強襲
朝日をうけ、木々が白み始めました。
ひとつの集団が、ものすごい勢いで山を駆け下りていきます。
その先頭を行くのは、シガアの隊員四人と彼らに抱えられたライヴォーク。クアドラプルの隊長さんも、そのすぐ後ろを追走します。
続く隊員二人は、左右に広く展開し、周囲を警戒しながら走ります。
アイナたち三人はというと、
「うげえ、なんて速さだ」
「大丈夫か、アイナくん」
「私たちに任せて、自分に集中なさい」
「目がまわるー」
「そこっ、枝に気をつけろっ」
などと、置いていかれないように精一杯です。ついてきてくれないと、私も三人の様子が分からなくなります。
特にアイナは体が小さいしマナ能力も劣るので、身体強化魔術を目一杯駆使しても遅れ気味。シナサヒさんとアドガさんに伴走してもらい、必死に食らいつきます。いっそ、アドガさんに抱えてもらったほうが速いんじゃないかしら。
三人はまだまだ暗いうちにシナサヒさん、アドガさんに起こされました。眠い目をこすってテントを出ると、待ち構えていたのは隊長さんたち七人。二日前に会った、ゴーレムの行列を連れていた四十代の男の人もいました。副隊長さんなのだそうです。
そうして食事もそこそこに、移動を開始。暗いうちはついていけたのですが、東の空が白んで視界が通るようになってからはペースが一気に上がって、今の有様です。
「見えてきたわね」
「ボロい拠点だぜ」
そろそろ山を下りきろうかというところ、木々の合間から見えた景色に、アドガさんとシナサヒさんが言葉を交わします。
小さな川のすぐそば、見るからに急ごしらえの木造の小屋が数軒建っています。拠点というよりか、テントよりはマシな野営地ですね。朝の炊事をしているのでしょう、幾つか煙も上がっています。いかにも攻めどきに見えます。
アイナたちが森の木々が途絶える地点に到着すると、昨日の隊長さんたち三人が待っていました。ライヴォークも一緒です。もうマナ玉の魔術は停止しているでしょう。
ほかの副隊長さん含む四人は、擬態魔術を実行し、先に野営地に向かっています。周囲を取り囲んで一網打尽にするみたいです。おひとり、おひとりが、フォクリック数人分の強さだから取れる作戦ですね。
「ご苦労さん。お前たちはここで待ってろ。戻ってくれたほうが安心できるが」
アイナたちが息を切らして駆けつけると、隊長さんが今さらそんなことを言ってきます。
「嫌です」
「残ります」
すかさず断るアドガさんとシナサヒさん。
「コタロウ、たす、ける」
「いさせて、ください」
「はあ、はあ」
カノンちゃんとユートくんも同様。アイナはまだ息が荒くて、言葉になりません。
「まあ、そうだろうな。――すぐ片付けるが、きちんと護衛しろよ」
隊長さん、見習いのふたりに言い残して、隊員ふたりと野営地へと続く野原を下っていきます。その途中で擬態魔術を実行、後ろから見ると草木が移動しているように見えて異様ですが、反対側から見れば目立たないはずです。
「わたしら、もうちょっと近付いてもいいよなあ」
三人が遠ざかった途端、カノンちゃんがそんなことを言い出します。
「そうだな」
「賛成」
シナサヒさんとアドガさんも同意しちゃいます。待機しているのは不満なのですね。困ったものです。
「ライヴォークの動きが悪いままだから」
アイナは残ろうとします。
もう魔術を実行していないはずなのに、ライヴォークは待機モードのままです。
「アイナくんをひとりにはできない」
ユートくんも残るようです。
「おう、コタロウは任せておけ」
それにニッと笑うカノンちゃん。荷物をアイナに預け、シナサヒさん、アドガさんと一緒に姿勢をかがめながら、野営地へと野原を下っていきます。
「コタロウくんは、いないわよね」
視聴覚強化の魔術程式を使い、木の幹から頭をのぞかせて、アイナが言います。アイナとユートくんがいるところは少し高いので、野営地の様子を見下ろせるのです。家屋の外を行き交うフォクリックの民が数名いますが、コタロウくんらしき子どもは見受けられません。
「そうだな、まだ小屋にいるんだろう。そのほうがいい」
同じく視聴覚強化を実行したユートくんも同意します。コタロウくんの容姿は隊員たちに伝えてありますが、よその民の区別を付けるのは簡単ではありません。早く見つけて、助け出したいところです。
長いようでまだ一分も経っていないでしょう。
隊長さんたちが擬態魔術を解きました。
フォクリックの野営地は、小屋四つが二つずつ二列に並んでいます。そのあいだが、川に並行するようにちょっとした通りになっています。
