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ミゲル一話

 巷でのうわさ、そのころのニュース。恐ろしい事件だった。また一人、また一人と簡単に失踪事件が相次いでいるのに、もうその街は、日々の喧噪の中に忘れていくようだった、いずれ自分がその役目をおうとしても、それが一番正しいことわりなのだといわんばかりの態度だった。シネンの街は港町、霧が濃く出る街で、朝方にはほとんど霧でつつまれて何がなんだかわからない時もある。けれどそれがこの街の日頃の風景で、それが非日常だという事なんて、ほとんどの人はしらなかった。もともと海は人工だったが、やがてそれはほとんど星と一致した。ここが火星だった事も、ここを母星と呼ぶ人々、この街の人々は不思議に思う事ではないのだ。

 ミゲル・葉枯(はがれ)・ヨアカ、10月の肌寒い朝の事、早起きをして学校についた午前7時30分に部活動を終えてせきについた8時00分に、教室の自分のクラスの席につく。髪型はショート・ボブ。最近そばかすが瞳のすぐ下にふえて、まるで絵画の泪のようにみえる。ミゲルはそれにそっとてをふれる。その他大勢の静かなクラスメイトたちはそれぞれ何か朝の事を思い出していた。その中でも、ミゲルの座席には二人、ミゲルの友人たちはまだおしゃべりを続けて、彼女らの言葉をぼんやりきくがそれは脳裏をかすめていくように、喋りつづけ、彼女の頭にはそれが収束がつかない一方的な音のようにきかれ、日々の喧噪と似通った寂しい感じを抱かせていた。

 【霧の街の夢をみた、昨夜の事だ、私、夢をみた、知らない男の影、カゲフミ遊びの影、二次元のような男、でも本当二次元なのは別の人々、街の、光の輪郭を持つ人々から、何かを催促していて、その中で男に、私は何かを言われた】

 (あの影は何だろう、あの夢は何の暗示だろう?ひょっとすると、私たちの知らない所で、何かが悪さをしていたりして)少女はくだらない妄想をしていた。友人たちが別の話をしているのも、耳では聞いていた。

 「ミゲル?今日の朝食何たべた?」

 「コンビニでパンかったっていってたじゃない、今日はお母さん忙しそうだったって」

 一人は背のひくい活発そうな声のおおきくあかるいえくぼを持つ青い目の少女、一人は生真面目そうな眼鏡をかけった長身の、女性というべき凛とした姿勢の女の子だった、彼女が一人を制して、合わせて二人とその影ともたれる手がミゲルの席の前半分を占拠している。

 ミゲルはまだ考え事。(自分が見ていない世界、影の裏側にもう一つ世界があったとしたら……または、わたしたち、人間の知らないところで何かが、この火星に文化をつくっていたりして……)


 少女の想像も無理はない。火星がまだ居住スペースが完全に成り立つ以前、人間は火星に入植する以前、火星にはその下準備として火星にとっての神が作られた。人口の衛星であり太陽の役割を持つ、そして神の智慧ももつ強大な球体だ、それが火星の周囲の宙を舞う。それは“火星電脳空間”“サイバースペース”を形成する下準備でもあった。サイバースペース005は、今若者の間で一番流行する形のサイバースペース、自分の五感を直接コンピューターとつなげるわけではなく、ガジェットを体や部位にあてこみ、自分のデータをネットワーク上に落とし込んでアクセスするための電脳空間だ。デウスの構築するネットワークと、さらに濃密な情報を構築するための下準備は、デウスの創造とともに進められ、そのインフラストラクチャーが形作られた。デウスのすぐ手前まで伸びる軌道エレベーターはその名残だ。火星の人々にとってはそれは神だった。太陽のようにありあまるエネルギーを惑星にもたらし、そして、宗教や哲学、科学のように知恵を火星人類に授けた。“電脳人工衛星・デウス・エクスマキナ”、それは火星の神、知能も光も持っている、そのことは、誰でも知っている。衛星のように火星の周囲を周回し、太陽からでは足りない光をもたらし、火星への人類の入植と開拓を用意たらしめた。月を模倣するクレーターには、太陽の光を吸収し、指向性をかえて火星にもたらす知恵があり、そして“彼女”は、火星人類のフェアなトレード、経済を監視していた。


