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二人の影人<カゲビト>。

 深夜、家人が寝静まったあとの一階にて、階段の側面にかかる影があった。異変の起こる前、影はリビングから走る薄明りによって、自身の影がななめに走る影を残しているだけだった。しかし、ミゲルが眠りに至るまでの不安を抱くと、そのミゲルの心を察知したかのように、まるで影が予想をたててそれと同時に奇妙な気配を生じさせた。渦を巻き、ふつふつと泡立ち始めた。はじめまるでそれは、水が沸騰するかのような動きだった。やがて渦を巻き、おどりだすように、影の上方に影から分離した水玉が浮かび上がっていく。おかしなことだが、誰も見ていないのに、家人の誰もその原因をつくっていないのにその夜、ミゲルの家の一回の、二回へと続く階段の影、影を生じさせる物体、家具、何ものの存在もないのに、影だけがひとりでに動き、暴れ始めたのだ。

 <ズルズル、ズズズ>

 深夜、階段に渦巻いていた影ななめの影。階段の形や廊下の影を描写する静かな影から、うごめく影が内部で生じて、ときに枝が生じて、時折小人のような人影にもみえようになっていく。最初には手のひら大の大きさで、まだそのときなら、違和感は少なかっただろう。だが徐々に等身大へ近づき、影は、徐々に人の形をもとめ徐々に近づいていく、家人が誰か起きていれば、それでもう大騒ぎだっただろう。やがて、ななめの影から一度完全に分離して、またひっついたり、体をおこしたり、足をひろげたり、その反復作用によって、どういう理屈か、さらに影は自由にその大きさをひろげていった。

 「ふわ……ふわふわ」

 人影、それは初め静かな影から生じた。それでも今は、ほとんど人影が」、あるいはその主産物が家に存在しなければおかしいほどの大きさ、ほとんど等身大の人の形と人の動きを手に入れようとしている。

 なぜ、そんな影が生じたのだろう?それもミゲルの家の影にだ。歴史的にみれば火星の人々に、そうした恐れを抱いた時期はあった事はある。入植当時のことだ。むろん火星の人々や、デウスエクスマキナを中心とする多神教と原始的な宗教、精霊信仰(アニミズム)に、それらに対する恐れが心当たりがないわけではない。そうしたものは、うすい暗闇、それどころか、宇宙の暗闇、孤独をおそれてそれを抑える方法を、何か人に理不尽を与える事で埋め合わせようとしたり、ひどければ開拓時代には、宇宙の暗闇を見続けたものは、錯乱(パニック)をおこしたり、幻聴、幻覚にとらわれていたりした。最初の世代の入植者、彼らはまだ文明の利便性をしらず、暗闇や影を本質的に、恐れていた。

 影、闇、コロニーのすべてとそれ以外をわけるもの。火星には、初め人類はもちろんのこと、草も木も、それを保護するコロニーも多くは存在しなかった。入植時代(火星歴100~300年当時)地球よりも暗闇が多かった。ある入植者たちは影を恐れ、むしろ影を信仰するようなものたちは、芸術を頼りにしたり、あるいは影を恐れて、恐れている事をはじた人々はは、やがて地下へと進んで、また別の文明を作り出した。

 初めの入植達は、まだ文明の明かりを詳しくは知らず世代を隔てて火星で誕生したものたちも、地球の知識を多くはもっていなかった。研究者以外は農耕や、原始的な牧畜を行い、または大規模なインフラストラクチャー整備のための労働がもとめられ、また、地球の歴史がたどったような、産業の革命が求められた。デウスエクスマキナは、徐々に地球の宗教、政治、知識を火星に踏襲させたが、それが完全に行われるまえの宇宙の暗闇や影は、火星に入植した人々にあるはずのない混乱、未知に対する恐れと、人間の内に秘められた宗教性、もしくは異常性、狂気を多く想起させた。原始的なデウスエクスマキナを中心とする多神教も、そうして生まれ、原始的な宗教である精霊信仰もそうして生まれたのだ。以来、多く火星は、地球の宗教を改変、吸収、習合させ、それが悪く伝われば小さなコミュニティの中には、カルト的な宗教も誕生することもあった。もちろん、是正されていくのだが。


 火星の希望、火星文明が黎明期のころ、人々が明確に頼りとした知性、それはデウスエクスマキナだ。それは火星の街を彩る景観の役割もするアイコンであり、シンボルだった奪還電柱ダッカンデンチュウ”も一つの機能を備えてることからも確認できる。ダッカンデンチュウは火星のすべてに張り巡らされる蜘の糸のように、都市の孤独なコンクリートの上から、それらを包む孤独な芸術家たちがとらえた不可思議な妄想のように、“妖精の尻尾フェアリーテイル”の絵を描くのでモダンで奇抜な幾何学模様や、地球の都市を連想させる絵画、彫刻、カラフルな花々や、地球生物の模様がかかれているのだ。そしてそれは街燈の役割、夜がくればてっぺんの突端にとりつけられた円い部分が街路灯の役割をする。それは火星の象徴であり、これといって信仰のない火星では、もはや火星の新しい繁栄のシンボルと化している。これは、地域のコミュニティをつくることにも貢献した。人々はダッカンデンチュウを趣味や芸術のために利用したり、鑑賞会などをつくったり、文化にしたりして、火星の闇を晴らそうと試みたこともあったのだ。


 <ズルズル、ズズズ、ズルズル、ズルズル、ズズズ、ズルズル>

 そんな連想はさておき、影からやがて、徐々に人影が生じ、それが大きさをまして、その“男”を完全な形にしようとしていた。生じた男、これはどうやらがっしりとした、筋肉質でいい体格をしていくようだった。もし、ミゲルがそれを見たら恐ろしくてしかたがなかっただろう。なぜなら徐々に形成されていくそれは、まず肉体の土台、上半身と下半身をつくり、そこから四肢がはえ、頭がはえていくのだから、不気味さはこの上ない。生物が生じていく過程の、細胞の姿さえもそれはなぞらない、ただ人になりたがる影が、深夜、うごめいていたのだ。

 「ふわり」

 音も声もないが影が異様な動きをもった。というのも、影は自発的に動くわけはない。世の普通の摂理からそれに下がって、影は何かを模倣して動く。しかし、その時その家の屋内の影は、建物の壁から別の影をつくり、その新しい影にそってまるで肉体が閉じ込められたような、袋の固まりの塊をつくり、上半身、下半身を模倣し、四肢をつくり、やがて呼吸や鼓動や何かの気配を生じさせた。やがてかげはもやもやと横にうごき、輪郭をぼやけさせ自立して人の形をつくり、最後には手足が動き、首から頭をつくりしぐさをつくった。それはやがて階段の壁面を大きく上に飛び上がった。

