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夢を見る前に。

 広い宇宙の遠い未来、地球を含む太陽系の恒星、火星。ある変わった出来事の成果か、地球にもにた環境が成熟し、生態系が形づくられていた。本来の星の姿が変えられる惑星開拓がコロニーを中心としたインフラ整備ともにすすみ、ひと段落つき、居住可能なスペースをさらに広げるための、大規模なコロニー建設計画が持ち上がる中で、ある事件がおきていた。広がり続ける宇宙の暗黒の最果てよりは程遠く。地球と同じ太陽系の地球とは違う形の恒星が、文明の力を借り今とは違う形で実在していた。そこに息づく生命たち。生命の生活しえない真空の闇の先に、豊かな生命がやどったのだ。それは今とは比較にならないほど、人の手が入り、入植者が息づきくらす火星。火星に人類が入植し、人工知能、そして人工知能のデウス・エクスマキナがそれを可能にし、人々は原始的な宗教、アニミズムをつくった。いつのまにか小さなコロニーが生まれ、多種多様な生物が地球さながらの、人間の居住可能な生活拠点を形作り、地球によく似た営みを形作ることとなっていた。銀河系の不毛の地、今では考えられないほどに人の手が入り、生命が生まれ、コロニーを中心として人間その他の生物にとって利便性が画期的に進歩した文明がつくられた火星では、入植者の制限はデウスエクスマキナに管理さられていたものの、人類の少数がそこに移住した。地球も発展はしていたが、しかし、環境は悪化する一方で、そのため大学や、研究機関、地球政府の間では、官民合同で、火星やその他の惑星での将来的な、全人類の生活のための計画案がいくつもすすめられていた。火星はそのモデルケースで、人類は火星での生活が可能なほどに、文明と科学と知性を発展させていたので、地球人類はさらに遠くの居住可能な恒星への移住も計画がいくつも持ち上がっている時の事だ。




 火星歴912年 10月7日。夜が来た。その夜も火星では、夜の気配はたしかに存在していた。生命がいくつの種が地球から運ばれ、はぐくまれても、コロニーの外はその大部分が野ざらしで、真空で匂いも風も、音も感じられない暗黒の静けさ。それは地球の夜や暗所ににていて、日々の明るさや生命の尊さとまるで異なる、暗いすべてを連想させるものだ。地球より何千万キロも離れたその星でも、夜は地球と同じように訪れる。夜にはどのコロニー内でも動植物が寝静まり、屋外が影におおわれ、空気がつめたく暗闇の夜をむかえて静かになった。この星では、デウスエクスマキナに昼間の火星の陽ざしスピーカーにも似た形の光源安定装置、光源収束装置によって、大気や日差しはコントロールをされている。というのも火星では、球面の半分、太陽側の側面がデウスエクスマキナと対面する。人工天体でありながら、太陽の働きを強化したり活用したりする。そもそもデウスはそれを意図して設計されたのだ。東西南北と中央、6ブロックに区画された。中央部には首都首都中央コロニー“ガリア”の中に“フィロタワー”がたち起動エレベーターの基部をなす。その惑星の首都さえも、静けさに包まれる頃、南コロニーのルルもそうだった。デウスエクスマキナは静寂の中、月の女神の顔と姿を模したお姿で、日常を終えた人や動植物、モノやコトに至るまでそれらすべてを、広大な宇宙から見下ろす。コロニー内の人々と限られた自然環境と人々のまだ発展間際の暮らしとのねざす地上では空気は和やかで、それを見つめる“デウスエクスマキナのまなざし”は母性に満ちやわらかにほほ笑むようだ。地上からみれば日光に照らされると反射した光の影響か黄金にも映る薄黄色の丸みを帯びて、月を模し、太陽の役割を持った人工天体は、そのほほえみと顔の全体像をつつむように左右一対のある変わったモチーフをサイドに象徴として備える。頭部からのびたサイドのなだらかなモチーフは髪を模して彫刻され、ところどころから植物の分かれた紙の束が美的な曲線がなぞる。先へいくほど細くなり、しかしどこか人工的なモチーフを連想させる固まった髪の束は、まとまって見方をかえるとその髪が顔全体をつつみ抱きかかえる手にもみえ、そのふたつのコンセプトが重なってデザインされている。《デウスエクスマキナは火星の起動にのる人工天体でりながら、彫刻芸術である》とは地球人の宇宙飛行士である2101-2167.サザーランド・エワコフの言葉だ。そしてその外郭には、厳重につくられた人工天体ゆえのモジュールと化学繊維部品と幾重にもある空間装甲。宇宙空間に耐えうる屈強な種々の部品と強化カーボンフレームに、そうした“火星用にデザインされた”ディティールが浅く刻まれている。火星の空にも夜がきて、その夜も、火星の人々にとって、昼は生命の活気があふれうるさく、夜の死さえも連想する静寂はそのほとんどの人々の生活を覆いつくし、政治家も哲学者も科学者も思想家も、この火星では同じ評議会の中であつかわれる。火星市民の声を集める《賢人会、市民評議会》も静けさに包まれた。これらによってある一定の水準まで人々の意志は集約される。《デウスの名のもとに結束した人々の火星国家への契約意志》


 しかし、いつの世の支配も少しの不満も持たない市民はいない。その望む意志は、けれども多種多様な目的と欲望をもち、確固たる形を手に入れることはなく、宇宙や星の寿命からすればほんのわずかな永遠の中の一瞬の生命がいま、一つの喧噪の周期をおえ、一つの夜の静けさのなかに沈んで入り込んでいた。デウスエクスマキナで、毎日昼と夕に行われる賢人議会(司法、立法の統括)と市民評議会(市井の声をまとめ、賢人議会と対等に対話)による議論の場であり合議と議決の場がつくられ、さらに、デウス議会と内閣に値する“デウス代理評議会”が結成され、それらをまとめた包括機関である、デウス三位委員会が成立される。三位委員会は、火星の立法機関である。デウスの指令をきき、その指令と精密な情報をつかさどる公僕たちの仕事する行政機関のデウス・レムレース行政所。レムレース司法省もまたコロニー事の州都に存在する地方行政所も、随分前に日中が陽が沈むまでの仕事をやめていた。賢人議会の議論もしばしの休憩、100年以上生きる賢人たちも、またテーブルやその付近に集うその文明の粋を集めた機械の集まりと静けさの中、棺桶のようなれ透明の箱にしずみ、容器の中にいれられたうすきみどり色の《賢者の液体》のなかに、いっときの暗黒に沈んだ。(※“賢者の液体”人間の寿命を飛躍的に向上させ、ナノマシンの適切な管理のもと、溶液につかるものたちに一般にいわれる寿命の限界の2倍、200年の寿命を与えるための溶液、現在社会倫理規定により厳密に管理され、賢者のみに使用が許される。長寿のメリットがある反面、肉体昨日や、自律的な細胞や神経の動きを弱め、またはナノマシンによる細胞の保護及び代替が行われる)


