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第27話:魅惑の瞳

 コツコツコツと人気の無い廊下を歩く大和とファリア。

 会場から直接通じるこの廊下は、パーティー主催者の屋敷へと繋がっている。

 この廊下へ入る前にファリアは一人の男性と一言二言言葉を交え、男性は扉の前で守衛の役目を担っていた兵士に一言告げると、彼は何も言わずに道を開け、ファリアは奥へと進み大和は軽く会釈をして彼の横を通り過ぎた。


 パーティーの会場はあれ程までに騒然としていたのに、この廊下は静寂としていて同じ敷地内とは思えないほどだった。

 口を一切開かずに歩くファリアに声を掛けようにも何を話せばよいのか分からず、黙って着いて行く。


(何か俺悪い事したかなぁ・・・)


 つい数分前までは楽しい会話をしていただけに自分の行動を思い返すが、何一つ不審な点は見受けられない。

 だが、当の本人が黙って着いて来なさい的なオーラを出している感じがしたので、居心地の悪さも我慢していた。


「着きましたわ。このお部屋です」


 目的の部屋の扉は綺麗な装飾がされていて、まさに貴族の来客用に雰囲気がある。

 この部屋に着く前にいくつも部屋を素通りしたのだが、その部屋の扉は綺麗に飾られておらず、異世界の一般的な発想からすれば、使用人の部屋か物置が関の山だろう。

 大和は物置だろうが質素な部屋だろうが、休憩できればどこでもよかったのだが、豪華な部屋に案内するのは貴族のプライドかな?と相手への理解を示し、部屋の中へと入った。


 部屋の中は想像した通り、豪勢の一言。

 宝石類が付けられたソファーや、光り輝く額縁に飾られた絵画。人の姿が軽く五人は入ってしまうのでは?と思えるほど大きく作られたドレッサーに、レースで内部を隠すベッド。

 ・・・ベッド?

 ここまで見てあれ?と思う。普通来客用の部屋であればドレッサーはまだ許せるにしてもベッドは置かないだろう。

 もしかして間違えた?となると不法侵入でお縄頂戴?などと考えているとファリアにこちらへどうぞと椅子に座るよう促された。

 疑問に思うことはあるが、ファリアの様子を見れば間違いでないことは一目瞭然なので進められた通り椅子に腰掛ける。

 ふぅ、と一息吐くとテーブルの上にコップが置かれ、ファリアの手にも同じコップが持たれていた。


「私も少し疲れたので休憩ですわ」


 既に仮面を外していたファリアを見て大和も仮面を外す。お疲れ様と互いを労い、カチンとコップを鳴らし、中の液体を喉に通すと大和の嫌いな何かが入っていることに気がついた。

 慌ててファリアを見てこの飲み物が何なのかを尋ねると当然のように予想通りの答えが返ってきた。


「これはリン酒ですが、どうしたのですか?」


「リン酒ってことはやっぱり酒!?」


 酒の単語が出た瞬間大和の視界が揺らいだように感じた。ついで体が半身椅子からずり落ちる。

 大和は酒に滅法弱い体質であり、過去酒が絡んだ事件で良い思いでなど一つもない。

 苦い思い出を苦にしながらアルコールは今後摂取しないと誓っていたのだが、ここで不意打ちの如く飲まされてしまった。ちなみに大和は未成年なので酒を飲まないのは当然のことなのだが。

 大和の突然の変貌にも落ち着いた対応で、ファリアはベッドで横になるように伝える。

 視界が間々ならない大和はふらふらしながらもベッドに倒れ込み、目の上に手を置き体の調子を整えようとする。

 気分が悪い状態でも自分の隣に誰かが立っていることに気付き、当然誰かといえばファリア以外いない訳で、冷水を頼もうと口を開こうとしたとき、手の隙間からこぼれていた光がふっと消えた。

 何事かと思い手をよけて目を開くと部屋の明かりは消えており、月明かりだけが部屋の中に充満していた。そして視線を下へ向け絶句。


「なななななな何をしていらっしゃるのでしょうきゃ?」


 明らかに言葉遣いと口調がおかしくなっている大和。それほどまでに動揺する事態が起こっているのだ。

 大和が視線を向けた方向は仰向けに寝ている自分の下側、つまりは下半身方向を見た。

 すると何故だかファリアは大和にまたがりじっと見つめている。

 しかもその格好といえば、薄手で透明性が高い、いや、完全に透明だろうと言いたくなる程のネグリジェを見に纏っていて、理性の最後の砦と言われる純白のショーツが上下共にはっきりと見えている。

 あまりの事態に思考がついていけず、あらばじゃじゅ、と謎の言葉を発する大和にファリアは透き通った声で誘惑する。


「ヤマト様は私がお嫌いですか?私は貴方が欲しいのです。どうか私を受け取って下さいませんか?」


 ファリアの突然の告白に動きが固まる。ただでさえ慣れない事態に困惑しているのに更に追い討ちが掛かり、既に大和の思考回路はパンク寸前。

 そんな大和をお構いなしに徐々に顔を近づけ体を密着させてくる。

 後僅かで唇が接触する寸でのところで大和はファリアの両肩をがっちり掴み、これ以上の進行を阻止した。


「ちょっと待てって!いきなりどうしたっていうんだよ!」


 大和の怒鳴りにも似た声にファリアは抑揚の無い口調で答える。


「先ほども申しました。貴方が欲しいと。貴方に全てを捧げたいと」


「おかしいだろ!知り合って間もないのに変だって!」


「おかしいことなどありません。ヤマト様は運命を信じますか?私は信じています。そして私はヤマト様が運命の方だと、私のここがそう告げているのです」


 そう言いながらファリアはへその下辺りを摩る。

 ファリアの仕草は全てが妖艶で見るもの全てを虜にできるだろう。大和もまさに虜にされそうになっていたのだが、仕草が妖艶であったせいか、余計に感じたことが一つだけあった。

