第24話:ファーストコンタクト
「ふぁ〜っ、ねむっ」
大きな欠伸をしながら昼下がりの繁華街を並んで歩く大和と要。彼らがラスティンに滞在してから早一週間が過ぎ去っていた。日々休む間もなくハンター協会で仕事を斡旋してもらい、謝礼金として受け取った500Kを切り崩すことなく安定した生活も出来るようになっていた。
しかし、仕事の面では好調の兆しが見えているが本当の目的である「帰る手段」については何一つ有力な情報は得られていなかった。国立図書館で黙々と書物を読み漁るも魔術に関する文献は太古の時代に抹消され、研究者達が書き記した文献も王国書物庫に保管されているとのこと。はっきりいって手詰まり状態だ。唯一の情報といえば、この世界について勉強するため何気なく神話、英雄譚の類の書物に目を通していたとき、とある一文が目に入った。
『我ら人王の民は神王・魔王の怒りに触れた。天の裁きと地の裁きを同時に受ける我らに生き残る術は残されていなかった。だが、滅びの運命を受け入れぬ者達による禁じられた儀式が行われたのだ。召喚術は成功し、我らの前には黒き英雄が現れた。彼の英雄の力のよって我らは再び生の道を赦されたのだ』
召喚術と黒き英雄。この二つの単語に興味を惹かれ続きを読むと黒き英雄について記されていて、彼は黒目黒髪であったそうだ。何分古い文献で詳細は残されておらず、年号から逆算しても軽く500年以上も前に著書されている。だが、仮にこの彼が日本人ではなくともアジア系人民、もっと広く言えば地球人の可能性も考えられた。
黒目黒髪。この世界ではこの二つが重なる場合が滅多にないのだ。事実街中を歩いていても物珍しそうな視線を受けることがしばしある。本当に黒目黒髪の人種が存在しないとなれば・・・一滴でも可能性があるならば、より深く探す必要がある。僅か一週間の期間で凡そ該当すると思われる書物を読み終え、次の一手として考えていた王国書物庫の閲覧の許可を貰うため、朗は一人王城へと向かい、大和と要はいつも通りハンター協会で仕事をしていたのだ。
「今日の依頼は直ぐに終わったからな。まだ時間も早いしどうすっかな・・・」
本日の仕事は『迷子のペット探し』
簡単そうに思えて案外成功率が低いこの仕事はハンター協会で仕事を探す人の間では敬遠されがちだ。一度仕事の依頼を受理すれば依頼達成するまでは次の仕事を得られない。もし次の仕事の依頼を受けたければ依頼の解雇をする必要があり未達成、又は依頼の失敗の場合は違約金を支払う必要があるのだ。ペット探しは依頼失敗の確率が極めて高かった。依頼要項に生きた状態で連れ帰ると記載されれば、仮に依頼を受けた段階で既に死んでいた場合でも、連れ帰れなかったという事実関係から依頼の失敗となるのだ。
そんな事情を何一つ知らなかった二人は手っ取り早く一枚の依頼書を取りカウンターに出す。暫くすると依頼の詳細なデータが記載されている紙を渡され、写真付きだったため本日の獲物―ミミちゃんの容姿を覚える。さてやるか!と意気込んだのも束の間、ハンター協会から出た瞬間、目の前に居られては動きも止まってしまう。残念なことに最初の一歩が出たのはミミちゃんが背を向け走り去った後だった。ここからミミちゃんと二人の追いかけっこ(?)が始まったのだが、ただのペットに要を撒く力量があるはずもなく即座に捕まえ依頼達成となったのだ。
「ん〜朗の所にでも行くか?「きゃっ」っと、おっと」
余所見しながら歩いていた要の懐にぶつかってきた一人の女性。彼女も前を見ていなかったのか中々激しい勢いだったのだが、要は上手く勢いを殺しふわっと受け止めた。女性の顔を見るとキョトンとした表情で見上げている。次第に状況が掴めてきたのか、突然離れあたふたし始めた。やべぇ、天然ドジっ子属性きたかコレは、と相変わらずなことを考えていると彼女からとんでもない提案がなされた。
「あ、あの!ヤマト様にカナメ様ですよね?よろしかったらお茶会でもいたしませんか?」
大和と要の目が点になったのは言うまでもない。
「はぁ・・・どうしましょう・・・あぁ・・・私の馬鹿・・・」
給湯室で自己嫌悪に浸る一人の女性。彼女の名はファリア=ロシャーヌ。門閥家の一人で前回の会談で重大な役目を担った彼女だ。行動を余儀なくされたファリアは上手いタイミングを見計らって誘い込むため尾行をしていたのだが、あれこれ考えているうちに前が見えなくなり、こともあろうにターゲットとぶつかってしまうという大失態を犯した。そして混乱が収まらぬままお茶会の誘いまでしてしまったのだ。普通に考えれば頭のおかしい変な女性と思われ断るのが一般的だが、悩む仕草もなく了承されたのは僥倖と言うべきか、はたまた奇禍と言うべきか。
ファリアは自室にて二人を待たせお茶の用意をすると言って部屋を後にした。今後の自分の取るべき行動を考えると不安で仕方ない。気分が重く足が動かない。だがこれ以上待たせても相手を不審に思わせるだけなので震える体を押さえ込み、ゆっくりと戻っていった。
「お待たせいたしました」
要は待ってません!と手を上げて自己主張する。やかましいボケェ!とハリセンで突っ込まれ痛がる姿を見ると噂の猛者と同一人物とは到底思えない。能ある鷹は爪を隠す―そんな言葉が頭を過ぎり、気持ちを引き締めなおした。
