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第15話:廊下を走ってはいけません

部屋に戻ったフィアはベッドに腰掛け、月明かりが差し込む窓から星を眺めていた。


「殿方のお顔をあんなに近くで拝見したのは初めてですわ・・・」


ライオネル王国の王女、しかも第一王女であるフィアに言い寄ってくる男性は星の数程いるはずだ。しかし、実際にはフィアにアプローチを掛ける事が出来る男性は全くいないのである。理由としては第一王女であるフィアは聖女と呼ばれ、人々から神聖視されているが故、近寄る事は出来ても触れるまでは許されていない・・・といった理由などではなく、娘を溺愛しているアルディス陛下の怒りに触れるのが恐ろしくてフィアに大胆なアプローチを掛ける事が出来ないのだ。以前パーティーの席でフィアに言い寄り手の甲のキスをした貴族がいたのだが、直後に破滅寸前まで追い込まれた事は他の貴族達の間では有名な話であった。四大貴族であるアーサーやボサノバの管理者のノシュタインによる度重なる説得の末、アルディスは気を落ち着かせ、その貴族の破滅は免れたと噂されている。

そんなフィアであるからこそ、男性に急接近、しかも上に乗りかかるなど生まれて初めての体験だったのだ。大浴場での出来事を思い出す度、頬か赤くなるのが自分でも分かった。フィアは始め、大和が視界に入った瞬間は驚きのあまり固まってしまったが、直ぐに悲鳴を上げそうになっていた。しかし、直前に大和が急に後ろに倒れたため、持ち前の優しさにより羞恥よりも心配が上回り、悲鳴を上げる事が無かったのだ。誰かを呼ぶ事も考えたのだが、夜も更け、起きているのは夜警の衛兵か、本日の警護の騎士しかいないと考え、彼らの仕事を邪魔してはいけないと思い、自ら大和を脱衣所まで運んだのだ。フィアの身長は160センチと平均的な大きさであったが、男性一人運ぶ力はあるのだろうか?実は大和の身長は160センチ弱、フィアと並んでみると頭が少し出る程の差しかないのだ。平均的な高校男児よりも低く、肉付きも然程ないため、思いのほか大和は軽かったのだ。一先ず床に寝かせ、裸のままでは風邪を引いてしまうと思い、慣れない手付きで脱衣所に備えてある浴衣を着せたのだ。

・・・大切な部分はしっかりとタオルが巻かれ隠れていたので大和のプライドは守られたのだ!

何とか浴衣を着せる事が出来たので大和の顔を見てみると真っ赤になっていた。のぼせてしまったのかと勘違いし、自分の太股に頭を乗せ団扇を扇いでいたのだ。一向に目を覚まさない大和が心配になり、治癒の力を大和に使っていた。実は大和が暖かいと感じたのはフィアの太股の暖かさではなく、治癒の力によるものだったのだ。

すると、程なくして大和はゆっくりと目を開けた。大和が目を覚まし安心したフィアであったが直後大和は座り「ごめん!」と言いながら地面に頭をぶつけたのだ。悲しい事に大和の予想は当たり、フィアは土下座の意味が理解出来ていなかった。ごめんの言葉と同時に床に頭をぶつけたため、また気を失ったのかと思ったフィアはどうするべきかオロオロしていたのだ。少し混乱気味であったが、大和が顔を上げたのでもう体の調子は大丈夫なのか尋ねるた。すると大和は表情が固まり、石の様に動かなくなってしまったのだ。立て続けに変化する大和を見て、どこか調子の悪い所でもあるのかと激しく勘違いしたフィアは心配のあまり大和の手を取り、再び体の調子を尋ねたのだ。すると、大和の表情は明るくなり、嬉しそうな顔をしていたので自分の考えは杞憂にすぎなかったのだと思い、フィアも微笑むと大和は急に立ち上がろうとしてバランスを崩し、後ろに倒れたのだ。そして引っ張られる様に大和に乗り掛かった。

