動作テスト
今日も透き通るような青い空です。風も涼しくなって、ずいぶんと過ごしやすくなりました。マナ肺活量があれば魔術で温風も冷風も思いのままですが、実行しなくて済むのならそれに越したことはありません。アイナも制服を、夏物から冬物へと替えました。
グループ演習の授業も残りわずか。アイナたち四人は、三体のゴーレムとともに校庭の隅に向かいます。地面に白線を引いてゴーレムたちの程式を調整し、それを陣地と認識させます。結局三つ目の開発方針は、ユートくんの提案した陣地防衛に落ち着きました。
カノンちゃんが校庭の反対側に移動し、折り返して小走りにゴーレムに向かうと、ゴーレムたちは水魔術を実行します。これで簡単な動作確認は済みました。いよいよ集団行動制御の魔術程式のテストが始まります。
「んじゃ、本番行くぞ!」
「いいよー!」
校庭の端と端で、カノンちゃんとアイナの大きな声が行き交います。
「おりゃあ!」
女の子らしからぬかけ声とともに、ダッシュするカノンちゃん。それにゴーレムたちが水魔術を噴出して応戦します。
実用の防衛ゴーレムは電撃魔術を使用しますが、テストの敵役は自分たちで務めることもあって、水魔術で代用しています。カノンちゃんは電撃でいいと言っていましたが、それはほかの三人が却下しました。当然です。
「ぬるい、ぬるい」
カノンちゃん、浮上魔術と風魔術を併用して、楽々と水攻撃を躱していきます。
地面に向かって攻撃されれば浮上し、空に向かって攻撃されても風魔術で器用に左右に避け、再び地面に戻っては駆け出します。
そしてあっさり、白線を突破。
「こんな器用な野獣がいるかよ。動きの遅いゴーレムで止められるわけがない」
そうぼやいたのは、コタロウくんです。
「電撃は水より速いから実際は当てられるだろう。水であっても三体が同じ場所を狙わなければ、動きを止められるはずだ」
それとは反対に、ユートくんはまったく諦めていません。
「アイナくん、『わんみゃー』は目標の左右を攻撃するように変更できないかな。もちろん攻撃は弱くなっていい」
「うん。カノンの移動を牽制するんだね。ちょっと待ってー」
ユートくんの依頼に頷き、アイナは木製ゴーレム『わんみゃー』の魔術程式を取り出して修正を始めます。
なかなか難度の高い要求だと思うのですが、アイナならこなしてしまうでしょう。魔術程式を書くこと自体も程式書きの魔術を実行して行うのですが、アイナはこの魔術が得意なのです。学校も半年以上が経ち、程式の基礎知識はカノンちゃんたち三人やクラスのみなさんに並ばれていますが、マナ頭脳の差が出る程式書きの魔術についてはずば抜けています。単純な魔術を書く場合はさほどではありませんが、複雑な程式になればなるほどその差は顕著なものになるはずです。
「うん、よろしく頼む。私も『こんこん』と『ぶひー』の攻撃タイミングを調整する。コタロウくん、手伝ってくれ」
「分かった」
ユートくんも、コタロウくんと程式の修正を始めます。カノンちゃんは「わたしはもどるわー」と再び校庭の端へと歩いていきます。そうして十分は、経ったでしょうか。
「カノン、おまたせー。いいよー」
「いくぞー」
手を振って合図するアイナに、カノンちゃんも手をあげて走り始めます。
「よっと。あ、くそっ」
先ほどと違い、水がタイミングをずらして飛ばされ、方向もあちこちに散らされます。逃げ場を失ったカノンちゃんに、水が掠るようになりました。
「カノン、来てくれないとテストにならないよー」
「ちぇっ、分かったよ」
カノンちゃん、水が当たると悔しいのか、戻って一からスタートしてしまいます。電撃魔術であっても、多少当たったくらいなら野獣も動きを止めません。これでは、ゴーレムたちが接近されても適切に攻撃するのかどうかを、確認できません。
「あー、六発喰らった」
白線を越えたカノンちゃんが嘆きます。手足が水で濡れています。それでも頭や胴に当てさせていないところは、さすがと言うべきでしょうか。戦い慣れしているわけでもないでしょうに。そこらの野獣なら、これほど攻撃を受ける前に退散するでしょう。
そしてここで、テスト役の交代です。
「コタロウくん、いつでもいいぞ」
「分かった」
今度はコタロウくんが敵役を務めます。校庭の反対側に移動していたコタロウくん、ユートくんの指示をもとにゴーレムに向かってきます。
「おっと、あぶね」
コタロウくんはカノンちゃんと打って変わって、慎重に接近。腰をかがめて姿勢を低くし、スタスタと近付いては遠ざかります。ゴーレムたちの水魔術は、コタロウくん手前の地面を濡らすだけ。
「はいよっと」
ついにゴーレムたちはマナ筋肉の疲労で魔術を実行できなくなり、コタロウくんは小走りで白線を突破します。