 「ふわり、ふわふわ」

 大きな影が別の影から分離して、音のない動き、形容するならそんな動きで静寂の影から、男の影が回転しながら、あらわれた。初めは小さかったそれは、いつしか等身大の人間の大きさになり、上半身と下半身が、バランスをうしない、あるいは卓越したバランスをおもわせる安定した身の動で、体操選手がそうするように、ななめに回転してジャンプをおえた直後からぴたり、体の軸を中心にして、やがて不安定さをおぎない、体を中心にして、ななめの影の見えない地表に着地するように動きをとめた。その時には、すでに影は一人でに、屋内にいるはずのない男性の影を忠実に描写し、彼の呼吸、運動、代謝。生活を感じさせるすべてを備えて、影だけが壁面に誕生していた。

 『ふうう』

 溜息をはいた、恐ろしい事にその影は、声を発した。ミゲルの家の階段の側面に影が自律して生じ、本体を必要とせず、そのときはじめて完全なる姿の男の影は生じた。影は仁王立ちをして、しばらくぼーっと何かを考えるような様子だった。

 しばらくすると男は、きょろきょろとその平面的な肉体で辺りをみまわす。額の上に左手の手のひらでひさしをつくる。廊下と階段にかかるななめの影の上に、しかし、地表に対して平行な地面でもあるかのように影でなく地面に対して平行たち、当たりをみまわしていた。その後、何かを口走るように口の形が白くひらくのが見えた。その影は、目を見開くと、青い光がその両の目から浮かびあがり、またとじた。すると、今度は口がまたひらき、目を薄くあけ、その口からやがてはっきりとした声が発せられた。

 「ここは、家屋?“つながった”?賢人たちのしわざか、ここは“夢と霧の街の継承者”あの少女のにおいが?そうか、あの少女は、確かにデウスに与えられた運命によって、家は私と“つながり”もったのか、タナトスのよう、私は、世界を横断したのだ」

 深夜、ミゲルの家では誰もが寝静まり、返答がないのをしって彼は独り言を告げた。(もっとも彼を発見したなら大騒ぎになるだろうが)影は左右をみて、それはつきだした鼻の動きで用意に理解できる。その平面な輪郭に描写される影だけの存在が、あたりを見渡しているように影が輪郭をぼやけながらときに強引に左右に動いていた。

 【準備は万端だ、私は黄金祭をまつ動きの遅い賢人たち、(みそぎ)を少女に受けさせるため、賢人たちは、ここへ飛ばした】

 男にとって、この家屋の中も、現実も別の世界。やがて人がいないことをみてとり、静寂にみみをすませるようにみみのうしろにてのひらをかざすと、しばらくして、しゃがみ、男は頭を抱えた。

 【ここへ通じたということは、私は不自由でありながら、ある種の自由を抱えたのだ、けれど私はあの世界、まだ私は“夢と霧の街”へ戻れるのだろうか?あの汚れた、けれど愛おしい私の生れた故郷(ふるさと)

 おとこの中でまた別の記憶があたまをかすめ、様々な音や色や匂いが、感覚としてよみがえる。あの場所へ戻らなければ、そういう欲求が、心の奥底からふつふつとわきあがってげてくるのがわかる。男は、影の世界から、こちらの世界へ“何かによって”転送されたようだった。 男は胸にてをあてて、呼吸をやわらげ、少し止めて、落ち着いたようにして深呼吸をする。男は、想像を巡らせた。

 (心の風景の中、風をうける肌、雲の流れ、それが偽物のものでないことを裏付けするような匂いと自分の五感と直接にわたりあう不自由なきめ細やかな記憶の中の鮮明な輝き。今は鈍い感覚だが、あの草原に戻れば、五感がすべてを取り戻すだろう、音、色、香り、水辺に浮かぶ小さな波紋、夢の世界で、動くものすべてが男の影の形になる、男の中で再現される。)

 黒い影の男はやがて、ななめにはしる影にそって遊んでみたり、左から右へあるいたり、階段の段々にぶら下がりながら、そうして、パントマイムのようにあちこちを物色している。退屈な人間の動作そのものだが、どうやら階段とは違う影へは映らないつもりたしかった。

 やがて、男の影の左、同じように壁面になめらかなもう一つの小柄な男と違う形が、丸く生じて、影がめばえ、小さかった影が渦をまきながら、人のような形をもし、毛髪が男より長くのびた、四肢と上半身、下半身を生じさせた。

 (これは、タナトスでも、獣蟲(ゾーイオン・エンドーマ)でもない、私と同じ気配だ……影人(カゲビト))

 男の傍ら、右のあたりに影がめばえ、小さかった影が渦をまきながら、人のような形をもし、毛髪が男より長くのびた、四肢となめらかなまるみをおびた上半身と下半身を生じさせた。 男の影が声を発すると同時にその影から後から生じた女の影から発せられた影は、次に声をだした。やがてその髪をかき上げ、左右にふった女性の影が、おとこの初めて生まれたときのように、体の軸をふらふらとやがて安定させ、おとこの横、右側にあらわれた。

 (はあ)

 その声は、まず、溜息をひといきはくと、生じた瞬間女のしぐさをつくり、髪をいじっているようだった。やがて、肘をおとこのほうめがけてつきだし、揺さぶる。おとこはその肘を軽々とよけて、彼女から距離をとった、そのせいで男は、階段の上方へおいやられ、彼は階段の影といったいかし、上半身だけを表す哀れな形になってしまっていた。

 (ちょっと、それでもまだ遠いのよ、私はあなたが嫌いなのだから)

 男が少し距離をおいても、もう片方の手は掌をひろげ念入りに、ひらひらとてをひるがえしおとこの追い払い、ついでに肩のホコリでもふりはらうような、汚らわしく貶すようなしぐさをしてみせた。勘弁してくれ、とでもいうようなしぐさを男がみせると、やがて、女の影は、にこりと、口元を白くひからせ、おとこを許すように男のほうをむいた。

 【ここにいたのね、“アゾル”】

 【ギレス、君もいまここにきたのか】

 そういって、女性の影は、やがては初めに生じた影に手を振ってみせた。女は、その影だけの体だけで相当なものとおもえる背丈と、十分なせたけと、豊満な肉体をもっていた。

 【“アゾル”、ここへ来た意味は、彼女をみそぎに誘うため、あなたも、私も、あの泥船の中からうまれた、ヤドリギの魔術の影響であり、タナトスと、ザ・ラストマンがこの世界に残した彼の影、地球人類は、私たちをつくり、彼との干渉をふやし、同時にタナトスを呼び起こさせた】

