第12話:ミッション!コンプリート?
ローガ=オーキス。オーキス家の現当主であり、国境都市ボサノバの管理者を任されているノシュタイン=カルケードの側近としてこの街を治めている者である。
オーキス家は古くから管理者としてボサノバを任されていた。しかし、現ライオネル国王アルディスが起こした「王の戦」以降、管理者としての座をカルケード家に明け渡していたのだ。理由としてはオーキス家が王の戦に参戦しなかったことが一番であろう。当時、負け戦に参戦し、家名諸共滅ぶことを恐れた前当主が参戦を拒否したのである。結果として、戦後勅令が下り、不参戦であったオーキス家は参戦したカルケード家に管理者の座を明け渡す事となったのだ。その先代の愚行にローガは苛立ちを隠せなかった。自身が当主となった後、再びボサノバを支配するために、刻々と準備をしていたのだった。
ジェシスは街に戻ってもユミル達の下に向かう事はなかった。ガンジの刀を取り戻すため、1人で色々な方法を考えていたのだ。ローガはボサノバのNo.3として君臨しているため、手荒な事をすれば即座に捕まってしまうだろう。そもそもローガは出歩く際、数名の護衛を付けているため、中々近寄る事も出来ない。屋敷に侵入するにしても、ガンジの先代の法器がどこにあるのか分からないため、行動に移せないのであった。ガンジは「先代の法刀」と述べていたため、種類は刀であると推測出来た。だが、ひとえに刀といっても多種多様。何一つ情報がないジェシスであったが、ガンジの先代の一振りなのだ、ジェシスが持つ双剣「双儀」に通じる何かがあると確信していたため、探し当てる事は可能だと考えていた。
何も良い手段が見つからぬまま、ローガの護衛に気付かれぬよう、尾行を続ける日々が続いたのだ。そんなある日、いつもとは違う出来事が起こったのだ。ローガの護衛にぶつかる一人の少年。すると護衛の男は少年を持ち上げ怒鳴り声を上げた。
「てめぇ、オーキス様を狙う刺客だな。刺客は生かしておけねぇ、死ねや!」
まだ10歳にも満たない少年を刺客と決め付け、命を奪おうとする男。ジェシスは目の前で行われようとしている無意味な殺戮に居ても立ってもいられず、飛び出してしまったのだ。
ガキンッと剣が交じり合う音が響く。
しまった!と思ったが時既に遅し、剣を振り下ろした男はジェシスの乱入に怒声を上げた。
「てめぇ!何モンだ!」
しかしジェシスは何も話さない。どうるすべきか考えていたのだ。この先起こる戦闘を想定し、腰を抜かしていた少年に声を掛けた。
「少年、逃げろ」
ジェシスの声を聞いた少年は、はっとして腰を抜かしながらも一目散に逃げていったのだ。
その様子を見ていた男は決め付けたように言い放つ。
「てめぇ・・・そうか!てめぇが刺客か!オーキス様を狙う屑めが!やるぞ!」
男の声と共に他の護衛達がジェシスを囲みだした。その数5人。しかしジェシスは動揺することもなく、静かに呟いた。
「くだらん・・・な」
ジェシスの言葉が開戦の合図となったのか、男達は一斉に襲い掛かった。
勝負は一瞬の内に決まっていた。護衛の男達はジェシスが繰り出す双剣の攻撃に成す術も無く、次々と地に伏していったのだ。戦闘は1分にも満たなかったであろう、男達は皆倒れ、残るはローガのみとなっていた。どうしたものかと考えていると、パチパチパチとこの場にそぐわない音が聞こえたのだ。ローガは手を叩き、思いもよらぬ事を言ってきたのだ。
「素晴らしい!なんとお強いお方でしょうか。私は貴方の強さに惚れてしまいました。どうでしょう、私に雇われてみませんか?」
これは予想だにしていなかった展開。少し考える素振りを見せるジェシス。これは使わない手はないなと考え、ゆっくりと頷いたのだ。
「・・・いいだろう、が、俺は高いぞ」
