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第11話:決別

ジェシスが牢屋に入ってから1週間後、ガンジは1人牢屋へと向かっていた。その足取りは重く、これから目の当たりにする現実を受け入れる事が心底嫌に思うからだ。


ジェシスの叫び声は四日目の夜以降、聞こえる事が無かった。それから考えられる真実は一つ。仮に乗り越えていたとすれば、ガンジに対して何かしらのアクションがあってもおかしくはない。しかし、五日目、六日目共に叫び声はおろか物音一つなかったのである。約束の期日が来るまでは牢屋に近づくことはしないと決めていたガンジ。ついにその日が来て、ジェシスの姿を確認しに行ったのだ。


牢屋は地下にあるため薄暗く、まだ暗闇に目が慣れていないためジェシスの姿を確認する事が出来ない。意を決してその名を呼ぶ。


「ジェシス」


しばしの沈黙。しかし、返答はなかった。ガンジは首を振り、その現実を受け入れるために牢屋の鍵を開けたのだ。ジェシスの遺体を捜そうと辺りを見回す。すると壁に凭れかかり片膝に手を掛けているジェシスを見つけたのだ。遺体にしては少し不自然な格好をしている。まさか、と一滴の希望を胸にジェシスを呼んだのだ。


「ジェシス?」


再び沈黙の時が流れる。しかし、今度は返事があったのだ。


「・・・ガンジか」


するとジェシスは立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。ふらふらと歩く姿は危な気に見えるが、ガンジは手を貸す事が出来なかった。ジェシスの雰囲気が全く違うのである。生きてはいたが心が壊れてしまったのか、と思ってしまった。だがその考えもすぐに間違いであると気付く。

歩いていたジェシスが立ち止まり、顔を半分ガンジに向け一言お礼を告げたのだ。


「ガンジ、世話になった」


そう言って再び歩き出す。ガンジはジェシスが正気であると察し、手を貸そうと近づいたのだが、ジェシスの手によって遮られた。


「大丈夫だ・・・1人で歩ける」


ジェシスは心身共にボロボロになりながらも、1人で歩いていく。その姿を見たガンジはジェシスは乗り越えたのだ、と歓喜が胸いっぱいに広がっていた。


ジェシスは外に出ると空を見上げた。雲一つない青々とした空、照りつける太陽。まるでジェシスを祝福しているようであった。


(俺は・・・戻って・・き・・・た・・・・・・)


そこでジェシスは意識を失ってしまった。


















ジェシスは夢を見ていた。遠き日、まだ何も知らぬ幼かった日々。ジェシスは1人の少女と一緒に駆け走っていた。


『ジェー君〜待ってよ〜』


『急いでユミル!早く行かないと間に合わないよ!』


2人は急いでどこかへ向かっている。懸命に走っているのだが、ユミルは限界がきたのか立ち止まって苦しそうな表情をしている。


『もうちょっとだユミル!頑張ろう!』


もう少しで目的地に辿り着くため、ユミルの手を引き再び走り始めた。






『わぁあ〜・・・・』


目的地は広大な花畑。美しい光景にユミルは見惚れていた。すると少し離れた所からジェシスの声が聞こえた。


『ユミル!あったよ!』


彼らが花畑に来た目的は、5年に一度咲くと言われている花を見る事だった。ユミルの父により、今日がその日であることを知った2人はどうしても見たくなり、急いでいたのだ。


『うわぁ〜綺麗だねぇ〜』


『すごい・・・光ってる』


2人が見ている花は「七光花」。その名の如く七色に光る花なのだ。始めてみる光景に2人は時間を忘れじっと見入っていたのだ。


日も傾き、遅くなる前に帰ることにした2人。その帰り道ユミルがジェシスにお願いをした。


『ねぇジェー君。お願い事があるの』


『お願い事?なに?』


『うん、えっとね・・・』


突如、目の前が真っ暗になりここで映像が途切れてしまった。





















「ん・・・」


目を覚ますと見慣れぬ天井。しかしその天井は、つい1週間前にも見た天井であった。

自分が見ていた夢を思い返している。幼き頃の思い出。今のジェシスの原点ともなる出来事。ジェシスは目を瞑り、思いに耽っていた。


(ユミル、お前の御蔭で俺は・・・・)


そうして四日目の夜の出来事を思い出していた。





















「ああああぁぁぁぁああああ!!!!」


目の前の光景に耐えられなくなり、叫びながら身を縮め頭を抱えていた。いつまでも聞こえてくるユミルの軽蔑の言葉。止まる事を知らない男の狂気の叫び声。ジェシスは最早何も出来ず、ただ震えているだけだった。


(もうやめてくれ!やめろ!やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ)


