「キンキイ地域編」前半を書きました
ここからは、各話で考えたことを紹介していきます。
【第1話「ひとりぼっちの旅立ち」】
最初の回なので、創作論Aの「22個の段階」を多数含んでいます。列挙すると「亡霊と物語世界」、「弱点と窮乏」、「望み」、「刺激する出来事」などです。
冒頭の「転移門」は、典型的な「物語世界」の紹介です。転移という高度な魔術が人々に日常的に利用されている状況を描写して、この物語が扱う魔術の謂わば技術水準を示しています。
そんな役割を果たす転移門ですが、2つの点で設定に迷いました。
1つは開通頻度です。この頻度が高いとアイナはいつでも戻ってこられることになるし、低いとアワジマの観光業が成立しないはずなのです。本番書きの最中にこの問題点に気づいて頭を抱え、物語で明記するのは避けました。一応、月二回ぐらいとして、泊まりに来る観光客は二週間滞在が基本であり、かなり裕福な層である、と設定しています。なお門の料金は街が負担していて、原則無料です。
もう1つは往来のコントロール。我ながら細かいと思うのですが、各街で同時に門の出入りをしていたら、人々がぶつかって危険です。そこで第1話最後に、その往来を制御するバトンをアイナが預かるくだりを用意しました。この描写は、物語の進行とは何ら関係がありません。しかし第2話で、アイナが門を出るのを契機にシノサカ側の移動が始まる様子を描きたくて、削除せずに残しました。
ライヴォークについては、当初、その正体を読者にも分からないように描写するつもりでした。しかし彼の妻である語り部が、そこを隠して語るのは不自然です。わざわざ紹介するのもこれまた不自然なので、語り部にとって当たり前であるが故に明言しないという体を取らせ、読者にはモヤッとさせる記述に留めました。
とは言え、ライヴォークがアイナの父親であるのは明白です。ですのでこれは、22段階のうちの1つ、「読者への漏洩」に相当します。主人公の知らない事実を、読者に知らせています。
さてライヴォークについては第1話の中盤で、キンキイの民に化けてアイナを唆したエピソードが登場します。22段階の「刺激する出来事」に相当します。これは当初は、本当に通りすがりの観光客が悪気無くアイナに語ったとしていました。しかし死期が迫っているのにライヴォークが悠長に構えているのはおかしいと考え、彼の能動的な行為にと変更しました。
次は「島特産の果実」について。初稿ではバナナと具体的に記載して、アワジマがいかにもリゾート地っぽい雰囲気を出そうとしていました。いちおう現在の日本でも、生産している地域はあるようです。ですが第1話は次から次へと読者にとって新情報が現れる回なので、本筋に係わらない情報は減したほうがいいと考えるようになり。我々の世界との連続性を窺わせる記述は止めて、あいまいな描写に留めました。
あとアワジマの人口は2500人としましたが、実際の淡路島は13万人です。しかしこれでは田舎という感じがしません。物語の時代の淡路島は、何らかの理由で沈降して現在よりずっと小さくなっているとしました。
後半でリーエが、アイナに魔術程式を渡すシーンがあります。これは魔術程式を紹介することや、12歳の子どもがシノサカで生活を確立するのが不自然にならないようにするためです。
一方で、アイナの「弱点と窮乏」の表出行為である家出が、あっという間に家出で無くなってしまいます。物語冒頭の緊迫感も喪失させてしまうので、もっと上手い展開は無かったのだろうかとも思っています。
【第2話「カノン」】
第2話では引き続き「物語世界」を紹介するとともに、「味方」カノンが登場します。
序盤、アイナは浮浪者に遭遇し、そうと分からずに声をかけます。これは私の年配の知人の、地方出身の女性なのですが、実話を元にしています。――それはともかく、この不良に囲まれる場面への導入、こうして振り返ってみると、典型的な「save the cat」になっています。主人公の善良さを示して読者の感情移入を促すという、ハリウッド脚本の基本技です。
ここでアイナは「食パン」に「ハム」と「レタス」を挟んだ「サンドウィッチ」を渡します。これらの単語は、この物語世界が我々の世界の延長線上にあるのを示すことも意図しています。文明発展史的に問題はないか、交易範囲が限られている中で生産地域的に問題はないかなどと裏も取りました。ですが魔術で転移や擬態ができる物語世界でそのような考証に時間を割いても効率が悪いと、以後は最小限に留めるようにしました。
なお「サンドウィッチ」は、その語源がイギリスの地域名であるが故に、登場させるだけで異世界ものの基本ができていないと読者に見切られる可能性があります。作品で扱うのには勇気が必要な食べ物です。
不良五人組には、魔術程式の使用制限や治安状況を示す、重要な役割を担わせています。
堤防工事は、ゴーレムの使用事例を示すことを意図しています。
魔術についても生活への浸透度合いを示すために、治癒、洗浄、火炎、身体強化、温風などと、多数を例示しました。
カノンは創作論Aの「味方」の役割を果たす主要登場人物ですが、擬態魔術の存在を暗示する重要な役目も果たしてもらっています。また、マナ器官移植の影響で軽率に発言や行動をしてくれるので、物語を進行する上でとてもありがたいキャラクターでもありました。
