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「今晩はコタロウくんに近付きながら、テントを張れるところがあればそこで野宿にしようと思う。どうだろうか?」

 シガアのふたりとゴーレム四体の姿が消えると、ユートくんはそう言いました。アイナもカノンちゃんも、即、賛成します。

 シガアの青年に地図を見せてもらい、近くの村や地域境の位置関係を把握できたためか強気になっているみたいですね。視聴覚を強化して警戒しながら移動すれば、先ほどみたいに取り囲まれることはないと思いますが、無茶はしないで欲しいです。

「こいつにはマナブーストするか」

「そうだな、頼む」

 貸してもらった石製ゴーレムに、カノンちゃんが程式を実行します。先ほど程式に手を入れて動きを良くしていますが、三人やライヴォークと比べれば遅いはず、補助しておこうという狙いですね。

「それじゃあ、ライヴォーク、コタロウくんのところに向かって」

 準備も整ったので、アイナが指示を出します。ライヴォークは立ち上がって歩き始めます。


 いつの間にか雲もだいぶ晴れました。月の光が木々の隙間を縫って、地面のところどころに届いています。

 三人は照明魔術を最小限に絞って前方を照らし、森の中の道なき道を歩きます。

 先頭にライヴォーク、そのすぐ後ろをアイナ、さらにその後ろを石製ゴーレムが行って、その両横にカノンちゃんとユートくんが並んでいます。

「これ、マナブーストいらないな」

 そんな中、カノンちゃんがポツンと言いました。

「そうだな。やめていいだろう」

 ユートくんも認めます。

 四つ足石製ゴーレムが普通について行けるぐらいに、ライヴォークの移動が遅いのです。

「あっ、マナ玉使ってるのに、こいつと同じスピードで移動できるライヴォークは凄いよ」

 不安そうに振り返ったアイナに、カノンちゃんが慌ててフォローを入れます。

「しかしこのような山の中でマナ筋肉(マッスル)過負荷(オーバー・ロード)させたら、廃棄するしかなくなる」

「お前、余計なこと言うな」

 冷静に状況を評価するユートくんに、カノンちゃんが怒ります。あいだに石製ゴーレムがいなければ、背中に重い一発をかましていたことでしょう。

 アイナは「分かってる」と応じます。消え入りそうな声でした。

 ライヴォークの管理者権限はありません。山の中でなくとも過負荷(オーバー・ロード)させたら、マナ器官を移植して修理というわけにはいかないのです。移植はできたとしても、程式はその器官に合わせて書き直しです。そもそも書き直しができないし、できたとしても、ゴショの魔術程式書家ですらあり得ないと評したライヴォークの魔術程式を復元するのは限りなく困難です。アイナにとってライヴォークを過負荷(オーバー・ロード)させるのは、両親の手がかりを失うことと同義なのです。


 そこからは黙々と歩く三人。

 周りは三人の歩く音しか聞こえません。

 しばらくしてテントふたつを立てられそうな場所を見つけ、三人はそこで落ち着くことにしました。ここまでの山の様子をみるに、このような場所はそういくつも見つかりそうにありません。

 ライヴォークの背に預けていた荷物を広げ、テントを立てます。女子用に続いて、男子用。前回はふたつを同時に立てました。このような作業をすると、コタロウくんがいないことが実感されます。

 一段落つき、三人は集まって座り、食事を取り始めます。

 食事といっても、今晩は宿に泊まる予定でした。マナ食をつくって食べるしかありません。地面も、魔術を使わないと(こご)えるような冷たさです。子どもたちのこんな状況を目にするのは辛いです。