そこを一気に駆け抜けようと突撃を開始する、隊長さんたち三人。
すれ違いざまに電撃を浴びせ、フォクリックの民をばたばたと倒していきます。
途端に広がる悲鳴に、怒号。
拠点は蜂の巣をつついたような大騒ぎ。
騒ぎを聞きつけ、小屋から次々と出てきます。
中には野営地から逃げ出す者もいますが、それはすでに取り囲んでいる隊員さん四人が逃しません。電撃を浴びせながら、その輪を縮めていきます。
しかし、一方的な攻勢はここまでのようです。
コタロウくんを連れ去ったあの頭が出てきました。
何やら号令をかけて統率を図ります。
小屋を両横の守りにして、通りの空き二箇所に部下を整列させます。
対して通りを突き抜けたシガアの隊長さんは、折り返してきました。隊長さんたち三人と、周りを包囲していた隊員たち四人で通りを挟み込む形。
フォクリックの民のほうが、人数はずっと多いです。通りの両端をそれぞれ横に五、六人、三重に並んで守りを固めます。幹部含めて、おおよそ二十人ずつに分かれて、両端を守る形です。石製ゴーレムも数台いますが、どれも見るからに使い古されていてボロボロ、戦力にはなりそうにありません。
ほかには、いつの間にか電撃で倒されて、後ろ手に縛られている人が数人転がっています。ですがコタロウくんは見かけません。あの隊列の中に組み込まれているのでしょう。
ここまでのところ、シガアの隊長さんの作戦通りに事は進み、包囲は完了しました。フォクリックの民は四十人以上いるのですね。これだけの人数で昼夜を問わず入れ替わり立ち替わりで盗掘に来られては、警備はさぞ大変だったことでしょう。
「フォクリックの民よ。ここは完全に包囲した。降伏しろ」
シガアの隊長さんが大声で降伏を勧告します。大声というか、これは魔術程式を使って、音量を増幅していますね。シガアの民の華奢な体で、あんな大声を出せるわけがありません。
「シガアの民よ。返答する。――くそ食らえだ。やれるものならやってみろ」
フォクリックの民の頭が大声で、下品な返答をします。こちらは地声でしょう。
「おまえら、遠慮するなよ。やれ!」
その返答は予想していたものだったのでしょう。シガアの隊長さんは即座に攻撃を指示します。アイナたちから見て手前側で四つ、奥側でも四つの電撃が、次々とフォクリックの民に向かって放たれます。森の端からでも、隊長さんがふたつの強力な電撃を放っていることがよく分かります。さすがクアドラプル。
対するフォクリックの民側は、防御の程式を実行して防戦一方です。力尽きると後ろの人と入れ替わって、そのあいだに治癒魔術で回復しています。下級民さんたちが盾にされているみたいですね。子どもの姿もちらほら。痛々しい。どこかにコタロウくんもいるはずです。
「くそっ、我慢できるかよ」
数十メートル後方でその様子を見ていたカノンちゃんが、手前側の隊員さんたちのところに駆け寄ってしまいます。
「こらまて」
「だめよ」
と、追いかけるシナサヒさんとアドガさん。どこまで本気で止めようとしていることやら。シガアのふたりはいいでしょうが、カノンちゃんは危ない。
「きゃ、カノン、無茶しすぎ」
「いくら何でも危険すぎる」
アイナとユートくんも心配しています。
「おまえら、護衛はどうした!」
手前側四人組の指揮を任されているのでしょう、副隊長さんが電撃を打ち込みながら、見習いふたりに怒鳴りつけます。この電撃の威力、副隊長さんはトリプルですね。
「すみません、このキンキイの子、言うことを聞かなくて」
アドガさんが言い訳しながら、カノンちゃんを捕まえます。カノンちゃん、振りほどこうとしているみたいだけど、どうにもなりません。アドガさんは細いけど、身体強化されたらカノンちゃんでは敵わないわね。
「まあ、いい。あいつら結構しぶといからおまえらも手伝え。キンキイの嬢ちゃんは戻りなさい」
副隊長さんは仕方なさそうに言います。そのあいだも、フォクリックの民への攻撃を絶やしてはいません。
「コタロウを探すだけだから、いさせてくれ」
カノンちゃんは泣きそうな声で哀願します。
「責任持って押さえていますから、私からもお願いします」
とアドガさんも支援。
「お前はこの子を取り逃がしたばかりだろうが」
副隊長さんはチクリと嫌みを言うも、
「分かった、そこの坊主としっかり捕まえておけよ」
と、シナサヒさんにも指示を出して、許可します。
「仲間見つけたら、教えろよ」
シナサヒさんはそう言ってカノンちゃんの空いている腕を捕まえて、電撃を撃ち始めます。
