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ひとりぼっちの旅立ち

 幸せを願って送り届けた地なのですが、それでもやはり、負わせてしまった宿命がこの()を引き寄せるとでもいうのでしょうか。

 あの人がついているにしても、私はこれから先が心配でなりません。


 砂浜へと続く、島一番の大通り。

 そのはたにある、島一番の大広場。

 開門時刻に合わせてアイナが勇んでやってくると、そこにはぽっかりと大きな黒い穴が浮かんでいました。

 転移門。

 穴の前にはすでに長い行列ができていて、帰りの観光客や町の行商人たちが何組も並んでいます。

 幼い頃から何度も目にした光景のはずなのに、いざ自分もくぐるとなると緊張してきたのか、アイナの表情が(こわ)ばってきました。もうすぐ十三才になる女の子、随分と勝ち気な性格に育ってしまいましたが、まだまだ可愛らしいところを見せてくれます。

「ねえ、ライヴォーク。私はあの門をくぐって来たの? それとも違うの?」

 アイナは振り向いて、後ろに控えているゴーレムに話しかけます。

『ヴォーン』

 でも、希少なマナ木で作られた人型ゴーレムはくぐもった低い音を発し、その体を小刻みに捻るだけ。

 ゴーレムは与えられた指示を理解できたのかできなかったのか、実行できるのかできないのかを返すだけです。それでもライヴォークのように音を発して応答するゴーレムはまれで、高級品の(あか)しなのですが。

「もう。あなたに移動記録(ログ)が残っていれば手がかりになったのに。あーあ」

 そんな反応が返ってくることはアイナもわかっています。幼い頃から形を変えて繰り返してきた、問いかけに嘆き。ただ、今のは、だんだんと行列が短くなるのに緊張して心細くなっただけの、独り言のようなものでしょう。

 そうして、前に並んでいた老夫婦が手をつないで歩みを進め、姿を消しました。

「さあ、私たちの番よ。ライヴォーク、ついてきなさい」

『……』

「ライヴォーク、どうしたの?」

 さきほどとは異なり、今度は明確な指示を出したアイナ。でもライヴォークの反応がありません。

 アイナは立ち止まって、自分よりずっと背丈の高いライヴォークを見上げます。

 こんなことは今までありませんでした。どうしたのでしょう。肝心なときに故障のふりでもしているのでしょうか。

 転移門を生成する六体の木製四つ足ゴーレム、そのゴーレムを管理するふたりの係員さんも顔を見合わせています。

 そんな様子を見かねたのか、アイナの後ろに並んでいる商人さんが声をかけてきました。

「お嬢さん、先に行かせてもらうよ」

「あ、はい。ごめんなさい」

 急いでアイナが横へと列を外れると、ライヴォークもきちんと続きます。

 商人さんは「故障ではないようだね」とアイナに微笑み、「進め、ゴーレム」と自分が連れている子馬ほどの大きさの四つ足石製ゴーレムに指示を出します。ゴーレムは島特産の果実を積んだ荷車を引いて穴へと進み、それを見届けた商人さんも穴へと入っていきました。

「どうしたのよ、ライヴォーク」

 戸惑うアイナは、ぺしぺしとライヴォークを(はた)きます。

 そんなことでゴーレムが治らないのは、このアワジマ唯一の程式(ていしき)工房で親方を手伝ってきたアイナには分かっているでしょう。でもライヴォークの管理者権限がないので、どうにもならないのです。

 そうしてアイナが途方に暮れていると、覚えのある声が聞こえてきました。

「アイナあ。アイナちゃんー」

 その声は、幼いころからお世話になっている家政婦のリーエさんのもの。

「もう。見つかっちゃったじゃない」

 アイナはライヴォークに悪態をつきます。悪いのはアイナのほうなのですが。

 それにしてもライヴォーク、リーエさんの声が聞こえて立ち止まっていたのでしょうか。


「アイナ、あんた親方に黙って家を出たんだって? していいことと悪いことがあるの、分からないの?」

 少し息を切らしてリーエさんはアイナのもとに駆け寄ると、すぐさまお説教を始めてくれます。

「……」

 アイナは口を閉ざして(うつむ)いています。

 育ての親のマコットさんにこそ反抗しますが、このリーエさんは苦手なのです。

「あんたみたいな子供が、こんなゴーレム連れてシノサカの街をほっつき歩いたら、目立ちすぎて危ないわよ」

 リーエさんはしゃがんで、アイナの顔を覗き上げます。

 口調こそ怒っていますが、表情は困り顔。心の底から心配してくれていることが分かります。本当に申し訳ありません。

「そのほうが好都合だもん。きっとお父さんとお母さんも見つかるんだもん」

 なのにアイナったら、「もん、もん」と普段は使いもしない妙な言葉づかいで口答えをします。でもリーエさんから目を逸らしているのは、後ろめたい証拠。

「はあ、似なくていい頑固なところまでマコットさんに似ちゃって」

 ため息をついて立ち上がるリーエさん。アイナに親の話を持ち出されると、さすがに叱りきれません。

 人口二千五百人、漁業と観光業中心のこのリゾート地アワジマに、アイナの両親がいないことははっきりしています。

 そんなアワジマに十二年前、ライヴォークは赤子のアイナを抱いて突然現れました。両親の唯一の手がかりであるライヴォーク、目立つのをアイナが歓迎するのはむしろ当然なのかもしれません。他にめぼしい情報は、名前が刺繍された(うぶ)()くらい。これについては誕生日も縫っておけばよかったと後悔しています。

