シガアの村
朝日が昇りました。木々の合間からのぞく大湖の水面にキラキラと反射して、とても眩しいです。
外で一晩見張りをしていたライヴォークは立ち上がってひと伸びし、女子組テントに潜り込みます。そこには、みの虫のように寝袋にくるまった女の子がふたり。ライヴォークは二回り小さいほうをゆさゆさと揺すります。
「ん、あ、おはようライヴォーク」
昨晩はいつもより早くに寝たせいか、アイナはあっさりと目を覚ましてくれました。楽だけれど、これはこれで起こし甲斐がなくてつまらないものですね。
アイナがもそもそと寝袋から出てくるのを確認すると、ライヴォークはテントから抜け出ます。よそのお嬢さんもいるので、いつまでも中にいるわけにはいきません。
となりの男子組テントふたりも目を覚ましたよう。がさがさと朝の支度を始める音が聞こえます。
「用意もなしでどうするつもりだったんだ」
マナ食で空腹をまぎらわし、テントふたつを畳んでライヴォークに背負わせ、四人は大湖沿いの街道を北へと進んでいきます。
道中の間のつなぎでしょう、ユートくんは責めるでもなく、アイナに話題を振りました。
「宿くらいあると思ったの。こんなに田舎だって知ってるわけないでしょ」
それに逆ギレ気味に応じるアイナ。
「アイナは観光地育ちだから、感覚がおかしいんだよ」
カノンちゃんがあまりフォローになっていない、フォローを入れてくれます。
「ユートだって、急いで戻らないと日没までに村に着けないって慌てたじゃないか」
コタロウくんもアイナ側に付きます。
「それは、アイナくんが予定にない道を進んだからだ」
昨日はアイナにつられて西回りの道を進んだものの、宿の手配がまったく頭から抜け落ちていて、大騒ぎすることになりました。
「シガアは人口が極端に少なくて、シノサカやゴショのような街は無い。数少ない村に寄せてもらうしかないし、宿も小さいから満室なら野宿するしかなくなる。女性をそのような状況にさせたくなかったから、急いだんじゃないか」
形勢を逆転されてしまったユートくん、弁明を続けます。
ユートくんは、来た道を戻れば日没までに最寄りの村に間に合うと主張したものの、三人に反対され、初日からテントで寝る羽目になったのです。テント自体は万が一に備えてユートくんが用意してライヴォークに運ばせていたもので、三人は感謝してもいいくらいなのですが、
「はいはい、その話は昨日も聞きました。ありがとな、西家のユート様」
カノンちゃんのまったく心のこもっていない感謝が返ります。これはユートくんが可哀想です。
「テントで泊まるの初めてだったし、楽しかった。ちょっとカノンのいびきが――、きゃっ」
アイナが後ろからカノンちゃんに抱きかかえられ、口を塞がれます。アイナの体格は華奢なのに対し、カノンちゃんは成人男性並みです。アイナに為す術はありません。コタロウくんとユートくんはそれを見て笑っています。
四人ともなんだかんだで、初めてのシガアをみんなで旅するのが楽しそうですね。私もそうでしたのでその気持ちは分かるし、懐かしいです。
「木がつやつやしてきたね」
木の植生が、といっても木の種類自体は変わっていないのですが、成長ぶりがいいのを感じ取ってアイナが言います。
「気のせいか、程式の効きが良くなってきた気がする」
「マナブーストされてるみたいな感じだな」
コタロウくんとカノンちゃんも、あたりの変化に気づいたみたい。
「昼食には早いが、近くに村があるから寄っていきたい。誤解されると面倒なことになるから、村にはできるだけ寄っていったほうがいいと助言されている」
「ユート、誤解って俺のことか?」
「違う、フォクリックの民のことじゃない。マナ木の伐採に来たと思われることだ」
コタロウくん、仕方がないですがゴショでもシガアでも神経質になっているようです。ユートくんはすぐに否定します。
「もしかして、これ全部、マナ木なのかよ」
「確かなことはわからないが、恐らくそうだろう」
慣れれば見た目より、マナ器官の感覚で、違いが分かるようになるのですけどね。
「そっか。カノン、マナが濃くなってるんだよ」
「それで程式の効きがいいのか」
