知らない魔術程式
森の中を通る街道。
あれから皆、黙々と歩いていましたが、コタロウくんがあらためて周辺状況を確認したいと言い、四人は一旦足を止めました。
「ここらあたりが、我々の現在地だ」
ユートくんが地図を広げて説明します。
「こう、歩いてきたんだよな」
シガア地域を中心とした地図、その左下のキンキイ地域を指さし、コタロウくんの指が描かれている街道を下から上へとたどります。
「フォクリック地域もすぐそこじゃないか」
カノンちゃんの言う通り。
シガア地域の北西から北は、フォクリック地域と接しています。狭いところは、大湖と地域境の幅が十キロちょっと。四人がこれから進むのは、そういう地形です。
「だから大湖を西回りしてナガアマに向かうのは、少し危険なんだ」
ユートくん、他意はないのでしょうが、二日前の話をぶり返します。視線もアイナに向いちゃっています。未練があるのでしょうね。
「なら、みんなは戻って東回りにすれば」
アイナったら膨れっ面になって立ち上がり、
「ライヴォーク、もう行くわよ」
と、ライヴォークを呼びつけて歩き始めてしまいます。
「はあー」
期せずして三人は同時にため息を吐きました。
「まあ、明日にはナガアマに着く。行こう」
ユートくんは地図を畳んで立ち上がります。
三人は小走りしてアイナを追いかけました。
冬の日は短いです。そしてあっという間に落ちていきます。
困ったことになりました。
「分かったか?」
空から下りてきたカノンちゃんとコタロウくんに、ユートくんが尋ねます。
「だめだ、暗くてさっぱり分からねえや」
「天気が良ければ何とかなるのに、大湖の位置もよく分からない」
ふたりとも大きく首を振って答えます。
今日は月は出ているのですが、雲が多い。
そんな三人のやり取りを、さすがにアイナも申し訳なさそうに見守っています。
街道を進んで少し曲がれば、宿泊の当てにしている村に着く、そのはずでした。すたすたと前を行くアイナを三人が追っていましたが、いつまで経ってもその村に着きません。
日も沈もうかというところで、四人は道に迷っていることに気づきました。
「今日はもう、テントを立てられる場所を探そう」
「それならこっちにあると思うぜ」
ユートくんの言葉に、カノンちゃんが小道の左側、ゆるい登り斜面を指差します。さきほど空に上がったときに、目星を付けてあったのでしょう。
「よし行こう」
ユートくんのかけ声に、みんなは歩き始めます。
「ん? 今、笛の音が聞こえなかったか?」
コタロウくんが登り斜面のほうに耳を傾けて言います。
四人はカノンちゃんの案内に従って、何かの作業場でしょう、テントふたつを立てるのに十分な空き地を見つけ、一安心していたところです。
「いや、私には」
「わたしもー」
ユートくんとアイナが相次いで否定します。
「その方向に行けば、村があるんじゃねえか」
「こんな山には――。いや、この地図に全部載っているわけでもないか」
カノンちゃんは適当に言っただけだと思いますが、ユートくんはわざわざ照明魔術を実行して、地図を確認し真面目に答えます。
ふたりがそんなやりとりをしていると、突然ライヴォークが荷物を下ろしてアイナに近付きました。
「どうしたんだ、アイナくん?」
「わからないよー」
ユートくんが聞きますが、アイナは答えられません。私も分かりません。
アイナをその背に隠すライヴォーク。
そして、一本の木の幹に向かって電撃魔術を放ちます。
いつぞのカノンちゃんより、ずっと強力。
「うおっ」
命中するや、低いうめき声。
木の皮が剥がれたと思ったら、男がお腹を押さえて倒れ込みました。
「フォクリックの民か」
ユートくんの言う通り。
薄暗いですが、電撃魔法が照らしたのでよく見えました。
コタロウくん一家とは系統の異なる、たぬき系の丸っこい顔です。
治療魔術を使うために、樹皮に化けていた擬態魔術を解いたのでしょう。
ライヴォークは上体を左右にひねり、周りの木々をまだまだ警戒しています。
「ほかにも、いるのかよ」
そう言って荷物を下ろすカノンちゃん。
「見えやしねえ」
コタロウくんも背中の荷物を下ろして言います。
目は慣れていると思うのですが、暗がりに加えて擬態魔術を使われたら、隠れているところを捜し出すのは困難です。
しかしすぐ、相手側に大きな動きが起こりました。
草木をかき分けて、新たに男ひとりが、先ほどの男に駆けつけてきたのです。
「どうした?」
「頭あ。そこのゴーレムに。ほかは子ども四人、だけ」
「分かった」
