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結界に護られし丘

「お前は、クツキの息子だろう。その娘の事情を話せ」

 シガアの隊長さん、今度はライヴォークに問いただしてきました。

「僕は今は、ただのアイナの護衛です」

 従う義理はもう無いってことね。この隊長さん、ライヴォークが見習いだったときも警備の隊員だったのかしら。

「まずはアイナに事情を説明します。それからどうするかはアイナが自分で決めるでしょう」

 そのアイナはライヴォークにしがみ付いて、ふたりのやりとりを聞いています。

「そんな危険な娘、シガアに野放しにはできない」

 隊長さんはそう言ってアイナを(にら)みます。職務に忠実ですね。()()に隊長をやっていません。

「アイナを止められる者なんているものですか。――っと、このような話、あなたに言うまでもないですね」

 シガアの民の中でも高いマナ能力を持つクアドラプルの隊長さんです。隊員の全員を集めるどころか仮に自分自身が何人いたところで、アイナに(かな)わないことは人一倍理解しているでしょう。

「それでは失礼します」

 そう言ってライヴォークが背を向けると、

「きちんと(しつ)けてくれよ」

 と、隊長さんは重々しくも真剣な声を投げかけました。

 それにライヴォークは背中越しに手を振って応えると、ふたりを待っているカノンちゃんたちの元へと向かいます。


「さあて、チクブの丘に行こう。飛んでいけばすぐだ」

 ライヴォークはみんなに号令をかけます。

「お、おう」

 それに対してコタロウくんはどこか気の抜けた返事。

 それも仕方がないでしょう。五人のあいだには微妙な空気が漂っています。

 ずっとゴーレムの擬態をしてきた人に、何事もなかったように気さくに話しかけられても、面食らうのは当然です。

「ラ、ライヴォーク、さん? それは楽しそうだけど、わたしもまだ調子が戻っていないからキツいよ。ユートなんて、本調子でも無理だ」

 正体を本人から聞かされたカノンちゃんも、らしからぬ遠慮がちな態度で答えます。

「そこで私を引き合いに出さないでくれ。カノンくんの言ったことは事実だが、ライヴォークさんはアイナくんの力を使えばできるとおっしゃっているのだろう」

 口ぶりほどには怒っていないユートくんが、ライヴォークの算段を解説してみせます。

「そうそう、さすがユートくんだね。みんなは浮上魔術程式だけ、ああ、必要なら治癒魔術と合わせて実行すればいい。あとはアイナがマナブーストしながら、運んでくれる」

 と、ライヴォークはアイナの頭を撫でながら言います。アイナはその左腕にしがみ付きながら、うんうんと頷きます。

「分かった」

 と、コタロウくんはライヴォークの空いている手を握ります。

 カノンちゃんは、アイナの空いている手を取ります。

 ユートくんはコタロウくんのほうに向かいますが、コタロウくんはシッシッと追い払いました。十一歳ですが、よく分かっていますね。ユートくんはしぶしぶカノンちゃんのほうへ。

 カノンちゃんは、「仕方ねえな」とユートくんと手を握ります。そうね、化粧魔術で頬の赤みを消すのも、仕方がないわよね。

 それぞれ荷物を背負った五人は、ライヴォークの「せーの」というかけ声に合わせて浮上を開始。「お世話になりました」とシガアの隊員さんたちを残して、空高くに昇ります。森の端で手を振っている、シナサヒさんとアドガさんにもご挨拶。

 そして数々の苦しい思いをした山を越え、大湖へと飛んでいきます。


「やっぱ、でけえ湖だな」

 シガアの大湖が視界に入ると、カノンちゃんが歓声を上げます。

「空から眺めると、また格別なものだな」

「この前飛んで見たときと高さが段違いで、気持ちいいや」

 ユートくんも、コタロウくんも、最初こそおっかなびっくりでしたが、今では空の移動を楽しんでいます。

 晴れの日のお昼とはいえ真冬ですから、本来なら相当に寒いことでしょう。でもアイナが、全員を暖かい空気の膜で包んで守っています。速度はもっと上げられるはずですが、景色を楽しめるように絶妙のさじ加減。