マナ濃度は地域によって異なります。ただ、アワジマもシノサカもゴショも似たようなもの。フォクリック地域はずいぶん薄いと聞いていますが、コタロウくんは赤子の頃に過ごしただけなので覚えてはいないでしょう。四人ともマナ濃度の違いを経験するのは、これが初めてのはずです。
「それで、アイナくんはいいんだな?」
「なにがー?」
「村に立ち寄ると遠回りすることになるのだが」
「みんな、昨日の晩も今日の朝もマナ食だったでしょ。わたし、そんな我が儘言わないよ」
「そ、そうか。では行こう」
ユートくん、よく我慢しましたね。私含めて四人で「お前が言うか」と、心が一つになっていたと思います。
マナ食というのは魔術程式で生成する食べもの全般のことです。アイナは小食なので、それだけでも苦にしません。でも普通の十三歳の子どもであるほかの三人には、全く物足りないでしょう。
途中から街道を外れ、地図を頼りに歩くことしばし。
四人は小さな村にたどり着きました。森を切り開いたと思わしき狭い土地に、十数の家屋がひしめき合っています。
「こんにちはー」
たまに行き交う人に挨拶をしながら、四人とライヴォークは村の中へと進んでいきます。皆細い体格、肌は緑がかっていて、耳は少しとんがり、表情はどこか儚げです。また人の数以上にゴーレムが活動していて、そのほとんどが木製、でも作りが雑で動きもぎこちないです。私も十年以上ぶりに訪れましたが、シガアの村の様子に変わりはないですね。ライヴォークを珍しがる人もいません。
「すみません、食事を取りたいのですが、どこに行けばいいでしょう」
「この村には、あそこしかないよ。ただキンキイの子どもに合うかな。まあ、行ってみなさい」
ユートくんが、丁寧に挨拶を返してくれた中年に見える男性に食事処を尋ねてみると、村の中央付近にある建物を紹介してくれました。お礼を言って、その建物にぞろぞろと向かいます。
「お邪魔します。お店、営業されてますか?」
「あら、いらっしゃい。朝はやってないのだけど、パンで良ければ用意できるわよ」
ユートくんが戸を開けると、テーブルをふきんで拭いていた中年のように見える女性が、四人のキンキイの子どもに少し驚いた顔を見せながらも応じてくれました。コタロウくんにも気づかれていましたが、子どもということもあってか、別段何事もありません。
「はい、それでいいです。お腹空いたー」
カノンちゃんの返事に合わせて、店に入る四人。
「あの、ゴーレムも入れていいですか」
とアイナが尋ねると、
「立派なゴーレムね。どうぞ」
と、そっけなく許可してくれます。この女性も、ライヴォークに特別な反応を示しません。
「そちらのテーブルはもう拭いてあるからどうぞ。ゴーレム、二番テーブルに水を四つ運びなさい」
店内にテーブルは二つだけ。アイナたちが指定された四人掛けのテーブルに着くと、女性はカウンターに戻りながら、店内にいる木製の四つ足ゴーレムに指示を出しました。
四つ足といっても二足歩行型の前後に補助脚を付け足したような形状で、狭い室内でも移動に支障は無さそうな型です。ゴーレムに名前を付けていないのは、お客さんと名前がかぶるのを避けるためでしょうか。
「雑な程式だー」
「うん、俺たちのほうが勝ってる」
水を持ってきたゴーレムの動きを見て、アイナとコタロウくんがひそひそと話をします。元からそうなのか、調整が不十分なのか、水を零しこそしませんでしたが、ギクシャクとした動きでした。
「はい、おまちどおさま」
続いて女性が、ロールパンを入れた竹のバスケットをテーブルに置きます。取り皿も四つ。でも、四人は固まっています。
「これだけ?」
たまらず嘆くカノンちゃん。ロールパンが四つしか無いのです。
「あら、そうだったわね、ごめんなさい。キンキイの民は子どもでもたくさん食べるのだったわ」
女性は取り皿にロールパンを移すよう促すと、空になったバスケットを手にまたカウンターへと戻っていきました。
「キンキイの子どもが来たのは何十年も昔だから、うっかりしてたわ」
そう言いながら、次々とパンを用意されている様子。余計なお世話でしょうけど、お昼の分をまた仕込み直さないといけないのではないかしら。
四人はというと、不思議そうな顔をしながら黙っています。
シガアの民の外見と年齢は、キンキイの民の常識が全く通じませんからね。逆にこの女性も、アイナたちの年齢を推し量れていないと思います。