目を開けると目の前には大和の顔があり直ぐに大和の目が開き驚いた表情をしていた。じっと見詰め合う2人。大和と同様、フィアも大和から目を離せなかったのだ。実は大和、かなりのイケメンなのであった。しかし、格好良いイケメンなのではなく、可愛らしいイケメンなのだ。男にしては少し長めでストレートな黒髪。くりっとした少し丸み帯びている可愛らしい目。女性顔負けの小鼻。全体的に幼さ残る大和の顔は現実世界でも中学生に間違われる程であった。その大和の可愛らしい顔を見つめるフィアは庇護欲を刺激されたのか、抱きしめたい衝動に駆られたのだが、一歩手前で大和の言葉を聞き我に返り、恥ずかしさのあまり背を向けてしまったのだ。そのまま自分の思いを悟られぬよ様、一言残し足早に部屋へと戻ったのだ。


「あぁ・・・私はなんと破廉恥なのでしょう」


思い出せば思い出すだけ、自分のしようとした事が恥ずかしく思え、頬が赤くなってしまうフィア。実は頬が赤くなる理由は他にもあるのだが、今のフィアはその理由を気付く事が無かった。


次第に気持ちが落ち着いてきたのか、ベッドに入り寝ようとするのだが、目を瞑ると大和の顔が思い浮かんでくる。途端にパチッと目を開け、頬が熱を持つのが感じられる。再び気を落ち着け目を瞑るのだが、どうしても大和の驚いた顔が忘れられないフィア。同じ事を何度も繰り返す内に眠れなくなり、フィアは生まれて初めての徹夜を経験したのだ。

















「あ・・・朝か・・・」


徹夜2連続の大和は今にも死にそうな顔で朝を迎えた。要と朗はまだ寝ており、大和は一切眠れる気配が無いので外の空気を吸うために部屋を出たのだ。当ても無く宿の中を散策していると窓からアークの姿が見えた。何をしているのだろうと思い、外に出れる場所を探し、先程アークを見掛けた場所まで向かった。


窓から見えた姿と寸分違わぬ格好で目を瞑りながら槍を構えている。雰囲気が違うと即座に感じ取った大和は声を掛ける事はせず、事の成り行きを見ていたのだ。ピリッと周りの空気が変わった、するとアークは目を開け槍を振り始める。槍術については要との付き合いが長いため、目にする事が多々あったが、アークの槍捌きは要とはかなり違っている様に見えた。例えるならば、要の槍術は力と速度にモノを言わせた嵐のような連撃を主流としていた。しかし、アークの槍術を見ると、一つ一つの動作は激しい動きでは無いものの、素早い動きで一から十までの動作が全て流れる様に繋がり、まるで美しい演舞を見ている様な錯覚に捕らわれた。全ての動作が終わり、すげぇ〜と思っていた大和の方に振り向く。


「ヤマト殿か、こんな朝早くにどうした・・・というか顔色が悪いが大丈夫か?」


アークは大和の今にも死にそうな顔を見て何事かと思い心配になった。大和の存在は初めから気付いていたのだが、声を掛けられなかったため鍛錬を続けていたのだ。こんな調子なら直ぐに自分から声を掛けるべきだったと反省するアーク。


「えっと・・・実は昨日は眠れなくて寝てないんだ・・・」


バレたら死亡フラグ決定の昨日の出来事は語る事が出来ぬため、あはは、と乾いた笑みで寝てないと告げる大和。するとアークは名案を思いつき大和に教える。が、今の大和のとって聞きたくない単語であったのだ。


「そうだ、一度風呂に入ってはどうだろうか?血行が良くなり調子も今よりは良くなると思うのだが」


途端に大和の表情が凍りつく。昨日の出来事がトラウマ(?)になっている大和は世にも恐ろしいモノを見た様な絶叫を上げたのだ。


「ぴぎゃぁーーーーーーーーっ、風呂は・・・・風呂はだめだぁーーーーーーーーーーー」


謎の雄叫びを上げ走り去っていく。何も知らぬアークは目が点になりながら走り去る大和の背中を眺めていた。気が付けば大和の姿は無く、はっと我に返ったアークはフムフムと1人頷いていた。


「速いな・・・流石と言うべきか」


思いっきり勘違いしているアークは大和の実力にも興味を持ち始めていた。






(俺は風だ!風になる!!)