 彼女はその“子孫”であるレムレース・エクスマキナたちを自分の言葉と価値観と判断を託して、その統治方法を人類に教え伝えた。レムレース・エクスマキナは人型の機械。火星では彼等を神や精霊とあがめる原始的宗教が芽生えた。なんでも彼等の空想、彼等の見る世界というのは、人間とは別の観点をもっていて、それはむしろ、“人類に古くから根付いた原始的な宗教に近い”と言われている。地球人類が初めに火星に与えた権限は、機械による火星の統治と統括。そしてフェアな取引と経済を醸成するという、これまでにない実験だった。そのため火星では、物々交換も主流な取引として伝わった。その仲裁をするのもレムレース・エクスマキナの役割であった。そのため、火星の権力とその統治方法は、地球を模倣しながらも、一部では異質な機械の介入を免れていなかった。


 教室ではそんな少女の想像をおいて、友人たちが話しをしていた。

 「ねえ」

 「ねえってばミゲル!!」

 その時だ、教室がざわついた。

 「なんで先生の前に入ってくるの?」

 「そうよ」

 何事がおきたのか、レムレース・エクスマキナが教師よりも先に、教室にはいってきた。そこで生徒たちが驚いたのだ。その後、クラスの担任のイゴ・クロウがくるまでこの部屋の喧噪は、いつもよりうるさいことになって、誰も落ち着いて坐っていたりしなかった、只一人、ミゲル・葉枯・ヨアカを除いては。彼女はだんまりを決め込んで、今朝の記憶を振り返っていた。


 ミゲルは、通学の記憶を飛ばして、今朝家族とすごす何気ない団欒の風景、日常の風景に思いをよせた。今朝、今朝父親(ドナン)(ニナ)が何か喧嘩をしていた気がする、内容はこうだ。


 父は愚痴をいっていた。それに火に油を注ぐことをしたのが、姉だった。 

 食卓を囲む家族、姉は父にこういった。

 「まだ絵を描くつもりでいるの?」

 話題をそらして場を和ませようとしたのが、母だ。

【また失踪か、きをつけてね、近頃街は危ないわ、ミゲル】

 しかし姉もくいさがった。

「お父さん、もう、新しい絵なんてかかなくていいのよ」

 父はテレビのコメンテーターや、サイバー空間のSNSを覗いて文句をいっている、みなければいいのだ、初めから。

【近頃、無責任に何かを批判するやつばかりだ、その当事者は匿名だから責任を負わないと思っている、デウスの事もそうだ、戦争はデウスのせいで起きたという奴がいるが、あれは地球とのごたごたがあったのは歴史をみれば明らかだ、そういう奴らは戦争を、デウスのせいにして責任回避する無神論者。なにが悪いって、自分はわるくないっていい訳のために人やシステムや人工知能を叩いている。そのほかには、いじめられる奴が悪い、報道が悪い、弱者が悪い、行動するやつがわるい、機械のようになれという自分が叩かれないために同じ対象を叩き、同じ対象を叩く人間とつながる。ネット上のリンチだ】

 母が止めても愚痴はとまらなかった。

 「叩きやすい対象だけ叩く、そうして自分が有名になったと勘違いするんだろう」

 誰がとめても、こうなると無理だ。ミゲルはたまらずこういった。

 「そうね」

 【ミームスピーカーと言われる人間、情報を拡散させる役割をサイバースペースで担う人間が、意味のないミームを拡散するのはいいが、特に匿名が現実の何かを攻撃するリンチをとめもせず加担するのをみて、問題を解決することより、感情を爆発させるのをみて世も末と思ってしまうよ。莫大な価値創造や富と成功の対価に、人を見下す権利がほしかったんだろうよ、クソ野郎にクソ野郎といって、お前の妄言に価値はねえといって捨てていればよかったものを、匿名に加担したものだから、自分も誰かをいじめなくてはいけなくなる】