 地球はそのころ、政治、文化、営みが段階的に一つの形に集約されていた。国家の壁は人々が過去意識したほどには存在しなくなった。資本主義が継続したが、経済の自由な取引と文化の枠組みの横断、グローバリズムと民主主義の発展、近代化を引き金に、国家間の交流と和平をつきつめて、人とものの行き来が隅々までいきわたり大国も小国もどの国も同じような、当たり障りない近代的国家の経済・文化の営みを可能としていた。そのころ地球の国々はほとんどが“地球連邦国家”として、環境保全活動を主体とし、ひとつの方向をむき、一つの盟約にしばられ、お互いの歴史をかこのものとして蓄え、経済と文明の発展をゆるやかにすすめていた。しかし、地球はかつてより小さな地域体を形成し、その中でのみ、直接的な民主制度を実行しているのだった。それはかつて古代ギリシャによって行われたポリスの制度に似ていた。


 宇宙に漂うあまたの星と銀河系、またの名を天の川銀河。太陽系の惑星そのひとつ、第4惑星火星、故郷である母星とは別の惑星でいったいどんな記憶がそこに入植した人々の記憶となって日々の出来事が形づくられ、小さく、あるいは大きく営みが描かれ、火星の象徴ととなりえるのだろうか。地球人にはその内面まで考えまでしる訳もなかった。けれど、確かに別の惑星に人類の進出と、進出のための占領と支配、そして惑星を開拓するための、入植者とあらかじめ予定されていた、地球主導によるプログラムによる惑星改造が執り行われ、臨時政府に士気され、コロニー事業、インフラストラクチャーの手順にそって、コロニーを基盤とするテラフォーミングが起きた。しかしその後の歴史にはごく普通の人々のくらしと、地球人類が歩んできたのと同じような歴史と生活が生じているのだ。そこには、地球人の期待とはいい意味でも悪い意味でも異なる形の、美意識が各々に形成されているはずなのだ。






 コロニー群には東西南北と中央区画があり、その南部区画のルルにあるのが、シネンの街だ。ある家屋の廊下には、小さな咳払いが響く、それもわざとらしく通る、周囲の人の気配にきをつかわせるようなものだ。それでいてまるで何かに集中するためにそれを阻害するような他者を追い払うような、低く重い咳払いだ。彼は半ば諦めにもにた居心地の悪ささで、しかしまるで重い過去の扉を開くようにカオスネットワークいまでいうインターネットに足をはこんだ。簡単なことだ。現実で、仮想空間、物質を介さずに人と人がやりとりをするということは、実に簡単にみえる意味と示唆を含んでいる。それが現実逃避だとしても、彼はやめられないしやめないだろう。過去の傷をいやすためならば。辛い現実に目を向けるのはつらい。それならば架空の世界で、“エウゲ”のようなものにアプローチできれば。自分はエウゲではない。血筋ではない。血筋は母の方で、この男のほうは何でもない。だからこそネットカルチャーにしか救いはなかった。もし世界からみはなされ、けれど、世界こそが、人を見放す不条理こそに真理を見出していたら、きっとその中でもがく事しかできない男は、現実逃避は現実逃避でしかないことをしりながら、同じ現実逃避を続けるのだろうか。


 その部屋は、全ての部屋の奥地にある。廊下の突き当り、物置部屋の手前突き当りの右に、階段の下にその哀れな書斎があり、カオスヘッドギアを頭につけた、心が朽ちかけた老いた心の父が、ネットワークに意識をつなげた。しばらくすると、神経に刺激がぴりりとあたり、光につつまれたトンネルをくぐる。その向こうに、探している答え、複雑にみえる世界答えがある気が下。


 『う、うん』


 深夜に回ると、その一室。ミゲルの住む家屋の一室は異様な光景につつまれた。


 『執務の時間だ』


 ロールプレイの世界。それは《中世大陸》というロールプレイゲームで、国家を経営し、あるいはそれにたずさわり、ときにNPC時にほかのプレイヤーを従わせ、自分の領土を維持するというゲームだ。プレイ中だけ王国が出現し、その間には、カオスネットワーク上でのプログラム空間は、実際の中世の王国さながらのゲームシステムと、濃厚な世界に包まれる。近代的発展、産業革命以前の混沌とした時代で、領主が権力と権威をもつ簡素な人間関係が、現実の複雑さと反対に呼応して、ものごとをシンプルに感じさせられる。とくにこれがすぐれたところは、多くの学者、心理学者、精神科医の下で、綿密につくられ、社交性、自律性、人間関係の再構築を手助けするとされている、話題のオンラインゲームだった。


 《こんばんは、国王殿下》


 『やあ、かわりないか』


 『先月は50人の移民が入国してまいりまして……ただ、平常通り、他国との交友も交易もスムーズに行われております』


 城郭都市の城下町には、商店や宿屋にひとだかり、皆王の拝謁を願い、その機会をまちつつも日々の暮らしを送る市井の人々。しかし庶民の暮らしは、そうそう彼とふれあうことはない。切り立った丘にそびえたち、隔たれた城郭のさらに内部、宮殿がたつ一層高いモットの上に、天守閣があり、宮殿の内部はいくつもの豪華な城壁と石柱をたたえた、豪華絢爛な王宮と王広間と王室になった。


 王広間に男がひとり、王宮に使いのものと、宰相に軍部総督、政務官が数人顔を並べた。


 兵隊が二人、彼の傍で、やりを構えて軍部の正装の装束をみにまとい、おごそかに真正面をみつめている、まるでマネキンかとみまごうような真剣さだが、彼等も時折本物の人間がまじることもある。


 彼は、しばらく家来たちと話しをしたあと、疲れたように溜息をついた。


『はあ、ふう』


 頭を抱えて玉座にすわる。それは、青い瞳と漆黒の髪色を携えて、しわとひげをたくわえて小太りに王冠をかぶった、どこかで見た顏だ。彼はまるでものものしくただ彼の生活だけがその場所その空間、その時間に存在する実感と、事実であるとでもいいたげに、苦い苦悶と苦渋をいいたげなしわのよった眉間と表情とわざとらしさのまじるしぐさで召使たちを見下ろして、杖をふりおろして重い口を開いた。


【ああ、ここには何もない、なるほどあれほど愛おしかった生むという苦しみさえも、もはや遠い過去、前世での出来事のことで、その喜びも苦しみも、私にはもはや、知るすべない、私は人々の生活さえまるで見下すように、はたまた、場合によっては見上げるようにして、うらやんでいるだけだったのだ】


 勿論現実の彼にも役割はあった。一家の大黒柱であって、彼が悠々自適なのは、火星の環境のおかげでもあったが、彼が芸術に対してしめした、ひとつの成功が功を奏した結果でもある。彼はドナンだ、王国の中では、ふけてやや目じりを下げて鋭利な物言いがなごやかになる。母屋のリビングのさらに奥。自分の書斎にて、ミゲルの父、ドナンは、サイバースペースにアクセスして、地球人の直面する問題に目と耳を傾けていた。彼は一つの仮想現実で都市をつくり、王国をつくっていた。その王国のを口々に話、楽しみにファンタジー的な異世界の風景の中で、日夜何をすべきか、何を楽しみにそれを人々と共有するかを話しだしている。城下町にはNPCもいて、近頃はAIが人間を模倣した会話をこなせるようになっていた。


 『何かできることはないか?底を打った自分の幸福にも、かれらのために、日々、感情と心と、精神と肉体とを、死のために、死の恐怖のためにその身に享受し続けているかれらのために』