「こんなずる賢い野獣、いねえよ。だいたい電撃ならまっすぐ飛んで当たってんだろ」
そんなやり方に憤慨するカノンちゃん。自分が無傷で突破できなかったので悔しい、というのもありそうです。
「それはどうだろう」
「ああん?」
「実際には草木が茂っていて、電撃魔術でも姿勢の低い敵には攻撃しづらい」
「そだねー」
「ちっ」
そんなカノンちゃんの文句に、ユートくんが水のばらまかれた校庭を見つめながら指摘します。アイナも同意。ただ、その目は投影させたゴーレムのマナ器官に向いていて、疲労状態を確認しています。
「ふむ、カノンくんとアイナくん、ちょっといいかな」
「なんだよ」
「どうするの」
何かを思いついたよう、ユートくんがカノンちゃんとアイナを呼び寄せます。
「コタロウくんは敵役だから、スタート地点に戻ってくれ」
「ああ」
反対の校庭端に駆けていくコタロウくん。
「さて、改良案だが――」
「ちょっと待て」
ユートくんが説明しようとすると、カノンちゃんが止めます。
「ん?」
「端まで行ったな。――あいつ耳がいいんだよ。この前、びっくりした」
止めた理由を説明するカノンちゃん。この前というのは、何週間か前の開発方針会議のことでしょうか。
「ありがとうカノンくん。フォクリックの民とはそうなんだな、知らなかった。それで作戦というのは――」
ふたたび説明を始めたユートくんの作戦はこう。敵の姿勢が低い場合、その移動速度と移動方向から少し先を予測し、『わんみゃー』に土魔術で地面にぬかるみを作らせるというもの。それで敵の動きを止めようというわけですね。土魔術は程式実行時間を長くとる必要があるのですが、その点で持続性能が高い木製ゴーレムは相性がいいです。
「んじゃ、土魔術はわたしが書くぜ。得意なんだ」
そう言ってカノンちゃんが、魔術程式を書き始めようとします。
「待って。私が書きたい。書き終わったら、添削して」
アイナは土魔術を書いた経験はあまり無いですね。この機会にカノンちゃんのアドバイスをもらおうという考えでしょう。アイナの向上心も随分と目覚ましくなりました。
「おう、いいぜ。んなら、わたしは照準にする。苦手だから教えろよ」
「わかった」
「では私は攻撃頻度を調整しよう。マナ筋肉の負荷について、考慮が抜け落ちていた」
カノンちゃんとユートくんも担当を受け持って、作業に入ります。この修正は時間がかかりそうですね。コタロウくんはどうしているのだろうと気になりましたが、なにやら程式を書いて自習しているようです。
コタロウくんも目立ちませんが、ご家庭の状況や年齢を考えると、程式書きの才能は相当なものです。こういう地道な努力の積み重ねも、効いているのでしょう。ご両親が用意してくれた学習機会を漏らさず利用しようという、意気込みが感じられます。
「コタロウ、待たせたな! 来やがれ」
二十分ほどして、カノンちゃんの大声が校庭に響きます。
「じゃあ、行くぞ!」
コタロウくん、素早くかけ始めたと思ったら、ゴーレムの水攻撃が始まるとまた姿勢を低くしてスタスタと歩きます。そしてその右足が地に着こうというところで。
「のわっ! なんだ?」
自分の右足が校庭に埋まり、コタロウくんは慌てて後退します。すんでの所で水魔術を避けました。これはカノンちゃんより反射神経がいい。さすがフォクリックの民って感じです。
「駄目だ。降参」
その後もコタロウくんは近付こうとしましたが、『わんみゃー』の土魔術と、『こんこん』、『ぶひー』の水魔術の連携に、為す術がありません。むやみやたらと魔術を実行しなくなったので、マナ筋肉も耐え続けています。ついにコタロウくんは両手を挙げました。
「ユート、アイナ、来い!」
「では、行くぞアイナくん。作戦通りにな」
「わかったー」
三番目の敵役はユートくんとアイナ、マナ肺活量の少ないふたりが組になってのテストです。コタロウくんの呼び捨ても気にせず、ふたりはダッシュします。
ユートくんが少し先行して走り、その斜め後ろをアイナが続きます。ユートくんに攻撃が向かうと、今度はアイナが先行。そしてアイナに攻撃が向かうと、またユートくんが先行します。互いに囮役を交代しながら、接近する作戦ですね。
最後はユートくんが被弾しつつも攻撃を引きつけているあいだに、アイナが一気に白線を突破しました。無傷です。
「えへへ」
「ふたり相手は無理だあ」
得意顔のアイナに、カノンちゃんは早くもお手上げのようです。コタロウくんは腕を組んで「うーん」と唸り続けたまま。ユートくんも温風魔術で体を乾かしながら、「これは考え甲斐があるな」と言うものの、すぐに案は浮かばないよう。
そんな中、
「ねえねえ。わたし、ひとりでも突破できると思う」
と、アイナがここまでの話を戻すようなことを言い出します。
