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第25話:あの日の彼は何処へ

「今日も平和だなぁ〜」


 朗は一人王城へと続く表通りを歩いていた。表通りには多数の店が立ち並んでおり、昼下がりともなれば多くの人々が行き交い、活気に溢れている。最早見慣れた光景ではあるが、現実世界では見られない建物や商品を見ると、常に新しい発見があり新鮮さが損なわれる事がない。大和や要には悪いと思っても、観光気分で王城へと向かっていたのだ。


 王城へ辿り着くと感じるのはその規模の大きさ。学校の課外授業で偉人達が建てた城を見学する機会はあったのだが、海外旅行の経験がないため目の前にある王城を見るのは初めてだった。中世に建てられた王城もこんな感じなのかな〜と思いながら城の中に入ろうとすると一人の門番が手を出し通路を遮った。


「城に何用か?」


 門番の顔を見ると怪しい人物を見るかの様な表情で見下していた。

 あれ?と思い城へ来た用件を話すと彼の顔は更に険しくなり、両手で朗を拘束し地面に押さえつけ他の門番を呼び出した。何事かと慌てて出てきた門番は朗の顔を見るなり顔面蒼白になる。


「あ・・・アキ様!?」


 アキ様って。拘束されながらも変哲な呼ばれ方に苦笑をこぼしていた。朗を取り押さえていた門番は朗の顔と駆けつけた門番の顔を交互に見ながらその名を理解し始めると急に青ざめ、激しい勢いで拘束を解き、オペラ歌手も吃驚な発声量で謝罪の言葉を述べた。


「いえ、気にしないで下さい」


 服に付いた埃を軽く払いながら門番の顔を見る。彼の表情は相変わらず硬く、目には涙が滲んでいた。すると彼は意を決した面持となってとんでもないことを言い出したのだ。


「いえ!この不祥事は腹を切ってお詫び申し上げます!」


 そういって彼は腰に掛けていた短剣を取り出し正座をする。彼の暴挙に他の門番達は焦りを隠せない。「落ち着け!」だの「早まるな!」だの三流コントを繰り広げていた。

 いやいや、僕はどこの暴君ですか?というか切腹って、ここは日本じゃないですよね?と心の中で突っ込みを入れる。朗が突っ込みを入れ終わってもコントは続いており、このままでは本当に切腹しかねない雰囲気を醸し出していたため、門番の肩に手を置き命の尊さを説教したのだ。すると切腹をしようとしていた門番のみならず、他の門番までも説教に感動し涙を流し抱き合っていた。異質な空気に耐え切れなくなった朗はそそくさとその場を退散したのだ。


 今日王城へ赴いた用件は王国書物庫の閲覧の許可を得るため。そのためには政務官の許可が必要となるのだが、単に政務官といっても様々な種類があり、どの政務官が該当するのか分からぬためアルディスに直接許可を貰えばいいだろうと思い、謁見の予約を取るため受付に向かっていた。


「あの〜?陛下に謁見したいのですが」


「これはアキ様。謁見の許可ですね。暫くお待ち頂けますか?」


 またまたアキ様って。再び苦笑を漏らす。彼らが敬称を用いるのには理由がある。一つはフィアの命を助けたという事実からくる感謝の気持ち。そしてもう一つ、これが一番の理由なのだが、それは彼らの強さにあった。ライガルを赤子を捻る様に倒し、セシルとの模擬戦で圧倒的な力を見せつけた要。アルディスとの私闘で垣間見ることが出来た大和の実力。そしてその二人が恐れる姿が目撃された朗。兵士達の間では朗>大和>要の構図が出来上がっていた。実際には間逆なのだが。

 

 少し時間が経ち、受付の兵士が朗の前に歩いてきた。彼女の表情は少し曇っていて、良い答えが返ってこないと容易に推測出来た。案の定、彼女の言葉は思わしくない内容だったのだ。


