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第9話:要はやっぱり要だね

ジェシスは目の前の光景が信じられなかった。


どのような達人であれ、確実に決まる一撃を防がれたとなれば、一瞬ではあるが隙が生じるものである。その隙を逃さず、無防備な相手の顎に綺麗に入った前蹴り。意識を刈り取るには十分な威力で、事実要は崩れる様に地に伏したのだ。確実に意識を刈り取ったと思っていた要が起き上がった事もそうだが、それ以上に要の一撃に気付けなかった事に驚いたのである。


実はジェシスは要と戦闘している間、辺りに注意を凝らしていた。別働隊や、他の仲間が隠れている可能性を懸念しての事だが、それはもちろん要を倒した後も続けていた。実際には他にも理由があるのだが今はまだ知るべき事ではないだろう。


後ろにも注意を凝らしていたにも関わらず、要が起き上がったことはおろか、攻撃された事すら気付かなかったのだ。ジェシスが今だ立っていられるのは法剣の御蔭であり、自身の力ではなかったため、一滴の汗が垂れる。


先程の戦闘でもジェシスが要の攻撃を防げたのは法剣の意思によるものだ。持ち主の危機に反応した法剣の防衛意思がジェシスへの一撃をことごとく防いでいたのだ。


あまりにも変化した要の雰囲気にジェシスは警戒しながら言葉を発した。


「気でも狂ったか。憐れだな」


「あん?何言ってんだてめぇ。おい、それより何か言い残すことはねぇのか?てめぇはこれから死ぬんだ。せめてもの情けだ、遺言ぐらいは聞いてやるぜ」


過激な発言を連発する要。言葉一つ一つに殺気を含めジェシスに放っていく。要の禍々しい殺気を一身に受けているジェシスは先程までの戦闘とは違いが出ると感じ、要に神経を集中させていた。


「なんもねぇんだな、まぁいっか、それじゃあ死ねや」


無言のまま構えていたジェシスを見て、何もないと理解した要は槍を構えた。要VSジェシスの第3ラウンドの開始である。



要は間を詰めるため一気に駆け走る。対してジェシスは相手の出方を窺う様にその場で構えたまま要を見ている。すると何を思ったか、要は持っていた槍をジェシスに向かって投げだしたのだ。武器を手放すなど予想すらしていなかったジェシスは目の前に迫った槍を左へと避ける。直後左から要の声が聞こえた。


「おせぇよタコ」


鋭い右ストレートがジェシスの顔目掛けて放たれる。要の声の御蔭で危険を察知出来たジェシスは一歩下がる事で回避を試みる。目の前を通り過ぎた拳を見て、要の位置を予測し、剣を振るおうとしたのだが、予測した位置に要の姿はなかった。


「だからおせぇって」


すでに後ろに回りこんでいた要は後ろ回し蹴りを顔に放つ。完全に死角からの攻撃にジェシスは成す術がなかった。しかし剣の意思により、蹴りを剣身で受け止める。だが、要はお構いなしにそのまま足を振り払い、ジェシスを吹き飛ばしたのだ。地面を転がりながらも即座に起き上がり次の攻撃に備えようとした。しかし、前を見ると要は蹴りを放った位置から動いておらず、呆れた様にジェシスに言い放つ。


「てめぇ馬鹿か?さっきブン投げた槍は体の中心より右に逸れてただろうが。そんなもん左に避けろって言ってる様なもんだろ?避ける方向さえ分かってりゃ追撃は簡単だろうが。ったく、意味もなく投げるかっつーの。こんな単純な方法に引っかかるなんて馬鹿っつーのは便利なもんだ」


余裕の表れか手の内を明かし出す要。普段の要とは思えない計算された戦闘スタイル。


「んじゃ次」


そう言って再びジェシスに突撃する要。繰り出される乱打にジェシスは防ぐ事に精一杯だった。隙を見つけては斬撃を放とうとするのだが、腕を狙われ攻撃を止められる。間合いを作るため一旦退こうとすれば、足を狙われ思うように距離がおけない。辛うじて剣の意思により急所の攻撃は防げているのだが、乱打によって蓄積するダメージは計り知れない。刻々と形勢は要に傾いていたのだ。

最早剣を握っている事すら出来ぬのか、右手の剣が手から落ちたのだ。その瞬間、激しい衝撃がジェシスを襲った。顎を目掛けて前蹴りが炸裂したのだ。あまりに強い衝撃にジェシスの体がほんの少しだけ宙に浮く。その浮いた体の腹部に要の回し蹴りが入り、ジェシスは後ろへと飛ばされたのだ。

大の字になって地面に倒れているジェシス。要は落ちた剣を拾って色々な角度から剣を観察していた。


「マジでこの剣ウゼェな。完全に死角だった攻撃も防ぎやがるしよ、自動追尾機能でもついてんのかぁ?」


法器の存在など知る由もない要はジェシスとの攻防を誰に語る訳でもなく、自身に問いかける。まさか剣に意思があるとは思ってもいない要は不思議に思いながらも戦いの終結に向けてジェシスへと歩み寄る。