己と金を信じる傭兵を演じる事にしたジェシス。その姿にローガは満足したのか笑顔のまま契約成立を果たしたのだ。
「ええ、貴方のお好きなだけお支払いしましょう。それでは私の屋敷に参りましょうか?」
こうしてジェシスはローガの専属護衛となったのである。
「そんなことがあったのか・・・」
ユミルはジェシスの話を聞いて愕然とした。まさか消息を絶った後にその様な事があったなど、予想すら出来ない事であったからだ。
「あぁ、だがその時はまさかローガがパラムの運び屋だったなんて、思いもしなかったがな」
ジェシスの言葉に驚愕するユミル。
「やっぱりローガがパラムの黒幕だったのか!」
ユミルの言葉を聞いて今度はジェシスが驚愕した。
「なっ・・・。お前ら分かって乗り込んできたんじゃないのか?」
ジェシスの問いに首を横に振るユミル。
「証拠は何一つ見つからなかった。だがローガが黒幕だと確信して、今回の襲撃で証拠を探そうとしていたんだ」
驚いた表情をしたジェシスであったが、状況を飲み込めたため、ユミル達に助言した。
「そうだったのか・・・。ユミル、お前が思ってる以上にここは危険だ。急いで逃げろ。ローガは・・・ヤバイ物を作り上げている」
その言葉に逸早く反応したのは大和であった。逃げろ、とヤバイの単語に巻き込まレイヤーの大和は敏感に反応してしまったのだ。要にどうするか聞こうと思い要の方を向いたのだが、要は暗がりの通路の奥をじっと睨んでいた。何かあるのかと思い大和も奥を見るのだが、明かりは月明かりしかないため、全く見えない。そんな2人を他所にユミルとジェシスの話は続いていた。
「ローガは、パラムを使って別の禁薬を作っている。アレは人間のやる事じゃない。俺はその場所を探るために大人しく従っていたんだが・・・」
直後、通路全体に明かりが灯り、2人の男が歩み寄ってくる。
「やっときやがったか」
要がボソリと呟いた一言に大和は「は?」という顔をしていた。近付いてきた2人は立ち止まり、1人の男が哀れみの目で語りだした。
「ジェシスさん、所詮貴方もその程度のお方でしたか。雇い主の事を喋るのは契約違反ではないのですか?」
「ローガッ・・・!」
4人の前に姿を現した2人の内1人はローガ本人であった。ローガを睨みつけるユミル。そのユミルの表情を見て、ローガは笑いながら喋りだした。
「薄汚い鼠の仲間は所詮鼠という訳ですね。全く、嘆かわしいことです」
汚物を見るような眼差しで4人を見るローガ。すると要が苛立った様子でローガに文句を言い出した。
「ったく、人が折角真面目に話し聞こうとしてたのによ、妙な気配出しやがって。いつ来るかと警戒してたら話が訳分からんくなっちまったじゃねぇかよ」
いや、真面目に聞いても分からんかっただろ。と突っ込みを入れたい大和であったが、状況が状況なだけに大人しくしていた。
「おや?随分と威勢の良い鼠ですね。貴方達は自分の置かれている立場を理解しているのでしょうか?」
パチンと指を鳴らすローガ。すると反対側の通路から2人の男が現れたのだ。
「さぁ、これで逃げる事も出来ませんよ?どうします?大人しく投降でもしますか?」
余裕の姿勢を一向に崩さないローガ。対して大和、ユミル、ジェシスは焦っていた。要だけは強気な態度で言い放つ。
「あん?どうするって?てめぇらボコって終わりだろうが」
「待て、小僧」
ジェシスが要に待ったを掛ける。要は「あん?」と言いながらジェシスへと振り向く。するとジェシスは驚愕の真実を語りだした。
「あいつらは、禁薬によって感情や感覚を失くした、言うなれば人の形をした人形だ。まともに遣り合っても勝てる相手ではない」
ジェシスの言葉に眉を顰める3人。そんな中ユミルが声を荒げる。
「ローガ!貴様それでも人間か!」
そんなユミルを見てローガは手で顔を覆いながらクックックと笑っていた。