 ライヴォークはというと、荷物を下ろすとすぐに待機状態に入りました。

「明日はコタロウくんの居場所を見つけたら、マナ玉を止めさせて、一旦、村に寄ろう」

 わずかなマナ食をつくって食べ終え、ユートくんが言います。

「それでいいんじゃないか。あいつらもシガアの警護に見つかるまではキャンプ地を変えないんだろうし」

 それにカノンちゃんが合わせます。

 シガアのふたりが言っていた事と少し話が異なっていますが、素で言っているのでしょうか、わざと変えているのでしょうか。

「それじゃあ、コタロウくんを見失っちゃうよ」

 弱々しく反論するアイナ。

 ふたりが、ライヴォークの過負荷(オーバー・ロード)を思いやって妥協しているのは明らかです。アイナにはそれがありがたくて、辛いでしょう。

「それで元々だ。ライヴォークがいなかったら私たちでコタロウくんを探すしかなかったんだ、見失っても本来の状態に戻るだけだ」

 ユートくん、ユートくんらしからぬ理屈を語っています。

「案外、明るくなったら空から簡単に見つかるんじゃねえか」

 カノンちゃんもそんな軽口を叩きます。本気で言っている可能性もありますが。

「コタロウくん、無事かなあ」

 アイナの落ち込みは続きます。

「わざわざ連れ帰ったことからすると、(とら)えておいたり、ましてや――」

 ユートくん、口にしようかどうか迷った様子、

「ましてや、殺したりする理由もない。マナ木盗掘の人手にするつもりなのだと思う」

 と、続けました。

「私もそう思うよ、アイナ」

 カノンちゃんも、静かに肯定します。

 アイナは(うつむ)いて、(あふ)れてきた涙を拭いています。

「明日は、早くて申し訳ないが、日の出とともに出発しよう」

 ユートくんはそう言って立ち上がります。

「はいはい、分かったよ。ほら行こう、アイナ」

 カノンちゃんも立ち上がり、アイナの肩をぽんぽんとやさしく叩きます。そしてよろりと立ち上がったアイナを抱えて、テントへと入っていきました。

 それを見届け、自分もひとりテントに入るユートくん。

 アイナは良い友だちに恵まれました。

 ライヴォークはマナ玉を飛ばしたままです。ユートくんの推察通り、コタロウくんが無事なのは確かでしょう。

 早く四人が再会できることを願うばかりです。


 アイナたちの事情など関係なく、陽はいつものように昇ります。

 マナ食で軽く食事をし、テントを畳んでライヴォークに預け、準備を整えた三人。

 アイナが恐る恐るコタロウくんのいる場所へ向かうよう指示すると、ライヴォークは遅いながらも移動を開始しました。アイナは、ほっとしています。

 三人とも眠たそう。ほとんど寝ていないでしょう。カノンちゃんのいびきも、昨晩は聞こえませんでした。

 寒い冬の朝ですが、天気が良いのは幸いです。

「なあ、木が細くなってるんじゃないか。それに普通の木っぽくなってきたし」

 徐々に勾配がきつくなってきた斜面を登っていると、カノンちゃんが言いました。

 三人とも身体強化の魔術程式を実行しているので、山登りを苦にしている様子はありません。

「そうだな、シガアの何かから遠ざかるほど成長が悪くなるのだろう」

 それにユートくんが返します。今日は石製ゴーレムをふたりの前に歩かせて、カノンちゃんと並んで歩いています。()(はん)向きに石製ゴーレムの程式を調整したので、その様子を見ているのです。

「何かって、適当だな。大湖じゃなくて?」

「シガア地域をくまなく観察すれば分かると思うが、我々は西側を移動しただけなのだから仕方がないだろう。それでもここまでの様子から推測するに、シガア地域の北寄りにある何かが影響しているのは確かだと思う」

 ふたりだけの会話が続きます。

 アイナは、ライヴォークやコタロウくんのことで頭がいっぱいなのでしょうか、地面を見つめてただ歩きます。

 それにしても、ユートくんのマナ木の考察は鋭い。

「いずれにしろ、フォクリックの民が大きなマナ木を探すには、シガアの地にそれなりに入り込まなければならないだろう」

「へっ、確かにな。そいつはコタロウを取り戻すには好都合だぜ」

 この会話、半分は雰囲気を明るくするためだと思うのですが、アイナは乗ってきません。

 そうしているうちに三人は、山の尾根に差しかかりました。

「ここで一旦止まろう」

 そうユートくんが言うと、アイナはライヴォークに指示をして、コタロウくんの追尾を止めさせます。

「少し危険だが、上から見るか」

 三人は浮上の魔術程式を実行し、木々から頭一つを出して、地形の確認を始めました。

 そこからはずっと下り斜面が続いていて、向かいに山はあるのですが随分と距離があります。谷底にはそれほど大きくはありませんが川が流れていて、ところどころでその姿をのぞかせています。

