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第23話:不穏な影

少し書き方を変えてみました。変に感じられるようならば戻します。

 綺麗に飾られた円卓のテーブルを取り囲むように座る数人の男女。彼らはライオネル王国の門閥家であり今日は月に一度開かれる会談のため集まっていた。会談で主に話し合われる内容は今後の動向と現在の進行状況についてだ。会談に参加しているのは全て王の戦の後降格させられた貴族達。始めはそれぞれが異なった思惑で動いていたが最終的な目的は王国の覇権の奪取。一度甘い汁を啜った貴族達は昔を思い馳せては今の現状に不満を募らせる。そして彼らはその不満を歪んだ方向へと向かせてしまった。ライオネル王国は聖クレメンテスの加護を受けて開国した国。聖クレメンテスはアルメリア大陸に伝わる神話の女神であり、慈愛に満ち溢れた神と伝えられている。彼らはアルディスを聖クレメンテスに反逆する逆賊と罵っている。魔術とは禁術であり、地方によっては邪術と考えられている。神の加護を受けた王家が邪術に手を染めるとは言語道断。ライオネル王国を本来の姿に戻すため彼らは反旗を翻そうとしているのだ。我らが神、聖クレメンテスの名の下に、邪王と使徒に粛清を。これは会談の始めと終わりに告げられる合言葉。そして静かに会談が始まった。

 今回はいつもと違い、今日までにそれぞれが行った工作や進行具合の話ではなかった。開始早々話し合われた内容は『3人の旅人』について。彼らが王都に辿り着いてから早一週間が経っていた。貴族達は短い期間で3人の情報を集めていたため有力な情報がないか意見の交換をしていたのだ。


「結局の所、彼らについて分かる部分はそう多くはないということか」


 一人の老紳士が話を纏める。有数の情報網を持ってしても彼らについてはっきりと分かったことと言えば、旅の目的と要の実力だろうか。出身国である東国についての情報も海を渡り山を越えた地にあるのでは大した情報も出てこなかった。この世界は大陸内の交易は盛んであるが大陸外の交易は殆ど行われていない。船はもちろんあるのだが長期航海に耐えうる船は技術的な問題で作られていないのだ。そして海にもモンスターが生息しているため大陸間を船で渡る際には運と実力の双方を兼ね備えていなければ難しかった。本来彼らが船で大陸に渡ってきたと言えば冗談を言うでないと笑い飛ばされるのが関の山だがライガルを単騎で倒し、セシルを退けた実力をふまえれば冗談ではなく真実なのでは?と推測された。旅人の身でありながら彼らはまだ王都に居座っている。話を聞けば路銀を貯める為に残っているのだと。これはチャンスだと話し合う。反旗を翻す際「白き閃光」や「紅獅子」は最後の砦になると貴族達は予測している。双極の一角を既に退けた猛者となれば喉から手が出るほど欲しい人材だ。しかもそれが3人も。実際の所戦闘の姿を確認されているのは要一人だが、旅の目的や渡航の話から大和と朗も相当な実力者と考えている。彼らをどうやって手篭めにするかを話し合う貴族達。相手の情報が少ないため何が有効な手段かを見出せずに時間だけが過ぎていく。あれこれ話し合う貴族達に痺れを切らせた女性が最も効果的な案を提出した。


「いくら武芸が達者とはいっても相手はただの子供さ。ちょいと色をつまませてやれば後は勝手着いてくるさ。幸い適任者がこの場にいることだしね」


 そして女性は一人の若き女性に視線を向ける。彼女の言葉が終えると同時にその場に居合わせた貴族達は同じ女性を見る。皆の視線を一斉に集めた女性はその言葉の意味を理解し顔を強張らせた。

