足がかり
「しばらく待ってみよう。状況によってはここで野宿だ」
ユートくんはそう言って地面に腰を下ろし、照明魔術を実行します。
その明かりにあたりの木々が照らされます。目立つために強めに照らしているみたい。
「ふん。こんな状況で、よくもまあ冷静なこったな」
そう毒づきながらも、カノンちゃんも座ります。
「わたしのほうが、マナ肺活量が多い」
そんなことを言って、照明魔術をユートくんに代わって実行します。
もっと明るくなりました。
化粧魔術を停止させて、照明魔術にマナを回しています。
「マナ玉、追跡できてるのかなー」
アイナも座って、不安そうにライヴォークを見つめます。
ライヴォークは、膝を腕で抱えて座る、待機モードに入っています。普段は夜中にだけ取る姿勢です。
「それはマナ器官に負担をかけないよう、予防的に実施しているのではないか」
ユートくんもライヴォークの様子を見て考察します。ライヴォークが座り始めたときには、何ごとかと驚いていました。アイナが指示を出していないのに、自発的にそうしたからです。ライヴォークが今の四人の状況を理解しているとしか思えませんからね。
「そうか、マナ玉が遠ざかるほど、マナ器官に負荷がかかるのか」
カノンちゃん、ユートくんの指摘の意味するところを理解したよう。納得の声を上げます。
当然コタロウくんが遠くに離れるほど、マナ玉を追跡させるために要するマナは増えます。
「ライヴォークから一番離れたのは、野獣狩りに出かけたときかなあ」
「となるとあの食堂から山までか。直線でだいたい三キロだな」
「それくらいなら、一晩は持つのかなあ」
「夜の山道だから、連中もそう早くは移動できないだろう。しかし楽観できる状況でもないな」
ライヴォークについて、アイナとユートくんの話が続きます。
実際のところ、あのマナ玉はコタロウくんの様子を見ていないようです。私に見えていません。位置しか追っていないのでしょう。アイナを見守るほどにはマナを消費しないと思います。とすると、ライヴォークが、さも負荷がかかっているかのような芝居をしている理由が気になります。一体、何を考えているのかしら。
三人は、すぐ事を起こしたいのに待たなければならない、そんなじりじりとした時間をしばらく過ごします。
でも、それも終わりを迎えたようです。
「ん、誰か来たぞ」
「そうだな」
「えっ」
カノンちゃんとユートくんが立ち上がり、アイナも戸惑いながら続きます。
ふたりは聴覚強化の魔術程式を実行して、あたりの様子に気を配っていましたね。お互い何も言っていなかったのに、息が合っています。それに引き換えるとアイナは少し情けないかも。
やってきたのはシガアの民の青年でした。見た目は十代後半です。
「さっきの信号弾は君たちか?」
三人を見回し、開口一番に尋ねます。どこか怪訝そう。みなキンキイの民だからでしょうか。
「はい、そこに座っているゴーレムが打ち上げました」
「ほう?」
ユートくんが答えると、不思議がる青年。多分、信号弾がシガアの警備の流儀に則っていたからだと思います。
ユートくんは続いて、道に迷ったこと、フォクリックの民の四人組に遭遇したこと、仲間のひとりがさらわれたことを手際よく説明していきます。
「なるほど。もうひとり来るから少し待ってくれ」
青年はそう言って、座っているライヴォークをしげしげと見つめます。
「わたしのゴーレムの、ライヴォークです」
いつものようにアイナは紹介しますが、さすがに元気はありません。情報探しをしている場合ではないですからね。
「キンキイにはこんな高性能ゴーレムがあるんだな、大したものだ」
青年のほうも、通り一遍の反応。何かを知っている様子はありません。
少しは期待していたのでしょうか、アイナは肩を落とします。
「あと、もうひとつ報告があります」
ころ合いをはかっていたのでしょうか、ユートくんが意を決したように切り出しました。
「なんだ?」
再びユートくんに向き直る青年。
ユートくんは、自分がゴショ御三家の人間であること、シガアから提供された地図を奪われたことを説明します。
青年は腕を組んで少し考えたものの、