「お待たせしました。謁見の許可は直ぐに下りたのですが・・・只今予定されている謁見の後となると凡そ三時間ほどお待ち頂くことになるかと思います」


「そうですか、分かりました。それではまた三時間後に来ますね」


 とは言っても三時間も何をして待とうかと考える。既に国立図書館の書物は読み終えており、今更行く意味も無い。う〜ん、と考えていると、彼女に名案だと言わんばかりの表情で城の中の見学を進められた。謁見の準備が予定よりも早く整えば城の者を使って連絡を入れさせます、とも。

 謁見の時間が早まるのは嬉しい誤算であるため、宜しくお願いしますと一礼して城内を散策し始めた。


 城の中を歩くのはこれで二度目。一度目はラスティンに着いた日に招かれ、それ以降は一度も足を踏み入れていなかった。近寄り難い雰囲気という訳でもなく、ただ調べ物の日々に忙しかっただけなのだが。

 ゆったりとした歩みで見学していると、ふと違和感に気付く。上下左右どこを見ても綺麗過ぎるのだ。柱一本にしても傷が見られず、光り輝いているようにも思える。少なくとも使用人の掃除の腕が天下一品であるとの理由だけでは納まらないことは確かだろう。

 朗は文献を調べているうちにライオネル建国記も見つけ読んでいた。正確な建築暦は不明だが、少なくとも数百年は前に建てられた建造物だ。それが今尚輝きを失わないのは不思議に思えて仕方ない。

 これは魔法の力なのか、それともこの世界の技術の賜物なのか。どっちにしても現代社会で再現できたらノーベル賞ものだよね〜とちょっと抜けたことを考えていると、廊下の先から一人の女性が向かってくるのが目に入った。

 女性、というよりは寧ろ少女、といった表現が正しいだろう。しかし、その小柄な身でありながらも高貴な雰囲気が感じられ、見る者を魅了する美貌も兼ね備えている。

 クレアは朗の存在に気付き、目の前で立ち止まる。


「お久しぶりです。クレスフィール様」


「うむ。久しぶりじゃな。今日は一体どうしたのじゃ?」


 特に隠す内容でもないため、今日の用件を簡単に説明する。するとクレアは何かを考える仕草を見せ、うむっ、と自己完結していた。

 はて?と首を傾げる朗に吉報が届く。


「それならば、書物庫の閲覧の許可を与える。妾もあそこに用があるからの。着いて参れ」


 そうしてクレアは来た道を折り返す。

 あ、受付の人に言わなきゃ、と思ったが後ろを振り向いたクレアに早く来いと催促されたため、後で謝っておこうと決心した朗だった。


 王国書物庫を閲覧するには毎回許可が必要となるため使用する人はそう多くない。もちろん王族は例外であるが。

 クレアは書物庫の管理人に一言告げると中へ入る。朗も流されるままに一礼して中へ入っていった。

 朗の中で、古き文献が保管されている書物庫は、暗い、湿っぽい、埃っぽい、とイメージがあったのだが、実際の所は綺麗に整頓されていて、清潔感漂う部屋だった。最近は脳内革命が起きすぎだなぁ〜と悔しさ半分で感心しているとクレアがいつの間にか椅子に座っていて、質問を投げ掛けてきた。


「ところでどの様な本を探しておるのじゃ?」


 そうですね、と軽く言葉を濁らせる。正直に魔法について調べに来たと話せば怪しい事この上ないため、とりあえずはもう一つの目的を告げた。


「大陸創世記について調べていましてね。国立図書館では限界があったのでここならば、と思ったんですよ」


 ほぅ、と目を細めながら一言漏らす。疑っていないが全てを信じた訳ではない目で朗を見つめる。対して朗はとぼけた表情で何か?と首を傾げる。少しの間、見詰め合うだけの無言の時間が流れたのだがクレアが、ふぅ、と一息吐くと椅子から下りる。こっちだ、と告げ書物の山の中へと進んでいった。