 彼はサイバースペース上では自らの素性を隠している。けれど彼は仮想的に中性の王だった。彼を、仮想空間はすくった。人間関係も簡単で、そして人々は日々の不満を吐き出す。それが当たり前なのだと彼は言う。それを悪意に転化さえしなければ、この世界は素晴らしいのだ。彼は臣下と、別の王国の前ではとてもフレンドリーで、優しく、温かくおおらかだ。しかし一人になるおと、自らの経歴と過去とを疑い、誰よりも蔑む王だった。彼は、孤独にも、まるで諦めた未来と過去を、まるでいま、そのサイバースペース上に作り上げているように思い、思え、匿名さは、なぜ想像力を加速させるのか。きっとカオスネットにすらそれは解決できず、ときたま現実に引き戻される、カオススペースの(カオススペースでは、空間のどこにでもPFの機能を出現させられる)CSSNS(Cyber Space Social Networking Service,)に半分の魂を置き去りにしたまま時に怒り、時に持論を展開し、問い続けている。その一方で矛盾なのだ、彼は仮想の空間がつくる領域にとらわれていた。それだけが過去から逃げる方法。その副作用に気付きながら、被虐者は、その痛みの中に失われた才能の置き場を探し求め続ける。しかしそれは、老いて古びて、さびれた刃のくやしさを心の奥にひめて、再び彼の心が芸術へと導かれることを本心では、望んでいた。


 彼はそれに触れるたび、自分の手の届かない範囲にいる他人からの攻撃を目にして、自分のつくった“ワールド”への批判も、不条理なものだとしっている。“没落した成功者”とくに地球側から受けるひがみは、この世のモノとも思えない憎悪をふくんでいた。だから父ドナンは、これほどまでに、カオスやネットカルチャーに依存して、その一方で批判していたのだ。ときおり皮肉交じりにこういう。なにをしてても文句をいうやつはいう。知ったかぶりのために何も知らないふりをする。ミゲルに、ニナにそう声をかけるのだ。










火星の空には、宇宙の高さへと挑戦し、まるで神話のような荘厳と豪華絢爛さをもち、周回軌道へそびえたつ軌道エレベーターが高く空をつきぬけて雲をかき分けそびえたつ。やがてそれは上空であの人口天体とつながりを持つ。


 天空にまっすぐどっしりと大きな体躯を宙にかまえる火星の軌道エレベーターの土台には、中央区画の首都コロニー“ガリア”。上るエレベーターのその突端には人工天体衛星・火星の最高頭脳であり、《混成意思決定者》AIデウスエクスマキナ。その先の宇宙には、異空間航行施設。フェアリーゲートリングと呼ばれる異次元の入口を作る、頑丈な金属やカーボンファイバーといくつかのモジュールで繋がれたそのリングは、科学技術の最先端の施設であり空港をかねる。リング状の設備の火星側の端には、球体の宇宙空港が浮かんでいる。リングはワームホールであり、地球と火星をつなぐ縛りの文脈を保つ地球文明の産物。しかし、火星人類にはその技術うのほとんどがブラックボックスとされ、限られた富裕層でしかその全容とシステムを理解できないとされている。その両端に惑星の玄関口である宇宙空港の門が構えを持つ。突き出したスロープに直接小型宇宙船が発着をする着陸場。円い宇宙ステーションとその間を結び、伸びるスロープのその形状はさながら、絵画に描かれる太陽と、その光を再現する光線のような形だ。スロープ状の末端には、管制塔がならび連なる。リングの内側にある宇宙空間シールド内には、微量ながら酸素と、窒素があふれているので奇想天外な構造もうなずける。宙釣りの輪の中間に通りには、また小さなが輪がとおり、その形状は拡声器の円錐形にもにている、輪の形状の一部と、そこからのび、宙にジャラジャラと鼻垂れたくさりが、みえない道にはびこるツタのように、磁器シールドで保護されたワープゾーンを覆うように円錐の黒く見えない真空を締め付けている。さらに小さな鎖が、この形をつなぎとめている。これらは“錨”と呼ばれる装置で、お互いの空間と空間の座標をさだめている。そのリングの先、宇宙ステーションから火星側にのびた“宇宙紐ひも”それはらせん状に形をかえて、火星の守護神である“デウス・エクス・マキナ”{火星の最下層文化アンダーグラウンドでは俗にいう“母子のかかし”}へとつながっている。その紐の形状は、大容量の資源エネルギーを地球から火星へと渡すためのものだ。事実上、デウス・エクス・マキナとこの火星の6賢人が今の地位をたもっていられるのも、その資源エネルギーを管轄する立場にあるからといえる。特に火星では、資本主義と建前はあっても、社会主義にもにた独自の資本システムがあり、まず最初に“最低限の生活と富”はあらゆる存在に担保されていて、デウス・エクスマキナが分配する。しかし余暇をもつ人々は、自分から惑星のために働いたり、それこそ遊んだりする。けれどさらに富を求めるのならば、一番に金になるのは文化をつくること。文化に貢献すること。それゆえに、文化的に造詣が深い人々に富みが集まりやすい傾向はあるものの、しかし、その不平等感も人々の寛容な精神とお互いを補助する役割のもとに成り立っていた。特にコロニーとコロニーの間には、巨大な“魔人”とよばれる兵器が立ちふさがり、紛争を禁止している。時に人々の憂さ晴らしのために、魔人の闘争が競技としてして行われる【火星祭り】が行われるが、前回開催の5月から、今年は音沙汰がない。世界が、特に地球人が火星を差別し、侮蔑し、そして様々な能力や遺伝子的特質の実験場にしようとも、不平に我慢をしつづけ、大局的に大勢が暴力に訴えないのもこうしたシステムのもたらした今日までの成果の賜物といえるだろう。






 10月7日。その日の火星の深まる0時近くの夜のこと。雲は浅く天上にひろがり、影が街を被う。デウス・エクスマキナは、同じ場所に浮かんだまま太陽からの収縮光を弱める時間のせいで、ただでさえ地球よりは静かな太陽光は、夜の訪れにさらに弱められる。その後には夜の静寂、死にも近しい静寂が人々の戯れの訪れをまっていた。


 空が暗がりにつつまれ夜も深まる12時ごろ、父の祖父祖母と、家族で住まうミゲルの住むそこそこ大きな邸宅のヨアカ家、その母屋の外観はレンガと石づくり。屋根は瓦で屋内も一部室内もコンクリート製。しかし二階や一部は木製でできていたので深夜になると家鳴りが響いた。階段も木製で、きしむ音はそれを利用すると必ずなる。おかしなことはこの夜にはじまった。木像の合わせ目、階段の横、家鳴りの中、影の中で軋む木像の支柱と階段の間にかかる影の中で、階上からもれる光がさすと、同じようにその下部階段の一段目、廊下と階段の側面、側桁が直角にあわさる場所に、その上から二次元の平面的な、三角形の影がさす。それはただの影だったが、それだけにとどまらない妙な動きをはらんでいるような、渦巻いているような影だった。その奥底にある小さな、光を集めるどよめきの渦が、何かべつの影を形作ろうともがいていた。


 『ハッ』


 ——ふと、それと同じ時間。自室にてミゲルは、おかしな目にあい、おかしな現象を目にしていた。といっても、あらゆる記憶を思い出しても、いずれすぐさま頭から消え去る。そんな夢を見た気がした。記憶を整理するために身近な出来事を反芻するのだときいたことがあるが、それは確かににた夢で、この夢が、連続して意味をもたなければ、ミゲルが今みた夢は確かにその類の夢だ。夢と空想のはざまにあるような感覚だ。ミゲルが感じたのは、小さな物音、するはずのない物音が一回からひびいたきがした。まるでぶきみな、ゴミか何かをひきずるような、むしろもっとぶきみな、へどろが引きずられるような音だ――