「人間、ですか。そうですね、コレを見てもらえますか?」
ローガは隣に居た大男の腰に掛かっていた刀と取り、4人に見せていた。するとジェシスが何かに気付いたように声を出した。
「まさか・・・その刀はっ!」
「おや?ジェシスさん、分かるんですか?この刀は法器ですよ」
ローガが持っている刀はガンジの先代の一振り。体を起こし、すぐさま取り返そうと考えたが、要との戦闘のダメージが抜けきっておらず、体にうまく力が入らぬため、起き上がる事が出来ず、悔しさのあまり拳を握り締めていた。
法器という聞いた事が無い単語を理解出来ず、ハテナ顔になる大和。要に至っては「どうやって刀で掃除するんだよ、馬鹿じゃねぇの」とまで言い出す始末。直後、要の顔面にハリセンが飛んできた事は言うまでも無かろう。緊張感のカケラもないやり取りに少し目を見開かせたローガであったが、気を取り直し、続きを話し出した。
「法器には意思が宿る場合があると伝えられています。意思のある武器、まさに神の武器とは思いませんか?」
4人に尋ねているのだろうが、誰一人反応しない中で、ローガは己の考えを告げヒートアップしていったのだ。
「神の武器を扱う人間。くっくっく、素晴らしいじゃないですか!だから私は法器を集めているんです!法器を扱う軍団!まさに神の軍団と称すべきではありませんか!そしてこの男達は私が作り上げた禁薬で私の命令しか聞かない様に仕上がりました!ほら!見て下さい!」
そう言って手に持っていた刀を大男の腹に刺したのだ。しかし大男の表情に変化はなく、ただ立ち尽くしていた。
「どうです!?素晴らしいでしょう!?痛みもなければ恐怖もない!全ては私の意のまま!神の武器を使う私の命令しか聞かない神の軍団!そして神の軍団を指揮する私は神その者!私は神になる!いや!最早私は神である!はははははははははははははは!」
狂気を孕んだ笑い声が辺りに響き渡る。
「こいつ・・・狂ってやがる」
現代社会で変な輩は多数見てきた大和。現在進行形で隣にいる訳だが・・・それは置いておいて。
そんな大和でもここまで狂った人間は見た事がなかった。
ローガは狂気に包まれ4人に問う。
「さぁ!どうするんですか?神の軍団と戦うつもりですか?神に、抗う御つもりですか!?」
この場は最早狂気に支配されている。ユミルは顔が青ざめており、ジェシスも苦痛に顔が歪んでいた。そんな中、要がジェシスに問いかける。
「なぁ、ジェー君」
なんとも場違いな呼び方だろうか。しかし大和はその場違いな要の呼び方にある種の安心を感じていたのだ。だがジェー君と呼ばれたジェシスはその限りではない。
「なっ!小僧!誰がジェー君だ!」
「あれ?違ったっけ?まぁいいや、ちょっと頼み事があんだけど」
頼み事?と思ったがジェシスは聞き返した。
「一体なんだ?」
「無理を承知で頼むわ、前の1人、1分・・・いや30秒でいいや、ユミルちゃんと大和に危害がないように相手してくんない?」
今のジェシスの容態を考えれば1人でも相手にするのは厳しいであろう、しかも相手は恐怖も感覚もない相手、普通の相手ではないので、かなりの無茶が必要になる。それでも、元より大男を相手にするつもりであったため、考える素振りも無く頷き、どうするか要に尋ねた。
「分かった、それでどうする気だ?」
「ん?後ろの2人を戦闘不能にする。んでもって前のデカブツも戦闘不能にしてあの煩い奴もボコって終わりだな」
策などあったものではない。何とも抽象的な説明にジェシスは困惑し、要に問いかけた。
「な・・・一体どうやって戦闘不能にするつもりだ!」
「あ〜っと、説明する暇ねぇわ、ほれ」
要が指した方向を見ると、ローガはこちらを見ながら叫んでいた。
「神に抗う異端児め!神の裁きを受けるがいい!いけ!神の軍団よ!!」
すると前の大男と後ろの男達は一斉に襲い掛かってきた。
