席次発表
ついにこの日が来ました。
今年最後の登校日、年間通しての成績が発表される日、アイナが目標にしていた首席が発表される日です。
学校はまだ残り三ヶ月ありますが、来年からは街各所の現場に出向いての実習が中心になります。ですので、全員が教室に揃う年末最後の今日が、発表の日になっています。
普段騒がしい生徒たちも、今日ばかりは大人しく机に座っています。魔術程式科の発表は九時二十分からの予定。担任、副担任の先生も連絡事項の伝達を終えて、校長先生がこの教室にまわってくるのを待っていらっしゃいます。
教室前側の引き戸が、ガラガラと開きます。
「お待たせした」
校長先生が入ってきました。四十代くらいの男性、私のときはゴショから派遣された役人さんでしたが、この方もそうなのでしょう。続いて事務員さんが入室して、戸を閉めます。教壇上に並ぶ校長先生と先生おふたり。事務員さんが証書を揃えて、教卓に置きます。
「ではこれより年間成績発表を行う。名前を呼ばれたら、返事をして、教壇に上がりなさい」
担任の先生がこれからの段取りを説明されます。生徒たちは不気味なほど静かに頷いています。
「はい、それでは発表します。普通は三位から発表するのですが、この科は一位からにします」
校長先生がそう言うと、生徒たちがざわめくのはもちろんのこと、先生方も顔を見合わせています。
おふたりは成績を付けた当事者ですから、結果は知っているはず。でもこの段取りは事前に連絡されていなかったようですね。それでも副担任の先生が「静かにしなさい」と生徒たちを注意します。
教室がさあっと静まります。
「本年度、魔術程式科、年間総合成績、第一位――」
少し間をとる校長先生。
みんなの息を呑む音が、聞こえたような気がします。
「ユートくん」
「はいっ!」
校長先生が名前を呼ぶや、ユートくんは元気よく返事をして立ち上がりました。
少し顔を紅潮させて、教室を前へと進みます。
ふたたび、ざわつく教室。
アイナはうなだれてしまいました。かわいそうですが、私もこの結果は妥当だと思います。
校長先生が証書を読み上げます。
ユートくんは教壇上で胸を張って聞いています。
一礼して校長先生から証書を受け取ると、教室が拍手に包まれました。アイナも顔を上げて拍手します。カノンちゃんもコタロウくんも拍手です。
「さて――」
校長がそう口を開くと、みな拍手を止め、教室が再び静まります。みんな、次に続くであろうやり取りに、興味津々のようですね。
「各科の首席は、報償を申請することができます。何か希望はありますか」
ゆっくりと説明を進める校長先生。
教室が静かすぎて、正面の掛け時計の音が聞こえそうなくらいです。
「何もありません。私は首席をいただければ充分です」
ユートくんの落ち着いた声が教室に広がります。
今度は密やかに話し声が広がる教室。アイナは信じられないものを見るような目で、ユートくんを見ています。
「そうですか。さすがの結果ではありましたが、余裕というほどではなかったようですね」
校長先生はまるでその答えを予想していたかのように応じます。ユートくんが私と同じお忍び入学なら、そうでしょうね。
「はい。このクラスは予想を遥かに超えた水準で、正直焦りました」
「市井にも優れた才能を持つ者はいるものです。これからも精進なさい」
「はい」
そう校長先生と言葉を交わし、再び一礼して席に戻るユートくん。
担任、副担任の先生がどういうことかと、校長先生に説明を求めます。
「ユートくんは、現在ゴショ代表を務めている西家当主のご子息です」
この説明にはさすがに教室も大騒ぎになります。露骨に「贔屓じゃん」との声も上がりました。
ユートくんはケントさんのお子さんなのね。言われてみると面影があるように見えます。
「静かにしなさい」
そう校長先生がおっしゃっても、なかなか収まりません。校長先生は手を挙げてじっと待ちます。その様子を見て、ようやくひとりふたりと私語をとめていきます。
「ご覧の通り、このことは先生方も知りません」
