マナ器官
シノサカの街、その東の郊外。
田畑を抜け、木々の茂った山にさしかかったあたり。
体操服を着たアイナたち四人が、身体強化をかけて石製の四つ足ゴーレムを運んでいます。その後ろに続く先生ふたりもジャージ姿。アイナたちはグループ演習の一環として、ゴーレムにマナ器官を移植するため、野獣狩りにきています。狩りはグループごとに順に行い、アイナたちのグループが最初です。
ゴーレムは演習用に学校から各グループに貸与されたもので、最低限のマナ器官しか移植されていません。ですのでマナ肺活量が少なくて歩くのが遅く、こうして四人で運んでいるのです。ゴーレムの運搬もこれから行う狩りも先生に手伝ってもらうことはできるのですが、全て減点対象になります。よほどでもない限り、生徒たちは先生の力を借りないでしょう。無理をして、怪我などしないといいのですが。
四人ともマナ肺活量は十分で、マナをたっぷり使った身体強化魔術程式を実行して、重いゴーレムをものともしないで森の中を進みます。途中で無駄口も交わさなくなりました。黙々と運んでいて、なんだか張り詰めた雰囲気になっています。狩りを前に緊張しているのでしょうね。
「よし、ここでゴーレムを下ろせ」
「はい」「はーい」「はい」「はい」
進んできた林道が途切れたところで、副担任の先生が指示をします。
「そろそろ野獣が出るから、気をつけろよ」
「はい」「はい、はい」「はい」「はい」
担任の先生も注意を促します。
ひとり、返事が不真面目な生徒がいるのですが、先生方は黙殺しています。贔屓ということはないでしょうが、不思議なのですよね。これも、カノンちゃんが抱えている事情が関係しているのでしょうか。
ゴーレムを山中において、六人は音を立てないよう、生い茂った草木を静かに分け入って進みます。そして早速――。
「野犬がこっちにくるぞ」
コタロウくんが前方を指さし、囁くように言います。目がいい。
「んー、あんな小物、パスだよ、パス」
「移植の手間と、わりが合わないかなー」
「うむ、ふたりに賛成する」
そう話しているあいだにも野犬は近付いてきましたが、カノンちゃんが弱い電撃魔術を放って追い払ってしまいます。カノンちゃんは小物と言っていましたが、この野犬、魔術程式の扱いが苦手な人には十分危険な大きさです。小さな悲鳴をあげて、右手の森へと逃げていきました。
そのまま六人は進んでいきます。
慣れてきたのか、歩き方が雑になってきました。
草木を払う音が静かな森に響きます。
確かにこの人数に逃げるような野獣なら、逃げさせておけばいいのかも。
そうやって歩くことしばらく。
右手から甲高い鳴き声があがります。
「アイナ、今のって、さっきの子犬だよな?」
「そうだね、カノン」
「先ほどのは子犬でなく大型犬だったと思うが、鳴き声はそうだな」
「さっさと行くぜ」
「コタロウ、抜け駆けするな」
コタロウくんがダッシュし、カノンちゃんがすぐに続きます。
先生方が待てと制止しましたが、ふたりは止まりません。
ユートくんとアイナも、先生方と一緒にあとを追います。
そうして少し走ると、太い木の幹に身を隠すようにコタロウくんとカノンちゃんが立っていました。
「どうしたの、カノン」
アイナがそう小声で言うと、カノンちゃんは黙って前方を差します。
「わあっ」
ふたりが警戒している相手を目にして、アイナは小さく悲鳴をあげてしまいました。
先ほどの野犬が、野獣の口にくわえられてぐったりしています。野獣の口元は血だらけ。ずいぶん大きな、これはキツネですね。
「大きいですね」
副担任の先生が、担任の先生を見て言います。
小さく頷く担任の先生。
「みんな下がりなさい。あれは危険だ。怪我をするぞ」