 (まさか、お母さんも、お父さんも静かに寝てる、そうじゃなくても、あんなうるさくズルズルと何かを引きずる事なんてしない)


 ミゲルは頭の後ろに腕をくみ少し考えて、それでも寝付けないで、ミゲルは天上をみつめた。


 《しかし、ミゲルは、少しまえにいたサイバースぺース20の映像が思い出された、いつもなかよくしてくれるギルドメンバーのこと、生活のすべてにはかかわらない中途半端さで、お互いを支え合い続けるネットの仲間》


 (ふふ)


 思い出されるのは、カオスネットワークを使う自分の姿。言葉を使うとへたなことも、文字を使うことで、意図したものをはきだせる事があるように、カオスネットが意識とつながることで、ミゲルはひとつの壁をつくりだし、壁を通し手世界をみられる。だからミゲルはネットでは饒舌なのだと、ギルドメンバーによく指摘される。


 それに比べて、現実はいつも辛い。ミゲルは口数がすくなく言葉がにがてで、口下手なのだ。縮れ毛でパーマ平均より少し背の低いミゲルは、それこそ小動物のように丸い鼻と、鼻にかかった声がコンプレックス。身長、容姿、興味のあるものの少なさ。人と比べるときりがないほどに、自分に自信がない。人並に勉強ができ、人並に芸術的感性はある。けれど好きなバンド、“カオスダイアモンド”や“プラトニックフューチャーズ”を好きでいなければ、現世にさえ自分は存在できないのでないかと思う。エウゲは表向き、差別をしない法律ができ、デウス賢人議会代理・現宰相ロクソンは、“私たちはエウゲに敬意を払う”と、2年前のエウゲ会談で宣言した。それに合わせて人々も、心を入れ替えたとされる。マスメディアも盛んにはやし立て、補償金が支払われ、エウゲが戦争の兵器としてのテレパシーやそれにかかわる呪術の開発を担わせた記憶を、宰相が宣言したまではよかった。然し表裏が存在する。表向きの社会と、そのしわ寄せを持つ裏の社会。資本主義や、社会主義、そのすべてを内包するデウス芸術専心主義といわれる、独特のシステム。システムは、コロニーを小規模にして、特定の条件を満たす人工知能による制御が行われているために可能なのだ。その他のシステムがたとえうまく機能している風にみえても、裏側では必ず報われないものが存在する。勿論エウゲとその長老総帥カイデ(※エウゲの中では長老、表向きは長老総帥)は、別に西側にエウゲとしての責任を記したの石碑を火星のコロニーのあちこちをまわり、戦争の償い賠償を行っている。勿論本当の意味での贖罪はおのおののてに委ねられているのだ。アンダーグラウンドないしアンダーグラウンドクラス、または、コスモ・メトロポリス、そう呼ばれているものもその一つだ。それら人々は世界から見放され、罪を犯したもの犯罪者、もしくは芸術無能者は、運が悪ければそのクラスの生活を強いられる。地球の人々からすると、理不尽な問題だが、もちろん、地球の格差はこちらの世界からすると、また別の理不尽を抱えている。


 「すう」


 ふいに吸い込んだ空気が、まるでカオスヘッドギアを付けた時の感触のようにミゲルの頭と、思考の内部を覆い、そこから、放射線状にミゲルの意識が、ある人々と共通の世界を参照していくのがわかった。冬の冷たい空気が快感を伴い、そしてミゲルは、エウゲの長老がエウゲ律を定め、いつもするように、もう一つの正しい現実を見定めようとした。やがて掌の親指と人差し指で輪っかをつくり、それを互いにあわせた。それが(トランスカルチャーのなか)へ潜入するときの手段のひとつだ。


 (きた、情報が流れ込んでくるテレパシーだ)


 頭がおかしくなるほどの、奇妙な感覚にとらわれる。あちこちで人の声がひびいたり、かと思えば文字が目の前を通りすぎる。たとえばそれは、今でいうならでたらめなインターネットサイトの表示と検索をひたすら続けている時のような感覚で、その意味や自分が何を調べているかわからなくなるような、情報過多というべき問題だ。


 (う、やっぱり気持ち悪い、けれど一日一回は顔を出したいし、得意じゃないけどしょうがないよね)


 いままで別々の個人だったおおくの人々が強制的に同じ感覚に結ばれる。その感覚は例えるのならインターネットの内部で、まるで別の他人と、自我が区別つかないほどに、意識を共有させたなら、その人々がすべて同じ感情と、感性しかもたないのなら、それは得も言われぬ不気味な感覚にとらわれるだろう、それと全く同じ感覚だ。しかし、きっとその人々は、少なくともその最中、その間だけは、自分と他人と世界ともの、動物の区別を失ってしまうだろう。それがトランスカルチャ―、つまりミゲルやエウゲの持つ、超人的能力の本来の姿だった。


 ――《ミゲルは、低い共鳴率によって、あの世界、現実の偽りを貫くようない世界へ“トランスカルチャ”と意識を潜入ダイブさせる。――


 意識の門《繭層ククリリングスと呼ばれる“重層的な意識の壁”が、目の前を覆い、いくつもの糸が折り重なり、まるでシナプスの回路のようになっているのを直感的に感じる。それは、トランスカルチャーの世界の中、天井ともいうべき大空に張り付いているにある“ある構造物”とにたもののイメージなのだが。


 ——―《飛ぶ、繭層ククリリングス》―――


 折り重なる絹の糸をしきつめた、編み状の平面を抜けるような感覚だ。それがすぎると、意識の中の空がひらかれた。空が開かれると、まず空を飛ぶ人のイメージが思い描かれた。そうして、徐々にミゲルは、天井にはりつき、繭層ククリリングスと、その下につながる巨大な“繭ククリ”をイメージする。このあと、ミゲルはこの下の世界へ落下する。下の世界こそが、トランスカルチャーの醍醐味である、トランスカルチャーの世界とつながっている。普段、文字だけや情報だけでその世界とやり取りをする事はある。しかし、体のすべてを完全に投影する時には、カオスネットワークともまた違った、さらに自由度の高い深い想像力の固まりのような世界に落されるのだ。ミゲルは、空を飛ぶイメージを固めると繭層ククリリングスの上で自分が足踏みをしている様子を思い浮かべ、それはやがて、トランスカルチャー上でたしかなものとなった。その上は真っ黒の世界、まるで自分のまぶたをうらがわからみたような、血管のスジがとおったような雲の下に、ククリリングスがあり、そのはざまに人がやっとたてるようなスキマがあり、トランスカルチャーにつながると、エウゲの意識はまずそこに落される。


 「誰も、いないな」


 ミゲルは呼吸を整える。ミゲルは高いところが怖いのだが、それでもここは、少し事情が違う。火星の重力よりも、さらに軽い重力といえば、トランスカルチャーと瞑想を通じて深くつながった時により強まるその力が、重力とも呼べるべきものだ。ミゲルは繭層ククリリングスをかきわけて、その雲のような絹糸がからまったような固まりをこじあけて、みないようにして、片足から、次にもう片足そして下半身を思い切って、空に放り出した。目をつぶると、すでに体はすっぽりと天上の雲から抜けて、落下を始めているようだった。