【第3話「噴水広場の程式工房」】
創作論A上は、前話から引き続き、「物語世界」の提示が中心の回です。
ゴーレムは街灯、噴水、扉、窓が、魔術程式は照明、遮音が例示されています。
アイナがお世話になる程式工房には食堂が併設されていますが、この設定は演劇の入門書を参考にしています。――たぶん。すみません、図書館で立ち読みしただけなので、うろ覚えです。場所を「半公的な場」に設定すると身内の人と外部の人を出会わせることができ、お互い持っている情報に格差があるので、必然性を持たせて説明台詞を発話させることができる、といった内容でした。
この言説にはなるほどと思い、半公的な場として食堂を選択しました。本作では外部の人が割り込んでくるような場面は無くてその利点を活かせたとは言い難いですが、今後の作品でもこのテクニックは活用していきたいと思っています。
前半、魔術程式の重要な設定に触れます。魔術程式は他人に強制的に導入できないことと、そのために義務程式が存在することです。ここではその説明機会を作るのに苦労しました。「できないこと」についての説明は、誰かがやろうとしないと不自然になるからです。
後半、カノンとミホウの会話で「首席の報償」が話題に上がり、アイナの「望み」が首席になることに切り替わります。「噴水広場」は、首席の報償の「シンボル」になっていますね。噴水広場はアイナの目には特別なものに映っていたはずで、心象描写に利用すればよかったと思います。
【第4話「実業学校 魔術程式科」】
この回では新たな「味方」、「対抗者」である、ユートとコタロウが登場します。
マナ玉は、当初ライヴォークを「護衛」ゴーレムと位置づけていたときの名残です。アイナが学校に行くからといって護衛が1人にさせるのはおかしいと考え、この仕掛けを設けました。その後、詳細は最終話で解説しますが、アアヤの位置づけを変更し、アアヤの見聞きできる範囲を規定する物体にとその役割を変えました。
ユートが「ユートの名にかけて」と言っているのは、西家の男は末尾が「ト」で終わることを指しています。第14話で父ケントの名が出ます。これはアアヤがアイナの母であると読者に推察させる展開を検討していたことがあって、その名残です。
コタロウがユートの擁護をしたときに、級友たちがフォクリックの民の存在に気づいて騒ぎ出します。彼らはそれまで気づかなかったのでしょうか。「お前、今頃気づいたのか」といったつっこみ台詞を挟んでおけば、この不自然さを希釈できたように思います。
グループ演習でメンバーのマナ肺活量合計が一万マナcc以上になるようにしろと求めているのは、野獣狩りの安全を確保するためという理由にしています。
そしてマナ肺活量の具体的な数値が出ますが、これらは漢数字で表記すると決めていました。しかし迷ったのが、例えば「二千」にするか、「二〇〇〇」にするかです。試行錯誤したのですが、文脈によって落ち着きのいい表記が異なるように感じました。そこで表記を統一するのはやめ、その時々で使い分けするようにしました。
アアヤが「古代電気文明のいう『井の中の蛙』です」という言い回しをします。もともとはほかにも、アイナが川沿いの街道を歩いているときや、カノンたちが空に浮上したときに、旧文明のビル群の残骸が見えるといった描写もしようとしていました。しかしこの物語世界と我々の世界との関係を示すのはさして重要では無いので、世界の繋がりを示唆するのはこのくだりだけにしました。
シガア地域編では電撃魔術で攻撃し合うという、いわばヌルい戦いを繰り広げるのですが、これは日本人の末裔だからです。2つの世界の繋がりを曖昧にしたので、この点は分かりづらくなりました。
【第5話「マナ器官」】
この回は、創作論A的には「物語世界」が中心の話になります。
マナ器官の移植や、擬態魔術程式など、アイナやライヴォークの秘密に係わる最重要の設定を扱っています。
また物語終盤でアイナが魔術により感情を抑えますが、その程式をこの回でカノンに教えてもらう約束をしています。こんな伏線を張らなくても制限の外れたアイナは何でもできそうな力を得るのですが、根回しをしておくに越したことはないでしょう。
【第6話「開発方針会議」】
この回は、創作論A上は「味方による攻撃」を意図しています。
アイナはその「弱点」のために価値基準を持っておらず、その点をユートから攻撃されるというわけです。アイナからすれば、価値基準は持っていないのではなくて、どうでもいいものなのですが。
動物とゴーレムとでマナ肺活量が同等だった場合、ゴーレムは基本程式にマナを消費する分、マナ能力は劣るという設定です。ただこの設定が影響する物語展開はないので、説明は省きました。
マナ肺、マナ頭脳、マナ筋肉については説明していますが、これらもさほど物語展開に影響する設定ではありません。もっとシンプルな設定にできなかったかという思いはあります。
後半でゴーレムの名前を考える際に、ユートがAから始まる名前にしようとします。第15話でのゴショの程式工房でのやり取りの前振りですが、これも我々の世界との繋がりを示しています。




