アイナの一日
「ただいまー」
アイナは食堂に入ると、ミホウさんやライヴォークに元気に声をかけていきます。
「おかえり、今日も頑張ったのね」
と微笑む、ミホウさん。ライヴォークのほうはマナ玉を回収し、アイナの頭をなでなでします。
実業学校の授業は午前で終わります。アイナ、以前はすぐ帰ってヒイデキ親方の程式工房のお手伝いをしていました。でも最近はグループ演習の課題に取り組んだり、図書室で程式の勉強をしたりと、こうして帰りは夕方になることが多くなっています。
ライヴォークもアイナの様子はマナ玉で見ているはずなのに、帰ってくると安心するよう。「おかえり」と挨拶を返すかのように、アイナの頭を撫でるのも昔から変わりません。アイナもそろそろ恥ずかしがってもよさそうな年ごろですが、今のところそのような気配はありません。あなた、よかったわね。
「すぐ戻りますー」
「はい、用意しておくわね」
そう言い残して、程式工房へと出ていくアイナ。
学校に通い始めたばかりの頃は、毎日のようにライヴォークを見知っている人が現れなかったかとミホウさんに尋ねては困らせていたのですが、それもしなくなりました。
「ただいまー」
「おう、おかえり」
程式工房から聞こえてくるヒイデキさんとの挨拶。そうして先ほどの言葉通りすぐ、カバンを置いて普段着に着替えたアイナが食堂に戻ってきました。
そろそろ混み合う時間帯。アイナは工房近くの壁ぎわ、あまりお客さんに人気の無いテーブルに座ります。そこにアイナ向けの賄い料理を運ぶライヴォーク。ミホウさんは、アイナの帰宅を機にエプロンを付けてお客さんの応対を始めています。
お昼はミホウさんとライヴォークが共に働き、そのあとしばらくはライヴォーク一体で、そしてアイナが帰ってくるとミホウさんとライヴォークが入れ替わり、混み合ってくると共に働く、そんなローテーションが定着しました。
ゴーレムに休みが必要かどうかは、マナ肺活量や実行させている魔術程式によってそれぞれ。もっともミホウさん、アイナが帰ってきたときは、休憩というよりアイナと関わる時間をライヴォークに与えているようです。ゴーレムに対しておかしな配慮ですが、ライヴォークの様子を見ていて自然とそうなったよう。
「ごちそうさまー」
アイナが食べ終わると、ミホウさんが片付けに来ました。朝食はアイナ自身が片付けているのですが、お客さんがいるときはミホウさんやライヴォーク、バイトさんにお任せです。そうしないと、ほかのお客さんが自分で片付けるルールなのかと勘違いするからです。
「なかなか増えないわね」
「今日も頑張って食べました」
お茶を入れながら嘆くミホウさんに、アイナは心外そうに答えます。
ミホウさん、成長期のはずのアイナの小食ぶりが気になるようなのです。アイナは確かに細いけど、痩せすぎってことはないのですけどね。アイナもアイナなりに努力して、アワジマの頃よりは食べるようになりました。リーエさんといい、ミホウさんといい、世話をしてくれる方に、アイナは頭が上がりません。
そんなやり取りをしていると、程式工房からヒイデキさんがやってきました。
「アイナ、ちょっといいか」
「面白い仕事?」
「違う。――アイナご指名の程式調整依頼はあるけどな」
「ごめんなさい。そういうお仕事は週末だけにさせてください」
アイナは、平日の仕事を控えていますが、新たな魔術程式を書き起こす必要がある仕事はやりたいとお願いしています。今、親方が言ったマナ器官の成長に応じて程式を調整する仕事は、たいていは変数を変更するだけで、程式まで変更することはまずありません。それはそれで大切な仕事なのですが、技量の向上にはつながり難いのです。
「いいや、それは謝らなくていい」
ヒイデキさんはそう言いながら、新品の便せんと封筒をテーブルに置きます。
それらを不思議なもののように見つめるアイナ。