一斉にアイナに顔を向ける三人。
「へへ、やってみろよアイナ」
「ひとりとふたりじゃ、全然違うぞ」
すでに失敗したカノンちゃんとコタロウくんは、カチンときたみたい。
「テストが戻ってしまうが、もし欠陥があるのなら進めてもしかたがない」
ユートくんも、アイナに挑戦させる価値があると考えたようです。「じゃあ、行ってくるね」と、アイナは校庭端に向かいます。
「アイナ、いいぞ」
「はーい」
カノンちゃんの合図に、スタートするアイナ。
姿勢を低くして走りますが、魔術は未使用、その速さはトコトコレベルです。
そこを前方の地面がぬかるみます。
『わんみゃー』の土魔術。
アイナは手前でジャンプ。
瞬時に身体強化をかけました。ぬかるみは越えそう。
しかし時間差を付けて、ふたつの水流が迫ります。
『こんこん』と『ぶひー』の水魔術。
浮上と風の魔術を同時に実行、避けるアイナ。
でもカノンちゃんほど早くない。当たっちゃう――。
と、思ったら風魔術を追加して、顔に迫った水流を曲げてしまいます。
「はあ?」
「えっ!」
「なに!」
ゴーレム側から聞こえる三人の声。
ですよねー。
その後アイナは身体強化で走る、走る。
三体のゴーレムの水魔術は、四つの風魔法を駆使して逸らしていきます。
マナ能力が保つのかしら。
「あっぶなー」
最後のほうはマナ肺活量が追いつかず、マナ筋肉も疲労したのでしょう、トコトコした走りに戻って、風魔術ふたつしか実行できていませんでした。
白線は無傷で越えたものの、膝に手を突いて、ぜーぜー、言っています。
「ずるい、かな。電撃なら、こんな、いくつも、魔術防御、できないから、無理だけど、カノンなら、やれるでしょ」
息を切らし、途切れ途切れのアイナ。しかしみんなの返事が返ってきません。
「どうしたの?」
呼吸を整えアイナが体を起こすと、三人が目を見開いて見つめています。
「アイナ。今、いくつの魔術程式を実行した?」
カノンちゃんが真剣な面持ちで聞いてきます。ユートくんとコタロウくんもその質問に頷いて、答えを聞きたそう。
「えっと、身体強化でしょ、浮上と風と、そこから風を四つ。沼越えたときが一番多くて、実行記録を抜いて七つ」
指を折って、答えるアイナ。普通、義務程式は除いて数えます。それにしても不味い状況ね。
「わたしは同時四つが精一杯。だから化粧を解いても、ゴーレムの攻撃はひとつ防げるだけ」
カノンちゃんは普段から化粧魔術を使用しているので、先ほどのテストでは身体強化、浮上、風の三つまでしか使えなかったということですね。
「私は五つだ。知人に七つ使える方はいるが、恐らくあのように瞬間で使い分けるのは無理だと思う」
七つ使える人なんて、そうはいません。ユートくんは、キンキイの民の中でも指折りのマナ能力を誇る、ゴショ御三家の一員に間違いないでしょう。でも逆にそうだとすると、五つというのは御三家にしては凡庸なので、肩身が狭い思いをしているのではないかしら。
「俺は三つだ」
最後にコタロウくん。これは少ないです。フォクリックの民ってみんなこうなのかしら。才能あるのにかわいそうだけれど、魔術程式書家としては不利な場面も出てくるでしょう。同時に編集できる程式は、多いに越したことはありません。
「えー、簡単な魔術なら十個はできるよ」
アイナは両手を前に出し、各指から順に水を放出します。これは不味い。アイナの能力が露わになるので止めさせたいけど、私にはどうにもできません。
右の親指、人差し指、中指と、みんなにわかりやすいよう水魔術程式を並行して実行していきます。
「はい、これで十個。これ以上はマナ肺活量が追いつかない」
最後に左の小指から水を放出して、アイナはやめました。
「アイナ、すげえ」
素直に驚いたのはカノンちゃん。
「だからアイナくんは程式を書くのが早いのか」
ユートくんはいつものように淡々と分析しています。
「ば、バケモノだ」
驚くのは無理もありませんが、コタロウくんも言い方というものがあるでしょう。
俗に魔術程式書家の能力は、マナ頭脳に大きく左右されるとされています。でもマナ頭脳という器官が実際に存在しているわけではありません。これは逆というか、程式を書くのに必要な能力は、マナ頭脳がこなしていると見なしているだけです。
アイナのマナ肺とマナ筋肉には制限を施したのですが、マナ頭脳には施していないのですよね。手本にした、あの人にかけられていた魔術程式がそうだったので、そこまでに留めました。赤子にかけるものなので、自分たちで新たな魔術程式を書くなどという危険は冒せなかったのです。
三人とも驚いてはいますが、それでもアイナのマナ能力の異常さを分かっているとはいえません。この出来事がこの場で収まって、大事にならないことを祈るのみです。