そう言いながら、担任の先生はカノンちゃんを下がらせて代わりに木に身を隠し、キツネの様子を窺います。副担任の先生も同様にコタロウくんを下がらせて、キツネを睨みます。
キツネは気づいていない様子。
しかしひとりが沈黙を破ります。
「それくらいで丁度いいぜ!」
カノンちゃん、体を晒して電撃魔術を放ちます。
先ほどとは比べものにならない大出力。
キツネの胴に見事に命中。
キツネは体をびくつかせて、野犬を口から落としました。
「へへ、どうだ」
「カノン、効いてないよー」
キツネは後ろ足で胴を掻くと、のしのしと六人に向かって歩いてきます。
「今の、三〇〇〇マナccにしては弱くないか?」
そう言って同じく電撃魔術を放つユートくん。カノンちゃんより強力です。
「お前たち、教師の指示を聞け!」
怒る副担任の先生。
「わたしも」
「俺も」
それと同時にアイナとコタロウくんも電撃魔術を放ちます。
先生たちの横を抜けて飛ぶ、ふたつの電撃。
コタロウくんのものが一番強力です。アイナはカノンちゃんに負けていますね。期せずして四人の魔術比べになりました。
さすがにキツネも動きが止まります。
毛並みのところどころが変色して、火傷をしたよう。でも、その変色した部位が、みるみる元に戻っていきます。
「治癒魔術か。こいつ、賢いな」
唸るユートくん。
キツネは身を震わし、警戒しながら、ふたたび六人との距離を詰めてきます。
「火炎魔術を使う。先生も用意を」
「分かりました」
担任の先生は、キツネから目を離さずそう言って、右手を伸ばしました。すぐにぼっと上がる炎のかたまり。
副担任の先生も炎のかたまりを生成。
キツネは低く短いうなりを上げて、止まります。
「先生、待ってくれよ」
たまらず声をあげるカノンちゃん。
火炎魔術を使ってはキツネを殺してしまいます。マナ器官を移植するには、生け捕りにする必要があるのです。
「これ以上は危険だ。治癒魔術も絶対じゃない」
「生徒に怪我をさせるわけにはいかん。早く下がりなさい」
先生たちはにべもなし。
でもカノンちゃんは逆に前に出ます。
「先生、わたし全力を使うよ。少し待ってくれ」
低い声でお願いするカノンちゃん。
ふたりの先生はキツネから視線を外し、カノンちゃんを見つめます。
「これ、クラスのみんなには言わないでくれよな」
アイナたちに向いてそう頼んだカノンちゃんの様子が変です。肌の色が青黒くなり、袖からのぞく右腕にミミズ腫れのような傷が無数に浮かびます。
「ふむ、マナ器官の移植の影響だな。しかし何を移植するとそうなるのだ?」
ユートくんは、淡々とカノンちゃんの変化を観察しています。
「どれだけのマナを使用して抑え込んでいたんだ?」
コタロウくんも冷静。ずっと擬態魔術をかけ続ける大変さを分かっているよう。
「カノン、かっこいいー」
アイナは、カノンちゃんに気を使って――、いえ、これは素で言っていますね。
「みんな、調子狂うなあ」
そう苦笑いしながらも、カノンちゃんは嬉しそう。自分を気持ち悪がるメンバーなどいないと信じていたでしょうが、それでも不安だったことでしょう。
「よし、電撃を打ちまくろう」
ユートくんはそう言って、カノンちゃんの横に立ちます。
「これは負けられないな」
「うん、カノン、やろう」
コタロウくんとアイナも、ユートくんに倣います。
「次でだめだったら、撃つぞ」
先生方は炎を納めませんが、もう少しだけ待つことにしたようです。
キツネは本能で察したのか、後ずさりを始めました。
「逃がすかよ!」
カノンちゃんの言葉を合図に、四人が電撃魔術を放ちます。
キツネはカノンちゃんの初発で動きを止め、三人の追撃に小さな声を上げます。
間を置かずに二発目、三発目と打ち続ける四人。