 「よし、飛ぶぞ!!」


(実際には転落しているし、実際に空を飛べるのは、限られた人間、ミゲルも知っているだけで数人の有名な英雄しかしらないが)徐々に世界は青白くひらかれ、やがてミゲルの目には、天空から延びる糸と、ねじれてそれが紡がれた円いものが映る。それは、上空に浮かんでいる。繭、そのまま、蚕の作る繭のようなもの、天上、空に張り付いたような巨大な、小島はある繭があった。その繭のしたには、原始的な自然と、原風景心象風景にもにたぼやけた景色がひろがり、山や川、中央に行き山脈地帯が広がり、大地には自然の機や草木の草原がひろがり、やがて、本物の雲がかかるほどの高度にまでいくと、ミゲルはその端に落ちた。


 (ふわり)


 ミゲルは、開けたそらに、黒いもやがかかるのをみて、さらにその下へおりようとする。うす黒い雲がかかっている。その奥にいくには、また、別のコツがいる。


 ——プツン・音のない音がこだまする――


 まるでそれまで、意図して上空に固定されていたものが、スカイダイビングの要領で降下していくような感覚だ。それをかきわけて、書き分ける事に成功すると、パラシュートをつけて地面へ放り込まれたように、するするとおちていく。重力がそこでさらに加速して、下に開けた大地と目的の場所が目に入る。やがて、重力がさほど問題ではないとさとると、意図して徐々に落下の速度が制御できるようになった。


 (ふうー、こわかった、ここまでくると安心)


 黒い雲をぬけ、人間の打ち立てた建造物のおよそ一般的な鷹さほどまで落下していくと、ミゲルは思い切って自分の、これまで強く抱いていた、落下のイメージを意識を比較的かるく思い描くようにした。感覚的な事だが、例えばもしここで、トランスカルチャーへつながろうとする力を弱めすぎると潜入者は上空に再び吸い寄せられ(ダイブ)は失敗する。ミゲルは高所が怖いが、そこでふんばった。


 やがて、繭の下の、ある構造物の上に着地して、すぐ下を見る。着地したのは、緑色の球体状の構造物上だった。木々が密集する上、しかし現実にはみない何かコケの固まりとも想える、木々や草が固まって、網状になったもの。たとえるなら建物に吸着するようにこびりついたつたのような形状の緑の上だった。しかし、その球体の下は丘で、その下に上から見た大地があった。その下にめをむけ、見渡す限り地平線。大地は、地平線にいたるにつれその凸凹の皮膚を平面へと近づけていくが、大地はある特徴的な部分を、その中央にたたえている。山ではなく、山のような丘だ、木々はほとんどなく、その代わりに様々な岩や人工物がある。大きな丘と丘のさらにふもとを囲う壁のよう人工物が丘のふもとをおおうようにして存在し、さらに、迷路のように複雑な形をして、幅を持っている。丘のふもとに大きな城壁が結構な厚みを帯びてあらわれ、その厚みの中に、いくつもの建造物がみえた。そして上をみると、丘の頂上には先ほど見た大きな緑の球体がおおっていた。たとえるのなら、丘の上に大きな丘が乗っているような形状をしている。それは丘の頂上を中心として、完全な球になって、地面から生える植物の群れ。束になり、重なり合ってまるでひとつのコケや、菌類のように集いをなしている。例えるのなら巨大な植物群がつくる群像、いわば垣根だ。巨大な植物の垣根が、上空の繭のほうへのびて、まるで浮遊する山のような球体形をつくり、木々の合間からみえる内部には城と神殿がまざったような人工物をたたえている。そのさらに下部、丘のふもとには垣根を囲う形で、まるで迷路のように連なる建造物があった。するすると落下していくと、その建造物は迷路状の城壁にもみえる。ミゲルはつぶやく。


 「妖精の迷路だ」


 やがて、ミゲルは知ってか知らずか、慣れたしぐさで両手を上げて、足を延ばし力をぬいて、ふもとの方へと浮遊してしずかにおりていった。その一角に、どうやら着地するらしく、徐々に徐々に高度を下げて、やがて身長ほどのたかさにまでおちた。《妖精の迷路》とよばれるもの。まるでそれは中世の堅牢につくられた城壁と、城下町、それを包み込む一体の風景と街が一体化した場所のようだ。


 丘の上の垣根を見やる。その垣根のその奥には、意識を集中するとやっと透過してみえるが、手前の構築物の迷路にもにた建造物や、ふもとの建物にもみえる同じモチーフの植物の彫刻がうかぶ大きな黒い塔や城、城壁がたっていた。守られた絢爛でおごそかな世界、意識の中に構築されるそれは、都市国家を取り囲む半円を描く植物たちの群れ。垣根の下に広がり連なるのは、降りてくるときにみた巨大な丘。そして、“垣根の中枢”街の中心地ミロは、ミゲルやエウゲの人々の思考が集まる場所。そこに至るには試練と、集中力がためされる。その丘は心得が誠実かそれで振り落とされる上るものを選ぶ丘だ。垣根を取り囲む迷路の内側に、その“語らずの丘”がたっている。それは山なりの、ほとんど山と言っていいほどの大きさの丘で、語らずの丘のそこかしこに、暴れ火の石碑がたっていて、フラッグと呼ばれる青い登頂者の証がある。迷路の城壁と街をすぎ、丘を上がり記憶の残骸を、登頂者は残す、結晶になった記憶の痕跡だ。迷路の外側は、並々になった山地が広がり、ただ広く、それが地平まで続くような草原だった。さらに遠くに、特徴的な青いタワーがたっている。あの向うは、現在では禁忌の場所とされている。しかし、彫刻ははっきりと、特徴的に描かれているのが、そこからでもわかる。そのタワーの基部は、盆地にある。手前の迷路に植物のモチーフが描かれているように、その奥の黒い塔には、同じように神聖さを見せる植物たちの彫刻された様子が、昼の注ぐ日に照らされて浮かび上がる。


《ふう》


 おりてきた上空をみると、まるでもやのように、蜘蛛の巣にもにた重力の霧ウェブ・スタビライザーがかかり塔への道を遮断している。あれは意識を安定させるために、エウゲと火星人類がデウス・エクスマキナの指導のもとにつくった、人工の霧であり、黒い雲なのだ。ときたまインターネットや、カオスの海の中とつながり、混線する。もちろん、意図して情報をつかむことはできないし、もしそういうものがいたら、法にふれずとも、エウゲのトランスカルチャから追放される。エウゲは、常に種を一定の人数に安定させ、意識の中にある自分たちの自治の都市と“城郭都市”を迷路上の中にたち、その中のさらに内部の都市国家と祭壇とを持った。エウゲは今、一定の規模でもち、増やし過ぎず、減らし過ぎない共同体の中で生きている。意識の中でもそれは同じなのだ。厳密にいえばアソシエーションのような言葉に近い。しかし、それでもエウゲは、その特殊性ゆえに、奇異の目で見られる事も多く、そのために、社会へのコミットもきをつかってきている。得にあれは人類との共同開発だから、戦後、リスクを共有するエウゲの種族意識(追い詰められた時の記憶によってエウゲは一族のつながりをより強固にさせていた)のエウゲにとっては、あの霧の中に無駄に、不用意に足を踏み入れ、またその歩みをとどめる試みをする理由も必要はない。ミゲルは、ふと、迷路の上空とその奥に目をやった。


