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クツキの男とゴショの女

「むかしむかし、シガア地域のクツキの村に、まだ未成年ながらも将来を(しょく)(ぼう)されたかっこいい若者がいた。シガアの民の中でも超が付くエリート、なにせセプテットだったからね」

 そんな自慢話から切り出すライヴォーク。

「セ、セプテット?」

 それに驚きの声を上げてしまうユートくん。ライヴォークが調子に乗るからやめて欲しいわ。案の定、「そうそう」とライヴォークが得意顔になっています。

 カノンちゃんも「セプテットってなんだよ」と、顔をしかめて聞いてしまいます。ユートくんが「七倍」と答えると、「げえ」と相変わらずのお下品な反応。

「でも、男はそんな自分の力が嫌いだった。それは顔も知らない六人の兄弟姉妹の命を背負ってる、ってことを意味したから」

 ライヴォークはカノンちゃんとユートくんのやり取りを楽しそうに見つめながら、話を続けます。

「その男が成人を迎えようという頃に、フォクリックの民の政治家の顔ぶれが刷新された、らしい。――ごめん、僕も詳しい事情は知らないんだ。ともかくその後、シガア地域への侵入が始まった」

 はい、フォクリックの政治勢力が入れ替わりました。この話、以前もユートくんがしてたわね。貧しいながらも自地域内で身の丈に合った生活を送ろうとする穏健派が支持を失い、他地域と積極的に交わろうとする急進派が幅を()かせるようになったのです。そのときは私も、武力に訴えるとまでは思いもしませんでした。

「マナ木が何本も折られ、抜かれていった。はじめの頃はフォクリックの民も、細い木を持って帰っても無駄だって分かっていなかったから、それはもう(ひど)いものだった」

 ライヴォークは丘のまわりに立っているマナ木を見つめて話します。

「それと並行して、フォクリックから多くの()(みん)が押し寄せるようになった。新たな政治についていけない人たちが逃げ出したんだろうね。――ん? コタロウくんのご両親が逃げられたのは、もう何年かあとだと思うよ」

 コタロウくんの表情を見取って、ライヴォークは話を付け足します。

「そこでシガア地域の各村は、互いに警護の人員を出し合うことにした。成人直前だったその男も、見習いとして選ばれた。見習いといっても、警護隊員の中で一番強かったけどね」

 また得意がるライヴォークですが、カノンちゃんたちはハイハイと聞き流しています。子どもにあしらわれて情けない。

「男は期待された通りに一騎当千の活躍をしたが、戦い方は随分と乱暴なものだった。セプテットだからと周りから義務や責任ばかりを負わせられ、一方でその力を全力で使う必要がある仕事なんてありはしない。(うっ)(ぷん)をフォクリックの侵入者にぶつけて、()さを晴らしていたんだね。その日も――えっと、コタロウくんの前では話しづらいんだけど――盗掘に来たフォクリックの連中を(いた)()りながら森の中を追っていた。そしたらそれを、若い女に(とが)められたんだ。木製ゴーレムを連れたキンキイの若い女に」

 アイナはライヴォークにしがみ付き、顔を伏せたままで聞いています。でもきっと、ひと言ひと言を忘れないようしっかりと聞き入っていることでしょう。

「それは男にとって、とても新鮮で驚きの体験だった。だってその女は、シングルに毛が生えた程度のマナ肺活量しかなかったんだ。セプテットともなると、測定しなくたって相手のマナ肺活量は分かるんだよ。シガアの民のダブルやトリプルでさえ恐がって男を遠巻きにしているのに、その程度のマナ能力で男に文句を付けてきたんだ」

 ライヴォークは三人の反応を待っているようですが、何も返ってきません。そんな悪役の心情を子どもに披露して、どういう反応を期待しているのでしょう。

「キンキイの若い女性、マナ肺活量一万超え、木製のゴーレム持ち。そのようなお方はひとりしかいないはず」

 ようやっと、ユートくんが誰へとなく言いました。ライヴォークは「そうだったんだよね」とそれで満足したのか、話を続けます。

「男はその女に興味を(いだ)いた。男が何をしているのかと聞くと、女はあちこちの地域を巡歴しているのだと答えた。そこで男は、マナ木の警護任務をこなしつつ、女の護衛を買って出た。遊撃任務だったから自由が()いたんだね。まあ最初のうちは警戒されたけど、あちこちのシガアの村を紹介しているうちに、女と打ち解けて楽しい旅の日々を送るようになった」

 ずっと断られ続けたのに()(まと)ったっていう情けない話なのに、いい感じの話にしちゃっているわね。

「そんなある日、男と女は森の街道で、フォクリックの流民とそれを追う一団に遭遇した。これがとても難儀な戦いになった。なにしろ逃げるほうも追うほうも人数が多かった。そして流民には女性や子どももたくさんいた。男も女も彼らよりずっと強いからやられることはないんだけど、守るには人数が足りない。どうしても犠牲者が出るのを防げなかった」