左手でジェシスを持ち上げ壁に叩きつける。右手には双剣の片方が握られており、ジェシスの喉元へ突きつける。ジェシスの命は風前の灯火。要がほんの少し力を入れるだけでその生涯に終わりを告げるのであった。無情にも要の最後の言葉が放たれる。


「さてと、終わりだな。それじゃあ、死ね!」


右手に力を入れ突き刺さると思われた瞬間・・・


スパコーーーーーーーーーン


その場に似合わない不思議な音が鳴り響いた。















(やべぇ、やっぱり暴走モード突入しちまったよ)


1人焦っている大和。暴走モードとは一体何なのであろうか?

簡単に言えば、要が「本気」でキレた時の状態を表している。暴走モード時の要は普段と違い頭の回転が速くなり、冷徹、冷酷、無情といった負のオーラを身に纏うのだ。しかも、厄介な事に暴走モード時の記憶は一切残らない、といった素敵な特典までついているのだ。


幼少時代から付き合いのある大和でさえ、暴走モードは2度しか見たことが無い。1度目は小学生の頃、2度目は朗とつるむ様になったきっかけの時だ。


(マジで止めれるのか、俺・・・)


朗は要の暴走モードを止めれるのは大和しかいないと言ったが、実は過去2度の暴走モードを鎮圧したのは大和ではない。要を暴走モードから通常モードへと戻したのは彼らの幼馴染である1人の少女であった。2回とも同じ方法で止めていたため、手法としては分かるのだが、実際にそれで止まる保障は一切なかった。だが、このまま放ったままにしておけば、要は本当にジェシスを殺してしまうかもしれない。3度目の戦闘を見る限り、要は圧倒的にジェシスを押している。考えがまとまらない内に戦闘は終わりを告げようとしていた。

要がジェシスの喉元に剣を突きつけている。もう迷っている暇はない。大和は覚悟を決め、走り出したのだ。


(もうどうにでもなれっ!)


右手には伝家の宝刀「ハリセン」を持ち、要の後頭部目掛けて一心に振るった。


スパコーーーーーーーーーン


これが武器であったなら、クリティカルヒットと言いたくなる様な見事な一撃。大和はハリセンを振るった体勢のまま、恐る恐る顔を上げ要の様子を見た。すると左手で押さえつけていたジェシスがずるりと床に落ち、大和へと振り返った要。目は潤んでおり、物言いた気な顔をしている。


「いてぇじゃん大和!つーか今ピンチなの!ヤバいの!大和の相手・・・って、あれ?」


手に持っているのが槍ではなく剣であったため、要は不思議そうな顔をする。右斜め後ろにはぐったりとしているジェシスの姿が見えた。


「え?あれ?どうなってんの?」


一人混乱する要。そんな要の肩をポンッと叩き、大和による華麗なトークショーが始まった。


「要、お前凄かったぜ。一瞬で決めちまうんだもな、うん、マジ格好良かったぞ」


サムズアップで決める大和。ハテナ顔だった要も次第に理解してきたのか「いつも通り」の反応になった。


「え?あ、そうだろ!やっぱり俺ってつえぇもんなぁ〜」


暴走モード時の記憶がない要は大和の言葉を鵜呑みにし、格好良いという言葉があったため、頭の中では華麗な一撃をジェシスに食らわせ、勝利した事になっていたのだ。


要を褒めるなど滅多にある事ではない、故に褒められた要は気分が良くなり、不思議に思っていた事など最早頭の片隅にも残っていなかったのだ。


(ほんと便利な奴だ・・・というより何か哀れに思えてきたぞ・・・)


簡単に騙される要を見て、大和は目頭が熱くなったらしい。・・・馬鹿って本当に素敵ですね。


「はっ!ユミルちゃんは?大丈夫なのか?」


急に思い出したかのようにユミルの方を向く。するとユミルはこちらに向かって来ていた。これはフラグ成立か!と内心喜んでいた要。さぁ来いと言わんばかりに両手を広げたのだが


「ジェシス!」


叫び声を上げながらジェシスに駆け寄るユミル。満身創痍なジェシスに膝枕をし、意識があるか確認している。その光景を見た要は絶叫したのだ。


「え・・・なんでぇ〜〜!?」


必死に戦った仲間の心配ではなく、敵であるジェシスに駆け寄り心配しているユミルの行動を理解できない要。ユミルの説明をしっかり聞いておけば分かる事であったのだが、それは寝ていた要の責任ということで・・・。困惑する中、ユミルが居た位置と今ユミルが居る位置を交互に見る要。すると先程と同じように肩を叩く大和の姿があった。