 しばらく男は、じりじりと階段の上限にあわせて、左へ左へと近づいた。女性はそれを察して距離をおき、さらに奥へいくが、その端は大きな影になっていて、それ以上は進めないようだった。女性は、それをいやがって話の腰をおった。女性の影は赤い瞳をもって、白い男に似た口と、綺麗な歯並びをみせた。

 【アゾル、あなたって、本当に汚いわね、あの子には、おいおいすべてを知らせなければ、まだ少しはやいのだけれど契約は、(ノーム)とはすませたわ、あの子がまだ記憶を持っていないのをいいことに、いいひとを演じるつもりなのでしょう、あなたのうわべだけを見せて】

 男は、にがいかおをして、青い瞳の目じりをさげて、ちらりとうつるまゆをひそめて、困った表情をみていた。

 【あの教師か、そうだ、ギレス、泥船のオゾス、オゾスがすべてを変えた、君の運命も私の運命も、けれどあの子にはこの真実はまだ早すぎる、きっと君の高揚も、私の落胆も、あの子には理解できないだろう】

 【けれどザ・ラストマン、世界の意味をしるものを、彼が求めたみそぎを彼女に伝えるべきかしら?】

 【ザ・ラストマン、世界の意味をしるものについては話さない、彼はその持てる才能で、地球とこの世界をすくった】

 男は、手を振って自分をおしのけようとする、その手や女の動きをさけるように距離をとり、深く考え込んだような、長い溜息まじりの深呼吸をした。影は鮮明に二人の様子をあらわし、よく見れば、目が慣れ薄い影と(グレー)漆黒の影の二種類がある事がわかる。影の鮮明な働きは、まるで擦れる衣服の音さえも響きわたるようで、奇妙な二人はその影だけで、二人のまゆや体の動きも薄い影が描写し、まるで絵画に描かれたようなタッチで、二人の表情までも、ただ白と黒とグレーを重ねただけで、描写しきることさえできるようだった。そこで、女はスーツを着ている事がわかった。男のほうはスーツに厚手で長いコートをきているようで、もぞもぞとその肩を動かすとき、毛皮がその肉体にあわせてゆれるような動きもみえた。

 【あなたも泥船のオゾスの信者、だからこうして意識だけがコロニーとコロニーの間を超越し、跳躍する能力をえた、エウゲが人の心をさとる、人の心を悟る魔術、さとりの能力を手に入れたことと同じ】

 女性は、影の中で赤い小さな眼光をひからせ、それは壁に、奇妙なまるでサングラスをかけたような女性の様子になり美しく、奇妙であったが、鮮明にそれを描写した。

 【しかし、ミゲル、あの子には辛すぎる、私とあの子は、いえ、けれど、次の管理継承には、<夢幻の地平>が描く、永遠の暗黒の時間に耐えうる放り出される覚悟がある?あの少女には幸福が似合う思、少なくとも独断はいけない、“夢の賢人”のいう事をききなさいよ】

 男は頭を抱えて、片方の手で点をひらひらとあおぎ、片方のてでその肘を持って組んで、やれやれという表情を体で演じた。男の脳裏には、あの口うるさく、そして難しい言葉だけ浮かぶ賢人の姿が思い浮かんでいた。男は完全にめをとじて、女性からもそっぽをむいてしまう。

 【火星人類の社会、われわれのいう火星の賢人たちのいう世界、アンダーグラウンドを含まぬ“ソラの領域“では、暗い闇の中で、退屈な時間の中で、いくつもの迷信が生まれた、迷信は呪術となり、彼等をしばった、必ずは悪い代償をもたらす、古今東西、迷信やジンクス、占い、あらゆる形で呪術がうまれたが、それは未来を悪く束縛する呪術だった。その空しい独りよがりな人を縛る未来は、人が人を縛り、自分の責任を放棄するためのものだった、――泥船のオゾスは、迷信が、怪異、妖精の悪しき部分を表すと伝えようと、あの泥船の乗組員が記したものだ――、それに従って、私たちはエウゲを救う試みを行う】

 ここで男は息を吸い込み、少し説得するように、諦めたような溜息とともに、女の方をむいた。

 【しかし、それも今では、多くの人に知られてはいない、泥船のオゾスを経験し、また知らしめようとする[夢幻の地平団]にとっては、信仰だけがすくい、[知られることは苦痛、しかし真実を知られない事は、救い]なのだ、あの賢人たちも、それについて黄金祭を起こし、もう一度世に問うだろう】

 【もう少しで“あの先生”がまた一度、虫をもとめ、虫に固執して、“夢幻の世界”においでになさるのでしょう?虫と呪いは、同じ発生源をもつ、<タナトス>よ、何もなければいいけれど、あなたはもう“獣蟲”をわたしたし、あの先生に代償を負わせることを苦にも思わないでしょう】

 女性は、黒い影にささやくようなやさしいやわらかな調子でもう一人の男に尋ねる。すると男は、それに応じて、相槌を打つ。

 【それが“契約”だ、教師はとてもいい“夢”を見るから、そこで彼女の欲求を満たすだろう、そして彼女は、断ってもくるだろう、“夢と霧の街”へ、“夢幻の地平”へ、だが、君はみたじゃないか、ミゲルは教師と同じ夢をみた】

 【“あなた”私を裏切らないでね、絶対に、賢人たちを裏切ってはだめ、夢幻の地平の影は皆、“デウス”“タナトス”とともに生まれた価値なき存在、光と体をもつこの世界はすばらしい、それに比べて私たちは劣る、けれど私たちも、デウスや世界にとって必要な存在】

 男は女性に手を伸ばした、しかし、女性は、むしろその男のてをつっぱねた。二人は手だけでコンタクトをはじめていた、女性は何か、ミゲルの事をかばうような言葉と態度をつづけた。それに反して、アゾルはどこか挑戦的な口調だった。

 【エウゲは、地球を出た火星人の罪をあがなう、外部からみれば、簡単に見える世界の横断が、当事者たちには、外から見えない障壁があるものだ、エウゲは、それを容易に超えうるだろう、然し人間の生活と仕事の集まりには外からは見えない複雑さがある、ミゲルは、継承者の資格はある、そして彼女なら、下層世界とのかかわりをきらわない、私はそう考える、私と同じ考えを嫌がるのは、自身がないのかい?】

