クアドラプル
カノンちゃんが唖然としています。
周囲を警戒していて、きちんと何かが来たのを察知したのに、あっという間に接近を許してしまいましたからね。これでは警戒をしていた意味がありません。
マナ肺活量二万超えの人が身体強化を使うとどうなるのか、思い知ったことでしょう。魔術無しならカノンちゃんのほうが強いと思いますが、それはしても意味のない前提です。
「足跡をたどっただけだ」
どうして自分たちの場所が分かったのかとユートくんが聞くと、シガアの青年は何でもなさそうに答えました。
ユートくんは地面を眺めて顔をしかめます。ひとつひとつの跡は大したことはないのですが、三人とゴーレム二体が歩いた場所は、そうでないところと比べると荒れ方が異なっています。
「三人には村まで来てほしいんだ。その、地図の件、上に報告したら、マズいって言われてしまった」
あさっての方向を向いて、シガアの青年は言います。大したこと無さそうに話していますが、それなりに怒られたんじゃないでしょうか。
「私たちも相談したいことがあります」
ユートくんは即、それに同意します。カノンちゃんも頷きます。アイナもようやくライヴォークの背から体を離して、頷きました。
「うん、歩きながら話してくれ」
三人が気落ちしていることには気づいているのでしょう。そう言ってシガアの青年は、空に向かって信号弾魔術を実行します。
青空に炸裂する閃光に、大音響。
陽もずいぶんと高くに上がっています。
「じゃあこっちだ」
シガアの青年の案内に従って、三人とゴーレム二体は歩き始めます。石製ゴーレムに指示を出すユートくん。アイナもライヴォークに指示。ところが様子がおかしいです。
「ライヴォーク、どうしたのよお」
ライヴォークの歩みが、石製ゴーレムより遅いのです。泣きやんだばかりのアイナがまた泣き出しそう。
これに「どうしたんだ」とシガアの青年。ユートくんが事情を説明します。
足を止めたシガアの青年は、ライヴォークに近寄って持ち上げます。
「そこまで重くはないな。四人で担がないか」
アイナたちは、もちろん頷いて手伝います。四つ足ゴーレムは何度も運んだことがありますが、二足歩行は初めて。あーだこーだと試行錯誤を繰り返し、最後は胴体の肩と腰の部分を支えて歩き始めます。
これ、歩くより抱えられるほうが疲れると思うのですけど。ライヴォークったら何をやっているのかしら。演技なのか本当に調子が悪いのか、私にもさっぱり分からなくなってきました。
「なあ、おじさんの名前は何て言うんだ?」
一緒に左右からライヴォークの腰を支えているカノンちゃんが、シガアの青年に訊ねます。
「おじさんって、まあキンキイの民からしたらおじさんなのか」
シガアの青年は不服そう。
「そうだなあ、『シナサヒ』と呼んでくれ」
少し考えてシナサヒさんは答えます。「あいつはお姉さんって呼んでやれよ」と付け加えるところは、なかなかの好青年です。
「どういうことだよ、それ」
口の利き方は別として、カノンちゃんの疑問は当然です。
「俺は未成年だから、名前がまだないんだよ。シナサヒというのは、俺が生まれ育った村の名前なの」
アイナがライヴォークの不調に塞ぎ込む中、意外にもカノンちゃんとシナサヒさんの会話で盛り上がりながら、森を進んでいきます。
「あ、来た来た。無事で良かったわ」
村に到着すると、昨日の女の子が待ち構えていました。先ほどの信号弾はアイナたちを保護したという合図だったのでしょう。四人はライヴォークを下ろして村に入っていきます。
「これがキンキイの子どもたちか。我々にフォクリックとの出来事を聞かせてくれ」
ぞろぞろと、シガアの大人の男三人が集まってきます。見た目はみな三十代くらい。人の少ないシガアの民です。たった三人ですが、同年代の人がこれだけ一つの場所にいると異様に見えます。各村から選抜されて警護を担当している大人たちが集まっているのでしょう。
ユートくんが「分かりました」と一歩踏み出すと、後ろから「くぅー」とかわいらしい音が聞こえてきました。
カノンちゃんのお腹です。
「昨日の夜から、マナ食だけなんです」
と、ユートくんがすかさずフォローをします。
「キンキイの子どもは、たった一日で腹が空くのか」
シガアの大人はそうぼやきながらも、
「分かった、食べてからでいい」
と昨日の女の子にお金を渡して、食事の案内をするよう指示します。
そのやり取りを聞いていると、どうやらこの方が警備隊の隊長さんのようです。
食堂に案内され、三人は昨日のお昼のおむすび以来久しぶりの食事にありつきます。シナサヒさんと女の子が、その食べっぷりを呆れながらも楽しそうに見ています。もっともコタロウくんがいない今、そんなに食べているのはカノンちゃんだけなのですけど。
アイナたち三人が食事を終えると、シナサヒさんが食堂を出て、隊長さんたち三人を連れて戻ってきました。人口が少ないから、この程度の人数でも集まれる場所はそれほどないのでしょうね。
早速ユートくんが、三人を代表して地図が取られた経緯やコタロウくんの事情を説明します。アイナとカノンちゃんはユートくんにお任せ、黙っています。ライヴォークはその横で、待機モードになって床に座っています。
「ふん、これは面白くなってきた。奴らの拠点が分かる上に、そこに集まるのか」
話が終わり、返ってきた反応は意外なものでした。
