黒板にチョークで議題を書き終えたユートくんが、洗浄魔術で手を洗って椅子に座ります。達筆です。


「ねえ、開発方針ってどういうこと?」

 黒板に書かれた「第一回開発方針会議」という文字を見て、アイナが尋ねます。

「あの石製ゴーレムの使い道をどうするかってことだろ。いちいち気取るから分かりづれえ」

 カノンちゃんが部屋の片隅に置かれた石製ゴーレムに視線を向けて言います。ユートくんは全然気取っていないと思いますが。

「あのゴーレムのマナ器官、バランスが取れていて能力も高いから、自由度は高いな」

 先日のアイナが投影したマナ器官の紋様、コタロウくんはそれを思い出しているのでしょう。

「うん、コタロウくんの言う通りだ。そうした中でも、マナ(ラング)やマナ筋肉(マッスル)と比べて、マナ頭脳(ブレイン)の能力が相対的に高い。だから魔術程式の出来で、ゴーレムの性能は大きく左右されるはずだ」

 コタロウくんの発言を引き継いで、ユートくんが重々しく言います。この物言いは気取ってるわね。

 マナ器官というのは抽象的な概念で、例えです。マナを扱う(ラング)頭脳(ブレイン)筋肉(マッスル)が、実際に存在するわけではありません。でもマナ器官にはマナの入力、加工、出力にそれぞれ能力差があると、各種実験により明らかになっています。そこで人間の臓器に例えた三種のマナ器官を仮定して、程式を書く手法が定着しているのです。まあ、そんなことを意識しなくてもある程度の程式は書けて、一般の人たちは実際そうしているのですけどね。

「そっかあ。わたしずっと、お客さんや親方から言われる通りに程式を書いてたからなあ。自由でいいって言われるとかえって困るー」

 アイナは行儀悪くテーブルに突っ伏してぼやきます。だから、そろそろ程式工房のバイト経験だけでは通用しなくなります。しっかりなさい。

 そんなアイナを放っておいて、ユートくんはみんなそれぞれ案を出してくれと会議を進めます。

「私はゴーレムの開発方針を戦闘用途にしたい。世の中、防犯のニーズが高まっているからだ」

 自分が言い出したからと、ユートくんが最初に案を出します。

 これ、この実業学校の方針からするとそうみたいなんですよね。アワジマは立地的に犯罪が起こりづらいので参考にならないにしても、ヒイデキ親方の程式工房でもそのようなニーズは感じられません。でも授業内容が攻撃系の程式に偏っているのが、ン十年前に授業を受けた私にはよく分かります。

「世の中って、それ、ゴショが言ってるだけだろ」

「そんなことはないだろう。この街だってガラの悪い連中はいる」

「あー、あいつらな。まあ実行記録(ログ)程式があるから、やることはたかがしれてるぜ。ゴーレム使うのはもったいねえ」

「そうなのか。私も来たばかりでシノサカの事情には(うと)い。それでカノンくんの案はどうなんだ?」

 ユートくんはニジョ出身、この春から下宿して学校に通っているのだそうです。ただニジョはゴショのすぐ隣、ここシノサカで生まれ育ったカノンちゃんにはニジョもゴショも同じなのでしょう。

「わたしは力仕事用途だ。これがシノサカで一番、えっとなんだっけ、そうそう、ニーズのあるゴーレムだぜ」

「なるほど。ああ、書いたほうがいいな」

 カノンちゃん、嫌みで普段使わない言い回しをしたようですが、ユートくんは気にしません。立ち上がってチョークを手に、「戦闘用」、「力仕事用」と板書します。

「俺は水散布用途だ。理由は――」

「おっ、コタロウ、シノサカのニーズ、分かってるじゃねえか」

 ユートくんに視線を向けられ、コタロウくんも意見を言いました。

 カノンちゃんが(さえぎ)ってしまいましたが、理由は何なんでしょうね。私もアイナの行動範囲でしかシノサカの事情が分からないので、想像がつきません。

「コタロウくんも生活用途か。ただ力仕事はマナ出力中心の程式になる。水散布は持続性能が重要だろうから、マナ入力の程式が中心になるだろうな」

 ユートくんは「水散布用」と書きながら、ふたりの方向性が大きく異なることを指摘します。

「あとはアイナだぞ」

 カノンちゃんが、まだ突っ伏しているアイナの肩を揺らします。

「うーん、先生の評価が高くなるのはどういう方針なの?」

 アイナの質問に意表を突かれたのか、ほかの三人は目を合わせます。

「最初の演習は、メンバー全員の程式が入ってりゃいいって言ってたよな」

「一つの用途に合わせてと言ってたから、それなりに一貫性は必要だろ」

「ここは実業学校なのだから、最近のゴーレムの生産状況から見て戦闘用途だろう」

 最初のグループ演習の課題を、皆で思い出します。

 ユートくんの言ったゴーレムの用途の変遷については、授業で習いました。評価には関係ないと思いますが、演習のゴーレムはゴショに融通してもらっているはずですし、影響がないとは言い切れません。