 【私は影、あなたも影だ、ただ、あなたはあの老人との対話を嫌がる】

 【しかし君は火星の問題をよく知っている、善をつくしたはずが悪にそまる火星のカオス、芸術を愛さないものに課せられる不公平、暗部をよく知って、アンダーグラウンドに、いつも肩入れしているじゃないか】

 そういうと男は、まるで影絵がそうするように、まるで舞台演劇上の役者のしぐさのように、おおげさなそぶりやしぐさで、誇張して相手に手を振り返した。

 【報われない人々は地下においやられる、混沌として殺伐とした地下、火星の不条理には、火星の不条理なりの問題があるわ】

 【それもやむおえない、だが君も私も同じ、地球人が困窮しているためにこの世界の穴埋めをするため根本の問題を広げず、解決するべく、火星人のための我々が生じた、そして君は、文句があれば、その都度私にいえばいいだけさ】

 女が渋々からだをねじっていると、男の影はしばらくすると、その男の形をしたまま、ちいさくなり、また建物の影にきえていくようだった。

 「あら、アゾル?」

 女性が男に呼びかけると、やがて男の意識は別の場所にダイブしたようだった。影は光の輪郭をもち、光はと辺りを照らし男の影はさらに色濃い影となる。男は、その男はその先を見て、目を閉じる。ひとみをかたどった明かりが上下から挟み合うまつげの薄暗い影の間に阻まれ闇に消えていくのだった。

 【そちらにいくの?もう戻るのね?この家をあとにするのね】

 男の影が消える。それと同時に女性の影が言い放った一言はその男の耳にとどいたか、影はひっそり、片側でしぼみゆく男側の影と壁をみつめながら、こういった。

 【私はミゲルに肩入れをしているのね、いつかミゲルに、私の知るすべて、私の同情した(貴方に関係するの物語)を話さなければいけない、もしくは、演じなくてはいけないい、けれど瞑想は不要よ、影の主、“タナトス”そして、ザ・ラストマンはいった。いるべき場所へは、いつだって行くことはできる、けれど火星では、人が死に過ぎた、地球でも同じだけでれど問題は、死を恐れた人々が“何をして”“何をさせたかということよ”私は、あの虫がきらいなのよ】

 男は、姿を消したが、女性の影は、家の入口からみて左上がりの階段の上のほうで、ぽつんと、取り残されていた。、男の影は縮まり、女性の影をその室内においたまま消え去った。


――女性の影の言葉は、男の影の耳にははっきりとはとどかなかった。――


 男は意識と時間の感覚を、故郷への思いをはせた、その瞬間に、以前とは違い、確かに故郷とつながった。男は、自分の意識を超え、時間をまたいだ。女の影の事はすっかりわすれていて、故郷の記憶だけが、哀愁だけが彼をみたした。やがて意識が世界の中心へ急ぐと、頭と目の前に白と黒のアーチが浮かんだ。そのアーチは、向こうと、こちらの現実をつなぐアーチで、現実の世界にも、夢の世界にも存在しない。頭で連想する夢の世界と、本当の夢の世界との深い接続のアイコン。それは、いつかミゲルがみた夢の、神殿と、夢と霧の街との間に生じる。それを思い浮かべると、おとこの眼前、意識の前に白黒のアーチが現れた。歪む意識は大きな白黒のアーチを前方にあゆみを進め、やがてそのアーチをくぐる。

 「うう、故郷に、故郷に戻る、あの音、色、匂い、感覚、全てを愛さなければ、私は生きる意味を見いだせず、それを幸福と思えない、私の肉体は“牢獄”にあり、私は地球の光の反射する“影”」

 男が世界をまたぐとき、アーチは必ず男の前に浮かび上がる。不気味な感覚だ。それはまるで死と生のその瞬間にくぐることのある、朝と夜の切れ目に目にする事のある、世界と一体となったような、不自由な感覚。トンネルを超えた意識は、いつもと同じ実感をともない、現実とも非現実ともつかない風と光と影と草木の匂いを感じさせ、その男の五感に、その男のあるべき場所を映し出した。

  白と黒の間をくぐった男の意識は、やがてあの大草原へとだとりつく。ぱたり、おとこはひざとてのひの指先を地面に接着させた。 

 (今何か、呼びかけられたか?女の声が聞えたきがしたが、遠くのほうでつぶれて消えたようだった)

 おとこはつむっていた目を覚ます、目は、白くきりとられて影の肉体の中に、その存在をあらわにした。そこは背丈ほどの高さの雑草や花々があり、側面には高い壁と、もう片方の側面には、木々や山々を見渡す事ができる草原の中で、草原の向うには、あの町が、シネンの街。対面には、神殿があり、その距離は5~数キロの隔たりがあった。

 【つながった、夢幻の地平と、街だ】

 男は立ち上がる。意識はしん、とミゲルのいるコロニーの、シネンの街のミゲルの邸宅の静まりかえった世界から自然の反響音が存在する自然の中へと戻った。

 (すう、すう)

 男は、深呼吸をして腕をまっすぐ上に伸ばす。すると自分の呼吸がウォンウォンと耳鳴りにもにた音が響かせた。しかし、それに交じって徐々に五感が静かなだけの世界から、正しい音を拾いだし始める。それは風の音だったり、虫たちがささやきなく声だったり、ときには動物の遠吠えのようなものだった。男は背筋を伸び握りこぶしを空へ押すと、思い切り、今生まれた瞬間がそこにある赤ん坊のような乾いて無邪気なあくびを、空に吐き出した。

 (う、ううんっ)

 ここに来ると男は安心を感じる、男の姿は、先ほどとは違い、立体となり影だけではなく、光を含んでいる。星空を含んだように揺らめく装飾と、もやがかかた、が巻いた影が、おとこの姿をとりまいて、おとこのふりをして、スーツとコートと身体の輪郭を象っている。

 のびをおえると男は、やがて辺りをのほうをみる、あるものにピントがあたった。太陽をせにして男がたたずむ草原のその向こう、ミゲルの住むシネンの街。そして反対側に、ぼんやりとした輪郭と、あまりに抽象的で積み木の重ねられたように簡単な建物の輪郭が浮かぶ、神殿のようなものが見えた。遠すぎると、ぼやけてみえるが、神殿のほうはほとんど、現実にはありえないような“かすみ”をみせていて、あゆみを進め、草原をかきわけると、ひらけた、背丈の低い手入れ芝生のそばにかこまれた構造物はあった。神殿。それはミゲルいつかみたような、構造物だ。中庭をもち、噴水があり、その奥に中心を支柱がならぶ大きな通路。まわりにそのまっすぐな道をかこうような楕円形の小さな通路。