校長先生がそう言うと、担任の先生も副担任の先生も絡繰り仕掛けの人形のように、激しく首を縦に振ります。これは必死に潔白を主張せざるを得ません。
「成績は公平に付けられて――」
校長先生が説明を続けようとすると、教室の戸の前に控えている事務員さんが「校長、お時間が」と注意を促します。
「コホン。続いて次席を発表します。報償を希望する権利は次席に移りますが、次席は同点でふたりいます。申請はふたりで協議してください」
校長先生は話をしながら、教室がザワつくとその都度に手を上げて制します。
「魔術程式科、年間総合成績、第二位ふたり――」
校長先生、また間をとって、もったいつけます。
「アイナくん、コタロウくん」
「あ、はいっ!」
「はいっ!」
呼ばれたふたりが立ち上がって、教壇に向かいます。
この結果は意外です。ひいき目があるかもしれませんが、アイナのほうがコタロウくんより明らかに優秀だと思うのです。
証書を読み上げる校長先生。
アイナとコタロウくん、それぞれに証書が渡されるたびに、教室が拍手で包まれます。
「先にも言いましたが、報償はふたりで相談して――」
「いいえ。わたしはコタロウくんにたくさん魔術程式を教えました。反対に教えられたことはありません。わたしの希望を優先してください」
校長先生のお話を遮って、アイナが大声で主張します。
どよめく教室。
でも先生方は表情を厳しくして、微動だにしません。
「ね、ユートくん。わたしの言っていること本当だよね」
アイナも怯みません。ユートくんに証言を求めました。
「私が見ていた範囲では、アイナくんの言っている通りです。しかしアイナくん、魔術程式開発はたくさんの人が集まって行う共同作業だ。こういう場でも協調性を示すべきだと思う」
ユートくんはアイナの主張を認めるも、釘を刺してきました。
なるほど、アイナのこうした態度が、大きく減点されている可能性はありそうです。そうでなければ、コタロウくんと同じ順位である説明がつかないと私は思います。
それでもアイナは「これは程式開発ではないでしょ」と言い返します。この娘なりに必死なのでしょう。だいたいアイナは、職として程式書家に就きたいなどと口にしたことはありません。
「校長先生、わたしはゴショで一番の魔術程式書家に会いたいです」
キッと校長先生を見上げて、アイナは主張します。
アイナはこのためだけに、シノサカに留まっていたようなものです。
校長先生はそのアイナの言葉を「そうですか」と受け止めながらも、
「コタロウくんは、何か希望はありますか」
と、コタロウくんに視線を移して尋ねます。
「おれ――、私は有名な程式工房に弟子入りして、両親の生活を楽させたいです」
コタロウくんも、アイナに負けじと校長先生を睨みつけるように言います。
「ふむ、それではふたりで、いやユートくんと三人で、ゴショの程式工房を見学して回るのはどうでしょう――」
校長先生が提案を始めました。
「ユートくんがいれば、どの程式工房も優秀な程式書家が案内してくれるでしょう。また第一線の程式工房を見て回ることは、たとえシノサカの程式工房に入るにしても、きっと参考になるはずです」
そう校長先生が話を終えると、生徒のひとりが立ち上がりました。
「校長センセ、わたしもその見学に参加したいです」
カノンちゃんの大きな声が教室に響きます。そりゃ、みんなと一緒に行きたいわよね。
担任の先生が慌てて教卓に向かい、資料をめくりながら校長先生に何やら話をしています。カノンちゃんの成績とか、グループ演習の状況とかを説明しているようです。
「カノンくんですね。あなたの成績は第四位で、かつ、第五位とは大きく差を付けています。問題ないでしょう」
「やりー」
校長先生の回答にカノンちゃんは大喜び。指をパチンッと鳴らします。
「待ちなさい。三人はそれでいいですか?」
校長先生が、事務的に問いかけます。
アイナたち三人はもちろん、
「はいっ!」
と、元気よく答えました。
「キンキイ地域編」はこれにて完結です。
次話より新編に入ります。
引き続きお楽しみいただけると幸いです。