「んじゃ任せた!ジェー君!」
そして要は後ろの2人に向かって行ったのだ。
要が向かった2人の男は剣と槍を持っていた。間合いの長い槍男が要に向かって突きを繰り出す。要は槍を振り上げる事で突きを弾く。すると剣男が要の死角になった背中を狙って切り込んできた。だが、剣より先に石突が剣男の腹を捉えたのだ。体を左に回転させながら槍を引き、背を向けたまま石突で剣男の腹を突く。鳩尾を捉えた一撃であったが男達は痛みを感じない体であるため、何事もなかったかの様に再び襲い掛かってきた。
「やろう、ここはやっぱり必殺技だな!」
剣男に振り向き、横薙ぎの斬撃を屈む事で避ける。屈むと同時に槍を後ろに引き下げる。準備が整ったのか、男に向けて必殺技を放ったのだ。
槍の最下部を持ち、剣男に向けて振り抜く。両足は地をしっかりと踏み込み、膝と腰を回転させる。回転により槍が自然と前に出る。前に出る槍に更に両手で力を加え、剣男目掛けて振り抜いたのだ。まるで吸い込まれる様に狙っていた剣男の膝に柄が直撃した。バキッという鈍い音と共に衝撃に耐えれなかった剣男は崩れる様に倒れたのだ。全ての動作を終えた要の姿を見た人は皆声を揃えてこう言うだろう。『ミスターフルスイング!』と。
「見たか!必殺『ホムーラン』!」
ホームランだろ!ボケェ!と突っ込みを入れたい諸君。諸君らは正しいのです!でも、要も間違ってないのです!と、それはさて置き・・・
膝を砕かれた剣男は立ち上がろうとするが、起き上がることが出来ない。バランスが取れないため立ち上がれないのだ。何度も何度も同じ事を繰り返す姿は滑稽に思えるのだが、立ち上がれない理由を気付けない剣男が哀れに思えてしまう。必殺技を放った事によりテンションの上がった要であったが、剣男の姿を見ると何とも言えない気持ちになっていた。
「ちっ、胸糞わりぃ。恨むんだったらあの喧しいオッサンを恨めよ」
そう言って槍男の膝も同様に砕いたのであった。後ろの2人が戦闘不能になったので、大男を相手にするため前へと振り向く。前方ではジェシスと大男の死闘が繰り広げられていた。ダメージが多いため動きが悪いジェシスだが、相手の技術はそれ程でもないため、今だ互角の戦いが出来ていた。予定時間の30秒はまだ経っていないがジェシスの代わりに戦闘を行うため、要は2人のいる場所へ駆けたのだ。だが、要は手を出す事をしなかった、否、出来なかったのだ。その原因はジェシスの一言であった。
ジェシスは大男と一旦距離を取り双剣を構え直した。ボロボロの肉体だが、不屈の精神で相手を睨みつける。
「その刀は貴様が持つべき物ではない!貴様に恨みは無いが・・・その刀は返してもらうぞ!!」
ジェシスは闘志に満ち溢れている。怒りや憎しみに身を任せているのではない、己の誇りのため、ガンジへの誓いを果たすため、ジェシスは大男に立ち向かっているのだ。男には、いや、戦士には絶対に譲れぬ何かがある。ここで自分が手を出すことはジェシスの誇りを汚す事になると察した要はただ黙って戦闘を見つめていた。
そんな要の姿を見た大和は早く助けるように要に言い寄る。しかし要は首を横に振るだけでその場から動こうとしないのだ。「見殺しにする気か!」と要に怒鳴りつけたその時、ユミルの悲痛な声が響いたのだ。
「ジェシス!!」
その声に誘われる様に前を向いた大和はその光景がスローモーションの様に見えていた。
壁に凭れながら倒れているジェシスに向かって大男の一振りが行われていた。
突進したジェシスは大男の裏拳により壁に叩きつけられていたのだ。最早体力が限界であったため、滑るように座り込んでいた。ジェシスに振り下ろされた一撃は回避不能。ゆっくりに見える刀の軌道を眺めながらも、ジェシスはまだ諦めていなかった。
(まだ・・・・負ける訳にはいかん!)