 男はさらに、神殿のほうへ歩いていくことにした。ひざまであった草花雑草の草原をぬけ、小さな芝生をかけわける感覚は、足の裏のぼんやりとしたやわらかい感覚だけ。輪郭も肉体も影だけの虫たちが、そこら中をとんでいる。やがて、神殿の前までくると、一本の道があり、それをかきわけるように、おれた葉や芽が奥の景色を透かして開けさした。中庭だ。開けた円形の中庭と、石づくりの天使がジョウロを天にかざし、その先から周りを囲む小池にむけて水が噴き出ている噴水。スーツとコート、ネクタイをととのえ、おとこはそこで姿勢を整えていた。やがて、そらをみて、なにの変哲もない影の動物たちがとんでいる風をみると、やがて、くれゆく日差しをみて、そのほうへ目を向けた。そちらはうっそうとしげる森林と、山々がみえる。その奥に、光る涙を流す巨人のようなもののすがたがうすらぼんやりと透けるように存在していたが、おとこはそれに動揺するそぶりもみせなかった。どうやら、位置関係からすると、神殿は北で、シネンの街は南に位置するらしい。でたらめに見える夢の中の世界にも、きちんとした地理が存在するようだ。

 【賢人たちは、何をしているのだろう?】

 中庭の背後に、それを囲う古代の神殿と庭らしきたてものの巨大な支柱は、等間隔に建ち、奥に至るまで続いていた。その並びまるで、牢獄に何者かを押し込めるように整然とそして幅が狭く、正確な等間隔だった。奥の神殿は、さらに正確に、支柱と壁面とその中にたたえられる聖なるものを守る堅牢な天守閣のようだ。

 (彼等は何をしているだろうか?)

 神殿の少し前、十数メートル前に、討議の場があり、それをかこむコロッセオの客席の円形でところどころろに通路を残したひな壇上に観客席がある。テーブルと机は、大理石や高級な石づくりらしい。支柱も含め、建築物の縁や窓には歴史的風情を感じさせる装飾。きらびやかで、神聖な感じをうけ、荘厳な仕立て、古代少なくとも、その後の古代の復興運動期、中世のモノと思えるような佇まいと彫刻を蓄えていた。男はやがて、支柱の間をすりぬけて前に歩みを進めると、奥の神殿と討議の場らしきものの中央に、丸い石づくりの机の上、ぼやけた視界をめをこらし、掌でひさしをつくると同じく円い椅子を囲む老人たちの姿をみた。そのどれもが、デウスマキナ員の6人の“賢人会”の顔ぶれに見える。現実の“賢人”の姿に酷似していた。6人の賢人。その中央に、椅子と机があり、その中で中央に座す、細長い顔をもったしわを蓄えたまるで大樹の幹のような、しかし頬骨と額と顎にかけて岩のような老人が、ひとこと、なにごとかささやいたのをみた。そこでようやく、ぼやけた霧の輪郭のようなものと、闘技場の観客席をを覆う薄くすけた白い影や、黒い影がみえる、観客席は四階席まで段があるようだ。(つまり現実のコロッセオとまではいかないまでも、多目的ホール、音楽ホールやオペラホール程度には大きい)

 「~~アゾル、アゾルがまた、放浪をしていた、ここは子供の楽園ではないのだ、我々がここで、えられる参照し、現実と照らし合わせていかなければならない認識と理解を、とかなくてはならないのだ、それがすべての崩壊を、でたらめの宇宙の摂理を狭める方法~~彼はけして暇なわけではない」

 すると“アゾル”と今呼ばれた対象の、しかしまだ遠めにその様子をみているだけのそのおとこはつぶやいた。

 【ああ、またあの人達が話している】

 ただ、議場の、そして神殿上の彼等とは距離をたもちつつ、どこか西洋式の正装スーツに身だしなみを整え、いつしかコートを脱ぎ棄てていた。スーツの黒い男は、何も興味がなさそうに、翻り、支柱の中をまた、のんびりと賢人たちのほうへ進んでいく。

 「いずれにせよ“黄金祭”と“アブノーマル・フレア”の到来によって、ワープゲートが開かれ、火星人類と地球人類が協力し、フェアリーズ・ゲートが開かれた、火星の文明、宗教が、地球がかつてたどったような活気にあふれた、しかし、人々は閉ざされた秘密を一向にかたろうとはしない、むろん、小さな規模でそれは生じているが、大きなうねりほどまでには、発展していない」

 言葉の羅列。黒い影の男はそれらすべてを納得しているように呆れて覗き見る様子で、時折アクビをして半目をあけていた。支柱が庭園に続き、庭園には巨大な噴水と、よく見ると、天使の上にライオンのような怪物の彫像がある。男は、それをかおうようなベンチにすわり、長老たちと、ライオンと天使の像、レンガ時期の円形の中庭を交互に眺めて、自分のスーツを確認したり、体をみたりして暇をつぶしていた。スーツを着ている事と、それが宇宙のような光をちりばめて、星々のようにあちこちをちらばり、惑星からみるの見るそれのように、男の体のあちこちをゆっくりと移動しているのがわかる。それも特段不思議層でなく男はゆっくりと口を開く。

 【魂、魂、ミゲルに管理の手をわたしたいんだ、それには、助けがいる、エウゲの救いがもたらされ許されたのは、宇宙の世界が闇だったから、人々は責任を理解し、共有しなければ信用が保てない、しかし、デウスの庇護が必要なのだ、しかし同時に、エウゲは罪を償わなければいけない】

 男はしばらく独り言をいったり時折賢人たちの様子をみていたが、それでも、賢人たちに変化がないのを察して、やがて、振り返り、中庭のあたりをあとにして、草原を突き進みはじめた。

 (ルルル、ルルル)

 鼻歌を歌いながら、また膝の高さまでやがてうっそうとしげる、雑草の中にシネンの街の輪郭がくっきり見える程の街と神殿の間につくと、そこで男はあらゆる動作をやめた。おとこは周囲を見渡す、そこにはいくつものランタン型の街燈、街燈の中くらいのたかさから電気配線のように思えるチューブがのびていて、それがとなりの街頭まで、中だるみをしてつたい、わたっている。それは神殿の前がそうだったように、整理された郊外の芝生の上に生じていた。それはどうみても人工物だった、シネンの街の方向へのび、シネンの街を取り囲んでいる。