「その地図に重要な情報は書かれていないはずだ。たいした問題じゃ無い」
と答えます。ちょっと自信が無さそうですけど。
ユートくんもその答えに安堵を浮かべたものの、シガアの民からゴショが信頼されていないようにも取れる話なので心中は複雑そうです。
実際のところ、あの丘は書かれていなかったし、この青年の言っていることは間違っていないように思えます。ライヴォークも、フォクリックに地図を奪われるのを止めようとしませんでした。
ただ、だからといってあの地図がフォクリックの役に立たないかというと、それは違うでしょう。彼らは地域境の地理しか把握できていないはずですから、街道の整備状況や各村への距離の情報は侵入の参考になるはずです。
「あいつ、遅いな……。フォクリックの連中はどの方向に逃げた? もうひとりが来たら、マナ木の様子を確認しに行きたい」
少し苛立ちの様子を見せながら、青年は尋ねます。
「そちらの方向ですが、連中をマナ玉で追跡しているので、もう少し詳しく分かると思います」
ユートくんが登り斜面を指差して答えると、
「マナ玉でか?」
と、男は誰のマナ玉かと三人を見回します。
「私たちではありません。そのゴーレムが実行しています」
その答えに、青年は「信じられない」と驚きます。
「そもそも、君たちは何をしにシガアに来たんだ?」
「ライヴォークの製造者を探しに来たんです。ナガアマに行けば分かるかもしれないって、ゴショの魔術程式書家に言われました」
この問いにはアイナが応じます。
「そのゴーレムはキンキイ、ゴショ製じゃあないのか?」
「違いました」
「ナガアマで作れるとは思えないけどな」
アイナと青年がそんな会話を交わしていると、なんだか騒々しい音が聞こえてきます。
「遅くなったわね。思いのほかゴーレムの動きが悪くって、苦労したの」
現れたのは青年と同年代、十代後半に見えるシガアの女の子でした。スラッと細くて、スタイルいいです。まあシガアの民は、みなさん、そうなのですけど。
騒々しかったのは、木製ゴーレム一体と石製ゴーレム四体を引き連れていたからでした。
「予備のゴーレムだから程式が旧式なのよ、きっと」
青年とアイナたち三人に見つめられて居心地が悪いのか、女の子は言い訳を続けます。
「あー、分かった、分かった。それで、追跡を頼めるか」
青年は女の子の話を遮って、アイナに訊ねます。
「ライヴォーク、コタロウくんを追って」
アイナがそう指示をすると、ライヴォークは立ち上がって、あのフォクリックの民たちが走り去って行った方向へと歩き始めます。
「どういうこと?」
「歩きながら説明する」
女の子の問いに、青年は面倒くさそうに応じ、ライヴォークのあとを追います。
夜の森の中、五人とライヴォークとゴーレム五体の大移動が始まりました。
シガアのふたりと移動を始めて、そろそろ一時間は経ったでしょうか。
女の子の言っていた通り、ゴーレムの動きは芳しくなくて、移動のペースはちょっと遅いです。シガアのふたりが本気で移動したら、ゴーレムどころかアイナたちでも追いつけないくらいに速いはず。そうしてみると、ふたりとも我慢強いですね。
「あそこだ」
「まあ、ひどい!」
シガアの青年と女の子が、相次いで声を上げます。
視覚強化の魔術程式を実行しているのでしょう。アイナたちにはまだ見えていません。マナ能力の違いが歴然としています。
そして到着してみると、土を掘り起こされて根の半分が露わになっている、マナ木の大木がありました。
「周囲を警戒しなさい」
女の子はゴーレムに指示を出し、五体のゴーレムが四方に散っていきます。
「土を戻すぞ」
シガアの青年が魔術程式を実行して、周辺の土を根にかぶせていきます。
アイナたち三人も顔を合わせて互いに頷き、「手伝います」と土をかぶせ始めます。
ライヴォークだけは再び待機モードへ移行。これはアイナが指示しました。
「細い木を狙えば早かったのに」
作業をしながら、アイナは疑問に思ったことを口にします。
「フォクリック地方はマナが薄いから、小さな木を持って帰ってもすぐ枯れてしまうのよ」
「あいつらは大きな木を植樹して、できるだけ長い期間、マナを放出させるんだ」
