働く理由
グループ演習の授業です。
先生方は他グループの狩りに同行していて不在、自習になるアイナたちは校舎内の程式工房で「第二回開発方針会議」を行っています。
「今度はわたしかコタロウの案だよな」
ユートくんが意見を募るや、カノンちゃんが切り出します。
「そういう問題では無い。『わんみゃー』のマナ器官の特徴と、木製であることを踏まえた方針を検討すべきだ」
確認の形を借りたカノンちゃんの要求を、ユートくんは冷徹に突き放します。
「『わんみゃー』は、マナ肺が一番強かったな」
先日の狩りで、最後に木製ゴーレム『わんみゃー』のマナ器官を投影したのはコタロウくんでした。
「木製ゴーレムは、継続的に魔術程式を実行する用途に向いているんだっけ」
続いてアイナが、授業で教えられたばかりの内容を確認します。
「そうだ、アイナくんに聞きたかったんだが」
「なに?」
「アイナくんは木製ゴーレムを扱った経験も豊富なのか? もちろん、あのお供のゴーレムは別にしてだ」
「ううん。アワジマではほとんど無くて、ここに来てからのほうが多いくらい」
ユートくんの質問に首を振って、アイナは自分の経験を話します。
実は同じ質問をヒイデキ親方にされたことがありました。ミホウさんの食堂でライヴォークが働き始めたためか、ヒイデキ親方の程式工房に木製ゴーレムのメンテナンス依頼が急増しているのです。
「そうか、ありがとう」
ユートくんが答えると、
「ゴショの奴らは木製は滅多に回してこないからな。別に石製でいいんだけどよ」
と、またもやカノンちゃんがゴショを批判します。
「ゴショやニジョも石製がほとんどだぞ。マナ木はシガア地域でも北のほうに限られるから数が少ないと、先生も説明されていたではないか」
ユートくんが授業の内容をおさらいします。
「わかってるよ」
と、カノンちゃん。
勘違いをしがちですが、マナ木はそういう種類の樹木が存在するわけではありません。広葉樹も針葉樹もあって、水分や日光、地中の養分よりも、マナを中心に育った樹木一般を指します。シガア地域の中心にはマナ濃度の濃い大湖があり、これが周辺に浸透して樹木をマナ木にすると見られています。
「お、チャイムだ」
会議はまだまだこれからというところでしたが、お昼のチャイムが鳴りました。
程式工房にいた生徒たちは、ゴーレムを決められた場所に格納して教室へと戻ります。
そして帰りのホームルームも終わり。
「そうだ、今日の晩はアイナんとこ行くから一緒に食べようぜ」
カノンちゃんがカバンを手に教室を出ようとして立ち止まり、アイナに声をかけます。
「うん、いいよ。今日はバイトだっけ」
「うん。じゃあ、またあとでな」
アイナが応じると、カノンちゃんは走り去っていきました。
「カノンくんは、どうしてああもバイトに熱心なんだ?」
ふたりのやり取りを見ていたユートくんが、どこか残念そうに言います。
「あー、カノンのことが気になるんだ」
それをからかうアイナ。顔がニヤけています。
「できれば放課後もゴーレムの開発に取り組んで欲しいだけだ」
ユートくんは珍しくも感情をあらわに答えます。
「ふーん」
それだけかと言わんばかりのアイナの相づち。
「だいたい、魔術程式科は程式書家の職に就くなら学費無料ではないか。カノンくんは十分それだけの力がある」
「うんうん」
ユートくんの力説に、アイナは続けろと促します。
「仮にも、何ヶ月も一緒にゴーレムを共同開発してきた仲間なんだ。働かなければならない事情があるなら、気になるではないか」
「そうだね」
棒読みで同意するアイナ。
「俺でも毎日バイトしたいところを、週末だけに控えてるのに。親が学校に専念するよう気を遣ってるから、ってのもあるけど」
同じくアイナとカノンちゃんのやり取りを見ていたコタロウくんも、ユートくんの疑問に同調します。
「わたしも、工房の手伝いは週末だけに変えたんだよね」
アイナは勉強時間を増やすために、平日のバイトを控えるようになりました。生活費程度はライヴォークが食堂で稼いでいます。疲れを知らないゴーレムってことになっていますし。
「む、私はバイトをしていないが、学業に専念して成果を出さねばならぬからな」
と、ユートくん。経済的に恵まれているのを、後ろめたく感じたのかしら。
それにアイナが「でも首席はわたしだからね」と突っかかり、ユートくんが「いや私だ」と返し、詮の無い言い合いが始まります。最近アイナとユートくんはこのパターンが多くなっています。
ぽつぽつと仕事帰りで行き交う人々が増えてきた噴水広場。
「あれ、どうしておまえらまでいるんだ?」
約束通りに食堂にやってきたカノンちゃんが、オープンテラスのテーブルを囲む三人を見つけて言います。
「みんなねー、カノンのこと、もっと知りたいんだってー」
義務学校入学前の子どものような口調で事情説明をするアイナ。
「なんだよそれ」
カノンちゃんはうなじに手をあてながら、アイナの反対側の、唯一空いている席に腰掛けます。ユートくんとコタロウくんは、「誘われたから来ただけだ」と異口同音にアイナに文句。
ミホウさんが「みんな揃ったわね」と注文を取りにみえます。
ミホウさんもユートくん、コタロウくんの顔を当然ながら覚えていて、ふたりにはお友だち価格で食事を提供しています。ですのでユートくんは食堂に来る機会が増えているのですが、コタロウくんも違う理由で増えています。アイナから事情を聞いたミホウさんが、余ったり、コタロウくん一家が入手に困っていたりする食材を格安で分けているからです。