 そして一年前、アイナがひとりでお使いをしていたときの出来事です。道に迷っていた観光客を見かけて案内したところ、余計な話を吹き込まれました。「お嬢さん、この島の程式工房で木製ゴーレムの作り(ぬし)を捜していた子だよね?」という下手な芝居に、アイナは目を輝かせて「はいっ」と答えたものです。アイナはいつもアワジマを訪れた観光客に、ライヴォークに見覚えがないかと尋ね回っているのです。

 するとその観光客は、「程式書家だって、いつまでも同じ仕事に就いているか分かったものじゃないよ。本当に捜したかったら早く色んな人に聞いてまわったほうがいいと思うな」とアイナを(けしか)けるように言ったのです。

 まったく、どうしてキンキイの民に化けてまであんな話をしたのかしら。そこまで()かさなくてもいいと私は思うのですけど。

 それからアイナは、アワジマを抜け出すことしか考えないようになりました。義務学校を卒業して最初の転移門の日にアイナが行動を起こすであろうことは、マコットさんもリーエさんもお見通しだったでしょう。


「はい、これ」

 そう言ってリーエさんは程式を実行し、柔らかな光のかたまり、魔術程式を生成してアイナに渡そうとします。アイナを引き留めるのは初めから諦めていたよう。

「これって」

 アイナは程式の内容を一瞥で看破し、戸惑っているようです。

「紹介状魔術程式ね。マコットさんから預かってきたの。自分で渡せばいいのに、忙しくて手が空けられないとか言ってたわ。アイナもアイナだけど、マコットさんもマコットさんなんだから」

 リーエさん、茶化していますが、本当の話でしょう。アイナがいなくなってマコットさんは(ます)(ます)忙しくなるはず。こんなアイナでも、工房の仕事をけっこう手伝っていました。

「今さら受け取れません」

 アイナは両手をあわあわさせながらも、一丁前のことを言います。

「アイナがこれを受け取るまで、おばさんは帰らないからね」

 リーエさんも、ここは引き下がらないようです。

「でも」

「アイナ。マコットさんも私もあなたを本当の子だと思って、これまで育ててきたつもりよ。シノサカの街にあてがあるわけでもないでしょ。これくらい面倒をかけさせなさい」

 こう言われると、今度はアイナが強情を張れないでしょう。

「分かりました」

 そうアイナは受け取ったものの、じっと魔術程式を見つめて固まっています。まったく往生際の悪い()

「はい、すぐロードして、実行するの」

「はーい」

 しぶしぶアイナが魔術程式を体に沈め実行すると、胸元に文言が浮かび上がります。

 どうやら、シノサカの程式工房宛ての紹介状のよう。マコットさんの知り合いなのでしょうか。その本文は宛名の人しか見られません。

 そうやってアイナとリーエさんが、問題なく程式を実行できることを確認していると、

「すみませーん、シノサカに行くなら急いでもらえますか?」

 と、係員さんが声をかけてきました。いつの間にか行列が無くなっています。ギリギリまで待ってくれていたのでしょう。

「は、はい。すぐ行きます!」

 アイナは慌てて返事をします。

「アイナ、辛いことがあったらいつでも帰ってきていいんだからね。この島はあなたのふるさとなんだから」

 そう言うリーエさんの目元に涙が浮かんでいます。

「うん、でも頑張るの」

 アイナはライヴォークの手を取って、リーエさんに深くお辞儀。ライヴォークもつられてお辞儀をしてしまいます。

 まったく、そんなゴーレム、どこにいるというのでしょう。感謝する気持ちは私も同じですが、リーエさんが驚いてしまっています。

「はい、これ。アワジマ最後の印だから、シノサカの係員に渡してね」

 アイナが転移門の前まで向かうと、係員さんが何やらバトンのようなものを手渡してきます。

「アイナ! 健康には気をつけるのよ」

 リーエさんが大きく手を振っています。

 本当に、本当にこの()がお世話になりました。

「リーエさん、ありがとうございました。いってきます!」

 アイナは振り返って、大きな声で挨拶します。

 そうして。

「行くわよ、ライヴォーク」

 ライヴォークの左腕をぎゅうっと抱え。

 アイナは黒い穴へと、その一歩を踏み出しました。


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