遂にキツネは地面に横倒しになりました。
「見苦しいものを見せちまったな」
カノンちゃんはまた魔術程式を実行したのでしょう、肌をもとの日に焼けたような浅黒い色に戻しながら、ゆっくりとキツネに近付きます。
「擬態魔術程式か?」
コタロウくんも近付いていきます。
「んー、形は変えていないから、化粧魔術かな」
カノンちゃんは長い枝を拾って、遠巻きにキツネを突っつきます。
「アイナくん、太い枝を見繕ってくれ。私も一本さがす」
「はーい」
ユートくんの指示にアイナは素直に従います。狩りの手順は、授業で習っています。すぐにふたりは自分の身長ほどの枝を抱えて、キツネのもとに向かいます。
キツネを囲む四人。先生方も後ろで見守っています。
「私がやろう。コタロウくんも手伝ってくれ」
「わかった」
ユートくんとコタロウくんが、ポケットからロープを取り出してしゃがみます。
「よっ、王子さま、かっこいい」
「本当のマナ肺活量はどれくらいなのだ?」
カノンちゃんの冷やかしを、ユートくんはさらりとかわします。ユートくん、カノンちゃんの扱いが分かってきたみたい。
「ちぇっ。三五〇〇かな。化粧魔術に一〇〇〇は使うから、この姿だと電撃も弱くなるんだ」
つまらなそうに説明するカノンちゃん。
そんな話のあいだにもユートくんは、コタロウくんと協力しながらキツネの脚を枝にくくりつけていきます。
「えー、その程式に一〇〇〇もマナが必要?」
「アイナも突っ込むのかよ」
「ほかにも使ってるでしょ」
「ったく。肌の色だけじゃなくて、なんていうかな、理性を保つのにも使ってるんだ」
「へー、今度その程式見せてね」
「はい、はい」
そんな女子トークのあいだに、男の子たちは作業を進めます。
ついに大きなキツネは、四本の脚を二本の枝にくくりつけられてしまいました。
「よし、ご苦労。移植の魔術程式を渡すから、誰が実行するのか決めなさい」
アイナたち四人は、木に縛り付けたキツネを、石製ゴーレムのところまで運んできました。副担任の先生がねぎらってくれます。
「はい、わたしがやります」
アイナがすかさず手をあげました。アイナは毎週のように実行していましたからね。アワジマには危険な野獣はいませんが、畜産農家に出向いては畜殺される直前の家畜たちのマナ器官をゴーレムに移植していました。
「みんなはそれでいいのか?」
「はい、今回はアイナくんでいいです」
三人は互いに顔を合わせて小さく頷き、ユートくんが代表で答えました。
みんないずれは行います。最初にアイナのやるところを見ておくのは、無難な選択でしょう。
「では、アイナ、程式を――」
「わたし、持っているから大丈夫です」
副担任の先生の言葉を遮って、アイナはキツネとゴーレムのあいだに膝を下ろします。そしてまずはゴーレムに向かって程式を実行。ゴーレムの背に薄緑色の紋様が浮かび上がります。
「へー、これがマナ器官か」
「その疑似投影だな」
「んなこと、分かってるよ。細かい奴だな」
ユートくんとカノンちゃんのやり取り、息が合ってきたように感じるのは気のせいでしょうか。
マナ器官といっても、胃や肺のように実際に内臓器官があるわけではありません。アイナの使った程式は、マナを扱うおおよその能力を模様にして映し出すものです。
「鶏三羽分くらいかなあ。ちょっとしかない」
「演習用に、最小限にしてあるんだ」
アイナが顔を上げて恨めしそうに言うと、副担任の先生が口を尖らせて答えました。
アイナは続いてキツネにも実行します。
「わあ。こんな発達したマナ器官ははじめて見る。野獣ってこんなに大きいんだ」
「いいや、これほどのものは滅多にないよ」
