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責務

 昨晩はきちんとした宿に泊まって、今朝も少ないながらきちんとした食事を取ったアイナたち四人。お昼のおにぎりも特別に用意してもらって、準備万端です。

 昨日は山の中の道が長かったのですが、今日は右手に望む大湖を眺めながら、田畑を通る街道を北上しています。マナ木に覆われた山々は、今は左手少し離れたところに。

 それにしてもシガア地域の田畑は、村で使われているゴーレムと一緒で、耕し方が雑に見えますね。シガアの民は人口が少ないし、それほど食べないしで、熱心に耕作する必要はないということなのでしょう。


「おい、あれ、すごいぞ」

 宿を出て二時間経ったでしょうか。目のいいコタロウくんが、街道の先を(にら)んでなんだか興奮気味に声を上げます。

「んー、あれ、全部ゴーレムかよ」

「動きがいいね。村のゴーレムと全然違う」

 カノンちゃんとアイナも視覚強化の魔術程式を実行して前方を見るや、感嘆します。ユートくんはなぜでしょうか、顔を少し曇らせています。

「こんにちはー」

「やあ、こんにちは。キンキイから来たのかい? 子どもだけで珍しいね」

 前方からやって来たのはシガアの民の男性ふたり、キンキイの民ならそれぞれ四十手前と三十手前といった年齢でしょう。ただこのふたりは、数十ものゴーレムを引き連れているのです。それがコタロウくんの驚きの理由。石製と木製は丁度半々でしょうか、作りも丁寧で動きが優雅、これまでのシガアの村で稼働していたゴーレムとは明らかにものが異なります。

「私たちはシノサカの実業学校の学生で、これからナガアマに向かうところです」

「ああ、なるほど。ナガアマに社会見学か」

 ユートくんが事情を説明すると、シガアの男性はすんなりと納得してくれました。

「おじさんたちはどこに行くんですか」

 アイナがライヴォークの腕を掴んで質問します。質問自体よりライヴォークに注目させることが目的でしょう。

「あそこの西の山だよ」

「最近は、このあたりまでマナ木を抜いていく連中が出没するようになったんだ」

 男性ふたりはライヴォークに興味を示さず、自分たちの事情を教えてくれます。アイナは「そうなんだー」と言いながら、しょんぼり。

「そうだな、このまま街道を進んでナガアマに行くなら大丈夫だけど、連中には気をつけなさい。マナ木が目的だから積極的に襲ってくることはないけど、会えば子ども相手でも口封じくらいは――」

 年配のほうの男性が説明をしていると、

「おい、そこの子。どうしてフォクリックの民が、こんなところにいるんだ!」

 と、若いほうの男性がコタロウくんを指差して声を荒らげます。

「待ってください!」

 ユートくん、コタロウくんに掴みかからんばかりの男性の前に、両手を広げて割り込みます。同時に程式を実行したのでしょう、ユートくんの胸元に光の板が浮かび上がります。

「ん? ほー、きみはゴショのお偉いさんの子どもなのか」

 それは身分証明の魔術程式。

 年配の男性が光の板を確認し、若い男性の肩に手をかけて落ち着かせます。

「この通り、ゴショの程式工房には世話になっている」

 そう言いながら視線を移した先は、男性ふたりの後ろに並ぶ数十のゴーレムたち。やはり、シガア内製のゴーレムではありませんでした。

「そ、そうか。スパイなら擬態魔術でも使って、正体を隠すよな」

 若い男性も落ち着きを取り戻します。この人、見た目が三十くらいだから百年近く生きているはずです。シガアの民は老成しているように見えて、大きな子どものようなところもあって、相変わらず精神の成熟度合いが掴めません。

「コタロウはフォクリックの流民で、小さいときからシノサカにいるんだよ」

 カノンちゃんが我慢できずに、荒っぽい言葉でコタロウくんを擁護します。

「それは失礼した。だけど、シガアの民はフォクリックの民には神経質になっているから注意しなさい。南部のシガアの民はそれほどでもなかったかもしれないが、この先も同じと思わないほうがいい」