 視線を集めた彼女の名前はファリア=ロシャーヌ。若干25歳の若さでロシャーヌ家の当主となった。しかし彼女は望まずして当主となってしまった。精神的に疾患していた前当主ガルドラ=ロシャーヌは体調を崩し、つい一月前に還らぬ人となってしまったのだ。ガルドラは穏便な人格の持ち主で王の戦以前は上流貴族に位置づいていた。穏便な性格が邪魔してか王の戦には最後まで反対の姿勢を崩さなかったガルドラは戦の後に例外を作らぬため中流貴族へと落とされていた。己の保身のために戦に参戦しなかった他の貴族とは違い、ガルドラは王や他の貴族達に生き残って欲しく思ったための反対であり、アルディスもそれを理解していたがロシャーヌ家だけを元の位置に残していては示しがつかぬため降格の結果となった。ガルドラ自身納得はしたのだが最後まで納得してくれなかったのが彼の妻だった。彼女は優しい女性であったが貴族としてのプライドは高く、中流へと落ちぶれたことに悩み戦に参戦しなかったガルドラを叱責し続けた。彼は幾度となく彼女に説明したが理解を得られず、ついに彼女は彼の元を去ってしまった。妻を心の底から愛していたガルドラはこの日より人が変わってしまった。否、壊れてしまったと言うべきか。全てを奪った王を恨み、国を恨み、そして自分を呪った。そんな時、門閥家の話があり彼は悩む事なく仲間入りを果たしたのだ。当時ファリアは1歳。何も知らぬ幼子は父の壊れる姿をただただ見つめていただけだった。




「どうして・・・こんなことに・・・」


 会談も終わり強制的に行動を余儀なくされたファリアは蒼白な顔色で自室の中で佇んでいた。彼女が門閥家の話を父から聞いたのは彼が亡くなる数日前。それまでは父が門閥家に入っているなど、しかも秘密裏に反旗を翻そうとしているなど予想すら出来なかったのだ。ガルドラから全てを聞かされた日、彼女は思い悩んでいた。王の戦後に自分達の家名が落とされ、それを悩み母が家を出たのは知っていた。だがファリアは王を恨んだことなど一切ない。国を守るために自らの使命を果たした王。恨むどころか賞賛に値する王だと思っていた。確かに王の取った所業で母がいなくなったのは事実だがそれは母の弱さが招いた結果と受け取っていた。だがガルドラはそうではなく全ては王の責任だと押し付けていたのだ。ガルドラは遺志を娘に託し静かに眠りについた。ガルドラの遺言を受け思い悩みながらも彼女は会談に出席した。そしてそこで見たのは自分の全く知らない世界。王を悪魔と呼ぶ貴族達。自らの欲望を省みず、将来の自身を嬉しそうに語る姿は醜悪極まりなかった。ファリアは直ぐにでもこの場から逃げ去りたかったが出来なかった。門閥に加わっている貴族達は元は上流か高位の貴族達で今だに発言力も強い家系が多かった。ロシャーヌ家もある程度上位に君臨していたため発言力は強かったのだが、それは父ガルドラあってのこと。政治を知らぬ若き新米当主には己の力だけでは生き残ることなど不可能でファリアはただの操り人形となっていたのだ。逆らえば待ち受けるのは破滅のみ。どちらを選んでも茨の道は変わりない。ならば今の生活を維持したほうが・・・。今だ悩み続ける彼女が苦悶の表情をしていると突如部屋に静かな音が流れる。コンコンコン。扉は規則的な間隔で、しかも遠慮がちな力で三度叩かれた。誰かしら?と考えるまでも無く扉の向こうに立っている相手は分かっている。気分の優れないファリアは扉越しに冷たい口調で言い放つ。


「ハリスね。何か用かしら?」


「あ、あの、お食事の準備が出来ましたのでお持ちしました」


 ハリスと呼ばれた青年は扉の前で返事を待つ。彼はロシャーヌ家に調理師として住み込みで雇われていた。決して裕福とは言えない家庭に三男二女の長男として生を授かり、幼き頃から料理当番として食材に触れていた。家計と弟妹達に楽をさせてやりたいとの思いから彼は15歳の時、調理師としての仕事を探し始める。最初に就いた職場は小さな料理店。彼は人情溢れる店主と共に試行錯誤を重ね新しい料理を生み出すことに成功していった。当初は初めて見る料理に戸惑う客が多かったが味は確かであるため口コミから店名が広がっていき、小さな料理店は瞬く間に有名店と成り変わった。そしてその立役者の一人であるハリスがロシャーヌ家の料理長の目に留まりスカウトされたのだ。彼は悩んだ挙句、店主の後押しによりロシャーヌ家の調理師となったのだ。