寝てないせいか、思考回路が要と似た様になる。ヒッヤッホーと叫びながら走る姿は後に宿の使用人達の間で「狂人大和」と呼ばれ、後に伝えられる二つ名の由来となったのだ。

時として運命とは皮肉なもので、一心不乱に走り続ける大和にとって最も会いたくない相手が先に見えたのだ。急ブレーキを掛け方向転換を試みたのだが、今になって寝てない後遺症が出てきて足が縺れ、物凄い勢いで前に転がったのだ。大の字になって仰向けになる大和を上から見下げているフィア。昨日の出来事もあり、大和は何を言うべきか戸惑い口篭っていた。


「あ、えと、その・・・」


「お早うございます、ヤマト。その、大丈夫ですか?」


「え、あ、うん、お早うフィア」


さすがに寝そべったままでいる訳にもいかないのでゆっくりと立ち上がる。フィアの顔を見ると怒っている様には見受けられないのだが、男として誠心誠意謝らねば!と思い謝罪の言葉を述べる。


「「昨日は本当にごめん!」なさい!」


2人の声が重なり、え?と思い顔を上げると同じ様な顔をしたフィアと目が合った。沈黙の時が流れ、フィアがクスっと笑ったのがきっかけとなり大和も笑い出したのだ。


「何故ヤマトが謝るのですか?昨日の事は私に不注意があったのですからヤマトが謝る必要はありませんわ」


「いや、昨日のは俺が悪いって。だってフィアは何もしてないだろ?」


互いに自分に非があると言い合う2人。その光景が可笑しかったのか2人は再び笑い出した。


「くっ・・・あははははは、何やってんだろ俺ら」


「ふふっ、そうですわね」


笑いが収まり、ふとフィアの顔を見ると、少し顔色が優れない事に気付いた。


「調子が悪そうだけど大丈夫か?」


「え?あ、はい。急な政務が入りましてあまり寝ていないのですわ」


寝ていないのは本当であるが、内容としては大嘘なのだ。大和の顔が頭から離れず眠れなかったとは恥ずかしくて言えず、上手い言い訳をしたのだ。しかし、大和はフィアの嘘に物凄い勢いで食いついた。


「なっ!大丈夫か?ちゃんと寝ないと駄目だろ!辛いんだったら今直ぐ横になったほうがいいぞ!」


自身はさっぱり寝ていないのだがそれはさて置き、睡眠不足(厳密には寝てないのだが)のフィアを心配し少しでも休む様言う。フィアは心配してくれる大和を見て胸がチクっと痛んだのだ。胸の痛みの理由は大和に嘘をついた事なのか、真剣な眼差しで心配してくれる大和を見てなのかは、フィア自身にも分からぬ事であった。どうしましょ〜と心の中で困っていたフィアに救いの手、もとい救いの口が差し伸べられたのだ。


「おろ?大和にフィアちゃんじゃ〜ん」


世界で一番空気の読めない要の登場である。


「お早うございます、カナメ。それでは私は朝の政務がありますので失礼いたしますわ」


要に意識が向かった隙に一言告げ、その場を立ち去ったのだ。フィアと話す機会を失った要は悲しみに打ちひしがれ天を仰ぎ拳を握り締めていた。その姿を見てあまり関わり合いたく無かったが一応声を掛ける事にした。


「一応お早う、要」


「お・・・おう、お早うさん。一応っつーのがメッチャ気になるんだが・・・」


今になって眠気が襲ってきたのか、不機嫌MAXな大和。少し恐怖を覚え何か話題がないかと考えた要はそういえばと思い出した事を大和に聞いた。


「そういやさ、ここって大浴場あるんだろ?俺場所知らんのだけどさ、大和は分かる?ちょっと行ってみねぇ?」


あ・・・禁句を言われた大和は再び固まる。急に動かなくなった大和に首を傾げる要。


「だ・・・・・」


「だ?」


「だから風呂は駄目だぁーーーーーーーーーーーーー!!」


再び風になる大和。ポカーンとした顔で走り去る大和を見ている要。


「な、なんだぁ?」


意味が分からず立ち尽くす要であった。






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