「そうね。――といっても手加減、難しいけど」
アドガさんも不安になるような台詞を言いながら、電撃を放ち始めます。
「コタロウ、どこにいるんだよ」
カノンちゃんはそんなふたりに返事をすることもなく、フォクリックの民を探ります。
「そろそろ諦めたらどうだ? 時間の問題だぞ」
再度、降伏を勧告するシガアの隊長さん。
実際、フォクリックの民の交代ペースは速くなっていて、見ているこちらが辛くなります。マナ筋肉が疲労したのか、地面に伏せている人もいます。かわいそう。
「ふん、それはどうかな」
そう言ってフォクリックの頭はぶら下げている笛を口に当て、吹いています。先ほどから同じことを何度かやっているのですが、音がしないんですよね。
「あれ、犬笛か!」
森の端からアイナと戦いの様子を窺っていたユートくんが、その謎を解きます。なるほど。
「犬笛って、犬だけ聞こえる音が出る笛だよね」
「そうだな。フォクリックの民は、――いや全員かどうかは分からないが、聞こえる者がいるのだろう。おそらくコタロウくんもだ」
そうユートくんが考察をしていると、通りの向こう側、シガアの隊長さんたちの後ろから、大勢の怒鳴り声が聞こえてきます。
「待たせたなー!」
「かかれー!」
「うおー!」
気勢を上げて向かってくる、フォクリックの民。
野営地側と同じくらいの人数です。
その様子を見て。シガアの隊長さんたち三人は、手を止めて何やら相談。
あっ、フォクリックの小屋に三人とも飛び乗りました。
屋根づたいに跳ねてきます。
フォクリックの何人かが電撃。
なかなか当たらないし、当たっても効かない。
あっという間に隊長さんたち三人は、手前側の四人と合流しました。
コタロウくん、フォクリックの偉い人が来ると言っていました。でもこれは視察に来ただけではなく、人員の総入れ替えですね。
不味い状況になってしまいました。
「ひさしいな、クアドラプルの」
フォクリックの民、総勢八十名はいるでしょうか、たぬきっぽい顔の大男が一歩前に出て、声を上げます。
この人が新たにやって来た一番偉い人です。総頭とか呼ばれていました。正直、あの人攫いの頭と顔の区別がつきません。ですが、体格が一回り大きくて、間違えることはありません。
「てめえも懲りないな。総頭さんよ」
シガアの隊長さんが応じます。ふたりは顔見知りのようです。
シガアの民側は隊員七名、見習い二名です。これは良くて互角、おそらく劣勢なのではないでしょうか。トリプルが副隊長さん以外にもいれば分からないですが、ここまで見た様子ではいないです。
カノンちゃんはもう、見習いふたりに腕を掴まれていません。森に戻ってきて欲しい。
「マナ木をほんの少し取り引きすればこんな荒事にはならんのに、なぜ拒むのだ」
あら、意外と理性的なことを言うのね。
「同じ話を何度もしつこい。お前たちと取り引きなどできるか」
隊長さんは無下に断ります。
「これは、シガアのほうに争いの原因があるのではないか?」
後方でふたりのやり取りを聞いているユートくんが呟きます。シガアの事情を知らないと、そう思っちゃうわよね。
「ではお前たちを人質にして、マナ木に交換させるだけだ」
そう言って総頭は、「やれ」と部下に指示して下がります。部下というのはあの人攫いの頭ですけどね。これだけの人数が一度にかかってきたら、シガアのみなさんといえど、ただでは済まないのでは。
八十人が二重、三重にと横に広がり、一歩一歩と前に進んできます。それに対してじりじりと後ずさりするシガアの皆さん。いえ、ひとりとどまっている人がいます。
「聞けい、フォクリックの民よ。俺は隷属程式を解除できる。逃げたい者はあの森に走り込め!」
隊長さんがそう大声で呼びかけて、アイナたちのいるこちらの森を指します。
前進がピタリと止まり、静かなざわめきが広がります。
「一斉に逃げれば、全員に魔術をかける力なんてないぞ」
隊長さんの呼びかけは続きます。
「ええいっ、そいつの言うことはでたらめだ。突撃しろ!」
それに対して頭が絶叫。
でもフォクリックの民のみなさんは、互いを見合って動きません。
「従わなければこうだ!」
そう頭が言うと、
「ぐおわっ」
と、最前列の真ん中にいた犬顔の男性が頭をかかえて倒れ込みます。
見せしめですね。ほんと、酷い。
しかし、動きが起こりました。
右側の人たちの足元をかき分け、ひとりの少年が顔を出します。
「うおー!」と叫び、森に向かって全速力。
コタロウくんです!