それにシガアの女の子と青年が、手を休めないながらも教えてくれます。
そのあいだにもみるみる埋まっていく穴。
シガアのふたりと比べると、アイナたち三人のお手伝いなんてままごとみたいなものでした。むしろ邪魔だったのではないかと思えるくらいです。
「これでいいか。――ゴーレム、集合しろ」
「あなたたちも、途中までになるけど道案内するわよ」
作業を一通り終えて、シガアのふたりはそのようなことを言います。
「そんな!? コタロウを助けてくれないのか」
それに憤るカノンちゃん。
「わたしたちも警戒パトロールを続けないといけないのよ。連中はあちこちに分散して掘り起こしに来るの」
「キンキイの民が連れ去られたならまだしも、フォクリックの流民だろ? そこまで助けている余裕はないんだ」
でも冷たい答えが返ってくるだけ。
カノンちゃん、拳を握り締めて俯いています。
自分たちの力ではコタロウくんを助けられないと分かっているのでしょう。このふたりのマナ能力が圧倒的なことには気づいているでしょうから、縋りたいはずです。
「すまないが、行かせてもらうぞ」
「このあたり、今晩は大丈夫だと思うけど、早く立ち去るのよ」
黙っているアイナたちについてくる意思がないと見たか、ふたりは再び去ろうとします。
そこを今度はユートくんが動きました。
「すみません、よろしければゴーレムの程式を調整させてもらえませんか? 私たちは、シノサカ実業学校の魔術程式科の学生なんです」
うまいです。女の子の足がピタリと止まりました。
「え、あなたたちにできるの?」
青年の顔をチラリと見ながら、女の子はユートくんの提案に反応します。
お得な情報に弱いのは、どこの地域の女性も同じでしょうか。
「はい、そのゴーレムたちは部材の劣化に基本動作の魔術程式が合っていません。係数を調整するだけです」
堂々と言い切るユートくん。
「じ、じゃあ、お願いしようかしら」
「おいっ」
女の子は話に乗りました。青年は止めようとしたものの、女の子にキッと見返されて口を閉じます。
カノンちゃん、その様子を見てニシシと笑っている。少しは落ち着いたかしら。
「やろう」
ユートくんのかけ声に、アイナとカノンちゃんがゴーレムに近寄ります。女の子が、それぞれのゴーレムの管理者権限を渡してくれます。
「これ、教科書とそっくりだぜ」
「うん、分かりやすいね」
やはりゴショ製の程式のようですね。そっくりというのはカノンちゃんの言い過ぎだと思いますが。
三人ともはりきってゴーレムの動きを確認しては、調整していきます。コタロウくんの救出に繋がる自分たちにもできることが見つかって、元気が出てきたよう。
「きみたち、凄いな」
「えへへ」
青年も素直に感心します。
「できましたー」
最後の木製ゴーレムの調整を終えて、アイナが立ち上がります。
「試すわね」
それを受けて女の子が程式を試します。
ゴーレムの動きが良くなって、大喜び。
「お礼に一体、置いていくわ。いらなくなったら自動帰還の魔術程式を実行すればいいから」
一通り確認を終えて、女の子はそんなことを言い出しました。
青年のほうも、女の子に視線を送られて頷きながら、何やらポケットから取り出して広げます。そして照明魔術程式を実行。
「いいか、ここが今居る場所だ。一番近い村はここにある」
青年が広げたのは地図でした。ユートくんが持っていたものより、細かな道や村が載っています。あの地図がフォクリックに取られても問題ないと判断したのも頷けます。これがあれば、アイナたちは迷わなかったかも。
アイナたちは、随分と地域境の近くまで迷い込んでいました。
「連中はこのあたりに拠点を構えていると見られている。正確な場所は分かっていない」
そう示された場所は、けっこう離れています。五キロはあるのかしら。コタロウくんがここまで連れて行かれているなら、マナ玉で追いかけるのも今のライヴォークだと辛いかもしれません。
「ほかの拠点は一時的なキャンプ地で、次々と場所を移しやがる」
それならコタロウくんも、もう少し近いかもしれないですね。
「友だちを取り戻すつもりなら、連中がマナ木探しのためにバラバラに散るときを狙え。このときなら大抵ひとりだ」