「要・・・」


その瞳には哀れみの感情が目一杯含まれており、静かに首を振る。そして、要にトドメの一撃を繰り出したのだ。


「フラグ立ては失敗だよ」


「い・・・いやーーーーーーーっ!」


要の悲痛なまでの絶叫が響き渡ったのだ。












「ジェシス!ジェシス!」


一向に目を覚まさないジェシスを何度も呼びかけるユミル。口からは血が流れており、所々見える肌は紫色に変色している。ジェシスの容態を見れば先程の戦闘の激しさを物語っている。激しく揺さぶる事もできず、だが声だけは大きな声でジェシスを呼ぶ。すると、ジェシスの体がビクッと反応し、目をゆっくりと開けたのだ。


「ジェシス!気付いたか?」


「ユミル、か・・・?何故・・・?」


ジェシスは目の前の光景が信じられなかった。自分はかつてユミル達を裏切り、一人抜け出したのだ。昔の仲間達から恨まれることはあっても、まさか心配されるなどとはな、と心の中で呟いていた。


「何故?だと!仲間を心配しない奴がいるか!」


その言葉にジェシスは目を大きく見開かせた。まさか仲間などと言われるとは露程も思っていなかったからだ。


「仲間、か・・・。だが俺はお前達を・・・」


「お前が自分からパラムに手を出すような奴じゃないってのは俺ら皆分かってんだよ。だから教えてくれ・・・どうしてお前がパラムに手を出したのかを・・・」


ジェシスの言葉を遮り、ユミルは今にも消え入りそうな声でジェシスに問う。ジェシスは目を瞑り、数秒考えた後、口を開いた。


「俺がパラムに手を出したのは俺の意思だ、俺は強くなりたかった・・・お前達を、ユミルを守れるだけの強さが欲しかったんだ・・・・」


衝撃の事実にユミルは戸惑った。まさかジェシスが自分の意思でパラムを使用していたなど信じれない気持ちで一杯だったのだ。


「なんで・・・なんでパラムなんか使っちまったんだよ!」


「これは俺の弱さが招いた結果だ・・・。俺が弱かったから・・・」


パラムを使うきっかけを思い出すようにその時の出来事を語りだした。





『強くなりたいのか?』


一人鍛錬に励んでいたジェシスの下に一人の男が立っていた。


『誰だお前は・・・?用が無いなら消えろ』


『強くなりたいのか?強くなりたければコレを使え』


そう言って男は一つの袋を取り出し、ジェシスの前に投げ捨てる。


『なんだコレは?』


『それは強くなるための薬さ。鍛錬をする前に一粒飲めばいい』


そのような物が存在するなど聞いた事もなかったジェシスは相手を不信に思いながらも疑問を口にした。


『何故そんな物を俺に渡す?』


『なに、私は強い人間が好きなんだよ。君は強くなる、だから私はその手助けをしたいのさ』


『そんな物、信用出来んな。さっさと消えろ』


ジェシスは袋を拾い男に投げ返そうとしたその時、男はもうその場にはいなかった。


『どうするかは君の自由さ。だが答えは分かってるんだろ?君の目的を果たしたければ、ね』


風と共に聞こえる微かな男の声。投げ返す事が出来なかった袋はジェシスの手の中に納まっている。


『俺の目的・・・か』







「結局アイツが何者なのかは分からなかった。だが俺はその薬を使うことを決めたんだ」


ジェシスの目的など一度も聞いた事がなかったので内容は分からなかったが、ジェシスがパラムを使うきっかけが自分達にあった事実を知り、ユミルの目には涙が滲んでいた。


「馬鹿野郎!お前は何一つ悪くないじゃねぇか!悪いのは俺達だ!俺達が弱かったせいで・・・お前一人が背負う事になったんじゃねぇかよ!」


ユミルは自分の事が許せなかった。大切な仲間が自分達を守るために一人精進していたのに対して、ユミルは何一つ気付いてやれなかった。もっと自分が強ければ、もっとジェシスを見ていれば、そんな後悔がユミルの胸を過ぎるのだ。


「ふっ・・・危険があると分かって薬を使ったのは俺だ、そんな物有りはしないのにな・・・。それがパラムと気付いたときにはもう遅かった。俺は・・・パラムが欲しくて欲しくて堪らなくなっていた」


自分の弱さを自嘲するかのように言葉を繋げる。


「もう俺は自分を抑える事が出来なくなっていた。だから・・・俺は逃げ出したんだ。全てから、な」


パラムを使い出したきっかけを話終えたジェシスは静かに目を閉じていた。ジェシスの顔に生暖かい何かが落ちてきた。ユミルは悔しさのあまり涙を流していたのだ。


「お前は悪くない・・・悪くないんだよ・・・」


涙を流すユミルを感じて、ジェシスは目を瞑ったまま、お前は何一つ変わらないな、と心の中で呟く。そして話は次へと進むのだ。


「そして俺は・・・恩人と出会った」


静かに、その光景を懐かしむような面持でジェシスは消息を絶った後の事を語りだしたのだ。




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