開封
「えっ?」
絶句するアイナ。
これ以上は無いと言うくらいに、お目々とお口が開いてしまっています。
ライヴォークはそんなアイナの頭にぽんと手を置き、駆け出します。
そしてその肌は、マナ木の茶色から、緑がかった人間のものに。
そしてその姿は、ゴーレムの角張ったものから、しなやかなシガアの男のものに。
あなた、ここで擬態魔術を止めるのね。
十年あまりも経ったのに、老けてないのが小憎たらしい。
「あれは、クツキの息子か」
クアドラプルの隊長さんは、ライヴォークを知ってるみたい。
ライヴォークは防御魔術を張って、電撃で弱ったカノンちゃんとコタロウくんを庇います。
「ダレ、ダ?」
程式を止め続け、理性を失いかけてるカノンちゃん。
見知らぬライヴォークを警戒します。
「カノンちゃん、ライヴォークだよ。アイナの――だ」
そう耳元で囁かれたカノンちゃん。
ビクッと体を震わせ、大人しくなります。
「いい子だ」
ライヴォークはふたりを抱えて治癒魔術程式を実行、一気に駆け出します。
「待てっ!」
追撃をかけようとする頭。
「させるかよ!」
シガアの隊員たちがそれを許しません。
ライヴォークはアイナのもとに、カノンちゃんたちを連れ戻りました。
「コタロウくん!」
「だいじょうぶ、だ」
アイナもライヴォークが気になるでしょうに、今はそれどころではありません。コタロウくんの容体を確認します。
コタロウくん、辛そうですが意識ははっきりしています。
ライヴォークの治癒魔術が少しは効いたみたい。
「カノン、目を覚ませ」
目がうつろなカノンちゃんに、ユートくんが水魔術を実行します。女の子に乱暴ね。
「ユート、か」
正気を取り戻すカノンちゃん。
自分の状況に気づいて、化粧魔術を実行します。
「ライヴォーク、どうしたの?」
ふたりの無事を確認すると、今度はライヴォークに気をかけるアイナ。
ライヴォークったら、両膝を地面について喘いでいます。
「久しぶりに、全力出して、疲れた」
それに答えるライヴォーク。
照れてるのかしら。あれくらいどうってこと無いはずなのに。
「僕は、シングルに毛が生えた程度のマナ能力でね。ここまでかな」
もう。ライヴォークったら、それは悪かったわね。
でも。本当に辛そう。どうしてかしら。
戦いはすっかりフォクリックの民が優勢です。正確には、部下を使い潰して押しているというべきかしら。シガア側はシナサヒさんとアドガさんのふたりを、アイナたちの護衛へと下げさせました。それも押されている要因のひとつでしょう。まだ脱落者は出ていないので、劣勢というのはおかしいのかもしれません。ですが、それも時間の問題のように見えます。
じりじりとフォクリックの民に距離を詰められては、シガアの民は下がります。 アイナたちも撤退しようとしているのですが、カノンちゃんとコタロウくんの回復は思わしくありません。アイナとユートくんがマナブーストで介護するも、ふらふら歩くのがやっとです。ライヴォークも、たまに飛んでくる電撃を防ぐのに精一杯。擬態程式を止めた分だけ動けるようになった、という感じです。
「シナサヒさん、アドガさん、おふたりは下がってください。僕たちはシガアの民ではないが、あなた方は危険だ」
ユートくんが、防御程式で防戦一方になっているふたりに言います。
ふたりはカノンちゃん、コタロウくんを抱えて逃げることができないくらい、マナ器官を疲労させています。そもそもこのふたりは見習い、こういう戦いに出るのはシガアの村のあいだの協定違反になるみたい。年ごろの若者を失うのは、人口の少ないシガア地域にとって、文字通り死活問題になるという事情があるようです。
「休んだら、戻ってみせる」
「ごめんなさい」
シナサヒさんとアドガさんは森へと下がっていきます。
そうしているあいだにも、シガアの隊員たちはもうそこまで来ました。
「ライヴォークも逃げて」
アイナが、ひとりで四人を守っているライヴォークに言います。ライヴォークも見るからにシガアの民ですから、人質にされてしまうと危惧しているのでしょう。
だいたいアイナがそんな健気なことを言う以前に、ここはもう潮時です。まだ余力のあるうちに撤退すべきです。カノンちゃんとコタロウくんは、隊長と副隊長に抱えてもらえば逃げ切れます。野営地潰しには失敗しましたが、フォクリックの民も場所が暴かれた以上、今後はこの地を拠点にし難いはずです。
「んー、アイナはこの戦い、誰が悪いと思う?」
なのにライヴォークったら、妙な問いかけをアイナに始めます。
「そんな話、今してる場合じゃ――」
「いいから答えて」
アイナが拒否するも、ライヴォークは引き下がりません。攻撃を防ぎながらも、アイナに答えるよう促します。
「そんなのわからないよ。マナ木を取りに来るフォクリックも悪いし、分けてあげないシガアも悪い。シガアに協力するゴショも悪いし、ゴショに頼ってばかりのシノサカも悪い。みんな仲良くすればいいのに!」
アイナは支離滅裂に思いつくことを並び立てます。
「みんな悪い、か。想定外だけど合格にしよう」
あら。あなた、なにを答えても合格にするつもりだったでしょ。
「僕の育て方が良かったんだな。分からないことはこれから勉強するんだよ」
あなたは『ヴォン、ヴォン』と唸って、アイナにくっついていただけじゃない。何をほっぽり出すようなこと、言っているの。
「この戦いを収める方法はあるんだ。だけど二度とアイナは今までの生活に戻れなくなる。それでもいいかな?」
ライヴォークはどこかニヤつかせていた表情を引き締め、アイナの瞳を見つめます。
「えっ?」
戸惑うも、それはほんの一瞬。
「うん、それでもいい」
アイナはライヴォークの瞳をまっすぐに見つめて、返事をします。
嗚呼。
遂にこのときが来てしまいました。
いえ、もうこんなにも大きくなったのだものね。
あんなに短かったお手々やお足も、すっかりスラリと伸びました。
「そっか。僕はイヤでイヤで、仕方がないんだけどな」
ライヴォークは寂しく笑って、アイナの頭をなでなで。
あなたばかり、ずるい。
改めて防御魔術を背中に全面展開して、アイナの真正面にしゃがみます。
そして、
「アイナ、制限処理停止――」
そう静かに、唱えました。