「やはりシガア地域側と比べると木が細い、――違うか、普通の木ばかりだな」

「なあユート、この地形なら、手前側で待ち伏せしたほうがいいんじゃないか」

「ふむ、カノンくんも知恵が回るときがあるのだな」

「んだと。わたしは知性派だっての、な、アイナ」

 カノンちゃんがアイナに振り向くも、アイナは返事をしません。(うわ)(そら)です。

「おい、アイナったら」

「ん、なに、カノン?」

「あ、いや、もう下りよう」

「分かった」

 三人はゆっくりと地面に下り、これからについて話し合います。

「この尾根の手前にいれば、フォクリックの民を先に発見しやすいと思う。なので尾根を越えないように待ち伏せをしてみたい」

 ユートくんが、上空でカノンちゃんとしていた話を一からアイナに説明します。

「一旦村に戻るのはやめるのね」

「そうなる。申し訳ない」

「ううん、そのほうがいいと思う。コタロウくんに近いから、ライヴォークの負荷も減るし」

 アイナは首を振って、ユートくんに話を返します。

「そうだ。ねえ、ライヴォーク、コタロウくんのいる方向を教えて」

 何かを思いついて、アイナはライヴォークに指示を出します。ライヴォークは谷方向に体を向け、斜め右を示します。

「それでどうするんだ、アイナ」

 意図を掴みきれないカノンちゃんが訊ねます。

 その方向はここまで向かって歩いていた方向、指示を出さなくても分かっていたことです。改めてマナ玉にまつわる基本的な魔術を実行する必要はありません。

「指す方向が谷の真正面を向くまで、尾根づたいに歩くの。そうすればコタロウくんに少しは近づける」

 アイナはそう言って、ライヴォークの腕を引いて歩き始めます。このあたりの尾根が一直線なのは、昨日見せてもらった地図で分かっていますからね。

「なるほどな」

 ユートくんも石製ゴーレムに指示を出して、アイナに続きます。カノンちゃんも「落ち込んでても賢いなあ」と表情を緩ませて追いかけます。


 しばらく尾根づたいに歩いては、ライヴォークの指す方向を確認するという作業を続けていると、様子に変化が起こりました。ここまで進んできたところを、戻るようになったのです。