アイナたちを危険な目にさらすようなことを言わないで欲しいですが、コタロウくんを放っておけないのも確かです。悩ましい。
「隷属魔術程式といっても、フォクリックの連中のマナ肺活量じゃあ、長時間続かないし距離も届かない」
そう青年が言った途端、三人の目つきが変わりました。「そっか」と、カノンちゃんが覇気を戻します。
「おい、それでも絶対に戦おうとするなよ。やつらも遊びじゃないんだ。危なくなったら、そのゴーレムを囮に使って逃げろ。さっき程式を見たから分かってるだろうが、煙幕魔術を上手く使え。信号弾魔術もある」
青年はすかさず釘を刺します。
これにはカノンちゃん、不服そう。
「あんたらだって、わたしたちと大して歳も変わらないじゃないか」
カノンちゃんがそう言うと、シガアのふたりは互いを見て苦笑します。
「若く見られるのは嬉しいし、シガアでは未成年だけど、わたし、五十八歳よ」
女の子が、中身はやっぱり女の子じゃありませんでしたが、カノンちゃんを見つめて、悪戯っぽく言います。「げっ」と下品に驚くカノンちゃん。
「それにおふたりとも、マナ肺活量は一万を優に超えておられるはずだ」
ユートくんも補足をします。だけど、そこはその程度じゃないのよね。
「それはシングルの話だ。対フォクリックの警備は、ダブル以上が担当している」
プライドが傷付いたのか、青年は少し語気を強めてユートくんの話を否定しました。
ユートくん、それにきょとんとしています。
これはゴショでも仕事に就かないと教えてもらえませんからね。
「シングル、ダブルって何ですか?」
アイナが素朴に聞きます。
「そこからか」
「私たちだって、キンキイのこと知らないでしょ」
「それもそうだな」
質問の仕方が素直だったからか、ふたりのやりとりがどこか和やか。
「そうね、どこから話しましょう。シガアの民は人口が少ないのは知ってるかしら。――そう。でもね、赤ちゃんはたいてい三つ子か四つ子で産まれてくるの」
女の子が、三人の反応を確かめながら説明をしてくれます。
「だけど、私たちはキンキイの民みたいに体が丈夫じゃないから、一歳を迎える赤ちゃんは少ない」
シガアの民の寿命が長いのは、優れたマナ器官と魔術程式のおかげ。これらが未熟なうちは、体の弱さを補えません。
「だからね、だからシガアの民は、赤ちゃんが衰弱を始めたら、別の赤ちゃんにマナ器官を移植するの。そうすれば生き残りやすくなるでしょ」
女の子は躊躇いを見せながらも話をします。アイナは、「えっ」と小さく悲鳴を上げました。
「それでも、死んじゃう子は死んじゃうんだけどね。そうして生き残った私たちのような子はマナ肺活量もふたり分、三人分になるの。大人になると二万とか三万とかね」
カノンちゃん、お口がぽかーんと開いちゃっています。
「さっきも言ったが、シガアの民でも安全のためにシングルは外して、ダブル以上で警備を担当しているんだ。――あ、えっと、俺たちは未成年だからまだ見習いだけどな。だからフォクリックの連中は俺たちを見れば、躊躇無く逃げ始める」
女の子の話を継いで、青年が説明を続けます。
「だけど、キンキイの民に対してはどうするか分からない。子ども相手だとなおさら読めない。そういうことだ」
青年の話は終わったようですが、アイナたちは黙っています。
話の内容を咀嚼しているのでしょう。だからと言って、コタロウくんを諦めるようなことはしないでしょうけど。
「俺たちは待機当番に戻らせてもらう」
「くれぐれも無茶はしないでね」
シガアのふたりは今度こそ、ゴーレム一体を残して、戻っていきました。
アイナたちは礼を言って見送ります。
彼らの説明を補足するとしたら、ダブル、トリプルの強さはマナ肺活量だけではなく、マナ頭脳も複数人分持っていることを挙げられます。一度にたくさんの程式を書けて、しかも早い。彼ら一人と戦うには、フォクリックの民側は連携を取って戦えるよう訓練した者を五人は揃える必要があるでしょう。そんな訓練、してるかどうか知りませんが。それなのに尚且つ、シガアの民は二人ペアで警備をしているのです。遭遇したらフォクリックの民たちが逃げるのも、当然と言えるでしょう。