 この時は場所も悪くて、ライヴォークはすぐに信号弾魔術を打ち上げていましたが、応援はなかなか来ませんでした。

「そこで女は突拍子もない魔術程式を書いて、自分のゴーレムで実行した。周囲の電撃や炎を誘引する魔術程式だ」

「すげえ」

 前のめりになって聞いているコタロウくんが(うな)ります。のちに親も巻き込まれる同郷の民同士の争い、入れ込まずにはいられないでしょう。

「女が連れていたゴーレムは、男が知っているどのゴーレムとも比べものにならないほど高性能だった。それでも、その程式を実行するのは荷が重すぎた。マナ肺活量が不十分で、防御魔術が追いつかず、誘引した攻撃を十も二十も受けて、遂には倒れた」

 誘引魔術と防御魔術のバランスを取ればもっと長持ちしたでしょうけど、誘引魔術を優先にしましたからね。かわいそうなことをしちゃったわ。

「でも、それはテストも兼ねていたんだろうね。続いて女はその程式を、事もあろうか、自分自身で実行した」

「げえっ」

「先代、見事なり。――あ、いや」

 今度はカノンちゃんとユートくんが反応します。ユートくんはもう、その女が誰だか分かっていますね。

 アイナは相も変わらず、ライヴォークにしがみ付いて(うつむ)いたまま。少しは私の活躍に感心して欲しいわ。

「それを見て、男は慌てに慌てた。そりゃもう、これ以上あるかってくらい必死になって、片っ端からフォクリックの追っ手を倒した。フォクリックの連中も、攻撃のことごとくを女が誘引するので、程なく諦めて撤退していった」

「ふー」

 コタロウくんが思わず息をつきます。

「男はすぐ治療に駆けつけたんだけど、女は先に流民の手当てをしろと言って聞かなかった。女の怪我は酷かったけど、そのマナ肺活量は一万超え、言う通りに十分治るように見えた。確かに男が治癒を手伝っても、苦痛の期間を数刻短くするだけ。それならフォクリックの流民の治癒を優先したほうがいいかと同意した。そして数十人の流民の手当てを行って戻ってくると、女の容体は治るどころか悪化していた」

「そんな」

 そう声を上げたのもコタロウくんです。まだ十一歳だから、ライヴォークの(つたな)いお話なんかでも感情移入しちゃうのでしょうか。

「そもそも女は重い(やまい)を抱えていた。魔術程式でも治癒できない不治の病だった。そのため女は早くに仕事を後任に引き継いで、残り少ない余生を好きに過ごさせてもらっていたんだ。おかげで男にも会えた、なんて笑ってみせてもいた」

 私、そんなこと、んー、確かに言ったわね。よく覚えているものねえ。

「男はその病が影響しているのかと絶望的になった。女も最初はそうだと思ったらしい。でも違ったんだ。女のお腹には赤ちゃんがいて、治癒の働きかけをどんどん吸っていたんだ」

 そう言ってライヴォークは、アイナの頭をひと撫でします。

 カノンちゃんが「手がはえー」と(つぶや)いて、ユートくんに(にら)まれます。だってライヴォークは、なんだかんだで格好いいのだもの。

「情けないことに男はそのとき初めて、女に自分の子が宿っていると知った。それは男にとって、とても嬉しいことだった。シガアの民はなかなか子に恵まれないしね。でも子にシガアの民の血が流れていることが、女に負担をかけていた。いくら女がキンキイの民としては破格のマナ能力を持っていても、それとシガアの民の血を受け止められるかどうかは別だったんだ」

 ごくりと誰かがつばを飲み込みました。

「男は、そのままでは女もお腹の子も失ってしまうと思った。とても耐えられることではなかった。そこで男は決断したんだ。自分のマナ器官を、お腹の子に移植しようって」

「なっ?」

「すげえ!」

「むう、どうやって?」

 三人の驚きはもっともです。

 自意識が芽生えたあとは、人間のマナ器官の移植はできませんからね。拷問して本人に同意させようとも、本能的に拒絶して失敗します。もしできたら、それこそフォクリックの民などは下級民からマナ器官を奪いかねません。シガアで赤子のマナ器官の移植ができているのは、衰弱した子から取り出していることと、彼ら自身の高いマナ能力があってこそのことでしょう。

「そこは男の愛の力だよ。実際成功して、女の治癒魔術も効くようになった。それから十ヶ月後に、無事、元気で可愛い女の子が生まれた」

 ライヴォークが得意満面に話すと、三人は白けきってしまいました。

 アイナも伏せたまま、ライヴォークをぽかっとひと叩きします。それを嬉しそうに受け止めるライヴォーク。

 でも憎たらしいことに、実際にそうだったとしか説明のしようがありません。ライヴォークがセプテットのマナ能力を持っていたにしろ、マナ器官を保護しようとする本能に打ち勝ったからこそ、為し得たのです。