 言われるがままに着いて行くとクレアはとある棚の前で朗の到着を待っていた。

 遅い!と怒声をあげると視線だけを本棚に移す。


「ここにあるのは古くから伝わる創世記についての文献じゃ。お主が探している内容もここなら見つかるじゃろうて。とは言っても数は膨大じゃがな」


 そう言ってクレアは更に奥へと進んでいった。

 背中を向けたクレアにありがとうございます、と一礼し目的の文献を探し始める。一冊ずつ取り出しては中身を確認していると何か視線を感じる。何だろうと思い振り向くのだが、そこに人影はなく、気のせいかな?と考える。何せ朗は要とは違って視線など感じることが出来る体質ではないのだ。

 数十冊を軽く眺めた朗はこれでは埒が明かないと考え、適当に五冊ほど手に取って机へと戻った。仮に黒き英雄についての詳細が記されていなくとも、何か他の情報があるかも知れないと考えてのことだ。

 机に戻ると既にクレアは本を読んでいた。朗が席に着いても気にした様子もなく、黙々と読み続けている。邪魔をしても悪いかなと思い、少し離れた席に静かに座り情報収集を始めたのだ。


 朗は席を立ち、新しい文献を五冊取り出しては再び席に戻る。この動作は既に四回も繰り返していた。延べ二十冊を読み終えた結果、黒き英雄に関する内容は一文も載っておらず、更に言えば目ぼしい情報も得られなかった。

 休憩無しで読み続けていたため流石に疲れが出てきて、ふぅ、と溜息を吐いた。ん〜と体を伸ばしているとクレアから声を掛けられた。


「どうじゃ?目的の物は見つかったかの?」


 クレアの問いの苦笑しながら首を横に振る。そうか、と呟き少し申し訳なさそうな顔をしている。別にクレアが悪い訳ではないのだが、自分が教えた箇所で目的の文献が見つからないとなると少し悪い気がしてきたのだ。

 クレスフィール様が気になさる必要はありませんよ、とフォローを入れ、話題転換のため先程から気になっていたことを質問した。


「一つお聞きしたい事があるのですが。あれは何でしょうか?」


 机の上に置かれた一つの遊具と思われる物を指差す。縦横8マスずつに区切られた盤面の上に異なった形の駒が置かれている。まるで現実世界にあるチェスを連想させる風貌は戦略ゲームを嗜んでいる朗の興味を惹かせるには十分だった。

 クレアは朗が指した方を向くと、遊具の名称とルールを簡単に説明した。

 遊具名はハーツ。ルールはチェスとほぼ同一で、違いは駒の名称とキャスリングが無い事か。

 細かいルールを知るために読んでいたルールブックを置き、私の国にも似たような遊具がありますね、と告げるとクレアの少し嬉しそうな声色が響き渡る。


「どうじゃ、一局交えるかの?」


 得意げな顔で挑戦状を叩きつける。ハーツはクレアの最も得意とする戦略ゲームで、手加減抜きで勝てぬ相手はアルディスとアーサーといった戦略の猛者共だけだ。それでも隙を見ては攻め、勝つ事もあるため実力は相当高い。

 今回誘ったのは初心者相手に勝利の快感の得るためではなく、朗の頭の回転の早さを計る目的もあった。アルディスの話しを聞く限り、相当な切れ者と予想される。しかし、クレアの見た限りでは切れ者と思える要素が何一つ無く、ならば自分で確かめればよいと考えていた。いくら似ているゲームを知ってるとはいえ、所詮似ているだけ。強者と打ち続けてきた自分が負ける要素は無いと確信していた。


「いいですね。それでは早速始めましょうか」


 意気揚々とし悩む様子もなく了承した朗にキョトンとした顔を見せるクレア。切れ者であれば先の会話である程度のことが予想できるだろう。朗の姿を見れば余程の強者か、それとも何も感じ取れぬ真の愚か者か、どちらとも取れる態度に不満を持ったクレアは悪戯心からある提案を持ちかけた。