再度顔を上げたアイナに、今度は担任の先生が答えます。先生のおっしゃる通り、街の近くでこれほどの野獣、そうはいないでしょう。
「じゃあ、移しまーす」
アイナは皆に宣言して、程式を実行します。
もっともマナ器官の移植は、目に見えるものではありません。周りで見ているほうにとっては、退屈な作業です。マナ肺活量が十分にあれば、二体の投影と移植の程式、計三つを同時に実行してマナ器官が移る様子を可視化できますが、演出効果以上の意味はありません。
「終わったから、もう一回投影するね」
少しして、アイナがまたゴーレムに向かって程式を実行します。
「大きくなったな」
思わずでしょう、コタロウくんが感想を漏らします。
アイナは「えへへ」と得意そうに笑いながら、今度はキツネのマナ器官を投影。
「うむ、ゴーレムのためとはいえ、こうして見ると忍びない」
わずかに浮かぶ小さな模様に、ユートくんが同情します。
「はい、これで終わり。先生、わたしひとりでやったから点数を上げてください」
アイナ、立ち上がったと思ったら、先生に露骨に要求しました。
アワジマの義務学校では、こんなことはなかったはずです。前向きになったと考えればいいのかしら。
「ん、アイナは工房で程式をコピーしてもらったんだろ。それで加点していたら、不公平になるじゃないか」
「成績は自分で作った程式を中心につける。程式をたくさん知っていることは新たな程式を作る上で重要だが、今の程式は自分で工夫したところはないだろう?」
そんなアイナに、先生方は諭すようにコメント。アイナは「はーい、ケチなんだから」と頬を膨らませます。
「では先生、外しますね」
「そうだな。もう身体強化も使えないはずだが、気をつけろよ」
ユートくんがアイナを下がらせて、キツネに近付きます。
「コタロウくん、すまないがまた頼む」
「分かってる」
コタロウくんもしゃがんで、キツネの脚からロープを外します。
「うーん、こいつ食べられないのか?」
男の子ふたりの作業を見ながら、カノンちゃんがぽつり。こ、これも商人の血でしょうか。ひとりを除いて、カノンちゃんを呆れた顔で見ます。
「キツネは不味い」
「お、そうなんだ、ありがとよ」
残ったひとり、作業を続けていたコタロウくんが下を向いたまま、これまたぽつりと答えました。カノンちゃんが礼を言います。アイナやユートくん、そして先生方は引いています。私もですけど。
そんなやり取りをしているあいだに、キツネの拘束は解かれました。
「このままでは、今度はこのキツネが襲われるか」
そう言ってユートくん、みんなにキツネから距離を取るよう指示します。
そして弱い電撃魔術を一撃。
キツネは目を覚まし、ゆっくりと立ち上がります。六人に対して身構えますが、自身の異変に気づいた様子、山の奥へと走っていきました。
「あのキツネ、こんな弱肉強食の山で、これから苦労するのだろうな」
そのさまを見て、大人びたことを言うユートくん。
「それは人間社会も同じだ」
それにコタロウくんがボソリと返しました。この子もいろいろ事情がありそうですね。
「それじゃあ学校に戻るぞ。お前たちには幾つか言いたいことがある」
沈んだ雰囲気の四人に、副担任の先生がパンと手を叩いて大きな声で言い渡します。
「うへえ」
「点数が下がったら、カノンのせいなんだからね」
「アイナ、さっきからそういうのばっかだな」
「俺に任せればアイツは倒せたんだ」
「コタロウ、あのヘボ電撃じゃ何発撃っても無理だ」
「そうだな。今回の狩りの成功は、カノンくんのおかげだ」
「くそ、ユートにかばわれたくねえ」
ふふ、四人の仲が良くなった気がします。
帰り道、石製ゴーレムの動きはずっと速くなりました。
もう、四人が抱えて運ぶ必要はありません。