給湯室で落ち着きを完全に取り戻し、先ず行うべきことは相手の警戒を取り払うことだと考えた。異質な出会いをしたため相手に不信感があるのは間違いない。自分が三人を知るきっかけとなった表向きの情報―三人がフィアを助けた出来事―を話し、三人が貴族内で有名であると伝え、彼らの行いを褒め称えた。警戒解く為の内容であるが褒め称えた部分についてはファリアの本心である。王家に不満を抱いていない、むしろ好感を抱いているファリアは王女の命を救った三人に本当に感謝しているのだ。
しかし、彼女は現在反旗を翻す目論見をしている門閥家に所属しているため心の葛藤が激しい状態にあった。―私は一体どうしたいのでしょうか―二人と話しながらも、答えの出ぬ思いを胸の中に潜め門閥家としての対応を続けていた。
要に強制的に連れられたため、疑問に思いながらも屋敷に入った大和の表情は固かったが、話しをする内に考えすぎかな?と思い、次第に表情が和らいでいく。大和の雰囲気を感じ取り、当初の目的は達成できたかしら、と思っていた矢先、聞かれたくない話題が飛び交ってきた。
「そういえば、この屋敷に使用人っていないのかな?」
痛いところを。口には出さないが、内心どうするべきか思考していた。確かに広い屋敷に使用人一人の姿もなければ疑問に思うだろう。この質問はいずれされるだろうと予想はしていたが、回答については相手の性格を知った後に一番効果的な答えを出すつもりであった。あれこれ考えていたが、これ以上待たせては不信に思われてしまうため、とりあえず使用人は一人だけ居るが今は外へ出ている、との事実だけを伝えた。すると大和は、そっか、と一声発し少し困ったような恥ずかしそうな表情をして何か言いずらそうにしている。今の受け答えで何故そのような表情を作るのか疑問に思ったファリアはどうしたのか尋ねる。大和は頬を掻きながら思いがけないことを言い出したのだ。
「あ、あのさ。お・・・お手洗いってどこかな?」
「へっ?お手洗いですか?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。先ほどの表情から推測すると女性である自分にお手洗いの場所を聞くのは恥ずかしいと思ったのだろう。故に使用人の是非を確認して、執事あたりにでも聞こうとしたのだと。不躾にあたると分かっていても思わず笑ってしまった。自分は何を馬鹿なことを考えていたのだろうと、少し前の自分が可笑しく思えたのだ。ファリアは自分が可笑しくて笑っていたのだが、当の大和はやっぱりなぁ、といった顔で少し頬が赤らんでいた。
大和がトイレから戻った後も三人の話しは続いていた。先ほどの事件のせいか、ファリアはもう深く考えるのは止め、楽しいと思える会話の時間になった。
楽しい時間は過ぎるのが早く、遅くなる前に帰るとのことで、また今度な!と言い屋敷を後にしたのだ。始めは少し重苦しい感じもしたが、少し時間が経てば久しぶりに楽しい時間となった。ハリスは一旦実家へ戻したため屋敷に完全に一人となったのだが、寂しさはあまり感じずに部屋で今日を思い返していた。
「ふふっ、ちょっと変わった方達でしたね」
「本当にそうですね。私も意外に思いましたよ」
突如聞こえた声に驚き振り返る。するとそこには一人の男が壁に凭れかかっていた。見覚えの無い男が部屋の中にさも当然の様に佇んでいては恐怖が込み上げてくる。だが、悲鳴をあげる前に彼の言葉が頭の中に木霊した。もしやと思い男に誰か尋ねる。
「私は当主の僕ですよ。貴女も同じでしょう?」
やはりそうですか、と納得する。当主とはあの人のことでしょうね。ファリアは一人の老紳士の顔を思い描いた。冷たい眼差しで見つめられれば恐怖を覚え、暖かい眼差しで見つめられると安堵感を覚えるという、二面性を持つ男。門閥家の当主を務めており、今だ国内の発言力も衰えていない名家だ。彼は当主の腹心として暗躍しており、知力のみならず武力でも一流の実力を持っている。彼がこの場に居るのは偶然ではなく必然。ファリアの行動を監視させていた部下から目標と接触との報を受け、自ら赴いたのだ。
「一体何の御用でしょうか?」
冷たい口調で突然の訪問者に挨拶を告げる。冷静を装っているが鼓動は激しい。彼の口振りからすれば今日一日、少なくとも屋敷内で監視されていたことは明白だ。二人との会話で自分の心情を読み取られたかもしれない。一抹の不安が過ぎりながらも彼の言葉を待っていた。
彼はゆっくりとファリアに近づき、これをどうぞ、と言って一枚の封筒をテーブルの上に差し出した。何の変哲もない封筒で不信の目を当てながらも中身を確認する。
「貴女の任をまっとうするための相応しい舞台をご用意しました」
彼の言葉を聞いた瞬間、ファリアは背筋が震えた。望まずして得た地位で与えられた忌々しい任。その過程はファリアに一任していたが、彼女に任せていては時間が掛かってしまうと判断したため、目標と接触したこの機に一気に畳むべき、とその場を用意したのだ。
それでは失礼します。と一言述べ、扉の前に差し掛かったとき、振り向くことなく警告とも取れる言葉を発した。
「貴女は所詮、糸の無い操り人形。ご自身の立場を努々忘れぬように」
そして彼はファリアの前から去っていった。暫しの間、無言で扉を見つめる。その瞳には生気が宿っておらず、正しく人形の様に思える。
「もう・・・後戻りは出来ないのですね」
答えを返す者は誰一人存在しない。彼女の心は再び闇に覆われていた。