 部屋に入るように言われたハリスは失礼しますと一言告げ、お皿をテーブルに並べていく。綺麗に並べられた料理は完成してから部屋に運ぶまでの時間があるにも関わらず、食欲を増進する香ばしい匂いが漂ってくる。全ての準備が整い食事か開始された。

 ハリスの料理の腕前はファリアも認めていた。いつもと変わらぬ美味しい料理なのだが何か物足りなさを感じる。ふと壁際に立ち尽くしているハリスに目をやり何気ない一言を問いかけた。


「貴方のお食事は済んだのかしら?」


「いえ、僕はお嬢様の食事が済んだ後にいただきます」


「だったら一緒にどうかしら?」


 と、とんでもありません!と身振り手振りで申し出を断る。折角の美味しい料理を一人で食べては美味しさも損なわれると伝えたのだが、使用人としての立場が許さないのかハリスは決して首を縦に振ることはなかった。ふぅと溜息を吐き食事を再開する。ガルドラの死後、彼女は常に一人で食事をしてきた。突然訪れた環境の変化に寂しさを感じハリスを誘った訳だが、彼の性格上頷くことはないだろうと予想していても虚しさは残ってしまった。

 無言の食事が終わりハリスは食器を片付ける。本来調理師の仕事は料理を作るのであり食事を運ぶのは執事か侍女の役目。しかし屋敷に使用人と呼べる人材はハリス一人しかいなかった。他の使用人達は皆屋敷を後にしたのだ。―今後の没落が目に見えている主に仕えることは出来ない―雇われていた使用人達は口を揃えて去っていく。ロシャーヌ家は商家貴族として成り立っており、ファリアは商事には一切手を付けていなかった。いや・・・ガルドラの意思により手を付けることが出来なかった、というのが真実だ。ガルドラは恵まれた才を巧みに使い家名を守ってきた。食材や鉱石、はたまた武具までも取り扱っていた。武具は秘密裏に運搬され、門閥の戦力増強の礎となっていたのだ。これがロシャーヌ家が門閥で重宝される由縁であり、当主亡き後もそのルート失う訳にいかぬため門閥に残される形となったのだ。

 食器も片付け終わり部屋を後にする前にハリスは失礼にあたると思いながらも常々感じていたことを口に出した。


「お嬢様、何か悩み事があるのでしたら僕も微々たるながら助力します。ですからどうか一人で悩まないで下さい」


 突然の言葉に驚く。人前では決して苦悶の表情を作らなかったファリアであるが長年屋敷に勤めているハリスには見破られていた。助けの声が喉まで上がってくる。しかし言葉が発せられはしなかったのだ。彼に話せば力になってくれるに違いない。だがそれでは無関係な彼を巻き込むことになってしまう。これはロシャーヌ家が背負った業。父が犯した過ちを他人に背負わせる訳にはいかないのだ。


「ふふっ、悩み事なんてないわ。ハリスこそもう十分尽くしてくれたわ。貴方ならどの名家でも引き取ってくれるでしょう。我が家に留まる必要もないんじゃなくて?」


 ファリアはずっと疑問に思っていた。料理の才は一流と言われているハリスが何故最後の一人になってまでロシャーヌ家に留まるのか。現状では料理以外の仕事までしているのだ。普通に考えれば彼ほどの才があればもっと上を目指せるのだが、彼はロシャーヌ家を後にしない。長い付き合いのハリスを思い、ファリアはもっと環境の良い職場を探すとまで提案した。しかしハリスは首を横に振り思いがけない言葉を伝えた。


「今の僕があるのは全てお嬢様やガルドラ様あってのことなんです。この十数年、本当に幸せな時間を過ごせました。僕は最後までロシャーヌ家に、お嬢様にお仕えしますよ」


 少し恥ずかしく思い頬を掻きながら視線を逸らす。ファリアも忠義の厚いハリスに感謝し心が少し軽くなったように感じた。私は一人じゃない。ガルドラの死後ずっと寂しさを感じていたが今になって気付いたのだ。

 皮肉ながら、ファリアを想ったハリスの言動が悲しい結末となる決意を固めさせてしまったのだ。

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