「ただ交えるのも面白くあるまい。そうじゃな、ここは一つ賭けをせぬか?」


 既に駒を並べ終え、さぁ始めましょうと待っていた朗は首を傾げ、賭け?と問い返す。

 クレアはうむ、と首を縦に振り口を吊り上げる。


「敗者は勝者の望む事を一つだけ叶える、というのはどうじゃ?何、妾の望みは簡単な事じゃ。お主が今日来た本当の目的を教えてもらおうかの」


 ここで初めて朗の表情に一瞬の変化が訪れた。眉がピクッとしただけの本当に些細な動き。しかし、クレアはその僅かな変化を見逃さなかった。

 やはりな、と心の中で呟く。ちょっとした悪戯心だったが思わぬ収穫を得れそうだ、と優越感に浸っていると朗が閉ざしていた口を開く。


「分かりました。それでは僕の望みを一つ。勝利の暁にはクレスフィール様のお心を頂戴したいと思います」


 まるでキザな貴族のように優雅に両手を広げポーズをとる。現状で望む事が叶うとは思っていなかったため、冗談交じりに話したのだがクレアを見ると、ななななな、と壊れた機械のように同じ単語を繰り返し呟いている。


「何を言うのじゃお主は!そそそそそのようなことを賭け事にして良いと思っておるのか!?」


 見事な狼狽ぶりを見せるクレアに思わず目が点になる。王族ともなればこの手の会話は日常茶飯事だと思っていたのだ。

 本格的にクレアを口説いた男性は一人もいない。正確には過去に一人だけいたのだが、アルディスのみならずセシルというオプション付きでの制裁を受けたため、色んな意味で帰らぬ人となっていた。


「まままぁ良かろう。妾が負けるなどありえぬからの。うむ、そうじゃ、勝てばよいのじゃな。よし、始めるぞ!」


 色々と思うことがあるだろうが一先ず自己完結したクレアを見て心の中で一言。

 チェックメイト、と。





「な・・・何故じゃ・・・」


 顔を赤くしながらぷるぷる震え、心頭お怒りの様子を露にする。

 対局は既に四度行われており、結果は語るまでもなかろう。

 冷静さを欠いた打ち手に勝利の女神が舞い降りるはずも無く、当初満ち溢れていた自信は今となっては見る影もなく潜み、焦りの色だけが濃厚に感じられる。

 五度目の対局もクレアの劣勢で終盤を迎えようとしていた。


 朗は一つの駒を眺めながら最終局面を想定していた。左右どちらへ動かすか。その選択で未来は180度変わってしまう。右へ動かせば自分の勝利、左へ動かせばクレアの勝利。

 ふとクレアの顔を見ると同じ駒を真剣な眼差しでじっと見つめている。クレアに気付かれぬようクスっと笑い、朗は駒を左へと動かしたのだ。

 決して同情からの一手ではない。クレアと数局交えるとその実力が肌に感じ取れた。ただクレアの敗因を挙げるとすれば世界の違いによる戦略の違いだ。

 クレアの一手を見ていると現実世界で使い古された戦略を思わせた。実力はあるのだが、既に研究し尽くされた戦略では勝ち目がない。これは実力云々の話ではなく、歴史の長さの違いなのだった。

 今回の勝負で彼女は確実に伸びるだろう。彼女の未来を見据え賞賛と激励を兼ねて勝利をプレゼントしようと思ったのだ。

 

 朗の一手を見てクレアは少しだけ頬を吊り上げた。朗に気付かれぬよう、にやけそうになる顔を必死に押し留め、端整な顔に歪みが作られる。クレアは迷うことなく自分の一手を即座に打つ。早くするのだと言いたそうな表情を見ていると、とある未来が目に浮かぶ。それは予感ではなく、確実に訪れる未来の言葉。

 クレアは勝利が決まったときにこう言うのだ。あの一手が全てを分かつ一手じゃったな、と。







一方その頃―


「アキ君・・・遅いなぁ・・・」


 王座にて朗を待つアルディスは既に帰ったと報告を受けるまで、寂しく待ち侘びていたという。


 

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