「コタロウくんが動き始めた、ということだろうな」

「ライヴォーク、もう少し頑張ってね」

 三人に緊張が走ります。さすがにカノンちゃんも、「釣りをしているみたいだな」とか軽口を叩かなくなりました。

 そうしてついに下り斜面側に人影を見つけます。

「いたぜっ」

「待てカノンくん」

 飛び出そうとしたカノンちゃんを、あわててユートくんが止めます。

「どうして?」

 これにはアイナも不思議そう。

「いや、考えすぎかもしれないが、監視がついているかもしれないと思ってな」

 ユートくんが理由を説明します。

「なっ、――あー、どこか行っちゃったぜ」

 森の中なので、少し角度が異なると全然見通せなくなったりします。

「焦らなくていい。方向が分かるし、こちらに来るのも分かっているのだから、必ず会える」

「ライヴォークに負担がかかるだろうが」

「これだけ近ければ大丈夫よ」

 三人は会話を交わしながらも、シガア側に斜面を下りて、距離を取ります。監視がついている事態を想定するなら、シガアの村に逃げ込むことも考えておかなければなりません。

 三人それぞれ別の木の根元に散って、伏せて隠れます。これ、遊びごとではないのですよね。どきどきします。

 しばらくして、子どもひとりが尾根を越えてきました。

「やっぱ、コタロウだろ」

 カノンちゃんがその子の仕草を見取って、とても小さな声で言います。フォクリックの民は耳がいいから、気をつけないとね。

「アイナくん、ライヴォークを彼に近づけさせてくれないか」

 ユートくんがアイナに依頼します。

 アイナは「わかった」と二つ返事でライヴォークに指示。

 ライヴォークが少年に向かって歩き始めます。

 少年、何かが接近していることに気づいたのでしょう、木の幹に身を隠します。そこから恐る恐るのぞき見。あら、少年の後ろに微かな淡い光が飛んでいるじゃない。

 少年、ゴーレムの正体が分かったみたい。走って近寄ります。

 そしてあたりを見回し、

「俺だ、コタロウだ。みんな、いるのか?」

 と、声を上げます。

 三人は立ち上がり、喜びの声を上げてコタロウくんに駆け寄りました。


「監視なんてついていないし、多分そんな人の余裕なんてない。だいたいつける必要がない」

 再会を喜んだのもつかの間、ユートくんが監視について聞くと、コタロウくんは顔を歪めて言いました。

 その答えにカノンちゃんはきょとんとし、ユートくんは顔を曇らせています。

「時間制限の程式?」

 推理のついたアイナが答え合わせをすると、

「そうだ。夜までに戻って解除してもらわないと、また頭が痛くなるって言われた」

 と、答えが返ってきます。

 三人は二の句を告げられません。

 (しゃく)ですがフォクリックの民もいろいろ工夫をしています。恐らく痛みは短期的なもので、乗り切れば逃げられるでしょう。その点ではシガアの青年の言った通りです。しかしコタロウくんのような子どもに賭けをさせるのは、あまりに危険だと思います。

「どうにかならないのかよ」

「俺のことは忘れてくれ」

 カノンちゃんの嘆きに、コタロウくんはどうってことなさそうに答えます。十一歳になったばかりの子どもに、こんなことを言わせる状況が(せつ)ないです。

「連れて行かれた先はどんな状況だった?」

 ユートくんは淡々と聞きます。冷静に救出の方法を探っている。ゴショ御三家に連なる者として教育された賜物でしょう。

「十人くらいいる。その中で偉いヤツはたぶん四人。もっと偉いヤツが見回りに来るみたいで、そいつにいいところを見せようと躍起になっている」

「ではキャンプ地から、本拠地に移動するのか?」

「よく知ってるな。もうひとつのグループと合流して、その本拠地ってところで、もっと偉い奴を出迎えるらしい」

「そうなのか」

 ユートくんはコタロウくんの説明を聞いて、眉を(ひそ)めます。状況がさらに悪くなるものね。

「そういや、どうして俺のいるところが分かったんだ?」

「ライヴォークがマナ玉をつけたの」

 その問いにはアイナが答えます。

「キャンプ地まで、うーん、三キロはあるぞ。凄いなコイツ」

 ライヴォークは、今は石製ゴーレムと仲良く並んでいます。

「だがライヴォークも限界だ。次は難しい」

「ごめんなさい」

「そっか」

 それに低い声で状況を説明するユートくんとアイナ。

 コタロウくんは、やさしい笑みを浮かべて応じます。

「そろそろ、適当に探したふりをして戻るよ。みんなに会えて良かった」

 そう言って、周りの様子を見回すコタロウくん。

「絶対に助けるぜ」

「うん、助ける」

「何とかしてみせる」

 三人は次々と声をかけます。

 でもコタロウくんは、何も言わずに首を横に振るだけ。

 そして、森へと駆け出してしまいました。あっという間に、姿が森の中に消えていきます。

 まるで、アイナたちとの関係を断ち切ろうとしているみたい。

 その様子を見て、アイナはライヴォークに駆け寄ります。

「ライヴォーク、マナ玉でコタロウくんを追って」

 と小声で、でも力強く、指示を出します。

 ライヴォークは淡い光を作りだし、コタロウくんの去った方向に飛ばします。

「アイナ、無理をさせるな」

「マナ筋肉(マッスル)過負荷(オーバー・ロード)になったら、本当に破棄するしかなくなるぞ」

 小さな、悲鳴のような声で、カノンちゃんとユートくん。

「それでも、いいの……。それで……、えっ、えっ、うああああ……」

 アイナは泣き出してしまいました。ライヴォークの背中にしがみ付きます。

 ()(えつ)が静かに森にしみます。

 落ち着くのを待つカノンちゃんとユートくん。

 そっとアイナを見守っています。

 もどかしい時間が過ぎていきます。

 その時でした。

「なんか来た!」

 視聴覚強化で周囲を警戒していたカノンちゃんが、ふたりに警告を発します。

 でも、すぐ次の瞬間。

「やっと見つけた」

 三人の前に細身の男性が現れました。

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