【ああ、私には、こちらのほうが面白い、これを見るのが毎日でも飽きない、この広い宇宙に、魂はあふれだした、然し人々は、その本当の輝きを知らないままでいる、火星にあふれた魂、地球の人々は、火星を何てひどい扱いをするのだろう、オゾス、あの泥船の神話、泥船のオドス、あの神話さえあれば何かかわるだろうか】

 やがて、その電燈から離れると、また反対方向に進み始める。背丈まで伸びる邪魔な雑草。意識がここにあるのか、それとも遠い、彼がまとう宇宙の中にそれはあるのか。男は、大きな高原にただ立ち尽くし、ただうっそうと茂る雑草と草花の獣道の真っただ中に立ち尽くし、遠く見える神殿と、遠くに囲む花々や木々や空ををみて、今と同じようなことを二、三つぶやく。するとしばらくしてそのすぐ傍に、あの女の気配が、黒い影の女の気配が生じた。

【アゾル!!】

 女性の影、先ほどミゲルの家の階下に生じた、男と会話していた影だ、女の影は反対側をむいて、地面から生じ、立体の体をもつ。ふりむいてにやりとする、シネンの街の方へ行くようだったが、どうやら呼び止められきをよくしたようだった。続いて女性の影はつぶやいた。

 【誰もが、エウゲに可能性を感じている、“地下の人々も同じ”】

 ――一方、二人のいなくなった邸宅では、ミゲルの邸宅に生じた二つの影は、大きな暗闇に吸い込まれ、渦をともない、影に内包されていた星の輝きを吸収て、やがてある邸宅の壁に映る影にもどった。景色はもとの、“ある凡庸な邸宅”のモノに一変していった。家屋は、静けさと共に夜をつつみ、人工物のひとつとして、何も変わらず姿形をもったまま、影をその世界の一部として抱え込んでいるだけだった。

 やがて、二つの影は、それぞれに独立して行動をはじめた。女性の影は、神殿とも、空から注ぐ光とも違う方向に進む。どうやら、西に進んでいるらしい、西には、草原と木々。山々があり、その奥に大きな巨大な影があった。

 男の影はというと、やはりもう一度、思い直したのか、賢人たちの方へと歩みをすすめていた。賢人たちは、討議の場である神殿のすぐ前で、観客がずらりとひな壇に並ぶことのできる石段の囲う名かで、話し合いをしている。空は、あかるく、とおくに星々が輝いているのがかろうじて見えるようだった。その星の輝きに不可解な気配を感じて、男は両腕をさすり、こうつぶやいた。

 (妙だな)


 神殿のほうでは、まだ賢人たちを模倣した、“夢の賢人たち”が会話をしているようだった。

 『ヒョヘール、今日の話し合いの準備はできたか』

 表の世界では中央に座し、“ヨール”と呼ばれている、その賢人は、いわのようにまるい肩をもち、いわのようにかたい顎をもっていた。“岩の仙人”の異名をもつ。彼が先ほどと同様、何かの話題をを他の賢人にもちかける。しかし、しばしの静寂、その言葉に、誰も返事はしなしている。夜が近づく空からは、光が柱みたいに降り注ぎ、しかしヨールだけがてらされ、他の賢人の影は、あまりよく見えない。その奥で、大理石のテーブルをへだてて左側の一番近くにすわる傍らの女性賢人の、とても若く、若い女性であるアレールと名乗る賢人が反応を迷っている。今ヒョヘールとヨールに顎で呼び止められた賢人。どうやらここでは名前が異なるようだ。しかし趣味は同じらしく、四葉のクローバーを額にのせて、2段になったクローバーの帽子をかぶっている。 

  『フォール、“岩の夢賢人”私たちをよびたてて、あなたには何がいいたいことがあるの?、貴方の心をよんだのよ、あなたはミゲルの事を考えて居る、ミゲルの力、隠匿は罪かしら?火星では、秘密が多すぎる、エウゲにしても三つの魔術道具も“ザ・ラストマン”のもたらした奇跡も」

 しばらく他の賢人たちの喧噪のようなさわぎが響いたが、また、“ヒョヘール”とよばれた女性が話しをしつづける。

 「スカラベ・ワーム、デウスエクスマキナにより許され、計算されゆるされた、微小なる機会もしくは、機械、隔離された世界の渡し船、あの調停も“表の賢人たち”の仕事だわね』

 アレールといわれる女性賢人は、表の世界では今の若い姿よりさらにとても若く、若いというより幼い子供のような容姿をしていた。しかしそれも表の世界では、160年の年を重ねた賢人の一人。表の世界では、とても若く美しく、美しさと引き換えに、声の美しさを失っていた。ここでは、それよりは、少し大人っぽい様子で、20~30代の女性の姿だ。かすれた声で、こういう。

 やがて、初めに言葉を話した賢人が、ううんと咳払いをし、うなだれて、顔をしかめて右手の女性賢人のほうをみずに正面をじっとみた。中央のしわくちゃの、逆三角のスカーフをあたまにまいた岩のような老人。表の世界ではヨールとよばれ、この世界ではフォールと呼ばれるようだ。

 「ヒョヘール、そうだ、黄金災はおこらなければならない」

 その老人のくちもとに、神々しい他の5人の人々の注意は注がれている。それをよさそうに彼は演説を続ける。

 「おこなわれなかった災いと、行われたように偽造された災いを認めることで、私たちも存続を許されるだろう、だが真実は、さらに深刻だ、やはり黄金祭の前に、模擬的な祭りが必要だろう」 

 ヒョヘールはおちこんでいるようだ。するとフォールは、ながくたくわえたひげをさわり、なでた。男の老人は、そこでううんと深くかんがえこんでしまったので、他の5賢人たちは、うつむいて同じようにうなるだけだった。闘技場には、ほかに観客のモブたちがいるだけであり、観客は物音ひとつ生じさせない。しかし奇妙にも、黒影の人物たちはは時折白い影にすいよせられ、その姿をうしなっていくようだった。そのひな壇の奥に簡素な壁があり、窓も突いていて、その向こうに、神殿がある。どうやらこの人々も容易に神殿に近づけない。

 静寂が辺りを包んでいる。見ると討議の場には、机の下にカオス機器、机の上には古代ギリシャ、古代のローマの建築にもにた、古代の彫刻の骨董品や神々の絵画や絵具。細かくみると、それを模倣して、古代の復興にわいたルネサンス以後の都市国家のヨーロッパ建築の古代と原初を思わせる古風うでシンプルかつ美しい重厚感のある神殿の内に、まるで対照的な現代科学の粋を集めたような様々な科学技術の端末や電子機器類がならべられている。そのうちの《PF》(PublicFairy)もそのひとつで、あれはまるで昔のスマートホンほどの大きさのひらたなもので、その妖精としてのビジュアルを三次元的に空間に投影する。それらが彼らの闘技場のテーブルの上にのっていて、それは現実の彼等の仕事風景と同じだった。

