第31話:二人の行方
ドラグーンの屋敷を警戒しながら進む大和と要。二人は若き衛兵が部屋に入った時、扉の影に隠れていた。
彼が水に集中している間に廊下へと出ていたのだ。
大和は屋敷の地図を見ながらケインが示した位置を探していた。
三人が居た部屋は一階、地図でその位置も確認していた。もちろん朗がこの部屋だと教えてくれたから分かったのだが。そしてケインが示した部屋まではそう距離はない。運が良ければ何事もなく辿り着けるだろう。
だが注意を払うに越した事はない。辺りを警戒しながら目的の部屋へと進む二人。
すると要が何かを察知し、こりゃ不味いなと呟いた。急いで大和の手を引っ張り、直ぐ近くにあった部屋へと入った。
バタンと扉を閉め、外の様子を扉越しに探る。カツカツカツと数人が廊下を歩くが聞こえる。
この足音は衛兵のもので、数十分に一度であるが巡回しているのだ。
運悪く巡回のタイミングと合ってしまい、咄嗟に近くにあった部屋へと入ったのだ。
要は集中して外の会話や動向を探ろうとしている。扉を閉める音が聞かれていた可能性があるのだ。不審に思えば部屋の確認作業に入るだろう。
部屋の中が暗いため、身を隠せる場所の確認すら出来ないのだ。
頼む、このまま行ってくれ。
要は最良の結果を望みながら、その時を待っていた。
しかし、ここで予想外の出来事が起こった。外の集中していたせいで、中の存在に気が付かなかったのだ。
「お兄ちゃん達、だぁれ?」
その声にビクッと体を反応させる。電気も点いていない部屋であったのが余計と敏感に反応させたのだ。
声色からは少女と推測するが肉眼で確認出来ない。部屋の奥からゆっくりと近づく気配だけは読み取れる。
距離にして数メートルまで近づき初めて姿が見えてきた。
容姿声色ともに考えれば10歳にも満たない少女であろう。
白い髪に痩せ細った体。服と呼べるか分からない白い布を巻いただけの格好。
大和の脳裏に一瞬誘拐の二文字が浮かんだがそれはありえない。鍵もついていない部屋に人を監禁するはずもないからだ。
不思議な雰囲気を纏った少女は再び同じ言葉を口にした。
「お兄ちゃん達、だぁれ?」
首を傾げ不思議そうに尋ねてくる。
表情から察するに恐怖があるようには思えない。寧ろ興味津々といった感じ。
二度目の質問に逸早く反応したのは要。身を屈め少女と同じ目線の高さに合わせニッコリ笑顔で少女の頭を撫でていた。
「俺達は正義の味方だよ」
おい、と突っ込みを入れたい大和であったが、そこは自重した。
いきなり人の部屋に入り込んだ挙句に怪しい行動をする正義の味方など嫌なものである。
少女は意味を理解していないのか、頭を反対へと移動させる。
「せいぎのみかた?・・・美味しいの?」
予想外の反応にブッと声を漏らす要。
扉の直ぐ外には衛兵が巡回しているため、必死に笑いを堪えながら震えている。
その姿も不思議に思うのか、少女は何度も頭を左右に動かす。
落ち着いた要は少女の頭を撫でながら『せいぎのみかた』について説明する。
聞きなれぬ言葉を並べても理解出来るはずも無く、最終的に『良い人のことだ』と締め括った。
良い人の意味は分かったようで少女は首を立てに振る。
同じくうんうんと頷く要は外に意識を向け、衛兵の気配が去ったことに気付く。
念のため扉に耳をつけ、辺りの気配が無人と察すると大和に今だと告げる。
二人が目的の部屋に向かうため外に出ようとすると少女から待ってと言われた。
何?と振り向くと少女は布の隙間から手をこちらに差し出していた。
「あたしはサン。お兄ちゃん達は?」
名を聞かれ二人はどうするかと考える。一応彼らはこの場に居てはならない存在なのだ。
下手に名乗りを上げて後から面倒になるのも考えものだ。
一向に握手と名を告げない二人を見てサンは俯き、悲しげに言葉を漏らす。
「良い人とはお友達になれるって・・・ママが言ってたのに・・・」
ガツン!と頭部に重たい一撃を食らった二人。少女の悲しげな一言は破壊力抜群だ。
もう悩む必要はない。二人は自らの名を名乗り、サンと握手をした。
満足したサンは笑顔で手を振りながら、二人の退室を見送った。
「ここだな」
地図を見ながら目の前の部屋がケインの示した部屋だと確認する。
扉は厳重に作られているようには見えず、本当にここか?と疑いたくなる。
だが、迷っていても仕方がない。要は扉越しに中を確認し、人の気配がないと悟ると静かに扉を開けた。
この部屋はサンが居た部屋と違って明かりが始めから点いていた。
書斎だろうか、部屋の中は本が多数並べられていた。ケインの話を信じれば地下室に通じる道があるはず。