 それに年配の男性のほうが事情を説明して応じ、ゴーレムたちに指示を出して歩き始めます。

「悪かったが、ほんと、気をつけろよ」

 若い男性も、今度はやさしい声色でコタロウくんに声をかけて歩き始めます。

 アイナたち四人がその行列を見送っていると、西に向かう脇道へと入って行きました。

「あんなにいいゴーレムがたくさんあるのに、どうして村で使わないんだろ」

 ぽつりと言うアイナ。一騒動あったあとなのに、どこか呑気です。

「もういいだろ」

 しかしカノンちゃんは違う様子。ゴーレムの行列が十分に離れたと見るや、

「何を隠してんだよ。知ってること全部話せ」

 と、ユートくんに突っかかります。

「ふー。隠していたわけではない。話そうとしなかっただけだ」

 ため息を吐いて、自嘲するユートくん。シガアに来てからというもの、ため息が多くなりました。

「説明するが、コタロウくんは気を悪くしないで欲しい」

 皆に街道を歩くよう(うなが)し、ユートくんは説明を始めます。


「十年以上前から、フォクリックの民がシガア地域に侵入して、マナ木を抜き去っていくようになったそうだ」

 アイナが産まれる年の二年前だから、十五年前です。

「フォクリック地域はマナ濃度が薄くて魔術程式の効率が悪く、生活が全体的に貧しい」

 ユートくんの左に並ぶカノンちゃん、右に並ぶコタロウくんは興味深そうに聞き入っています。その三人の後ろをアイナはライヴォークと歩いているのですが、あんまり興味は無さそう。自分の生まれにも影響のあった話なのですけれどね。

「そこを永年、野獣のマナ器官を移植して補ってきたわけだが、それに限界を感じてシガアの森に目を付け始めた」

 これはフォクリックの民の代表が替わったのが大きいわね。私も就任の祝辞を送りましたが、そのときはこのような状況になるとは思いもしませんでした。

「シガア地域は見ての通り、十分すぎるマナ木に(あふ)れている」

 ユートくんが街道左、西の山々を見ながら話します。それにつられて視線を移す三人。ずっと連なる緑のうねり、これらの木々を使えたらいったいどれだけの木製ゴーレムを作れるでしょう。

「でもシガアの民は、フォクリックの民はもちろんのこと、友好的なキンキイの民にさえ、わずかなマナ木しか提供してくれない」

 ライヴォークはどんな気持ちでユートくんの話を聞いているのでしょうね。

 四人が行く街道の先に、山が現れてきました。またしばらく森の中を歩くことになりそうです。

「シガアの民はひとりひとりは強いが、人口はとても少ない。人間だけでは山を警備しきれないのでゴーレムを使い始めたが、彼らのゴーレムの性能は低い。そこでゴショに支援を求めるようになったんだ」

 これは私の次の代の話なので、詳しい事情は分かりません。アワジマに入ってくる情報なんて、ごく限られていましたし。

 シガア地域はマナに恵まれていますし、民のマナ肺活量もずば抜けているので、雑な程式でも彼らは十分な魔術を実行できます。しかしゴーレムで実行する警備用途となると、複雑な程式が必要になります。シガアの民は、とてもではないですが自力で対応できないでしょうね。

「一方のゴショは、魔術程式に協力する見返りとして、マナ木やマナ石の供給増加を求めたわけだ。ただ程式は複製できてしまう。その価値は放っておけば下がっていく。だからゴショは程式の改良を続けて、シガアとの協力関係の維持に努めているのだ」

 ユートくんのお話は終わりました。いつしか四人の周りは、木々が取り囲んでいます。森特有の匂いも濃くなってきました。

 ゴショもなんだか辛い状況になっていますね。単純にゴーレムを生産するだけではすまない、ということですか。ユートくんが魔術程式の習得に熱心なのも理解できます。


「なあ、ユート」

 眉を寄せ。

 いつもと違い、カノンちゃんの声はどこか元気がないです。

「どうした、カノンくん」

 ユートくんはやわらかな声で受け止めます。

「あのゴーレムは――、あのゴーレムは、フォクリックの民を攻撃するためのものなのか」

「うん、そうだ」

「野獣じゃなくて、人間を攻撃するようにつくられているのか」

「そうだ。我が西(にし)()は、いやゴショ御三家はそのために研究を重ねている。私はそんな両親を少しでも助けるために努力を続けてきたし、これからも続けていく」

 最後までカノンちゃんから目を逸らすことなく、ユートくんは言い切りました。

 カノンちゃんのほうが(こうべ)()れて(うつむ)きます。

 ゴショがやりたくてやっているわけではないことは、分かるでしょう。キンキイの民の生活をゴーレムで豊かにするために、歯を食いしばって責務を果たしているのです。

「なんだよそれ。そんなことのために、あんなに努力をしていたのかよ」

 今にも泣き出しそうなカノンちゃんの声が、森の中に消えていきました。

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