頭と呼ばれた男、子分との会話をさっと切り上げ、ライヴォークに向き直ります。
この男もたぬき顔。
アイナたち四人は、ライヴォークを盾にして後ろに回ります。
それはいいのだけれど、残りの敵はどこかしら。
「おまえら! 俺に合わせてゴーレムに火を放て!」
そう言って、頭が右手のひらに炎を浮かべます。
すると続いて。
ライヴォークの左右、木の幹の前にふたつの炎が浮かびました。
どちらもいつの間にやら現れた、犬っぽい顔の男によるもの。
擬態魔術で隠れていたのでしょう。
でも居る場所が分かったのは、ライヴォークにとってありがたいはず。
「今だ!」
叫ぶ頭。
三方から迫る炎。
「きゃあ」
「うおっ」
四人は悲鳴を上げて、しゃがみます。
あー、もう。
ライヴォークを狙っていると分かっていても、心臓に悪いです。
三つの炎は、ライヴォークの放った三つの水流によってかき消されました。
気温の低さもあってか、水蒸気が異様に立ちこめます。
「なんだ、このゴーレム?!」
頭が驚愕しています。
すごいでしょ。ライヴォークを倒したいなら、あとふたりは必要かしら。
頭の驚く声を聞いて、子どもたちは恐る恐る顔をあげ、無傷のライヴォークに安堵します。
続いてライヴォークは、光の球をつくって遥か上空へと打ち上げました。
日の暮れた空に、大きな音が響きます。
シガアの民の、夜間用信号弾魔術程式です。久しぶりに見ました。
「ちっ」
頭の舌打ち。
「どうします、頭?」
電撃を受けた子分が、よろけながらもようやく立ち上がります。
「このままで済ますかよ」
頭がなにやら程式を実行しています。
何の魔術でしょう?
「うぎゃあ」
突如、コタロウくんが、頭をかかえてうずくまります。
どういうこと?
「あいつ、まさか」
「自分でも知らないのさ」
頭と子分の会話。これでは分かりません。
「どうした?」
「コタロウくん!」
三人がコタロウくんに治癒魔術をかけますが、コタロウくんはうずくまったままです。
ライヴォークも手伝いたいでしょうが、敵四人に囲まれていては下手に動けません。
「無駄だ。そいつには隷属魔術が導入されてんだよ」
酷い!
実行記録魔術と同じで、赤子のうちならどんな程式も導入が可能です。
道理でコタロウくんは同時実行できる程式が少ないはず。
この非人道的な魔術を使うフォクリックの部族の存在は聞いたことがあります。まさかフォクリック地域は、全域に施行を広めたのでしょうか?
「おまえらは戻って、連中に撤退するよう指示しろ」
「分かりました。あっ、そうだ。あいつら地図を持ってますぜ」
「ほう、あれか」
そんな会話を残して、たぬき顔の子分と犬顔のふたりは森へと走って行きます。
「おまえら動くなよ。そいつは知らないようだが、フォクリックの下級民は上級民に逆らえない。逆らうと、こうだ」
頭、また程式を実行します。
「ぐう」
今度は小さくうめくコタロウくん。これはどうしようもありません。
「卑怯だぞ!」
「コタロウくん」
「何か手は――」
子どもにできることなんて、あるはずがありません。
ライヴォークもじりじり下がって、頭と間を取るだけです。
「そこのコタロウって奴。男の持っている地図を取ってこっちに来い」
コタロウくんはうずくまりながらも、首を振ります。
ユートくんは、自分がずっと左手に地図を握りしめているのに気づいたようです。コタロウくんの腕を掴み、その手に地図を握らせようとします。
でもコタロウくんは受け取ろうとしません。
「キンキイの子どもは物わかりがいいじゃねえか。コタロウ、逆らってると廃人になるぞ。諦めろ」
頭の残酷な声が森に響きます。
「コタロウくん、ここはアイツに従うんだ」
声を絞り出して、ユートくんが説得します。
アイナとカノンちゃんは、健気に治癒魔術を続けています。
「ごめん」
よろよろと立ち上がるコタロウくん。
ついに地図を受け取りました。
その顔は、なみだでぐちゃぐちゃ。
「それでいい。ついてこい」
頭は歩いてきたコタロウくんから地図を奪い取ると、腕を掴んで森の中へと走って行きました。
それを三人は見送ることしかできません。
「くそっ」
カノンちゃんが地面に拳を打ちつけます。
そのときです。
淡くうっすらと光るひとつの玉が、ふたりのあとを追いかけていきました。
「えっ、ライヴォーク?」
小さく驚きの声を上げるアイナ。
それは幼いころから自分を見守ってきたマナ玉でした。それをライヴォークが他人につけたのです。
アイナはこの事態をどう受け止めるのでしょうか。




