独擅場
「第一合詞を唱えてください」
アイナの瞳から光が消え、無意識の言葉が紡がれます。
それは生まれて間もなくに導入された魔術程式。
「シガアの民、クツキの息子を父に持ち――」
ライヴォークは淀みなく応えます。
「第二合詞を唱えてください」
「キンキイの民、ゴショの娘を母に持つ――」
他人に聞かれるなんて思わなかったから、こうなるととっても恥ずかしい。
「最終合詞を唱えてください」
「マナに愛されしアイナの力を開く刻、ここに至れり」
やっぱりこの合詞、最後まで反対すれば良かったわ。
カノンちゃんも、ユートくんも、コタロウくんもポカンとしてるじゃない。
「合詞の符合を確認しました。制限処理を停止します」
最後にそう言って、目の焦点を取り戻すアイナ。
その容姿が、変化を始めます。
色白のお肌が薄緑色に変わりました。
お耳がほんの少し尖りました。
手と足も少し長くに。
これが本当の姿。
アイナは、シガアの民とキンキイの民の混血児なのです。
「ライヴォーク、怖い」
「すぐに慣れるから、落ち着きなさい」
ライヴォークはアイナの頭をやさしく撫でます。
マナ能力が高いほど、自然界に溢れるマナの息遣いを感じ取れます。普通は順に成長するから、それを意識なんてしません。でもアイナには今まで見聞きすることのなかった、数多の未知なる情報が流れ込んでいるはずです。
「さて何から始めよう。――大雨でも降らせて、みんなの頭を冷やそうか」
そう言ってライヴォークは空を見上げます。
朝早くに始まった戦いですが、陽は高く上がって、雲ひとつありません。
「そんな無茶な」
思わずでしょう、ユートくんが突っ込むと、
「ううん、できると思う」
と、アイナは右手を天にかかげます。
すると、雲でもできるのかと思ったら、上空に水がたまり始めます。
水魔術と液体を保持する魔術程式の合わせ技ですね。後者は容器を使ったほうが楽で実用的、難しいだけの滅多に使わない程式です。んー、これは風情に欠けるわねえ。
「なんだあれは?」
「おい、魔術程式を実行できない」
「お前もか」
フォクリックの民とシガアの民が、異変に気づきます。
魔術程式を実行できないというのは、どういうことでしょう。
「ちょっと待った、アイナ。いっぺんにやり過ぎ」
「えっ? そんな!」
なぜかライヴォークが悲鳴を上げ、アイナは慌ててライヴォークにくっついてマナブーストをかけはじめます。なにやってるんでしょ?
どうもアイナのマナ肺の能力が高すぎて、周囲のマナを独占してしまったようです。カノンちゃんの肌が青黒くなっていました。ライヴォークの肌の色も変わったように見えましたが、なぜでしょ?
「もういいんじゃないか」
「はい」
アイナはライヴォークにくっついたまま。
素直に従って手を振り下ろすと、フォクリックの民とシガアの民に、バケツをひっくり返したような大量の水が降りそそぎます。
雨なんてものじゃない。
睨み合っていた両方の民は全員ずぶ濡れ、あっけにとられてアイナを見つめています。指示したライヴォークも、ここまでとは思っていなかったみたい。それは私もですけど。
「次はコタロウくんの隷属程式を無効化しよう」
「うん」
アイナが気持ち悪いくらいに素直です。
もう戦いはすっかり止まっちゃって、みな、ふたりのやり取りを眺めています。
「ちょっと見せてね」
そう言ってコタロウくんに程式をかけるアイナ。
浮かび上がった光の板、そこに描かれた実行結果を覗きます。
「実行中魔術程式のリストを強制取得、だとう?!」
その様子にまたまたつっこむユートくん。
もちろんアイナに、ゴーレムでもない人間であるコタロウくんの管理者権限なんてありません。これは圧倒的なマナ能力がないとできないことです。
しかもそれだけではないんですよね。隠し属性の程式まで表示させています。
「こんな感じかなー」
その結果を見て、アイナが大きく分厚い光の板を生成します。
「なんて巨大な魔術程式だ」
そう驚きの声を上げたのはクアドラプルの隊長さん。自分が創り出すものより大きな魔術程式を見るのは、きっと初めてでしょう。
「よいしょー」
その程式をコタロウくんに投げつけます。
「ん、何かが軽くなったような」
自分の変化を上手く表現できないコタロウくん。
ものごころがつく前からずっと実行されていた程式が止まったのですから、きっと不思議な感覚でしょう。きちんと隷属程式が上書きされたのか確認したいところですが、あの頭に試させるわけにもいきません。こればかりはどうしようもないですね。
「あとはアイナの好きなようにしなさい」
「えっ」
「自分で考えなさい」
「いやっ」
「僕を困らせないの」
「だって」
「急いでくれると嬉しいかな」
「……」
本当にこの娘の力を解放して良かったのかしら。
それでもアイナは、何やら腕を組んで考えています。
「すぐ、戻るんだから」
そうしてライヴォークから離れ、浮上魔術と風魔術を使って飛び始めました。
周囲の地面は、先ほどの魔術で泥濘んでいますからね。
すーっと、フォクリックの民とシガアの民のあいだに移動していきます。
早いわね。桁違いのマナ能力を、もう制御できています。