しかし、自分の体を限界まで酷使した結果、攻撃を避けることはおろか、動く事すら出来なくなったジェシス。成す術もなく、大男の太刀がジェシスの頭を捉えようとしていた。
ガキンッ、と剣が交じり合う音が響く。双儀の意思により、回避不能の一撃が防がれたのだ。ジェシスは目の前の光景に驚き、双儀の意思を感じ取ったのだ。
(お前は・・・まだ俺に力を貸してくれるのか)
主を死の淵から救うために、双儀は最後まで戦うと、ジェシスに語りかけていたのだ。
「うぉぉぉおおお!!」
ジェシスは最後の力を振り絞って立ち上がり、大男の心臓を一突きにしたのだ。いくら痛覚がないといっても、心臓を貫かれれば生体機能は停止してしまう。大男は力を失くして地に伏し、絶命したのだった。
立つ事すら覚束無いジェシスにユミルは駆け寄り肩を貸す。ユミルに凭れながらジェシスは要へと視線を向けた。
「小僧、礼を言う」
何の事か分からず、大和とユミルは不思議そうな顔をしたが、要だけはニヤっと笑ってジェシスに返事をした。
「気にすんじゃねぇ、アンタの意地、見せてもらったぜ」
するとジェシスもふっと笑ったのだが、直後鋭い表情をして、ローガを睨みつけた。それに釣られて3人もローガを見た。するとローガは驚愕し、震えていた。
「な、何故だ!何故神の軍団が敗れるのだ!貴様ら一体何者だ!何故!何故だ!何故だぁああああああ!」
神の兵が敗れるなど微塵も考えていなかったローガ。そんなローガに呆れた口調で要が敗因を語る。
「馬鹿かてめぇ?神の軍団だと?所詮人間じゃねぇか。痛みや感情が無くてもな、足の骨折れば立てなくなるに決まってるじぇねぇかよ」
そう言って後ろを指差す要。すると後ろの2人はまだ立ち上がろうと何度も繰り返していたのだ。そしてジェシスが言葉を繋げた。
「貴様は神などではない。貴様は・・・欲望に塗れた薄汚い人間だ!」
「な・・・なんだと貴様!私が薄汚い人間だと!許さん!許さんぞ!貴様ら生きてこの街から出れると思うなよ!私の力で貴様らゴミなど踏み潰してくれる!」
自分よりも遥かに格下の相手に貶され、怒りが頂点に達したのか、激昂した様子で叫びだす。
「出来ると思ってるのか?」
冷静に言葉を返すユミル。
「私を誰だと思っている!ボサノバの管理者のオーキスだぞ!貴様らはパラムの証拠を求めてここに来たようだが証拠など何処にもないのだ!だからその男も何も出来ずに私に従っていたのだよ!どうする?貴様らゴミの証言など無意味なのだ!私が一言言えば貴様らはお終いなのだよ!」
事実ジェシスはローガの専属護衛でありながら、パラムや新禁薬に対する証拠を何一つ見つける事が出来なかったのだ。どうするか、と考えていた時、ユミルは懐から何かを取り出し、ローガに見せ付けた。
「・・・これが何か分かるか?」
ニヤリと笑うユミル。ユミルの手には一つの法具が持たれていた。
「それは・・・まさか!」
法具が何であるか想像がつき、驚愕するローガ。
「そのまさかだ!証拠はコレさ。お前はお終いだ!ローガ!」
ユミルが握っていた法具の名前は「記憶石」。記憶出来るのは一度きりであるが、数十分の会話を記録する事が出来る法具なのだ。実はユミルはローガが姿を現したとき、記録を開始していたのだ。事の重大さに気付き、魂が抜けたように崩れ落ちたローガ。これから起こる身の破滅に恐怖し、放心状態となっていた。そんなローガに要はゆっくりと歩み寄る。
「ひっ・・・。くるなっ・・・くるなぁ!」
酷く怯え震えている。己は神であると信じていたローガにとって要達は破滅を呼ぶ悪魔にしか思えなかったのだ。
「ったく面倒な事させやがって、てめぇは寝とけ!」
要の鋭い手刀が首筋を捉えローガは気絶したのだ。くるりと振り返って笑顔で親指を立てている。
「任務完了!ってな」
こうして長い夜が明けたのであった。