 (禁忌の場所青い塔は、この垣根をとりかこむ迷路のさらに向こう、けれど、城の構造物の中にですら、限られた人間しか入れない。人間やデウスエクスマキナの規制を犯すほどの共振率をつかわなければいけない、意識をエウゲの人々とほとんどそのもの、一体とするほどに安定させなければ、かつてつかわれた祭壇“ミロ”にはいけない奥の盆地にたつ、《古き祭壇の塔と城塞都市》《新しき祭壇の丘と城塞都市》と名付けられた中央空間、円い垣根のその先の“ミロ”と呼ばれる城の中央の構築物も、限られたもの、長老と、ウェルオキタスストラテゴス、そのさらに下の階級、サイノヒでしか入る事はゆるされない)


 垣根の内部、知る者だけが知るその世界は、日常の喧噪から離れ、時間と空間からも外れ、知られることによって興奮と恐怖と狂気をもたらす、現実のカオスネットやインターネットからも遮断された空間が広がる。ふと辺りを見回しても物音ひとつ存在しない。形も色も、匂いもあらゆる感覚は、静けさの中に取り込まれていく。それはいかなる別の思考や仕事タスクの介入も許さず、現実に、静かに響く自分の自律する呼吸や、無意識にミゲルの人体を守る自律神経などの体の動きの他には、その世界とつながるものを阻害しうるものはない。


 「今は夜か、また迷路のところにおりちゃった、仕方がないわね、私や私たちにはここまでくるのがまだせいぜいのところだわ」


 ミゲルは立膝をついた状態で周りを見ていたのだったが、ミゲルはやっと自分に意識を寄せると、それにきづいた。やがてむくりと起きたちあがり、耳と目と鼻をするどく研ぎ澄ませる。すると一層この世界の異常性と正常さを感じられる気配がする。音もない音が静寂をつくり、日は照って明るく温かいのに、夜よりも深い静けさが辺りを包み込んでいる。


 《迷路の中の草原に、そこはあり、ミニチュアに構想された社会の営みを望み描いている。城下町に出入りする人々四六時中この世界にはいないし、大多数が1時間ごとの祈りに際してここに現れる。しかし、迷路の形状のなかにはまるで、そこから出る事を考える力を奪うかのような家屋や商店がある。“無名の迷い人”たちが集まる、“無名の迷い人”はエウゲのトランスカルチャ上での、役職のないエウゲたちの事である、城壁の内側の西洋風の城下町。ミゲルは毎度ここへおりる。そこからさらに前に進むことができるが、それには相応の覚悟は必要だ。ミゲルはまず、うんとのびをして、城壁をまじまじと間近にみて、そのディティールに克明に記された文字や紋章をみて、やがて迷路からさらに奥の垣根の内側に耳をそばだてると長老たちが何かを話している事がわかった》――


 ミゲルは、目では、城下町の様子をおっている。生活のための農耕、あるいは、また別の織物や、売り子をしているもの。しかし、丁度その時それをさえぎるように、人の営みをかきわけてある人がミゲルに話しかけた。


 【ミゲル、こっちよ】


 どうやら後ろで気配がして、声が響いているらしい。ミゲルはふと懐かしい声にふりかえると、ミニマムな建物が並ぶ右の迷路の向うから、顔を古風で衣装ような、パルラという頭を覆う一枚着のフードを被った女性がみえた。パルラは古代ギリシャでつかわれた外套の一種。エウゲが“トランスカルチャ”で利用しているものだ。トランスカルチャではほかにも、キトゥンやヒマティオン・ストラ(女性型)の衣服を着用している。キトンはいつか、ミゲルが夢の中で見たものと同じ、古代の着物。なぜ同じものが、ここにあるか疑問には思わない。むしろこのころはまだ、トランスカルチャよりも、夢のほうが、現実のミゲルにとっては重要度が少なく、ただ、現実に戻れば忘れ去っている小さな出来事でしかなかったからミゲルは二つの記憶の関係に気が付く事ができないでいた。もしくはそんな事はどうでもいいとおもっていたかもしれない、懐かしい声の主に注意が向いた。


 【ミゲル、こっちよ】


 それは母親だった。それは、懐かしい言葉と響き、彼女のそばにいたのは、夜中、ミゲルより先に一階のリビングの隣、寝室で眠ったはずの母だった。


 【ミゲル】


 【おかあさ、あっ、いや、ごめん】


 言葉をはっきりいわずに、言いよどんだのには訳がある。


 【いいのよ、特段いみのある事ではないの、けれど呪文になってしまう、ここでは“言葉”は、ただ現実をうまく利用するためだけの手段なのよ】


 【エウゲ・トランスカルチャー模倣世界、ここでは本当の言葉はなるべくつかってはいけない、本当の言葉とは“現実で利用される言葉”とくに“物や人の名前”】


 表の社会では、トランスカルチャーという名前だけがよく知られているわけだが、こうして形づくられたものにも名前がある。そして知られない方もある、この世界のすべてはトランスカルチャーではなく、トランスカルチャー模倣世界と呼ばれている。そしてそのほかのものにも外では知られてはいない名前ある。物や人の名前が現実と違う形になっていることは、往々にしてある。そんな事を話していると、けれどミゲルの母は、現実と同じように、ミゲルに次すべきことを早口にめいじて、てのひらをふってみせた。彼女なりのコミュニケーションや、支持の合図なのだ。ミゲルはそれをみとめて、相槌をかえす。


 【ヨゲル“始まりの儀”を行いましょう】


 【迷い火・信仰者“カネロ”(トランスカルチャー模倣世界での母の名)、迷い火・信仰者“ヨゲル”(トランスカルチャー模倣世界のミゲルの名)がこれより、模倣世界に下り、参上いたした、これより長老の名において、“始まりの儀”を執り行う】


 あとからきたものが、先に来たものに命じる、全てがあべこべのトランスカルチャー模倣世界では、それがしきたりだった。それによって、あとから来たものが、つまりミゲルが変わった呪文、言葉とともに、先にある儀式を行う。


 【ライヒテ】


 それに合わせて、母親が、違う言葉を返した。それは一対の合言葉の呪文のようだ。


 【ライヒテ・マニ・マニ】


 二人はともに肩で呼吸をして、大きく胸をふくらませてにこりと笑ってアイコンタクトで互いに合図を送る。ふたりとも、貴族がするように両手をはばたかせるように広げて、スカートをつまむようなしぐさをして、おじぎをして、左右の足を折り曲げて交差させた。


 「フッ」


 ここでは、物質のすべては、思考の思い通りだ。まず“母親カネロ”がその手のひらで小さな火だねをつくる。ふつふつと燃え上がる火はそれと同時に燃える薪の映像が浮かんだ。それは小枝のようなちいさな薪で、はたからみれば、掌でまるで小さな、小人が薪をはじめたようだ。


 【ライヒテ・マニ・マニ】


 ついで、ミゲル“ヨゲル”が、同じしぐさをはじめて言葉を続けるその左手の中で、今度は風をまきおこした。ちいさなちいさなつむじ風で、それはホログラム映像のようだったが、たしかにい巻き起こされた風は周囲から木の葉をまきあげて、にわかに現実の風の特性をもち、起こる出来ごとをしっているはずのカネロを驚かせ、少し困惑させた。


 【ちょっと、大きすぎるわ、ミゲル、やりすぎかも】


 ミゲルは確かに反省の顔を見せたが、母親に対して注意の気持ちが先に芽生える。


 【お母さん、ヨゲルだよ】


 【あっ】


 母親は気まずそうにいった。特段、間違えても問題ではない。もし役職があるのなら、話しは別だが、ななら間違えても問題はないが、間違えたときにもし心的な状態が悪い部類に含まれるときには、少しまずいことが起こる。