ミホウさんは食堂のようすを見渡しながらも、ふたりのやりとりを聞いています。
「マコットから発注書が来た」
アイナはその言葉に体をビクッとさせます。
「それ自体は月に一回は来るからどってこと無いが、珍しく仕事と関係のない話も書いてあってな」
アイナは顔を伏せて無言のままです。
「なあ、アイナ。何があったか知らないが、マコットに近況を知らせてあげな」
アイナはまだ無言のままです。ほんと、こういうときは往生際の悪い娘。
「明日の朝までに手紙を書いて、持ってきなさい」
そうヒイデキさんに言われて、ようやくアイナは「えー」と顔を上げます。
「それは書かないとね」
それにニッコリと笑顔を向けるミホウさん。天使のような笑みですが、アイナにどう見えているかは分かりません。
「ねえ、親方。どうして封筒がふたつあるの」
便せんと封筒を手にしたアイナが言います。
「リーエさんというかたも心配されているそうだ」
ヒイデキさん、抑揚を押さえた口調。
「はーい」
アイナは力なく返事をして立ち上がり、程式工房につながる戸を開け、出ていきました。
食堂の仕事を終えライヴォークが二階のアイナの部屋に入ると、パジャマに着替えたアイナがテーブルに置いた便せんを前にして、ウンウンと唸っています。浴槽をお借りしてシャワーを浴びてきたばかりなのでしょう、ろくに乾かしていない髪が艶やかです。乾かして、櫛でとかしてあげたい。
「あ、ライヴォーク、ご苦労さまー」
部屋に入ってきたライヴォークに声をかけたかと思うと、そのままテーブルに突っ伏します。返事のできないライヴォークは、テーブルに近づき、光の球を飛ばします。マナ玉とは異なる、照明用の魔術です。
「ありがとー」
アイナは突っ伏したまま、自分が実行していた照明魔術を停止させました。
そのあとは、ムクッと身を起こして、数行書いて、魔術でインクを消して、突っ伏して、再度ムクッと身を起こして、……こんなことをひたすら繰り返しています。何やってんだか。
それでもついに、リーエさん宛ての手紙は書き終えました。丁寧に折りたたんで封筒に入れ、魔術で封をします。
アイナが部屋の壁を見上げると、ライヴォークの明かりに照らされた掛け時計の針は十時を指しています。いつもアイナがベッドに入るのは八時過ぎ。
「マコットさんのは、早起きして書こ」
そう言ってアイナはベッドに潜り込んでしまいます。できるはずないでしょ。
「ライヴォーク、お休み」
目を閉じてアイナが出したのは、待機モードへの移行指示。普段のライヴォークはこれで部屋の隅に座り、照明魔術を停止させます。しかし今日は明かりが消えません。ライヴォークはベッドの横へと歩きます。
「なによう」
ライヴォークに体を揺すられて、文句を言うアイナ。
「あれは宿題じゃないの」
宿題であろうが無かろうが、ゴーレムがこのような状況判断をして行動を起こすことはあり得ません。アイナもそれを分かっているはずですが、子どもの頃からのことなので、ライヴォークのすることに対して感覚が麻痺しています。
「もう、わかったわよ。風邪引いたら、ライヴォークのせいなんだから」
ついには布団を引っ剥がされたアイナ。
逆ギレして起き上がり、テーブルに戻ります。
ライヴォークはそんなアイナに、魔術程式を実行して温風を送り始めました。
「親方、これ」
「よし、よく書いた。今日にも出しておく」
「アイナちゃん、偉いわね」
「えへへ」
翌朝、アイナはヒイデキさんに二通の封書を渡して、学校へと出かけます。明け方まで書いていたのに元気です。あの人の血を引いているから、一晩くらいは徹夜しても平気なのでしょう。
表情も、後ろめたさが少しなくなったおかげでしょうか、どこか晴れ晴れとしています。リーエさん宛のものはともかくマコットさん宛ての手紙なんて、学校で習ったことを羅列しただけなのに。
まったくもう。調子のいいところまであの人に似たようです。




