準備は完ぺきに(前編)
カノンがシャルロの森のミニSLの路線網拡張を宣言してからしばらく。
提案者である彼女の姿は秘書役であるシノンとともにシャルロッテ家にあった。
「……まさか、あなたが領主代理代理なんてね。どういう風の吹き回し? そう。どうしてそうなったの?」
「いろいろあったのですよ。まぁ不本意でやっているわけでもないですし、むしろサフラン・シャルロッテ領主代理を追い出すぐらいの勢いでやらせてもらおうかと思っています」
「……あなたが言い出すと、実行しそうだから怖いのよね……一応、その領主代理は議長代理でもあるんだからその辺は考えてよね……うん。考えて」
まさかのシャルロ領乗っ取り宣言にカノンは困惑しながらも、やんわりとサフランにその座を戻すようにと伝える。
そもそも、サフランがなぜ議長代理の椅子を開けているかという点から謎なのだが、そのあたりに関しては目の前の誰かさんがお得意の魔法で何とかしたのだろう。
目の前に座る少女。ターシャ・アリゼラッテという人物はそういう人間だ。
彼女は深緑色の髪の毛をかきあげて、青色の瞳とは対照的な赤色の瞳が姿を現す。
「それで? 何の用事でしょうか? 妖精の長老殿」
「あぁそうだ。用事を忘れるところだった。うん。用事。私がここに来た理由は、妖精の森の話。そう。大切なこと」
「シャルロの森についてですか。まぁいいでしょう」
その言葉のあとにターシャはゆっくりと立ち上がる。
「それで? シャルロの森で何をしようとしているのですか? わざわざ私のところに許可を取りに来るということはあなた方だけで実現できないことをしようとしていると解釈させていただきますけれど」
「まぁそうなるね。そう。そうなっちゃうね」
そういいながら、カノンはターシャの方へと歩み寄る。
カノンはターシャのすぐそばまで行くと、少しだけ飛び上がり彼女の耳に顔を近づける。
「……あのね。そう。用件はね。私たちの森にミニSLをもっといっぱい作りたいの。そう。作っちゃうの。だから、材料が欲しいなって。そう。ほしくなっちゃった」
「……それはいつもの思い付きですか?」
「うん。そうだよ」
カノンの行き当たりばったりな計画にターシャは小さくため息をつく。
「材料をといわれましても……現状ではその用意すら厳しい状況だといわざるをいませんね」
「なんで? どうして?」
「そもそも、あなたがどの程度の路線を作るつもりでいるのかわかりませんが、そもそもあなたたちに秘密裏に材料を提供するにも限度があるという点が一つ。二つ目としては私がヤマムラマコトの鉄道計画の凍結を決定したがために材料の生産すらできない状況だということが挙げられます」
ターシャの返答に対して、カノンは眉を潜ませて厳しい顔をしてさらに質問をぶつける。
「……なんでそんな余計なことをしたの? そう。しちゃったの?」
「そうですね。理由を上げるとするなら、一つ目として鉄道の実現はシャルロ領である必要がないということ。もう一つとしてはシャルロ領の財政状況にあります。私が勝手に引き継いでみたところ、シャルロ領の財政状況はあの領主代理のせいで相当ひどいことになっています。それの改善があるまでは少なくともこのような大掛かりな計画はするべきではありません。最後に三つ目。それは……」
「それは?」
「……この世界に本来なら存在しない技術をこの世界に持ち込ませない。これが一番大きいといえるでしょう」
真剣な表情を浮かべているターシャに対して、カノンは不満そうな表情で返事をする。
「なんでそれがダメなの? 確かに鉄道は今この世界には存在していないけれど、それが出来上がっちゃだめだって言ったら、新しい技術が生まれなくなっちゃうよ。そう。成長しない」
「私が言っているのはそういう問題ではなくてですね……はぁまぁいいです。とにかく、協力はできません」
ターシャは説得をしたところで無駄だと判断したのか、とにかく協力はできないとだけ言ってカノンに背を向ける。
「なんでさ」
「さっき説明したと思いますけれど? まぁ納得も理解もできていないようですが」
「バカで悪かったわね。うん。悪かった」
「そうはいっていませんよ。私の理論が我を通そうとするわがまま要請に難しすぎただけです」
「ぐぬぬ……」
涼しい表情のターシャに対して、カノンは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。カノンとしては、サフランであれば通ったであろうお願いがターシャによって阻止をされてしまったことが悔しいのだ。普通であれば、代理代理であるターシャが代理であるサフランにその座を戻すのを待つなり、自らが持つ権力を発するなりをすればいいのだろうが、残念ながらミニSLを妖精の手によって延伸させるということばかりに注力しているカノンはそこに発想を至らせることができていない。もっとも、権力の行使に関しては表向きには効果はあっても、どこかで変な意趣返しを食らうんもは目に見えているのだが……目の前にいるターシャ・アリゼラッテという人物はそういう人物だ。
「なんでよりによってこんなところにいるの。そういちゃうの? アリゼ領は大丈夫なの?」
「そこは大丈夫ですよ。ちゃんとアリゼ領主が命を捨てるぐらいの勢いで留守を守っていますので」
「そう。まぁあなたのことだからそこは抜かりないと思っているけれど……」
洗脳の魔法。ターシャ・アリゼラッテが持つ厄介な能力だ。もっとも、洗脳の魔法が効くのは人間や獣人、エルフといった一部の所属のみであり、カノンたち妖精には効くことはないからカノンは何ら心配する必要はないのだが……
「まぁいいわ。今日は帰ってあげる。そう帰っちゃう。でも、次は絶対にうんって言わせて見せるから。そういわせちゃうから」
「そうですから。それではその時を楽しみにしているとしましょう」
カノンの宣言に対して、ターシャは不敵な笑みを浮かべて答える。
そんな二人の間に立たされている形となってしまったシノンは内心ため息をついていた。
このある意味で無駄な争いはいつまで続くのだろうか? カノンはカノンで妥協点を探せば話はもっとスムーズにいく可能性だってあるし、ターシャにしても鉄道に関しては意地を張りすぎである。なぜ、彼女がそこまで意地を張っているのかという点については彼女にしかその理由はわからないだろうが、お互いに少しばかり妥協するだけで話はずいぶんと前進するのではないだろうか?
そう考えながらも、これ以上状況が厄介になってしまっては困るので口にはしない。口にしたところでこの意地っ張り二人が素直に聞くとは思えないからだ。
「……帰りますか?」
ターシャが涼しい顔でターシャが退室した後、シノンはいまだに悔しそうな顔を浮かべているカノンに声をかける。
「えぇ帰りましょう。そう帰っちゃう。そして、対策を考えるの。そう。考えちゃうの」
そういって、カノンは執務室の窓から飛び立つ。もちろん、周囲から見えないように魔法を使うことも忘れない。
シノンはカノンのあとを追うような形で執務室から飛び立った。