 ファリアの言葉に感情が一切含まれていないのだ。

 普通、相手を誘惑する場合は仕草だけでなく、声色も当然含まれる。片方が見事に欠落しているファリアの顔を、瞳をじっと覗きこむ。

 ―やっぱり・・・おかしいだろ―

 ファリアの瞳には本来見えるはずの大和の姿が映っていなかった。

 この光景に要の祖父であり、師でもある羽柴源流の言葉を思い出した。


『いいか、人ってのは、いや、生き物ってのは必ず光を持ってるもんだ』


『光?』


『おう、光っても電気の光とか太陽の光とかじゃねぇぞ。命の光ってやつだ。』


『意味わかんねーぞ?じじぃ』


『じじぃって言うんじゃねぇ糞餓鬼が。まぁ、そうだな。大和、俺の目を見ろ。何が見える?』


『ん〜・・・僕しか見えない』


『カッカッカ。それで十分だ。お前が見えるっつーことは俺の目には光が宿っているんだよ。光の無い目には何も映らん』


『それじゃあ何も映らない人はどんな人なんだ?』


『・・・そうだな。既に命を失った奴か、生きながらにして死んでいる奴か』


『うがーっ、頭いてぇぞじじぃ』


『だからじじぃって・・・くそっ、埒があかねぇな。簡単に言えば操られてる人間ってところだな』


『操られてる?ふ〜ん、よくわかんねぇけどいいや』


『いいんかよ・・・まぁ、お前にもいずれ分かるさ』


 幼き頃の話した内容。まさかその意味を今知る事になるとは、人生何があるか本当に分からないものだ。

 ファリアに大声で呼びかけようとも離れようとはせず、寧ろ密着が激しくなってくる。

 最早打開策が思い浮かばず、最終手段として考えていた行動を取ると大声で謝罪の言葉を述べる。


「ごめん!」


 直後パチーンと小気味良い音が部屋に鳴り響いた。

 大和はファリアを正気に戻すために、生まれて初めて本気で女性の頬を叩いた。

 これで駄目なら打つ手なし。自分の判断が正しかったのかを確かめるため、大和は再びファリアの瞳を覗き込む。

 動きは止まったが、表情に変化は無い。このままではいけないと思い、最後にファリアの名前を呼ぶ。


「ファリアさん!目を覚ませ!」


 大和の言葉にピクッと体を動かす。すると徐々に目に光が宿ってくる。

 ファリアの瞳に自分の姿が確認出来るようになるとファリアは目をぱちくりさせながらキョトンとした表情をしていた。


「え・・・?あ・・・?私は一体・・・何を」


 ここまで言って自分の居る場所と格好を見る。

 羞恥で体まで真っ赤にしたファリアを見て大和は心の中でカウントダウンを始める。

 3・2・1・はいっ!


「いやーーーーーっ」


 パチーーーンという音が鳴り響き、今度は大和が平手打ちを頬に食らっていた。





「あの・・・その・・・ごめんなさい」


「いや、別に気にしてないよ・・・」


 頬に真っ赤な手形が作られた大和の顔を見て、本当に申し訳なさそうに謝る。

 ファリアが正気に戻った瞬間、今の状況が予想できた大和は既に悟ったかのように諦めの表情をしていた。

 暫く無言の時間が流れたが、大和は一体何があったのかを聞こうとした時、突如扉がバタンと開かれた。


「おやおや、何やら怪しい物音がしたかと思えばロシャーヌ様にフシミ様ではありませんか」


 扉の前にはこの部屋に向かう前にファリアが言葉を交わしていた男性が神妙な面持で立っていた。

 彼の後ろには衛兵が武器を持ち構えた状態で並んでいる。


「ロシャーヌ様が何故ここにいるのですか・・・そういう訳ですか。衛兵、あの咎人を捕らえなさい」


 彼の言葉を合図に後ろに控えていた衛兵達はたちまちファリアを取り囲み捕獲した。

 状況の飲み込めない大和は声を荒げて衛兵に指示を出した彼に問い詰める。


「ちょっと待てよ!咎人って何だよ!この部屋はアンタが使うように言ったんだろ?だったら何で!?」


「勘違いしないで頂きたい。私がお貸しした部屋は別の部屋です。ここは我が主の私室。間違っても主以外の人間が立ち入ることの出来ない部屋ですよ」


 そう言って彼はファリアを冷たい眼差しで見る。

 ファリアは顔面蒼白で衛兵に取り押さえられていて、困惑の色も見られる。

 彼は心底うんざりした口調で衛兵に指示を出す。


「連れて行け」


「なっ!だから待てって!アンタら何か誤解してるって!咎人って何も悪い事してねぇだろ!」


「フシミ様、間違いで済む問題ではないのですよ。もし、これ以上庇いたてをするならば貴方様も同罪として連行せねばなりません」


 なっ、と言葉を濁らせたが納得の出来ない大和は同罪だろうが何だろうが知った事かと声を荒げ更に抗議を続けようとすると思わぬ人物から制止の声が入った。


「ヤマト様、よいのです。彼の申すように貴方まで罪を科せられる必要はありません。どうか、気持ちを静めてください」


 その言葉を最後にファリアは部屋から連れ出され、大和も彼と一緒に会場に戻されたのだ。



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