「こいつ!」
フォクリックの、誰の声かは分かりません。
でも隷属程式に干渉したのでしょう。
コタロウくんが頭をかかえて倒れ込みます。
「コタロウっ!」
たまらず駆け寄ろうとするカノンちゃん。
両隣のシナサヒさんとアドガさんが、すかさずカノンちゃんをとどめます。
「放せ、放せ!」
もがくカノンちゃん。ダブルふたりに捕らえられては、動けません。
「負ける、ものかあ……」
コタロウくん、それでも立ち上がり、ヨロヨロと歩きます。
それをきっかけに――。
「うおー!」
「逃げるぞ!」
「行けー!」
ほかのフォクリックの民が、何人も声を上げて走り出しました。
「こいつら!」
「ぐおっ」
「なめるなよ!」
「ぐぬう」
上級民の冷たい声がかかると、頭をかかえる下級民。
見ていられません。
でも、走り続ける人も何人か。
隊長さんの言ったとおり、いっぺんに何人もは抑えられない。
盾にしていた部下が減り、上級民の姿も露わになります。
「外道が」
「仲間だろうに」
シガアの隊員たちが、電撃を再開して援護。
上級民は慌てて、防御程式を実行。
それを機に隷属魔術への干渉がなくなったよう。再び歩き出す下級民の方々。
「コタロウ!」
カノンちゃんが、ついにシナサヒさんとアドガさんを振り切ります。
見習いふたりが電撃を始めた隙を、突いた形。
「カノン、危ない!」
それを見て、アイナが森から駆け出してしまいます。
これにはライヴォークも待機モードを解いて追走。
「アイナくん!」
ユートくんもたまらず追いかけます。
ふたりと一体は、下りの野原を疾走。
途中で、逃げてきたフォクリックの民と行き交います。
とどまった下級民とともに、シガアの隊員と戦うフォクリックの上級民。下級民は三分の二は残ったでしょうか。家族もいるでしょうしね。
戦いの趨勢は、ゆっくりですがフォクリックの民に傾きつつあります。
隊員の何人かは脂汗を浮かべている。
そっか、ここはフォクリック地域。マナ濃度がシガア地域より薄いので、いつもの力が続かないのですね。粘られると不利でしょう。
そんな中で余裕ができたのか、
「お前は許さん!」
と、頭がふらふら歩くコタロウくんに電撃を放ちます。
「うおお!」
間一髪。
防御程式をはったカノンちゃんの背が、コタロウくんを守りました。
擬態魔術も止めての、全力の防御。
「ぐわわっ!」
でも大人と子どもの魔術の力比べ。
カノンちゃんとコタロウくんは身動きが取れなくなったようです。
子どもになんてことを。
「きゃあああ!」
悲鳴を上げるアイナ。
シガアの隊員たちは、頭に電撃を集中します。
でも下級民が、命がけで防いでしまう。
走っていたアイナは、急に立ち止まります。
合わせて止まる、ユートくんにライヴォーク。
アイナはしばし目を閉じ。
キッとライヴォークを睨み上げます。
その瞳が揺れている。
「ライヴォーク、制限処理停止!」
『――ヴォン』
っ?!
仲間のために。
アイナが下したのは、訣別の決意でした。
「アイナくん!?」
絶句するユートくん。
「カノンとコタロウくんを守りなさい!」
『ヴォン』
差し出す対価は、私たちへの想望です。
それは嬉しくて、それは寂しい、娘の成長の証し。
「壊れるぞ、俺が行く!」
説得をあきらめ、ユートくんは駆け出します。
「いいの。――さよなら、ライヴォーク」
ひどい鼻声。
愛らしいお顔が、すっかり涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。
すごく辛いことでしょう。
すると――。
「よく決断したね」
とても懐かしい、涼やかな声。
「でもお別れは、もう少し先にしたいかな」
そうライヴォークは喋りました。