「それなら、戦闘用途がいい」

 アイナはユートくんの話を聞いて、すぐ発言します。

「私と同じ意見なのはありがたくはあるが、アイナくんは社会に役立つものをつくりたいとか、昔からこういうものを作りたかったとか、何かゴーレムの開発について考えを持っていないのか」

 うんうん、ユートくんの指摘する通りです。

「わたしは優秀な魔術程式書家になれれば、それでいいの」

 しかしアイナはまったく(どう)じません。これはこれで自分の考えをしっかり持っている、とは言えるのかしら。

 ユートくんはそのアイナの発言に、見たこともない生物に遭遇したかのように表情がこわばります。何かつっこみはないのかとばかりにカノンちゃんに視線を送りましたが、カノンちゃんはすげなく首を振りました。

「ともかく全員の意見は出そろった。あのゴーレムはマナ頭脳(ブレイン)型で、戦闘用途はマナ加工が重要だから、相性はいいと思う。戦闘用途に決定したいが、それでいいか?」

 ユートくんはそう話をまとめて、カノンちゃんとコタロウくんを見ます。

「今回はいい」

「演習はまだ何回もある」

 と、ふたりとも合意しました。


「まだ時間あるぜ」

「分担も決めよー」

「そうだな」

「よし、次の議題は開発分担にしよう」

 ユートくん、(りち)()にこれまでの板書を消して、新たに「開発分担」と書きます。

「私はあのゴーレムの程式を全て書き直す必要があると考えているのだが、みんなの見立てはどうだろうか」

「賛成。マナの利用効率が悪いし、その割に程式の容量が大きいと思う」

「わざとだろうな」

 ユートくんの見立てにアイナとコタロウくんが続きます。

「え、本当かよ。わたし、わかんなかった。不味いな」

 カノンちゃんはみんなと印象が異なるようで、焦り出しました。私もそこまでひどい程式だとは思わないですけどね。

「それでその……、他意はないのだが、みんなの得意な魔術程式の分野、逆に苦手な分野はあるか?」

 いつも堂々としているユートくんが、珍しく遠慮がちに尋ねます。

「俺はみんなよりマナ入力系の程式は慣れてると思うぜ。フォクリックの民だからな」

 その理由が自分だと悟ったのか、コタロウくんがすぐに答えます。

「どうしてフォクリックの民だとそうなの?」

「アイナくん、不用意だ」

「いや、いいって」

 アイナの質問に、ユートくんとコタロウくんが相次ぎ反応しました。

 アイナはびっくりしています。

 カノンちゃんはじっと腕組みをして、話に入る気はなさそう。

 みんな青春してる感じ。こうして子どもたちは大人になっていくのね。

「フォクリック地域は、シガア地域はもちろん、このキンキイ地域よりずっとマナが薄いんだ、そうだ。俺は生まれてすぐ出たから、知らないけどな」

 コタロウくんの説明に、アイナは興味深そうに(うなず)きながら聞き入ります。

「そこをフォクリックの民は、オオカミとかタヌキとか野獣のマナ器官を自分たちに移植して、マナ肺活量を増やしながら(しの)いできた。程式もいろいろ工夫してきたんだ。親からは、そうしたマナ入力の程式をいろいろ教えてもらっている」

「だからコタロウくんはオオカミっぽいのね」

「かっこいいだろ」

「うん」

「はあ」

 ユートくん、緊張した面持ちでアイナとコタロウくんのやり取りを見守り、最後は深くため息を()きました。そして「コタロウくん 入力系」と板書します。

「じゃあ次。わたしはマナ出力の程式が得意だ。ずっと工夫しながら、力仕事のバイトをしてるし。まあ、あと、化粧の魔術程式も得意だけどよう」

 カノンちゃんがタイミングを見計らって発言します。終わりの話は、会議の雰囲気を気にして付け足したのかしら。

「カノン、この前は格好良かっ――」

「あー、では次は私から。得意不得意は別段ないつもりだ。ただ今回は基本程式を担当したいと思う。こうした演習でもないと、作る機会がないからな」

 アイナがまた空気を読まずに喋ろうとすると、ユートくんが強引に発言に割り込みました。このメンバーは、そこまで気を配らなくてもいいと思いますけどね。

 それにしてもユートくん、基本程式をやりたいというのは、気合いが入っています。動物は人間含めて魔術程式がなくても目や耳を働かせ、考え、活動します。しかしゴーレムはそうした基本行動についても、魔術程式を用意する必要があります。ただどの四つ足ゴーレムも必要な動作は似たようなもの、普通は出来合いの魔術程式をコピーして済ませるものなのです。