 そう言えば、そのアイナは全然楽しそうじゃないですね。それどころかどんどん表情が冴えなくなっている気がします。

「うーん、空から見ると、勝手知ったる地形も結構分からないものだね」

 そんなアイナにライヴォークは気づいているでしょうが、相変わらず(とぼ)けたことを言っています。

「高さ、下げる?」

「ううん、どっちにしろ上からじゃ分からない。あの湖の横の、街道に向かってみて」

 アイナの問いに、ライヴォークはあごで方向を指示します。

「丘なんて、見あたらないけど?」

「下りれば分かるよ、カノンちゃん」

 大湖の北のあたりは、湖に山が張り出しているように見えるのですね。私も上から見下ろすのは初めてですが、カノンちゃんの言う通り、丘なんてあるように見えません。


 五人は街道に降り立ちました。

 ライヴォークは大湖のある右側の木々を逐一確認しながら、道を進んでいきます。

「ライヴォークさん、迷ったんですか?」

 そんな様子を見て、訊ねるユートくん。

「ああ、そういうわけじゃないんだ。入り口は常に変更されるものでね」

 ライヴォークは、事情を知っている人にしか理解できるはずのない返事をします。

「あそこ」

 するとアイナがボソッと言い、右前方を指差しました。地上に降りても、ライヴォークの左腕にしがみ付いたままです。さすがにカノンちゃんたちも、アイナのただ事ではない様子に何かを感じています。

「分かるのか?」

 驚いた様子のライヴォークに、アイナは黙って頷きます。

「もしかして、飛んでるときに丘も分かってた?」

「入り口の門番さんまでは、わからなかった」

「それは周囲の程式のほうがずっと強力だからかな」

 そんな会話をしていると、すぐアイナの指した場所に到着します。

「これを使うのは気が引けるけど、っと」

 今さらなことを言うライヴォーク。

 林の一角に向き直って程式を実行すると、その胸に光の板が浮かびます。身分証明魔術ですね。村を(しゅっ)(ぽん)したライヴォークです。心の中で苦笑いしているのでしょう。

 その魔術に呼応してか、林の木々がぐにゃりと歪むと、ふたりのシガアの男と二体の四つ足木製ゴーレムが現れました。

「うわっ」、「うおっ」と異口同音に驚きの声を上げる、カノンちゃんたち三人。

「クツキからかね、ご苦労さん」

 門番おふたりのうち年配の、おじいちゃんと言っていいような男性が話しかけてきます。もうひとりの若手の男性は、コタロウくんを刺すような目つきで見ています。

「この男の子は、この()の大事なお友だちです」

 先手を取って説明するライヴォーク。

「かわいらしい子だ」

 おじいちゃん門番さんは、ただアイナに目を細めています。シガアの民にとって、十三歳のアイナは子どもも子どもです。

 結局、何ら(すい)()されることなく、先へと通してもらえました。

 五人が木々に囲まれた野道を進むと、すぐ行き止まりに突きあたります。

「これから実行する魔術程式、覚えておきなさい」

 ライヴォークがそう言うと、アイナは「うん」とひと言頷きます。

 そしてライヴォークは何やら魔術程式を実行、木々がぐにゃりと歪んで、森が開かれました。

 いいえ、もとよりそこに、森なんて無いのです。


 現れたのは、こんもりと盛り上がった大きな丘でした。それを木々が取り囲み、その合間からはどこまでも広がるシガアの大湖が覗いています。

「ここがチクブの丘だよ。もう少しだけ歩こう」

 ライヴォークがそう紹介するも、誰も声を上げません。

 それもそのはず、丘にはたくさんのマナ木の丸太が打ち込まれているからです。その意味するところは、みな、聞かずとも分かったことでしょう。

 ライヴォークにしがみ付くアイナは、ついに震えはじめました。

 カノンちゃんたちはだまって見守ります。アイナにかける言葉など、あるはずもありません。

 ライヴォークはその中央を迂回するように右端を、方角的には西側になりますが、丘の周辺をなぞるように歩いていきます。皆、黙ってあとを続きます。

 やがて丸太の区画は一旦途切れました。そこから少し離れたところに、また丸太が何本も立てられている区画が現れます。

「ここはシガア以外の民のために用意された区画でね」

 ライヴォークはそのうちの一本の丸太の横に腰掛けました。アイナも並んで腰掛けます。座ってもライヴォークにしがみ付いたまま。伏せているので表情はうかがい知れず、でも小さなからだは小刻みに震えています。

「そこら辺に適当に座って」

 ライヴォークは、カノンちゃんたち三人にも座るよう(うなが)します。

 ここに来る人は少ないでしょう。草花の生えた、あって無いような野道。三人はライヴォークとアイナふたりに、向かい合うよう座りました。

「さて、どこから話そうかな」

 ライヴォークは昔話を始めるようです。

 もう十年以上も人と話をしていないのに、上手く話をできるかしら。

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