 【お父さん、それでも苦労はあったはずだわ】

 【本当に苦しみを味わったなら、人に同じ苦しみを与えて自分はまるで神になったように人を見下すものかね、俺はそれなりに有名な画家だったじゃないか】

 しばらくして父は、おとなしくこんな話を始めた。

 【デウスエクスマキナ、あれ以上に人間の娯楽をよく理解している“装置”はない、こうして人間が人間を犠牲にして暇をつぶすのを見ているだろう、本当に高みの見物をしているもは、人間外の生き物か、機械だ、人工天体にして、月をもした太陽さ。そして、レムレース・エクスマキナ。制限付きのほとんど頭はからっぽだが、公平さはプログラムされ保たれる、人工知能を模倣するリモート型アンドロイド、その親玉でもあるエクスマキナは、この火星の誰よりも火星を支配している。だれもが彼等に【フェアトレード】を保障されているから、事実上地球の植民地である木星は機能していけるんだ、人間は彼等の力をたよりに、感覚をより原初の状態に戻すべきだ】

 母は言葉をついだ、だれもがあがめる宗教は、デウスエクスマキナを信仰している、このまだ新しい未熟な神は、暗い宇宙空間の中で火星人のたよりだった。

【だだ広い宇宙の中で私たち火星入植者は、機械の形の太陽を受け継いだ、あるはずのない光を授かった。火星にない筈の光、補完する光源としての人工太陽と知性、あれは、デウスエクスマキナは私たちの光。私たちが家族が授かった光とは別の意味で】

 ミゲルはどっちが夕食をつくるかで姉と喧嘩をする事がある。この母の喧嘩にあわせてこっそりと、テーブルの真横にすわる姉妹は、テレビの音を聞きながら喧嘩をしていたのだ。

 そして喧嘩を終えると、今度はその両親の二人は、少女たちをみた。喧嘩をしている二人の姉妹をまるで自分たちの代理戦争をしているものたちのようなまなざしでみつめた。喧嘩をしていたのもすっかりおさまったようだ、この街で、父は、昔売れた画家だったが、期待と多忙の中で精神の状態を崩し、絵を描く事をあまり好まなくなった。そのころに描いた絵は今でも高値がつくため、生活に困窮する心配はなかった。ただこうして愚痴を吐く事が多いのが家族の悩みの種。ほかにミゲルの悩みといえば、優秀過ぎる姉をもっていることだろう。エーネ・葉枯(はがれ)・ヨイカは、街で一番音楽がうまい、中学生にして、将来大手レコード会社で楽曲を出す事、それからタレント、ミュージシャンとしてのデビューは決まっている。

 そんな事を考えているうちに、女子中学二年生、ミゲルの朝の時間は終わった。


――ミゲルの朝は、そうして始まる。だがいつからだろう、ミゲルが別の世界に半ば脊椎反射的に自動的に反応するようになったのは。それはミゲルが始めたのか、夢の世界から始まったのか、正しくは誰にも理解ができない。彼女の脳の神経回路をたどる信号は宇宙よりも広がりを見せて、他の人々との接触をうけいれたのだ――


 《霧の中、街が浮かんだ。それは誰とも知らない誰かの意識の中、それを背後から見るだれかの記憶、それはミゲルの記憶らしきもの》

 ・一人の老紳士が、右手に本をつかんで歩いている、古代のギリシャのキトンを着込んだ服装で、その肩には鎖帷子や古今東西の甲冑をつけ、そして顔はガスマスクをつけている、その怪しい容貌のあちこちにチューブがつながれていてガスが音をたて、電子音がピカピカとなる。計器類が音を刻んで、額には時計があてがわれている。キトンの後ろからあらわれたのは、やせほそって自信なさげに目を伏せる男、衣服はボロボロで、夜空のように漆黒のぼろきれだ。しかしなぜだろう、その男は、連れている男によくにている。そのおとこは自分の鎖を自分でいじり、ときに自分の首をひきしめたり、鎖を自分からとおざけようとしている、しかし言葉は忘れたようだった、奴隷商人、そういうのが一番ふさわしいだろうか、その男は霧の中の花壇をかきわけ、花畑をかきわけて、古い神殿をもした建造物の中へとはいる。