 やがて、賢人の一人が尋ねる。その賢人は夜のさなか光をうしなっており、姿は見えなかったが、男のようだった。

 「少女の真の力は世界を変えうるだろうか?少女の真の力、無条件に世界を取り込み、火星世界と統治を支配し、存続しうるか?」

 また別の老人、賢人がその言葉の後に続いて呟く。

 「黄金祭は必要だ、だが建前だけあっても必要性が存在できない、私たちは《アブノーマル・フレア》記憶を遡り、現れた《タナトス》その役目としての《デウスエクスマキナの管理と管理者の手助けをする》、結果的にエウゲを助ける、我々は、表の賢人を手伝う、故に我々はこの《夢幻の地平》で偽名を使う」

 やがて、ヒョヘールも自信をとりもどしたようにその賢人たちの言葉の輪に入ってつづけて応戦した。

 「そうね、私たちの存在は、現実の存在とは違うのだから、100年ごとの文明の破壊、それこそは使命“黄金の災い”を行わなければならない、デウスエクスマキナの目が光るとき、あるはずのないものが訪れ、それは暗闇、地球でさえ感じることのできない、本当の暗闇、けれどやがて、その意味は本当の正義を世にもたらすだろう」

 賢人たちは、ただ彼らの心の中だけで話をしているように、彼等のほかには誰も人や人型の何かが存在しないかのように、話しをしているのだった。

 

 意識が神殿から意識が遠ざかると、草原に立ち尽くすのは女性の影があった。テレビの砂嵐のように体の全体を被う黒い影と、青い光を蓄えたスーツをきている。青く光る光は、男の影のほうの星屑をちりばめた衣裳とも違う。こちらにきた“ギレス”はその姿らしい。合間からさす光はまるで地球の青さにもにていて、ところどころに白んでいる。そんな女性は自分の胸にてをあてた。

(ミゲルにとって、私の存在は許しがたいものではないだろうか?そして、私の知る二つの星の不幸な二つの運命は、不幸で、ミゲルがしりたくない事なのではないだろうか)

 女性はしずみ顔をゆがめ、ひざをたてたまま崩れ落ちて顔を両の掌で覆った。そしてやがて、ひじと上腕であたまをかかえこんでしまった。しかしその形のまま、何事か続けて話す。だだっ広い草原には、影の女性のほかには、もはや神殿と、物言わぬ自然と強くなりはじめた風だけがひろがっているだけだった。   

 『ノーム・エゲル、彼女は、“嫉妬”にとりつかれようとしている、それを主導するのは“彼アゾル”あるいは獣蟲(ゾーイオン・エンドーマ)すべてがきまりきった出来事だとしても、私はその道筋通りの世界を、理解しようとつとめる』

 女性は右手のひらを天にかかげる、(PF)が出現したかと思うと、空間にホログラム上の世界が映しだされた。それはトランスカルチャーの中のミゲルのように、女性の中で確かに自由になる映像が、女性がまるで世界から、すきに映像あるいは、実態そのものをつかさどる事ができるような現象だ。女性の手の中には蜘蛛の糸がはりめぐらされたかのような、一つの映像がうかびあがる、火星の光景だった。そして張り巡らされる糸のようなダッカンデンチュウの姿がそこに映し出された。

 『この蜘蛛の巣が、いずれあの人々の罪と重荷になるだろう、それでも“エゥゲ”の血は、この夢を形作り、その苦難を、その身にふりかざされなければならない』

 やがて、それと同時に傍らに、物音と異変が生じて、ギレスは気配を悟った。草原の草木はしずかに、ゆれる。次いで足元のすぐ傍に黒い影が走り、ギレスが一切の行動をやめると、察知したように草木の中をかきわけ、やがて足をとめ胴体を起こすのがみえた。それは長い耳の動物だ、小動物で、長い耳のほかには黒い輪郭ととがった口吻。そして小さな足が後ろ足で立ち上がり、前足をばたつかせてこちらを覗き込んでいる。それは兎のようだった。兎はやがて物音に呼応するようにさわぎ、逃げまどい、やがてギレスのあるいていた方角の遠くへかけていき、しかしその草原のどこか遠くで鳴き声をたてた。

 【ミー・ミー】

 草原の向うに、山と林があり、そちらのほうに大急ぎでにげ駆け回る何か小動物の姿がみえ、やがてまっすぐ地平の向うに進んでいくのが途中までわかった。そのはるかかなた、突き当りの方で、背景にてらせば、山をせにして、丁度中腹あたりに生じる地平にあるうっそうとしげる林で、眼光がそれぞれ対で浮かび上がり、人の背丈でずらりとならんでいる。林の中ごろのあたりだ。林の向うのその中に人々の住まい、山なりの木々でつくられた簡素な原始的家屋がならんでいる。その影たちは、淡い黒い人影で、男とも女とも違う、背景を透過した蜘蛛の巣のような糸状なな輪郭を形作っている。しかしそれは原始的な、動物の毛皮を剥いでつくったような衣服をみにまとっている。石の斧をもったり、下半身だけの植物で編んだ衣類をまとっていたりする。まるで原住民のようなものたちの“人影”だった。女性はその後の残酷なやりくりをみていた。まるで男と女の影によく似た生物にみえたが、色合いはほのかなグレーだった。ギレスはそちらに目を細め、ゆっくりと意識をかたむけていた。

 【“狩人”か、モホウシャにもなれなかったものたちだ、彼等は夢と霧の街の中、シネンの街にも入れない】

 そんなことつぶやきながら、女性は左手首にめをやった、編み物でできたカラフルなブレスレッドに、口づけをした。 

 【けれど私たちは、この世界にすむもうひとつの人影たち、モホウシャを恨んでいる。そして、モホウシャとタナトスがはなった、獣蟲(ゾーイオン・エンドマ)を、もう一度正しい形に戻さなければいけない、もし合わさってしまった偶然と偶然を分解し、元ある姿に戻すためには】

 影は、まるで部族、民族のように遠くで生じた影は、はるか遠く、生け垣のようになった植物の群生地帯の奥でむらがり、歴史ありげな原始的な家屋や、家畜たち、別の影たちの生活したり仕事したりしている様子の中で、ミーミーと騒ぐ兎をみつけ、槍のようなものを発射した。林の中、やがて、その鳴き声がやむと、女性は諦めたように溜息をついた。