ライヴォークが料理を運んできて、皆が食べ終わるのを見計らって。
「カノンってさー、どうしてそんなにバイトいれてるの?」
アイナがユートの疑問を切り出しました。ユートくんが一瞬ピクッとしたように見えましたが、アイナは誰が言い出したことかまでは口にしません。
「ん、そういう話か。長くなってもいいなら、話すけど」
そう言って、お茶を飲むカノンちゃん。
男の子ふたりがじっとしているなか、アイナは「してして」と催促します。
「えっと、アイナと会った年だから……、あれ、何歳だったっけ?」
「六歳」
「ありがと。ああそっか、アイナとは親と夏休みにアワジマへ旅行したときに友達になったんだ」
カノンちゃん、左右に座るユートくんとコタロウくんに説明します。
「んで、やらかしたのはシノサカに帰ってきたあとの秋。わたしは小さいときから絡繰りものが好きで、それで程式工房にいたアイナとも気があったんだけど、そのときはそれが裏目に出た。農家の水車小屋に忍び込んで――」
カノンちゃん、そこで話を止めて、テーブルに右腕を出します。そして化粧魔術を停止させたのでしょう、右腕はみるみるうちに青黒くなり、ミミズ腫れ状の傷に覆われていきます。
「水車の仕掛けに手を出して、右腕を巻き込まれた」
その話に思わず肩をすぼめるコタロウくん。日頃は強がっているけれど中身は年相応の男の子です。カノンちゃんが面白がって右腕を「ほれほれ」とコタロウくんに近づけると、体をのけぞらせています。
アイナが「ごめん」と小声で手を合わせると、「面白いのは、ここからだって」と笑うカノンちゃん。
ユートくんはそんなカノンちゃんを真剣に見つめたままです。
「それで、わたしの悲鳴に運良く気づいた人が助けにきてくれた。でもそのときにはもう、右腕はぐじゃぐじゃ。わたしを捜していたパパとママも駆けつけて治癒魔術をかけたけど、わたし自身の治癒魔術がままごとみたいなものだから、全然治らなくって死なないようにするのがやっと」
治癒魔術は本人の回復力を促進する魔術ですからね。子どもの場合は、他人がかけても、マナブーストで本人の治癒魔術を助けてあげても、どうしても限界があります。
「それでこのままでは死んじまうってんで、わたしにマナ器官を移植するって話になったんだ。でもそこらのキツネや犬の器官じゃ足らない。そこでオーエヤアマで狩りをすることになった」
「なんと、あんな危険なところに」
ユートくんがここでカノンちゃんの話に反応を示します。
「そっか。オーエヤアマはニジョの西の山だっけ。わたしも連れて行かれたらしいんだけど、全然覚えていない。もしかしたら、どこかでユートとすれ違っていたのかもな」
そう言うカノンちゃんに、ユートくんは黙ったまま。本当はニジョ出身ではないものね。
「それで狩りのメンバーをこのシノサカで大々的に募集した。わたしは街の人気者だったから百人以上集まって、逆に減らすのが大変だったんだって」
ちょっと得意そうに話すカノンちゃん。
「オーエヤアマには何がいるんだ?」
話が見えなくなったか、コタロウくんが聞きます。
「醜鬼」
カノンちゃんの短い答えに、「げっ」とうめくコタロウくん。
見たことはないでしょうが、身長四メートルを超える亜人の話を聞かされたことのない子どもは居ないでしょう。
「怪我人が何人も出たけど、なんとか醜鬼は捕獲されて、わたしに移植された。あとはたくさんの人にマナブーストと治癒魔術をかけ続けられて、右腕はもとの形を取り戻した。自分の腕なのに不思議だったぜ、にゅるにゅるともとの形に戻っていくんだもの」
またコタロウくんが肩をすくめますが、カノンちゃんは今度はクスッと笑うだけ。
「おかげで不自由なく、というかパワーアップしたんだけど、傷は残ったし、醜鬼の影響が出始めた。全身の肌の色が日に日に青黒くなって、いろいろなものを壊したくなるようになった」
マナ器官を移植すると、移植もとの動物の影響が出ます。醜鬼のマナ器官を六歳の子どもに移植したのですから、その影響も大きかったはずです。
「で、やっとアイナの質問の答えになるんだけど、お金もたくさんかかった。シノサカでも有名な商人の全財産が無くなるどころか、大きな借金が残った。もう人を雇うなんてできないからパパとママは稼ぎがいい遠出の商いに出てるし、わたしは力持ちになったから土木工事で稼いでいるってわけ」
お水を口にし、なぜかユートくんに視線を向けるカノンちゃん。
ユートくんは「なにはともあれ、カノンくんが助かって良かった」と感想を一言返します。
ふふ、カノンちゃんはあわてて視線を逸らします。
「堤防の工事も好きだけど、実業学校出て程式工房で働けばもっと実入りは良くなるからな。首席を取ればなおさらだし、褒賞ももらえるし、わたしだって狙ってんだぜ」
カノンちゃん、最後はアイナを見つめて締めくくります。アイナはこれに「首席はわたしだし」と反論。この反応はカノンちゃんの思惑通りでしょう。笑っています。そこにユートくんも「首席は私だ」と加わり、コタロウくんも「俺も首席を取って、フォクリックの民を見直してもらう」と張り合います。カノンちゃんの重い話が、どこかに飛んでいきました。
それにしてもアイナの目は真剣です。当たり前ですがみんな首席を狙っていて、実力差も縮まっていることを意識しだしたよう。気合いが入っています。これなら、アワジマから出てきた甲斐もあったというものでしょう。
あの人もここまで目論んで、アイナをそそのかしたのでしょうか。さすがにそれは考えすぎかしら。