「勉強目的なのは分かるけど、基本程式を一から作る機会なんてあるのかよ」

 カノンちゃん、ユートくんの言うことやることにいちいち突っかかりますね。

「広場の噴水ゴーレムは、基本程式からつくってると思うよ」

「あー、そっか。アイナの部屋の、窓ゴーレムもそうだな」

「そうそう。街灯ゴーレムとかもね」

 アイナの指摘に、カノンちゃんもすぐに実例を思いつきます。噴水や窓や街灯用のゴーレムにも四つ足ゴーレムの基本程式を流用できますが、ゴーレムに必要なマナ器官が大きくなるし、機能も明らかに過剰で無駄です。

「わたし、ゴーレム向けはマナ加工の程式しか書いてない。でもみんなよりたくさん書いてると思う」

「それはそうだろうな。そもそも普通、ゴーレム向けに書く機会がない。具体的に、これまでに書いた程式の例を教えてはくれまいか」

 最後にアイナが発言すると、ユートくんが詳しい説明を(うなが)します。

 役割分担のためもあるのでしょうが、純粋に興味があるのでしょうね。初日のマナ(だま)の騒動が懐かしいです。

「えっと、力仕事なら荷車引きとか、水散布なら暑いときに道路にまくものなら作ったわ。戦闘用はないけど、お祭り用の花火打ち上げは近いかも。変わったものだと、お客さんをお迎えするための音楽を演奏するものとか、捕ってきたお魚を大きさごとにわけるものとか。大きなお魚はマナ器官を移植するの」

 アイナは程式工房の親方であるマコットさんと暮らしていたので、義務学校に入る前から程式に馴染んでいました。古くなったゴーレムをおもちゃ代わりに与えられて、自由に使わせてもらったりもしました。普通の家庭ではあり得ない、恵まれた環境です。

「世の中、不公平なもんだな」

 コタロウくんがぼそっと言います。それに対してアイナは黙っています。カノンちゃんが口を開こうとすると、腕を触って止めました。アイナに親がいないことは、コタロウくんとユートくんはまだ知りません。

「アワジマには、アイナのとこの工房しかなかったもんなあ」

 カノンちゃんが、恐らくは、感情を抑制した発言。

 それも、アイナが色々な程式を経験できた理由のひとつでしょうね。シノサカの街のように程式工房がいくつかあってそれぞれに得意不得意があると、仕事の依頼内容にも偏りが生じます。

「なるほど、それで娯楽用途の程式まで作成経験があるのか。さて、みんなの話、開発方針の前にヒアリングしておくべきだったが、うまく揃っているようだな」

 ユートくんはアイナの得意分野を書き終えると、チョークで汚れた指を洗浄します。

「最初はみんなの得意分野で勝負すればいいんじゃねえか」

「俺はいいが、加工はひとりじゃ大変だろ」

「点数もらえるなら頑張るよー」

 黒板のまとめを見ながら、カノンちゃん、コタロウくん、アイナがコメントします。

「加工は、手が空いた者から加わればいいのではないか。もっとも申し訳ないが、私は最後まで自分の担当分にかかりそうだ」

「ふん、それで」

「いいぜ」

「わかったー」

 ユートくんのまとめに、三人とも同意します。


「あとはゴーレムの名前か。Aから始まる名前、ア、『アテロシナス』はどうだ?」

 ユートくんが新たな議題を切り出しました。しかし、これは、これは。

「どうしてAから始めなきゃ、なんねえんだよ」

 カノンちゃん、ユートくんには隙あらば突っかかりますね。

「ゴーレムの名は、そういうものなのではないのか」

 ユートくんが意外そうにアイナを見つめます。

「お客さんに決めてもらう。付けない人も多いよ」

 首を振ってアイナは答えます。

「ご、『ゴーレムきつね』がいい」

 コタロウくん、そのまんまですね。

「コタロウ、お前、壊滅的にセンス無いな」

「それ、いいかも」

「アイナ、こんなのに乗っかるなよ」

 今日の議題で一番盛り上がってきました。しばらく終わりそうもありません。とても楽しそう。


 それにしてもユートくん、どうして知っているのでしょう。

 ゴショでも超一流の魔術程式書家だけが、代表作と自負するゴーレムにAからZへとアルフベ順に名前を付けていきます。これを知っている者はゴショでもそうはいないはず。ましてやニジョの人が知っているはずがありません。私みたいに御三家からのお忍び入学かしら。でも御三家にしてはマナ肺活量が少ないです。はてさて、どうなのでしょうか。

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