 やがて、それを拾い上げると、見るも無残な兎の残骸は、その影の部族たちの手に落ちた、その手のひらにはツタのような植物がからみつき、それがのび、触覚でふれるように、なぞるようにすると、兎の影は溶けて消えて行った。しばらくたちつくしていると、不気味な気配を感じて、東のほうをみる。白黒のアーチを境にして、相当な距離を向かい合うように、南に黒い霧かかったシネンの街と、北に神殿の形が浮かび上がっている。

 (何か、嫌な気配がするわ)

ズルズル、ズズズ




 そのころ、神殿の近くへ戻っていたアゾル。その音は、やがて、アゾルの耳にみとどいた。それほどに大きな、何かを引きずるような気妙な音で、それと同時に世界の異変を予想させるような、天変地異を連想させる風な音だった。


ズルズル、ズズズ。

 その同じとき、神殿と神殿の庭のほうでは大きな渦のような影が、神殿の庭に現れ奇妙な出来事が賢人たちの目の前でおきていた。神殿のそばにいたアゾルは、中庭をぬけて、庭に続く回廊、柱が並ぶ石敷きの回廊を、足早に、黒い影の男“アゾル”がはしっていく。

【嫌な気配がする、賢人たちのほうにいかなければ】

 その途中から、荒ぶるように叫ぶ、賢人たちの声。それにおどろき背後で気配を感じ、振り返ると、アゾルの目の前で、うごめく渦が現れ、その中に幾重にも重なる動物の尻尾のようなものと、まるで、幼虫のような、動物の胎児のようなものがあらわれて、それが尻尾の持主だとわかると、尻尾の先端が突然異形にかわる。白い眼光が、その突端からこちらをみている、それがはっきりと見えると、またもや賢人たちが、叫んでいるのがわかり、ふりかえると、今度ははっきりした言葉で、こちらに訴えかけていた。奥をみるアゾル。焦って視点がぶれているが、闘技場でも白黒のかげたちがざわめき、賢人たちもあせるように席を立って激しく言い争いをしている様子で、中央のフォールが何かを叫んでいるのがみえた。どうやらただ事ではないらしい。

 『アゾル、アゾル!!早く追い払ってくれ!!獣蟲(ゾーイオン・エンドーマ)がわれらの邪魔をしに!!100年以上の命を与えられた我らを妬む!!!!あれらは、妬みの生き物!!!』

 それに共鳴するように、他の賢人たちもわめきはじめた。

 『“ゾーイオン・エンドーマがあらわれる”』

 『“瞳の先の渦だ、渦たちがあらわれる、彼等の終着は、人の命を、多くの世界を崩壊させるだろう、獣蟲だ!!”』

 賢人たちが慌てていると、やがてアゾルは急いで、両手を天に伸ばし掌をかかげるようにして、賢人たちに訴えた。

 『おちつきたまえ!!どうか落ち着き給え!!』

 しかし、騒ぎと喧騒は収まらず、アゾル自身も背後や当たりを見まわたしていると、そのアゾルの影の前で、討議場のすぐ前の開けた広場と、柱がならぶ回廊の間で、黒い渦が生じ、生じた黒い渦の中から、霧のような小さな何かがうごめき、そのひとつがぽとりと地面に落ちるのが、賢人たちにありありとわかった。よく見ると落ちたそれは虫らしく、うごめいていた黒い影と渦は、それと同時に小さくなり、姿をけしていった。アゾルは振り返り、それをみて、急いで、それを捕まえに急いだ。

 『ギレルは、何処で何をしているのだ、なぜ、私一人で“タナトス”の処理を!!』

 息を切らしたアゾルは、やがてやっとの思いで中庭にたどり着いて、その虫のほうへむかう、初めはためらっていたものの、徐々にそ知らへ近づき、落ちている虫をみた。それは奇妙あんもので、まるでプラスチック、もしくはステンレスでできたような光沢と銀色の肉体をもち、腹部は透けたガラスや宝石のようで、内部に欠損したはぐるまのようなものをもっていた。

 『次元のバグ、しかし、蜘蛛、蜘蛛か』

 それは、蜘蛛だった、蜘蛛をみつけて、人差し指と親指できたないものにふれるように、アゾルはそれをつかまえ、天にかかげた。 

 『賢人たちよ!!神々よ!!!落ち着いてください!!捕まえました、必ず、必ずなんとかなる、私がいる、私がこの世界にいるかぎりは』

 『おお、おお』

 賢人たちがおちついたり、あわただしく叫んだり、その中で、アゾルは一人冷静に、腰にてをあて、左手であごをさすり、ものを考えるしぐさをみせた。さらに、強引に賢人たちの維持を晴らすかのように両手をあげて、念を押す。

 『“タナトス”“強引な調停者たち”彼等をおちつけ、そして、タナトスによるこの世界への浸食を抑えなければ、我々影人(カゲビト)では、エウゲとの盟約を意味づけられず、火星との盟約は意味を無くすだろう、私たちは私たちの役目を果たす、どうか賢人方、皆さま方!おちつきたまえ!!』

 賢人と夢の世界。それは何のために、ミゲルの前に現れたのだろう?時に実態をもち、影となりミゲルのいる現実と接触する。これからも彼はミゲルの生活を浸食するように、必要に応じて現れる。ミゲルに何を求めているのか、この時は誰も知らない。

 賢人たちが本当に静かになったのは、それからほとんど1時間ほどが経ったあとだった。それまでは眉間にしわをよせたり、ああでもこうでもないと皆がパニックをおこしていた。その中で、賢人が一人ひとりその世界からきえさった最後に、最後にまでのこった、フォール、岩のような賢人フォールがこんなことを、落ち着き払って神殿の前の回廊にたたずむ影の男、アゾルにつげた。

 【感謝する、アゾルよ、虫の処理はまかせる、あの契約によって、虫の処理は何とでもなろう、しかしミゲルには、無理強いをしてはいけない、そして、契約も、感謝する】

 すると影の男は、まるでしっかりとみえはしないその顔の表情の輪郭とまゆと瞳から涙を流すような様子をみせた。影の男、ギレスもギレスで、何かやむにやまれぬ事情をもって、その行為を成し遂げているようだった。

 【契約……】

 ――契約、契約に関する出来事、それを思い返すに心当たりは、ギレスには一つの出来事しかなかった。それは数日前、2、3日前の出来事だった。――




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