最後の演習
校舎の一角にある程式工房。移動式黒板に書かれた「第三回開発方針会議」という達筆な文字。
貸与された三体目の石製四つ足ゴーレムには、すでにマナ器官が移植されています。今回の移植もとはイノシシなので、名前は『ぶひー』になりました。アイナとカノンちゃんは反対しましたが、「ここまで来たら統一するしかあるまい」、「最初に鳴き声にしたのが悪いんだ」とユートくんとコタロウくんに押し切られて、決まりました。そんなに悪い名前ではないと思うのですけどね。
「今回の演習では、三体のゴーレムをひとつの目的に向けて協調して動作させることが求められている」
いつものごとく、ユートくんが開発方針を決める上での前提を整理します。
「アイナって、こういうのも開発したことある?」
真向かいに座るアイナに、聞くカノンちゃん。
「ううん。祭りのパレード用に書いたことはあるけど、あれはあらかじめ決まっている動作をするだけだったから」
「あれ、アイナが書いてたんだ」
「カノンが来たときのは、親方に決まってるでしょ」
「そっか、まだ六歳だもんな」
「だけどこの演習のは、状況によって動作が変わらなきゃ駄目だろうし」
アイナは額に皺を寄せて話します。
「それはそうだ」
と終わりの言葉には、ユートくんが肯定。
「掃除用を開発するにしても、初めての場所を効率よく一通り分担させるのは大変そうだな」
コタロウくんも腕を組み、テーブルを見つめて考えます。
「堤防工事に使ってるゴーレムたちは、流れるように土砂を運んでるけど、あれ、どうやってるんだ? 自分で書くとなると、さっぱり程式が思いつかない」
カノンちゃんもいつもの元気がありません。勢いでこなせる課題ではないですものね。
「私は指定した領域を防衛するゴーレムを提案する」
「また戦闘用かよ」
ユートくんの発言に、すぐさまカノンちゃんがつっこみます。
「そうは言うが、この街もちょっと郊外に出れば野獣がいるではないか」
「ふん、確かに農家の人たちが畑を荒らされて困ってるって話は聞くなあ。ユートも少しはシノサカのことがわかってきたじゃねえか」
「そ、そうか」
カノンちゃんが珍しくもユートくんを褒めますが、ユートくんはどこか気まずそう。なぜでしょうね。
「でもシノサカの一番の課題は治水だぜ。わたしは堤防作りに役立つ土木ゴーレムがいい」
カノンちゃんもカノンちゃんで、やりたいことは変わらないようです。
「それなら俺はゴミ処理だな。ゴミを分けて燃やしたり埋めたりするのはゴーレムで補助できるはずだ。みんな適当に捨てやがる」
そのコタロウくんの発言に、カノンちゃんはなぜか「ごめん」と謝ります。
「目的はいいが、集団動作としてはどちらも単純過ぎはしないか」
ふたりの思いのこもった提案に、淡々とコメントするユートくん。
黒板には、これで三人の提案が板書されました。
みなの視線は、残ったアイナに向けられます。
「わたしは、先生に高く評価してもらえる目的がいい」
「アイナはぶれねえな」
いつものアイナの振る舞いですが、さすがにカノンちゃんも呆れています。
「どうしてそんなに評価にこだわるんだ」
そこに珍しく、コタロウくんが突っかかります。
「首席になりたいから」
「どうして首席になりたい?」
「報償でゴショの優秀な程式書家に会わせてもらうの」
アイナとコタロウくんのやり取りが続きます。コタロウくんはアイナの事情を知りません。苦学生のコタロウくんからすると、アイナの態度は不愉快に感じるのかしら。
議論の雲行きが怪しくなってきたと見て取ったか、ユートくんとカノンちゃんが目配せしています。チョークを置いて、席に着くユートくん。
「ゴショの程式書家は、程式そのものの研究を追求しているからな。程式工房で顧客の希望を叶えている程式書家とは、どうしても探求の深さが異なる」
ユートくんがふたりに割って入ります。
「そんな奴に会ってどうするんだよ」
コタロウくんの言葉が乱暴です。
「ライヴォークの開発者を捜すためだよ」
カノンちゃんも介入します。
コタロウくんもそれには「は? なんで?」と、アイナを睨みつけていた顔を、カノンちゃんに移します。
カノンちゃんは椅子ごと体をコタロウくんに寄せて、コタロウくんの耳を借りて何やらごそごそ。「あのゴーレムは、アイナの親の唯一の手がかりなんだ」とか、小声で聞こえてきます。
そんなふたりにお構いなく、すっかりむくれたアイナが口を開きます。
「みんなはお父さん、お母さんにあたまを撫でてもらったことはあるの?」
口をとがらせ、でもゆっくりとした低い声。
「もちろん、それはいくらでもあるぞ。私の親は厳しいが、褒めてくれるときは褒めてくれる」
ユートくんが真っ先にアイナの話に乗っかってあげます。
「わたしも怒られた回数と同じくらいはあるかな」
コタロウくんへの説明が終わったのか、椅子を戻しながらカノンちゃんが続きます。
「お、俺も、この前みんなに見られたけど、今でもしてくるからうっとうしい」
コタロウくんも、アイナに視線を合わせないものの答えます。
「そうでしょ! わたしは一回も無いの! それが小さいときから羨ましくてしかたがないの! だから首席になるの!」
続けざまに大きな声で言うアイナ。
ほかのグループの子たちが何事かと顔を向けます。
それを睨み返して鎮めるカノンちゃん。
「いや、アイナくん。それは話が飛躍して――痛いっ!」
ユートくんがアイナに論理的に反論しようとして、カノンちゃんに思いっきり背中を叩かれます。ユートくん、アイナのとばっちりを受けちゃいました。それでもふたたび黒板の前にたって、議論をまとめようと進行します。
カノンちゃんとユートくんはもちろんのこと、二つ下のコタロウくんも自分自身の価値観を築きながら物事を考えていますね。なのにアイナは、親がいないことが足を引っ張ってか、まだ子どものような考え方しかできません。これでは怖くて、あの人も封を解けないでしょう。そのほうがアイナにとって幸せのようにも思えますが、この先どうなるのでしょうか。