同じ言葉を心の中で叫び続ける。するとジェシスにとって懐かしい声が聞こえたのだ。その声に誘われるように顔を上げると、目の前には幼い少女がにっこり笑って立っていた。


『ジェー君。約束だよ?』


直後ジェシスの頭の中がフラッシュバックした。





『えっとね・・・、ジェー君。ずっとユミルと一緒に居てくれる?』


『え?』


『ユミルね、ジェー君のこと大好き!だからね、ずっと一緒に居たいの』


『え?あ、も、もちろんだよ!僕もユミルが大好きだからずっと一緒にいるよ!』


『ほんと?ほんとに?ジェー君とずっと一緒にいれるの?』


『あたりまえだろ!俺がずっと一緒にいるよ!ユミルをずっと守ってやるよ!』


『えへへ、嬉しいなぁ。ねぇ、ジェー君、約束だよ?』






「あ・・・あ・・・、約束・・・」


ジェシスは遠い昔の出来事を思い出し、消え入りそうな声で呟いた。すると幼きユミルはすっと手を出し約束の証を歌ったのだ。


『ゆ〜びき〜りげんまん、う〜そつ〜いた〜らは〜りせんぼんの〜ます』


再びにっこり笑った幼きユミルは最後の言葉を伝えたのだ。


『これでずっと一緒だね』


そうして幼きユミルは目の前から消えてしまった。


「約束・・・ずっと一緒・・・・・・俺は・・・俺はっ!!!」


幼き日々を思い出したジェシスは全てに打ち克つ雄叫びを上げた。


「うぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!」


ジェシスは今だユミルを切り刻んでいる男に駆け寄り顔を掴み壁に叩きつけた。男は握り締められた顔にある手を払おうと腕を握り力を込めてくる。


「貴様は俺ではない!貴様は弱い俺が生み出した幻だ!貴様なんかに負けはしない!消えろぉ!!消えろぉぉおおおおお!!!」


今のジェシスの目には力が宿っている。ずっと一緒に居てくれた、ずっと必要としてくれた、ずっと昔からジェシスを信頼してくれていたユミルの為、ジェシスは立ち上がったのだ。


「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!」


次第に男の握る力が弱まってくる。反対にジェシスが押さえつける力は強くなっていく。ついに男の力がなくなり、ジェシスの目の前から消えていったのだ。すると大勢いたユミルも、黒い影も一緒に消え去っていた。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ」


壁に凭れかかる様に座る。


「俺は・・・負けない!」


こうしてジェシスは己に打ち克ち、パラムを克服したのだ。


















「ジェシス!起きていたのか!」


ガンジの声が響き意識を戻したジェシス。ガンジの方を向き、返事をしようとしたのだが、ガンジの声によって遮られた。


「どうじゃジェシス、もう・・・大丈夫なのか?」


心配そうな目をするガンジ。そんなガンジを見てジェシスはふっと笑った。


「見ての通りだ。俺はもう負けない。ガンジ、アンタの御蔭だ、ありがとう」


するとガンジは首を振るってジェシスの言葉を否定した。


「何を言っとるんじゃ、ワシは何もしておらん。全てはお主自身の力じゃ。お主の強さが、打ち克ったのじゃよ」


全てを乗り越えたジェシスに賞賛の言葉を贈る。


「たとえそうだとしても、やっぱりアンタがいなかったら今の俺は存在していなかった。ありがとう、ガンジ」


再びお礼の言葉が出て、恥ずかしかったのかガンジは大慌てで別の事を話し出した。


「そ、そうじゃ!腹が減ってるじゃろ!飯を持ってくるから待っとれ」


バタバタと急いで部屋から出るガンジ。ジェシスはその姿がおかしかったのかクスッと笑っていた。


食事も終わり、ジェシスは街に戻ると言ったので見送るため外に出ていた。


「ガンジ、本当に世話になった。この恩は忘れない」


「何、気にするな。お主の様な漢に会えたんじゃ、鍛冶師として嬉しい限りじゃよ。してジェシス、行く宛てはあるのか?」


パラムを乗り越える程の強い精神を持つ男。ガンジはここまで強い精神を持つ男を見た事がなかったため、出会えた事を嬉しく思っていたのだ。


「あぁ、俺が裏切ってしまった昔の仲間達に、大切な人に謝罪するために俺は戻る」


「そう、か。ジェシス、お主なら大丈夫じゃ。自分を、仲間達を信じてやれ」


「あぁ・・・分かってる。それじゃあ、元気でな」


もう会う事もないであろう。2人共それを理解しているが、互いの事は決して忘れる事の出来ない存在となっていた。


ジェシスは森を疾走する。仲間達に許しを請うために。ユミルとの約束を守るために。しかし、ジェシスは不安に思う。身勝手な理由で去り、身勝手な理由で戻る。なんと愚かな人間であろうか。しかし、許されなくてもいい、恨まれてもいい、ただ謝りたい。その思いだけは確かなのであった。