二人はなるべく物音を立てぬよう、静かに怪しい部分がないかを探していた。
部屋の広さは一般的な3LDKの間取りほどだろう。広すぎない部屋を隅々まで探すが隠し通路など見当たらない。
―時間がないってのに―
次第に二人に焦りの色が見え始める。朗が必死に時間を稼いでいるだろうが、やはり限界がある。ここで手間取れば後々の作戦の時間がそれだけ短くなるのだ。
焦った分だけ作業も荒くなる。少し物音が大きくなったその時、扉の開く音が響いた。
「・・・?なにしてるの?」
扉の隙間からちょこっと顔を出すのはサン。
突然の来訪者に固まる二人とは対照的に、二人の姿を見るや笑顔で近寄ってきた。
サンの質問に答えを戸惑う大和。
正直に話せる内容ではなく、何か良い案がないかと考えているとサンが分かった!と手を叩いた。
「お兄ちゃん達もママのところに行くんだね!」
そうしてサンは本棚にある一冊の本を抜き取る。
するとその本棚が横へスライドし、地下へ通じる階段が表れた。
こっちだよ〜と先に階段を下り始めるサンを見て大和はハッと我に返る。
要へと振り返ると何かを考えているのか表情が険しい。
どうかしたのかと尋ねると「いや、なんでもねぇ」と簡単な答えが返り、地下室へと向かっていった。
引っ掛かる部分を覚えながらも、大和も地下室へと進んだ。
「お兄ちゃん達、遅いよ〜」
階段の終着地点で待っていたサンは幾分不機嫌な声を上げていた。
彼女の後ろにあるのは真っ直ぐ伸びた一本道。
立て掛けられたランプの明かりで奥には扉が見える。
目的の部屋かは定かでないが、ここまで来て引き返すのは不可能。
ごくりと息を呑みながら奥へと進むのであった。
ギィと重たい音を鳴らして扉は開く。
部屋の内部は広い空間であるが、道は一本で奥へと繋がっている。
この先にファリアが居るのか?と考えているとサンが壁際で何かをしている。
うんしょ、という掛け声と共に壁面の石を動かそうとしている。
だが、小柄なサンに石を動かす力は無く、本当に動くのか?と疑いたくなるほど、石は一ミリも動いていない。
「ここから行くとお友達に直ぐに会えるんだ」
そして石と必死に格闘している。
半信半疑ではあるが要と大和はサンが引っ張る石に手を乗せ、せーので引いた。
ガゴンと大きな音が鳴り響き、石を除けた隙間から梯子が見える。
やったぁ!と嬉しそうな声を上げ、サンは一足先に梯子を降りていった。
梯子の終着地点は薄暗い洞窟。
既に暗闇に目が慣れている状況であるが、うっすらと見える程度の明かりしか灯されていない。
足元に危険を感じるため壁伝いに歩こうと手を当てると、先ほどまで歩いていた通路とは違って壁はゴツゴツしており、人の手が加えられているようには感じない。
ここは天然の洞窟だろうか?と考えて首を横に振る。屋敷の地下室に天然の洞窟などあるはずもない。目的があって作られた空間と考えるのが妥当だろう。
この先にファリアの存在を確信した大和は黙ってサンの声が聞こえた方向に足を向けた。
ギィと重たい扉が開く音が聞こえるのと同時に眩い光が入り込んできた。
暗闇に目が慣れていた大和は突然の光に目を覆い隠す。だが、その先でカツンカツンと人が遠のく足音が二つ聞こえてくる。当然、足音は要とサンのもので間違いない。
なんで平気なんだよ!と悪態を吐きながら、はぐれても困るので目を細めながら後を追いかける。
次第に目が慣れると辺りを見回す余裕が出来始めた。
そして、そこで不思議な光景を目にしたのだ。
左右には大きめの試験管が並んでおり、その中には不可思議な生物が入っている。
犬に似ているが違った生物。これはこの世界の動物なのだろうか?と考えながら他の試験管を見回すと、見てはならない物を見てしまった。
「なっ・・・」
その光景に大和は絶句する。要も少し先で同じ一点を見ている。
試験管の中には『人』と思われる生物が入っている。
何故人と断言せぬかといえば、その姿にある。
頭部は確かに人である。だが、体が違うのだ。
異常に発達した上半身に四本生えている腕。
足は植物の根のように細く散りばめられている。
異常な光景に吐き気を催すがなんとか耐える。
要を見ても大和と同じ心境なのか、顔色は優れない。
サンは両手を大きく振りながらルンルンと擬音がつきそうなステップで進んでいる。
―どうしてあの子は何も感じないのか―
この先にある不安を感じながらも、二人はサンの後について行った。
お・・・遅れて申し訳ありませんでした!
しかも短いですね・・・
次話以降も何とか更新できるように努力します><