「そこで終わればめでたし、めでたしなんだけどね。男と女は、その赤子に自分たちのような不自由な将来を背負わせたくなかった。だから自分たちの親にも、孫が産まれたことを知らせなかった。クツキの村やゴショの街で育てようともしなかった。義務程式や制限程式も、自分たちで責任を持って導入(インストール)した」

 そうライヴォークが話すと、カノンちゃんたちのあいだで何やらぼそぼそ始まります。

「ん? どうして不自由な将来なんだ」

「そうそう。わたしもそこ、分かんない」

「クツキの村で育てれば護衛に徴用されるし、ゴショの街で育てれば程式工房の重職に取り立てられる、ということだろう。ただ恐らく、どちらもそれだけでは済まない」

「俺みたいに貧しい家に生まれるのもしんどいけど、セプテットに産まれるのも大変なんだな」

「違う」

「コタロウの、何が違うんだよ」

「ふたりのお子は、胎児の段階で大人のマナ器官を移植されたのだ。マナ器官は身体とともに成長する。だから産まれたときには――」

 そこでユートくんはライヴォークを見つめます。

「そうだね。だからこの話は君たちにも聞いてもらっているんだ。一人で背負わせるには、あまりに大変な能力だからね。――産まれたとき、女は数千人分はありそうと言っていた。今は万を超えてるんじゃないかな。ぼくの今のマナ能力じゃ、さっぱり見当がつかない」

 その説明に、三人はシーンとしてしまいます。

 それはそうでしょう。

 目の前の女の子が、ひとりで民のひとつやふたつを滅ぼす力を持っている、という話です。

「話を進めようか。ふたりの育ったふるさとで育てられないのに加えて、もう一つ問題があった」

「また問題が起こるのかよ。――あ、すみません」

「はは、この問題もすぐ解決するよ。女は不治の病だったし、男はマナ器官を失って衰弱が進んでいた。つまり赤子を育てる人がいなかったんだ。だからね、女は言い出した。今度は自分のマナ器官を男に移植するって」

 ライヴォークはそう言って、となりのマナ木の丸太を見つめます。

「ふう」

「すごい(ひと)だ」

「ライヴォークさんのマナ器官は、自然回復したものではなかったのですね」

 そう言う三人が心配そうに見ているのは、マナ木の丸太ではありません。ずっと顔を上げないアイナです。

 ちょっと様子がおかしいのよね。ライヴォークの話にほとんど反応しないのです。しがみ付かれているライヴォークは、分かっていると思うのだけど。

「男はそのあと、このチクブの丘に寄って、シガア地域を出ることにした。ただシガアの民は自分たちの地域を滅多に出ないから、目立ちすぎる。そこで思い切ってゴーレムに擬態したんだ。それなら赤子の(しゅつ)()も隠し通せると思ってね」

 ライヴォークがゴーレムに擬態したときは、びっくりしました。シガアの民はマナ食だけでも生活していけるのは知っていましたが、相当忍耐強くないとやっていられません。あなたはそれも、愛の力って言うのでしょうね。

「ただ女の連れていたゴーレムを真似たのは少し失敗だった。高性能なゴーレムであることは分かっていたんだけど、魔術程式が優れているキンキイ地域にはいくつもあると思っていたんだ」

 それは私も悪かったです。身分を隠そうと、キンキイ地域では大して珍しくもないゴーレムだと説明しました。

「あと名前をそのまま借りたのも安易だったかな。男はシガアの未成年だったから、まだ名前がなかったんだ。女が思いを込めて付けた名前だと思って受け継いだんだよね。たぶん木製だから、Lで始まる木の名前を適当に付けたんだろうなあ」

「あはは」

 カノンちゃんが笑います。

 適当で悪かったわね。できればLで始まる名前にして欲しいって言われたから、木の名前から選んだのよ。『ラーチ』や『ライム』よりはいいじゃない。

「男はいくつかの街を覗いたのだけど、人の多さに()()めないこともあって、最後にアワジマを選んだ。女もいいところだと言ってたし。子どものころに遊びに行ったらしい。海を飛んで渡るのは、シングル程度のマナ能力だと(こころ)(もと)なくてヒヤヒヤしたけどね」

 そうね、あの時はアイナもむずがって、大変だったわよね。

「アワジマではゴーレムに擬態したこともあって、程式工房を訪ねた。工房の親方は最初こそゴーレムに目を輝かせたけど、抱いている赤子に気づくとすぐお隣の奥さんに助けを求めに行ったよ」

 そう笑ってライヴォークが伏せているアイナの頬を突っつくと、アイナは顔をそむけて嫌がります。あの日からリーエさんは、マコットさんの家の家政婦をするようになったのでした。

「さて男の話はこれでおしまいだ」

 そう言ってライヴォークは、立ち上がります。

 みんなも合わせて、立ち上がりました。

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