これほど好戦的なシガアの民は、少なくとも私の記憶にはありません。シガアの民は、淡泊な性格の人が多いです。
三人は何やら、人集めの算段を進めます。
「あの、コタロウくんは――」
そうアイナが不安をぶつけると、
「隷属魔術のことなら心配いらない。俺はクアドラプルだ。フォクリックの連中の程式なんぞ、俺が上書き無効にしてやる」
と、隊長さんが自信満々に請け負います。それを聞いたアイナたち三人の、目の見開きようったらありません。
強制上書きなんて荒技、本当にできるのですね。程式を謂わば黒塗りするような暴力的な魔術です。理屈上は理解できるのですが、数万のマナ肺活量が必要になるはず。クアドラプル、四人分のマナ器官を持っているのなら、確かにできるのでしょう。ちょっと悔しいですが、全盛期の私でもとてもではないですが無理だったでしょう。
「ただ、拠点に攻め入るためにも、ぜひともそのゴーレムには道案内を頼みたい。過負荷寸前のようだが、できそうか?」
隊長さんも心配そうにライヴォークを見つめます。
「大丈夫じゃありません。早くコタロウくんに近付きたいです」
泣きそうになりながら答えるアイナ。
「なら、こっちの人集めがちょっとばかし間に合わねえが、明日の朝に攻め込むか」
隊長さんが、横に並んでいる隊員ふたりの顔色を窺いながら言います。
ふたりは難しい顔をしながら「仕方がない」、「逃すよりはずっとマシだ」と応じます。
「実は、今日は妙に連中の活動が大人しいんだ。すでに、そのさっき言ってた拠点への合流を始めてるのかもな」
隊長さんがフォクリックの民の様子を説明します。いつもは四六時中、何かしらの行動が見られるとのこと。フォクリックの民も必死ですね。シガアの民の人口が少ないという弱点を突くために、行動範囲を広くして、交代制で昼夜を問わず活動しているようです。
一通りの話を終えると、隊長さんはシナサヒさんと女の子に目を向けました。
「シナサヒの息子とアドガの娘よ。お前たち見習いにも一働きしてもらう必要がありそうだ。キンキイの子供三人の護衛についてくれ。それくらいできるだろ」
と、シガアの若手ふたりに指示します。この強いふたりを子供扱いなのですね。未成年だから、隊長さんにとっては子供みたいなものなのでしょうけど。
「任せてください」
「やります」
と、ふたりは応じます。
ふたりの様子を見ていると、一人前と認めてもらうよう一所懸命のようです。
「よし、今日はそんなところだ。俺たちは引き続き準備を進めるが、キンキイの子ども三人はよく休んでくれ。夜明け前には出発するぞ。奴らが探索に出る前に叩く」
隊長さんがそう言って立ち上がると、隊員さんふたりも立ち上がります。
「あの――」
そこでアイナが遠慮がちに声をあげます。
「このゴーレムの作り主に、心当たりはありませんか?」
いつもの質問ですが、どこか元気がありません。たった一晩で、アイナはすっかりアイナらしくなくなりました。
「うむ、悪いが俺もこれがナガアマで作れるとは思えない。すまねえ」
と隊長さん。隊員ふたりも同意しています。アイナは「ありがとうございました」と小声でお礼をします。
ではと、シガアの大人三人が立ち去ろうとすると、今度はユートくんが声をあげます。
「ライヴォークの負荷を下げるために、すぐにでもフォクリックに近付いておきたいです。よろしいでしょうか?」
その進言を隊長さんは頷きながら聞き、
「そうだな。君たちがそれでいいなら、もちろん構わない。お前たち、すぐ支度してついてってやりな」
と、シガアの若手ふたりに言い渡します。隊員のひとりにも目印の魔術程式を示し合わせるよう指示をして、食堂を出て行きました。
またアイナたちが森に逆戻りするのは心配ですが、コタロウくんとライヴォークのためには仕方がありません。
シガアの民ふたりの支度はすぐに終わり、五人はライヴォークの指し示す方向に向かって村を出発します。歩くのが遅いので、ライヴォークは交代交代で担いでいきます。
そうして尾根の手前まで来ると、付近の空き地を探してアイナたち三人はテントを用意します。
しかしシナサヒさんとアドガさんは何もしません。――えっと、アドガというのは女の子の出身村の名前です。シナサヒさん同様、アドガさんと呼ぶことになりました。
「俺たちシガアの民は二日や三日、飲まず食わずでも平気なんだ」
「私たちがずっと夜の番をしているから、安心して寝なさい」
シナサヒさんとアドガさんは、そうアイナたちに説明します。
「えー、シガアの民はズルいよ」
とは、カノンちゃん。
「あら、私は次々と食べるカノンちゃんが羨ましく見えたわ。私たちはあんなに食べられないもの」
そう言って、アドガさんが悪戯っぽく笑います。
「なら、わたしはキンキイの民でいいや」
苦笑するカノンちゃん。アイナとユートくんも笑っています。隊長さんの隷属程式上書きの話を聞いて、いくらかは心に余裕を取り戻せているようです。
そのあともしばらく五人で談笑を続け、アイナたちはテントに入って寝ました。
昨晩と違ってよく眠れているみたい。誰かさんのいびきも聞こえてきます。
ライヴォークも、周囲の警戒をシガアの若者に任せられるからだいぶ休めるんじゃないかしら。
そうして夜は更けていき、木々の合間に星空が広がり、次いで空が白むときを迎えます。