 【その幻想模倣体、今度はもう少しおさえてね】


 【わかった】


 二人は笑いあった。もうしばらくすると眠るから。とはなすミゲルに、“カネロ”は、こう伝えた。


 【そうね、お父さんももうすぐ眠る、けれど“祭祀”と“祭儀”は眠らない】


 そういうと、二人の目線と意識は(※まるでVR,AR世界と似た性質を持つこの世界では、両者は同じ意味を持つ)、迷路のその向こう、中央の都市に向けられた。それは小さなレンガ敷きに舗装された地面と、コントラストで神殿を、城の作り、種々の建物がかこっている。


 「ヨゲル、せっかくだから」


 母親はそういったので、ミゲルは言う通りにした。


 (すーはー)


 二人はまた先ほどのように、いやさきほどよりは深く、腹部に力を込め大きく息をする。瞑想がはじまったのだ。二人は迷路に、その迷路の外側を、普通日光が浴びせられる側をみて深くせのびをして。腹から胸もとで静かな呼吸を吸い込んだ。静かなる呼吸がおわる。やがて、各々が自分の手のひらを使い、一対の自分の掌をななめに、目先で向き合わせ、その人差し指から小指にかけてそろえ、ななめに向き合わせ、同じようにした反対の指先とあわせ、上半分の山の形をつくり、親指を互いに合わせ、逆の三角形をつくる、すると瞑想が始まる。瞑想の時間は、毎日そのトランスカルチャーという空間にて、1時間ごとにある。それは、エウゲに特有の儀式。


 “皆の衆、儀式の準備が整った、午前1時前だ、聞こえるか”


 中央の構造物、ひいては丘の上、丘のふもとや、迷路の奥底にいたるまで、長老の声が響き、しばらくすると、暗唱が始まる。共鳴率を抑えたまま。10%にも満たない共鳴で、心をシンクロさせていく。




 ミゲルは、まず、小さなアクセサリーをといた。それは、小鳥の顏をもした輪っかがいくつも並び、先端に蝶々の羽が彫刻してある“スカラベ・ワーム”それは、エウゲの三魔術道具の一つだった。


 「えらいわね、さあ、首の形代の時計と、石板も外して」


 石板は薄く蒼いものでポケットにしまっていた。硬貨のようなもので、結晶化すると、記憶や記録の意味をもつ。形代の時計は、エウゲが自分の能力の大きさをわすれないための戒め。たとえ、呪術が自分を蝕んでも、一度はその形代の時計が、その罰を身にうける。


 彼女がそれら身に着けたものを全て取り払うと、詠唱がはじまった。まず、長老のカイデが話しを始める。


1つの前提の言葉と、四つの基本律。


・トランスカルチャは真理を持たず、故に懲罰で人を裁かず。長老及びエウゲという種族は、皆先の大戦の反省にのっとり、武力及び武力に通じる行為、政治および政治に通じる行為を禁止する。※これらは火星政府の法律にもくみこまれている。


・美の律 呪術は罪と業をもたらす。罪を持ち生れたエウゲは、罪を和らげる術を磨け。


・直接律 エウゲとエウゲは、テレパシー、トランスカルチャーを悪用せず、何かの依頼をうけるときには、間に人を挟むべからず、直接の言葉を用いるべし。


・間接律 トランスカルチャは全てにおいて呪いの術の一つととらえるべし。エウゲが語らぬエウゲの言葉と戒律は、この世界では嘘や偽りの呪いであると理解すべし。


 そしてエウゲとトランスカルチャー共同体の目指すもの“万物才華”万物に各々の輝きがあるという理想を表す。簡単な四字熟語でいえば“適材適所”の精神である。




 祈りが終わり、そして母がまだ祈りを続けているころ、しかし、ミゲルはおわったので、ミゲルは、お尻に手を伸ばした、お尻の丁度尾てい骨の部分から、伸びる糸に触れた。潜入ダイブの糸と呼ばれる、ミゲルたちエウゲの一族に与えられた、トランスカルチャーから現実に戻る道筋を示すものだ。それは途中でかすんだり光にてらされてきらめいたり、まがったりねじれたりしてはるか天空にまでのびている。ひといきつくと、ミゲルは、エウゲの独特の文様、花柄と渦状の模様があわさったエウゲ模様の現代的なコートを何もない場所からとりだした。しかしそれらの糸の一つ一つは、小さな糸状の小さな糸からなっていることが、ありありと目に入った。それらは砂をつくり、大地をつくり、ミゲル自身をも作る、エウゲの特殊能力でもある、念動力を作りだすスカラベ・ワームの一つ一つがあつまった生地でできていた。この世界は、とても小さなスカラベ・ワーム、もしくはそれが吐き出す糸によって構成されている。それが、トランスカルチャーの中の世界で、外の人々に知られていな事実のひとつでもある。


 ミゲルの胸元には、二つのアクセサリーが光る。ひとつは石板、エウゲの石板だ、石板といっても薄い青の石で、現実であればぽろぽろとはがれて崩れ落ちてしまいそうな薄い石、それらは記憶につかわれる。もうひとつは、形代の時計、エウゲの人々は、原始的な宗教の悪意である、かみへのみつぎもの、つまり人身御供として扱われた過去を持つ、それを避けるために使われたのは、形代の時計。一種の幻覚を見せる魔術のための道具だったらしい。エウゲの人々は、現実でそれをある行動で具現化し、その人をの内面しるためにそれを渡すことがある。もちろん、よくある事ではない。それは古くは、誓い、契約、取引などに用いられたものだ。その取引は、《業の取引》ともエウゲ流・パッチテストと持ちまたでは言われている。


 やがてすべてのののの瞑想がおわる。トランスカルチャーにアクセスしたすべてのモノの中で繰り返され、これまで通りの意識の共有がなされると、やがて、あらゆる意識と認識が集合し、反発しあい、または分岐して、分離していく。あまり強く意識をつなげすぎると、これが困難になる“瞑想病”にかかる可能性もある。これらのエウゲ律は、すべて“罪の記憶”“罪の意識”が共有されている証でもあり、エウゲが、自分たちの信仰によって、正しい行いをするために、長い話あいのすえ、決めたルール事だ。


 やがて傍らのミゲルに今度は


 「次こそちゃんと寝るからね」


 と母親が声をかけ、ぽつんとミゲルの肩にふれ、やがて体が力をうしなったように、その世界から“ログアウト”した。ミゲルは安心したように、その路地、城郭都市のなかでぽつんととりのこされたのだった。




 ミゲルは初めにしたように、城壁の壁面に耳を当て、さらに上の丘の上の垣根へと意識をとばす。その意識の奥に、共鳴率のギリギリでシンクロを行うと、奥地には長老のカイデがいて、長老の“ミロ”とよばれるかまくらがたの神殿施設ををとりかこみ、若い人々が、首元に種々の人口鉱石をちりばめた虹の願いの首飾りをさげている。そして仮面を、奇妙にもくちもとと顔を半分かくした口角の上がった、歯茎が見えて歯がかみあっているきみょうな仮面をつけている。その骨格は、しかし、人間というよりは動物のものがおおかった。それがいつもの《エウゲの祭儀及び集会》だった。その祭祀たちを取り囲む大勢の影がみえて、ミゲルは安心した。あれらは長老のおつきの者たちで、ウェルオキタスマスターと下のサイノヒだ。