「はいこれでどうかしら。あるだけ持ってきたのだけど」
今度はパンを小盛りにして持ってきてくれました。ゴーレムも紅茶を持ってきてくれます。アイナはともかく三人はそれでも少ないでしょうが、「いただきます」と食べ始めます。昨日のお昼のおにぎり以来のまともな食事、おいしそうに食べています。
「あのー、このゴーレムの程式、見させてもらっていいですか?」
ロールパン一つだけですませ一足先に食べ終えたアイナが、カウンターでパンの生地をこねている女性に話しかけます。
「え? キンキイの民は程式が得意って聞くけど、分かるのかしら?」
女性は手を止めて、顔を上げます。
「はい、わたしたち、実業学校の魔術程式科の学生なんです」
そうアイナが答えると、女性は「あら、優秀なのね」と管理者権限を与えてくれました。アイナはそこまでしてくれると思っていなかったのでしょう、驚いています。高級品はまた別なのですが、シガアの民にとってゴーレムはありふれたもの、権限を扱う感覚もキンキイの民と違ってどこか軽いです。
アイナがゴーレムの程式を確認していると、ユートくんもやってきました。アイナもそうですがほかの人が食事中に抜け出すなんてお行儀が悪いですが、たくさん食べるカノンちゃんとコタロウくんにパンを譲ったみたい。
「これは明らかに」
「そうでしょ、こうしたほうがいいよね」
程式をのぞき込んで呆れるユートくんに、アイナが書いたばかりの改良案を提示します。それを見てユートくんも「そうだね」と同意してくれます。
「あの、元に戻せるようにするので、わたしの程式と差し替えていいですか?」
アイナがそう確認すると、女性はこれもまたあっさりと許可してくれました。アイナとユートくんは手分けして、片っ端から程式の修正を始めます。
「楽しそうだなー」
「全部直す気か?」
食べ終えたカノンちゃんとコタロウくんも様子を見にきます。
さすがにこんな短時間で全部の修正は無理ですが、マナ入力系と出力系の程式の効率化を図ったり、実行記録を調べてよく使われている程式を改良したりと、要領よく修正を加えています。程式工房での実践経験が豊富な、アイナの手際の良さが光ります。
最後には四人総出でテストをして、微調整を加えて、出来上がり。
「できました。よかったら試してみてください」
誰もいなくなったテーブルを片付けようとしていた女性に、アイナが得意そうに報告します。
「へえ。そうね、何にしようかしら」
女性は足を止めて少し思案し、
「ゴーレム、二番テーブルを片付けなさい」
と、自分が今しがたしようとしていた作業を命じます。これ、けっこう、難度高いですよ。
ゴーレムが移動を開始すると、それだけでも違いが分かるほど動きが滑らかで素早くなっています。テーブルに着くと皿やバスケットを重ねて取り上げ、魔術を使ってテーブルを清掃します。
これには女性も驚いた様子。
続いて床を清掃させたり、照明魔術で部屋を照らせたり、カウンターで水を生成させたりと、いろいろ試していきます。
「どうしましょ、これじゃあこちらがお代を払わないといけないわね」
と、一通り試し終えて大感激です。
本当にお金をくれそうなので、四人は慌てて止めます。
それから話し合いの末、女性が追加で仕込んでいたパンを全部いただいて、「ごちそうさまでしたー」と店を出ました。晩ご飯までは、これでお腹が持ちそうです。
アイナは慣れていますが、ほかの三人は学校で習ったことが役に立って嬉しそう。村を出る途上でも、動きの悪いゴーレムが目に入ると気になる様子です。
「この村でゴーレムの保守をすれば、一稼ぎできそうじゃないか」
誰にとなく言うカノンちゃん。冗談ぽく振る舞っていますが、これはどうでしょう。本気で言ってそう。
「わたしは先に行くわね、カノン」
でもアイナはけんもほろろ。カノンちゃんの思惑はお見通しと言うところでしょうか。当たり前ですけど、先を急ぎたいのに変わりはないみたい。
「まてよ、アイナあ。冗談だってば」
ライヴォークの手を引き、強化魔術まで使ってスタスタと先を行くアイナに、カノンちゃんが情けない声を上げます。
「ユート、お前が村に寄ったのが悪いんだぞ」
遂にはユートくんに、八つ当たりまで始めました。