森を抜ける直前、最後にガンジに一礼しようと思い、ガンジの家があった方向を向いた。するとそこには思いがけない物が見えたのだ。


「あれは・・・煙か?」


距離としては分からないのだが、あの煙が上がっている方向は間違いなくガンジの家があった方向。鍛冶師のガンジであるのだから煙ぐらい上がることはあるだろうと思うのだが、どうしようもない不安が胸を過ぎる。ジェシスは次を考える間もなく走ってきた道を引き返したのだ。





「な・・・どういうことだ・・・」


ガンジの家に着いたジェシスは目の前の光景を疑った。数刻前まで立っていた家は崩れており、火が放たれていた。あたりに人の気配はなく、ガンジの安否が心配になったジェシスは火がついている家の中へと突入したのだ。


「ガンジ!いるのか?ガンジ!」


ジェシスは必死にガンジの行方を探す。ここに居ないならそれでいい、そう自分に言い聞かせながらガンジを探している。どんどん奥へと進んでいく。すると牢屋へ行く前にあった工房に辿り着いたのだ。そしてそこにはガンジが倒れていた。


「! ガンジ!!おい!大丈夫か!」


すぐさま駆け寄り、ガンジの容態を確認する。あちこち怪我をしており、体中にアザができていたのだ。心音や息を確認しようとした時、ガンジはゆっくり目を開けたのだ。


「ぉぉ・・・ジェシスか・・・?」


「ガンジ!どうした!一体何があった!」


ここまでの惨劇だ、しかも火の手が放たれていることから、明らかに人的要因が含まれている事は容易に推測できる。


「ローガじゃ・・・!ローガの手の者が刀を、先代の法刀を奪いおった・・・!」


ジェシスの頭にローガという名前に聞き覚えがあったため思い出す。

たしか・・・ボサノバの管理者の内の一人だったはずだが・・・。


「あやつは先代の法刀をずっと欲しがっていた・・・業を煮やして力づくで奪いに来よった・・・先代は・・・ワシの恩師じゃ・・・ワシが鍛冶師となるきっかけだったお人じゃ・・・その先代から譲り受けた法刀を・・・先代の魂を・・・ワシの魂をあやつは奪いおった!」


悔しさのあまりかガンジは涙を流していた。ガンジの姿を見てジェシスは怒りが滾ってくる。しかし、ガンジの容態が心配なので直ぐ様街に行き治療をしてもらおうと考えていた。


「ガンジ!街に行って体を治してもらうんだ!刀は・・・俺が取り戻す!」


その言葉に驚いたのか、目を見開き、そして笑顔になった。


「ジェシス、いいんじゃよ。それにワシはもう持たんじゃろう。それより、あの剣を持ってきてくれんか?」


あの剣?と思ったが直ぐに理解できた。ジェシスは言われた通りその剣を取り、ガンジの前に持ってきたのだ。


「思えばあの時、この子はお主を持ち主として認めていたんじゃろう。お主の力になりたい。お主と共に歩みたい。そんな思いがお主の足を止まらせたんじゃろう」


ガンジの前にあるのは牢屋に向かう前にジェシスが足を止めて眺めていた双剣。


「この子の名は双剣「双儀そうぎ」。のうジェシスよ、この子を受け取ってはくれぬか?」


突然の事に驚くジェシス。ガンジの表情は真剣そのものだった。


「何を言っている!これはアンタが生涯懸けて作った一振りなんだろ!俺なんかが・・・」


ガンジはジェシスの言葉を遮り思いを伝える。


「お主だからじゃよ。この子はワシの最初で最後の法器。ワシの最愛の子じゃ。この子はお主を主として選んだのじゃ。のうジェシス、ワシとこの子のために、受け取ってくれ」


真剣な眼差しでジェシスを見るガンジ。ガンジの思いを受け取り、ジェシスは頷いた。


「・・・分かった。アンタの子と、アンタの魂は俺が受け取った」


するとガンジは幸せそうな顔をして目を瞑ったのだ。


「そうか・・・よかった・・・ワシの子を・・・頼んだぞ」


「あぁ・・・任せておけ!」


「ほんとうに・・・最期にお主に会えて・・・よかっ・・・た・・・」


ガンジの体から力が抜ける。ジェシスは必死にガンジの名を呼ぶが、再び目を開けることは叶わなかった。


名匠ガンジ。その最期は安らかな表情をしていたのだ。




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