最後の変身
ライヴォークとアイナは、丸太の木の前に横に並んで立ちます。
カノンちゃん、ユートくん、コタロウくんも、その後ろに横並びで立ちます。
「この魔術程式も覚えておきなさい」
ライヴォークの言葉に、アイナは神妙に頷きます。
そうしてライヴォークが程式を実行。
マナ木の丸太から、マナ写真が映し出されます。
若いキンキイの女性の、ポートレート。
肩にかかるかかからないかの黒髪は、お腹に子がいると知って短くしたのでした。
目の下の隈を隠す化粧魔術が上手くいかなくて何度も撮り直し、ライヴォークをすっかり呆れさせたものです。
でもこうしてアイナやお友だちにお披露目されることになるのだから、妥協しなくて良かったわ。
「お前の母、アアヤだ」
ぶっきらぼうな言葉。
アイナはライヴォークから離れ、よろよろとマナ木の墓標に縋ります。
嗚咽するアイナ。
抱き締めてあげられなくて、ごめんなさい。
こんな幽霊みたいな自分がもどかしい。
「程式で感情を抑えすぎると心に障る。やめなさい」
そんなアイナに、後ろからライヴォークが声をかけます。
「まだ早いの」
それをアイナは頭をふって拒絶します。
「――そうか」
と、ライヴォークは小さな声。
おかしいとは思いましたが、アイナはずっと程式で感情を抑えていたのですね。大雨を降らせたときからではないかしら。どうしてでしょう?
「ごめんなさい」
ようやく心を落ち着かせたアイナが、後ろで見守っていた三人に謝ります。
それに、大きく首を横に振るカノンちゃんにユートくんにコタロウくん。
「埋めてあるものを取り出すから、驚かないように」
そう四人に断りを入れて、ライヴォークが魔術程式を実行します。
墓標の手前、土を押しのけて、マナ木細工の小さな箱が浮上しました。これ、確かに断っておかないと、まるで私が蘇ったみたいでびっくりさせてしまうわね。
「開けてごらん」
渡された箱をアイナがみんなの前でゆっくり開けると、ネックレスと鍾マナ石が現れます。
「その細工はゴショ御三家の一つ、東家のものですね。間違いない」
ネックレスを目にして、ユートくんが断言します。
「そうなんだろうね。アアヤは自分の家については、詳しい話をしなかった」
ライヴォークがそんなことを言います。
だって聞かれもしなかったし。あなた、関心無さそうだったじゃない。
「東家の女性は、名前をアで始めます。私の父は現在のゴショ代表ですが、その先代のアアヤ様に間違いないです」
逆にライヴォークに説明するユートくん。
「そうか。アイナの名は、アアヤが名付けた」
それにライヴォークは苦笑します。
「この程式を渡すから、その石に向けて実行してみなさい」
そう言ってライヴォークが作ったのは、シガアの民の身分証明魔術程式です。誕生日も入っているわね。あー、良かった。
これでアイナは、ひとりだけでもチクブの丘に入れてもらえます。もっともアイナの力なら、この丘の結界魔術や偽装魔術を破って、自由に出入りできそうですけど。
「うん」
アイナが光の板を自分にロードして実行します。
すると鍾マナ石から、浮かび上がるマナ写真。
それは三人の肖像。
十三年前のライヴォークと私と、産まれたばかりのアイナ。
アイナはそっと鍾マナ石を握ります。
「よし、これですべて済んだぞ」
ライヴォークは妙に明るい声で言いました。湿った空気を変えようとしているのでしょう。
あなた、お疲れさまでした。久しぶりなのにこんなにたくさんのお話をして、疲れたのではないかしら。
――って、あら、何をしてるのかしら?
ライヴォークが墓標から少し離れた横の地面を、軽く掘りました。そこに「よいしょ」と腰掛けます。
カノンちゃんたち三人はお互いに目を合わせて、首を振っています。
アイナはじっと俯いています。
「アイナは分かっているんだよね」
ライヴォークが言うと、アイナは小さく頷きます。
「僕もマナ能力の制限をかけられていたから、解除されたときには戸惑った」
ライヴォークはアイナにではなく、その後ろにいる三人に話します。
「シガアのダブルやトリプルの子は、みんな制限魔術程式をかけられるんだ。そして何十年も様子を見て素行に問題が無いと判断されたら解除される。非行に走られると危険だからね」
カノンちゃんたちは、どうしてそのような話をするのだろうといった面持ちで聞いています。それは私もですけど。
「それでマナ能力が高いと、マナの察知はもちろん、普通の五感も鋭敏になる。今のアイナは、友だちの男の子と女の子が互いに話をするとき、心臓の鼓動が高まっているのを分かっていると思うよ」
ライヴォークはそんなことを言って、カノンちゃんとユートくんに視線を送ります。ふたりの顔は真っ赤です。きっと私があなたにドキドキしていたのも丸わかりだったのでしょうね。今さらながら、腹立たしいです。
「さあて――」
次は何をするのかと思ったら、背筋を伸ばして居住まいを正しました。
「これが最後の変身だ」
あら、何を言って――、えっ、えっ?!
肌の色が艶やかな薄緑から、黒ずんだ茶色に。
そんな……。
「なんだ?」
「ええっ!」
「これは……」
カノンちゃんたちからも、動揺の声がもれます。
「ライヴォークは、――お父さんは、ずっと心臓を程式で無理やり動かしているの。とっくに限界なの」
抑揚のない声でアイナが説明します。
そう。私のマナ器官では力不足だったのね。
キンキイの民より三倍は寿命の長いシガアの民の身体が、こんなになって。
あなた、大変だったわね。
「もう見守ってやれなくて、すまない」
そんな言葉にアイナは首を振ります。
「でもお爺さんやお婆さん、親戚もいるはずだ。気が向いたら会いに行くといい」
そうね、私のほうはたくさんいるわ。父と母はとても喜ぶでしょう。
「そうそう、マコットさんとリーエさんは絶対だよ」
アイナったらこんな時でも体をビクッとさせています。行かなきゃダメよ。
「ただその力を利用しようとする輩も出てくるかもしれない。それがお父さんとお母さんが一番心配していたことだ。これからはお友だちと思うように生きなさい」
マナ能力は高くても、まだまだお子さまですものね。ゴショに手練手管に長けた人はたくさんいます。
「むやみに人を傷つけるようなことは、やめて欲しいかな」
「わたし、お父さんみたいなことはしない」
ライヴォークの自嘲に、アイナはしっかりと誓ってくれました。
これにはライヴォークもにっこりです。
「よし、あとは土をかぶせてくれればいい。マナ木は立てなくていいからね。アアヤと一緒がいいんだ」
もう。こんな時に何を惚気ているの。
「こうしてシガアの民は大地に溶け出て、マナ木やマナの粘土、石へと変わっていくんだ。本当かどうかは分からないけど、少なくともシガアの民はそう信じている」
それが、シガアの民がマナ木を大切にする理由。
そして――。
ライヴォークはアイナの顔を見つめます。
アイナもライヴォークの顔を見つめます。
「さようなら、僕たちの可愛いアイナ。愛してる」
程式を止めたのでしょう。
みるみるとライヴォークのからだが崩れ、大地へ染みていきます。
「お父さん!」
たまらずアイナは駆け寄ります。
でもその手をすり抜けるライヴォーク。
「う、う、うわあああああ……」
チクブの丘に、アイナの慟哭が響きます。