 「死んだ目の隷従者をつれてきました」

 「ゴクッロウね」

 本を読んでいた、奴隷商人と同じような格好をした何人かが円いテーブルを囲む。すると、奴隷商人と、テーブルに座る6、7人の男女の傍らで、セールスマン風の、それでいて宇宙服を着こんだ男が突然、自分の見ている書類を天に掲げて声をあげた。

 「地球からの侵入件数は先月で1226件!!!」

 それを紅茶をかきまぜている、その中でも一番偉く貫禄のある白いひげと髪をたくわえ、まるで神のごときなめらかさと繊細さをもつ老紳士が、もっとも体に密着した計器と鎖帷子の少ない男が顎に手をやっていった。

 「賢人会もなめられたものだ、古びたインフラストラクチャーでも、別の文明の成果には興味があるか」

 映像は、ぶれながらそれをゆったりとあたりを見渡す。大草原のなかにぽつんとあるそれらの構造物と、花畑と花壇に神殿、それから自分の手のひらをみる、未だはっきりしない映像だ。VR上のサイバースペースよりもそれはぼんやりしている。その映像、それはいつかのミゲル・葉枯・ヨイカの夢の中で見た映像、彼女の中にあるはずの記憶。けれど彼女の深淵に眠り、音に変わり、呼吸とともに音を沈めた映像だ。幾何学模様が宙に舞うので何かと思えば、神殿が幾何学模様に浸食されていて、その宇宙服をきたサラリーマン風の男が、それを見て舌打ちをしていた。

 ぼーっとヨイカは黙りこくって、階段の下からそれをみていた。傍ら、左を見ると金色の果物をみならせた金色の木がたっていて、その枝を悠々と空へむけて手を伸ばしてひろげていた。その背後で足音がした、ヨイカは振り返る。そこには、いつかこの街でみたあの男の影があった。影だけの男の影が。

 「またテーブルを囲んでいるのか、古き老人たちめ」

 その口が、醜いものを見るように歪んだ。

ミゲルにはどこか、その神殿に覚えがあった気がした。このコロニーより北にある北コロニーの中央コロニー群の中、首都機能を持つガリアというコロニー。その南部にある、火星臨時政府庁のある惑星の首都フィロ。霧のシネンの近隣である首都を小さいころに訪れたときのの記憶だった。首都は近代的なオフィスビルや商店が立ち並び、中央コロニーは手を伸ばせば届く距離だが、利便性がまるで違う。あそこは最先端の科学研究と、たくさんのベンチャー企業が乱立し、事業を始める、活気にみちた都市だった。

《そこで彼女の意識は現実にまた戻った。記憶も取り戻せないままに霧の中に。》


《賢人たちの後ろ、神殿の背後の四肢を伸ばす巨大な神にもにた巨人がいるのを彼女は思い出せない、まるで天にゆるしをこうようにのびた四肢は草木にもにていた、先にいくほどに枝わかれし、コケが肌を覆う。マグマが燃え盛る産毛と口内、上り続ける白い影。目は金色に輝き、上空の太陽をみている。髪に見えたそれは動植物の触手やツノやツメ。機械のアームが補修をしている。瞳から、巨人は涙を流していた、キラキラと光る宝石の原石だった。天は蒼く空には雲が影をつくったが、その頂点には漆黒と薄く輝く光がみえた、それは宇宙らしかった。その先に黄色い天体がみえた。あれは一体何といっただろう?。神殿の周囲には人だかりがあった、賢人のいうことをきき、顎で使われている人々の群れだ、しかし彼等は手に職を持つ者たちにも見える、頭を抱えて苦悩するものもいれば、自分のつくりあげた石造をハンマーで壊し続けるものもいた、石は影がかかると思ったら、つぎは発光する、影は同じところにかかった、その石造は巨人を模しているようだった》

 その映像は、そのとき彼女がじっとみた瞳から、すっと抜けていった。目がさめるときには夢は消えたのだ。


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