 長老が一言話す。今日のひとことといった建前だ。


 「同朋よ、今日も胸を痛めたか、言葉が刺さる苦痛を感じていた、言葉には二種類しかない、許すかたち、認める行為を伴う形、そのほかに、罰することを伴うか、罰は時に、罰それ自体が目的となったとき罰を与えるために、罰を裁くものたちや、人を堕落させる」


 ミゲルは、じっくりきいていたつもりだが眠気のせいかところどころ、言葉がとぎれる。聞き耳をたててもこれほそ正確に中の言葉を聞く事ができるのは、エウゲの迷い人の中でもそう多くはいない。最もミゲルはそのとき、このことを理解していなかったが。


 「……そして、想像によってあらゆる呪縛は、世の中に正義と善の指標はいくつもあれど、公平さは、すくなくとも正義に近いものだろう、悪意はよく、公平でない物事の中に存在しているのだ、偽りの罪を償わせる行いは全体を腐敗させる、我々は人々に監視され、同時に人々を監視する」


 慰めの言葉、そして長老は、ある言葉をつづけた。それはエウゲにつがれし航海の記録、宇宙線探索にまつわる、ある言い伝えの話だった。


 「形代の時計、形代の歯車は、エウゲが自分の武器とするとき、人類への信頼を示すために使われた過去がある、あるいは戦時には、人をだます装置として使われた過去も忘れてはいけない、エウゲは、もし取引を行い、それが不当であるときには、形代の時計をつかった、罪を擦り付ける行い、形代の罪は、合意なく行えば、悪しき風習の姿を現すだろう、同時に、忘れてはいけない、われわれは我々の正しさを、監視され、泥船のオゾスの“一節、真実を知られることは不幸であるならば、真実を知られないことは幸福”我々の能力は、苦痛を他者に本当には知られることはないからこそ、意味がある、しかし、人々の正しき道理と風習を備えなくては、我々の信用はうまれず、それは維持できない」 


 5、6人の長たる長老に付き従うのウェルオキタスマスター、総勢(30人)、もともと大戦以前の3英雄をたたえて彼等の血筋にあたえられた役職だった。彼等は長老の次代の選出までその候補者(三分の二の同意が必要)として、記憶の管理、迷い人たちの調停に慢心する。そのさらに下のマネジメント担当のサイノヒたちが、神殿の中心で、その日の長老の話をきき、周囲では、いくつもの書物をもったその他のおつきのものたちが神殿の周囲でせわしなく動きまわりながら世話しなく日々の仕事をこなしていた。サイノヒたちは、長老が思考の世界で絶大な力と象徴的作用を持つのに対し、現実での事務、とくに会計事務をこなしていた。現実では、エウゲはれっきとした宗教法人だった。ミロでの会話はその後もつづけられていたが、ミゲルは遠くでみているのみだった。言葉は、仮面をした彼等から彼等につたわり、やがて一介のエウゲにすぎないミゲルのもとへと届けられた。


 「仮面を失いし、仮面、ディオニューソスの宴、《きたる12月1日は、半仮面の宴、それもたりない黄金祭とその宴には》」


 《それは、代々紡がれる祭儀、およそ戦後の我々に引き継がれてるとはいえない、けれど半分は引き継がれたのだろう、故に我々は、忠誠を誓う、でなければ我々は、集う意義を持たない、われわれは常に“エウゲ律に従う”》


 【“エウゲを律する”ために“同朋たる人類とその監視に耐えうる仕事をなせ”それだけが我々を我々たらしめる、長老その他の支配機構は、エウゲ律を扱い、あらゆる偏りを見定め、そして見定める仮定を我々に表すだろう】


 長老とおつきの者たちの嘆きのような呟きが聞えていよいよミゲルは眠くなってきた。ぼーっと、その様子をみていると、柄にもなく現実の事を思い出した。


「だめだ、そろそろ眠らなきゃ」


 思わず回りを見る、迷路の中、自分ひとり。


 「おかあさ」


 母親はすでに、眠りにはいったようで、“ログアウト”していた。


 「そっか、今日は“本当に”ねたんだな」


 ひどく眠りに就けないときには、ストレスで母は、ここに、眠れるまで入りびたる事がある。だからすんなり寝た日は寂しい、そのせいか、同じエウゲにも“軽く共有”されてしまう深度で、ミゲルは物思いにふけり、迷路に横たわり、そらをみていた。


 「うーん、やることなくなっちゃったな」


 黒い霧のほかには、自由な雲が散歩しているのみだった。ミゲルは、現実では、饒舌でも、今のようにミロを覗くような、勇気や肝が据わった考えも起こらないのはなぜかと、学校の事を思い悩んでいる事を、ふとさとった。足を自由にぶらつかせ、後頭部に左右の掌をかさね枕をつくる。近頃教師は、自分にいやにくってかかる。共鳴率が弱いせいか、現実ではその嫌味な態度のその意味を深く掘り下げる事ができない。というのもエウゲは、テレパシーとともに、“さとり”の能力を持つので、知ろうとしなくても、ミゲルには教師の気持ちはよくわかる、その幼少の時期にトラウマらしきものがあることさえも。そんな思いさえ拭い去り、トランスカルチャから意識を飛ばして、あの高いそらに跳ね上がり、“黒い雲ウェブスタビライザー”と、“白い雲(繭層ククリリングス)”を軽々とこえ、ふざけるようにヒーローのようにこぶしをのばして、空をかけあがっていった。


 (ウワッ)


 深夜だからきをつかったが、もどってくると、ミゲルはまるで自分が目を覚ましたとき、悪い夢をみるときに反射で体をおはねあがらせるときのような感覚をおぼえた、そして現実の重々しい身体の軋みと、苦痛にもがく脳内のひしめきに、自分の意識をもどした。しばらくすると、体を起こし、のびをしたのだった。


 「うーん、もどってきたー」


 ふとおきて、自分の机にすわり、もう一度カオスネットにつなげた。サキさんからレイン(sns)で通知がきていたので返事をした。教師ノームエゲルについてのやり取りが、現実に残されていたようだった。急いで返事をする。


サキ >「ミゲルちゃん、文字でなら、先生の悪口もいえるのに」


ミゲル >「すみません、でも、私本当に、先生のことなんともおもってないから。」


 そして、大きく伸びをしてもう一度ミゲルは、ベッドの上へごろんとねころんだ。それが朝で、二度寝が出来たなら、どんなにストレスが吹き飛ぶだろうか、そんな事を考えていた。


 ——たしか、フレンドのティターニアさんと、ニヤさんが喧嘩してた、思いを呼んでも、唯単に話しのすれ違いだったのに——》


 オンラインゲームでの些細な喧嘩やいいあらそいはいつものことだ。その理由や理屈なんてさまざまで、現実より違和感のある現実がたまにかおをだす。だからミゲルはいつものことだ。と思う、ティターニアさんはまじめで、ニヤさんは口が上手。二人とも自分にはないものをもっている、それだけがミゲルには重要だった。


 ミゲルはその後、うつら、うつらと夢の中に沈んでいき、それと同時に別世界が眼前に姿をあらわすような“予感”におおわれた。それはまるで、時折無意識に訪れる同族との共振――“トランスカルチャ”のように。

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