今までも、マナ頭脳だけは制限がかかっていませんでした。アイナにとっては、マナ頭脳に見合った力を手に入れただけ、という感じなのでしょうか。
フォクリックの民とシガアの民の視線を一身に集めるアイナ。フォクリックの民のほうは、すっかり怯えています。
「えっと、フォクリックの民のみなさん。帰って下さい」
アイナが、どこか場違い感の漂う呼びかけをします。
お洋服も上着の丈がちょっと短いわね。下はスカートだからいいけど。
「悪いがシガアの嬢ちゃん。そんな簡単に引き下がれるものじゃないんだ」
それにフォクリックの民は、総頭が直々に応じます。あれだけの力を見せられても、怖じ気づかないところはさすがです。
「アイナ、そいつらの程式を調べてみなさい」
そこにライヴォークの声が飛びました。
「好きにしろって言ったのに」
それにぶー垂れるアイナ。
でも、信じられない数の程式を作り始めます。
「よいしょっと」
そんな年寄りくさいかけ声とは裏腹に、アイナのやったことは激烈。
六十人はいるフォクリックの民から、実行中魔術程式のリストを強制取得します。
「なっ?」
「げっ!」
「えっ?」
みな、自身が浮かべている程式リストに戸惑います。
「ライヴォーク、あったー」
「だろー、僕の言うことはいつも正しいんだ」
ライヴォークったら、なにを調子に乗っているのでしょう。性格もちっとも変わっていません。
「急ぐんだから」
そう言ってアイナは、巨大な程式をいっぺんに数十作っては、フォクリックの民に次々と投げつけていきます。
それは先ほどコタロウくんに実行した、隷属程式を強制上書きする程式です。
下級民のみならず、総頭含めて上級民にも隷属程式が導入されていたのです。
「あ、あ、あ……」
クアドラプルの隊長さん、言葉が出ません。
自分でもひとつ作るのがやっとの程式を、アイナは何十個もまとめて作っているのです。しかも浮上魔術と風魔術で移動し、ライヴォークとカノンちゃんにはマナ不足にならないようマナブーストをかけ続けながら。
「つかれたー」
意味もなく手をパンパンと払いながら、アイナは一仕事終えた感をアピールします。
「よくやった、アイナ」
それを褒めてあげるライヴォーク。アイナは「えへへ」と嬉しそうです。
「このままコイツらを捕らえろ」
そんなほのぼのとしたやり取りに、シガアの隊長さんが水を差します。遊びではないですし隊長さんの態度は正しいのでしょうが、空気を読んで欲しいです。
「イヤです。コタロウくんが戻ったから、わたしの用事はおわりです。仲良くしてください」
アイナはそう言ってみんなのところに戻り、またライヴォークにしがみ付きます。ものすごい甘えん坊さんです。
断られた隊長さんは口を曲げて苦々しそうな表情。
でもアイナからしてみれば、コタロウくんを助け出す手伝いをしてもらった恩はあるけれど、戦いの劣勢状況を納めてあげたのだから、借りは返したようなものです。
「引き上げるぞ」
「へ、へい」
そこに、フォクリックの民のほうで動きが起こりました。総頭の撤退指示です。シガアの民を無視して、縛られたままの仲間の縄をほどいたり、傷付いた仲間の看護をしたりと救護活動を始めます。
「ありがとー、もう来ないでくださいねー」
その総頭に声をかけるアイナ。
「それはシガアの民の態度次第、フォクリック地方のマナ不足は深刻なのだ。あと――」
説明する総頭ですが、なんだか言い淀んでいます。
「その、隷属程式を解いてくれたことには感謝する。森に逃げた連中も解いてやってくれ」
そう言葉を続けてアイナにお辞儀をし、部下の指揮に戻ります。
「わかりましたー」
アイナは森に隠れて様子を窺っているフォクリックの民たちを遠隔から捜し出し、巨大な魔術程式を書いては隷属程式を解除していきます。ついでに森に置いてきた自分たちの荷物も回収。
一礼をして森の中へと散っていくフォクリックの民たち。自由になったとはいえ、これからも平坦ではない生活が待っていることでしょう。
シガアの隊員たちも戦いをやめて、引き上げを開始します。
「せっかくの、フォクリックの盗掘をやめさせる機会なのに」
隊長さんはまだ未練があるよう。アイナに不満をぶつけてきました。
「シガアのみなさんは、どうしてマナ木を譲らないんですか? あんなにたくさんあるのに」
それにはそっぽを向き、逆にアイナは質問を返します。そんなアイナに「どんどん言ってやれ」と囃し立てるカノンちゃん。ユートくんとコタロウくんも頷いています。
「それは僕から教えるよ。チクブの丘に行こう」
隊長さんが困った顔をしていると、ライヴォークが答えました。
「そんなとこ、どうして――」
アイナは言いかけて言葉を止めます。
ずっとしがみ付いているライヴォークの腕をさらにぎゅっと抱き締め、俯いてしまいました。
何があるのか、察したのかしら。
「行けばわかるよ」
そう言ってライヴォークは、またやさしくアイナの頭を撫でます。
ライヴォークは、アイナに全てを教えるつもりのようですね。封印を解除したのですから、アイナがより良き道を歩めるよう、教えること自体に異存はありません。ですが、これほど事を急ぐ理由が、私には分からないです。




