始まりは唐突に
シャルロ領のほぼ中央に広がるシャルロの森。
その森の中心部に位置するセントラル・エリアと呼ばれる場所では大妖精たちが会合を開いていた。
「西の森の果実が美味しくてね……」
しかし、その内容はといえば、町中の奥様方の井戸端会議の横で話をする子供たちのそれに近い。
「はいはーい。お待たせしたね。そう。待たせちゃったね」
しかし、その雰囲気もカノンとシノンが遅れて登場したことによって、一変しその場の大妖精たちに微かな緊張が走る。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。緊張しないで」
「そなたが来たから皆緊張しているでありんす。少しは察したらどうじゃ?」
周囲を代表するような形で意見を述べるのは、ライトグリーンの髪が目を引く、大妖精のナノンだ。
「だからー私たちが来たからっていちいち緊張する必要はないって。そう。全然ない。そうだよね? シノン」
「はい。我々は同じ大妖精の同志、緊張の必要などありません」
「何が同士でありんすか。そなたら、自分たちが普段何をしているか……」
「……ナノン。それぐらいに」
これでもかというばかりに文句を言おうとするナノンを別の大妖精が制止する。
そもそも、この会合に二人が顔を出すこと自体が非常に珍しいのだ。そんな状況下において、彼女がわざわざこの会合まで足を運んだという点については、何かしらの動きがあるとみて間違いない。
「さてとぉ私たちが来た理由発表だよ! そう。発表!」
そんな大妖精たちのある意味での期待を裏切らない形でカノンが発表があると言い出す。
「発表でありんすか?」
「そう発表。発表だよ! まず一つ目! 大妖精ノノンの永久追放!」
これはある意味で予想通りだ。彼女はまた、森の外に出た。そこにどんな事情があろうとも許されるべきことではないだろう。
「もう一つは私たち妖精の手による交通事情の整備!」
二つ目の発表がなされたとき、その場にいた大妖精たちの動きが止まる。
「交通事情の整理でありんすか?」
「そう。交通事情の整理。あんなに便利がミニSLがちょっとしかないなんてもったいないから、私たちの手でそこら中には知らせたいなって思ったの。そう。思っちゃったの」
ノノンの追放まではまぁごくごく普通の議題だ。しかし、そこに交通事情の整理……というか、ミニSLを森の中に張り巡らせるとなるといろいろと事情が変わってくる。
これまではあくまで大きなサイズの鉄道を通すための実験だという名目で建設していたので、建設場所の決定もその費用の拠出も誠斗たちが行っていた。しかし、そこを妖精たちの権限で自由にとなってしまうと、話が変わってくる。
建設費は出してもらえないだろうし、材料の用意から調達まで考えなくてはならない。さらに言えば、距離が長くなると新しい車両やその整備、管理が必要になってくるだろう。
それだけのことを考慮したうえでこの大妖精は言っているのだろうか? 仮にそうだとしたら、どういう腹積もりなのだろうか?
「……カノン。説明が足りない」
そんな疑問を抱く大妖精たちを代表するように彼女の横に控えたシノンが説明を促す。
「わかってるよ。そう。わかってる」
そう言ってから、カノンは小さく深呼吸をする。そして、カノンの演説が始まった。
「まず、ミニSLの線路の建設について。これに関してはシャルロッテ家より調達。購入費はエルフ商会に森で作ったものを売って稼ぐの。そう。稼いじゃう。次に車両も同じ方法で調達するの。そう。用意する。最後に整備方法だけど、これに関してはマコトやサフランに教えてもらって、いずれは自分たち出来るようにするの。そう。しちゃうの。これを十年ぐらいの計画でやるの。そう。やっちゃうの」
今回はしっかりと計画があるあたり、本気でやるつもりらしい。大妖精たちはカノンの本気度をひしひしと感じる
たいてい、彼女がこの場にきて提案するときは二つのパターンがある、一つは今回のように本気で計画を実現したくて、壮大な計画をきっちりと立ててくるパターンともう一つは単なる思い付きで、あったらいいなという程度でほかの妖精たちに無茶ぶりをするパターンだ。
今回の件はまさしく前者であり、その事実に大妖精たちは少なからず彼女が本気であると感じたのだ。
「でも、仮にやるとしてエルフ商会に売りつける商品はどうするなりか?」
こうなって来ると、次に発生する疑問はまさしくそれだ。
この森に資源がないというつもりはないが、妖精に太刀にはそれを加工するような技術を持ち合わせていない。だからといって、森の果実をそのまま用意したところで彼らが気安く買い取ってくれるようには思えない。それにだ。
「さっき、森の外に出たノノンの追放を決めたばかりなり。その一方で自分たちは森の外に進出するなりか? それにミニSLの建設にはノノンがかかわってくる可能性が高いなり」
先ほど森を追放されたノノンは鉄道にかかわっている。彼女の事情からして、鉄道の第一人者であるヤマムラマコトを呼べば彼女はついてくるだろうし、そもそも、彼女は妖精たちの中で一番鉄道について深くかかわっているのだから、ミニSLの実現と彼女は密接にかかわってくる可能性がある。
それにミニSLの建設はすなわち森の外との交流を意味する。つい先ほど、ノノンの追放の理由に森の外に出たからという内容を述べていたはずなのだが、そのあたりに関してはどうなのだろう。
「そのあたりについてもちゃんと答えるよ。そう。答えちゃう。まず、商品については妖精の森でしか取れないようなものを用意して買い取ってもらう。そして、時間がたって技術を獲得出来たらそれを加工して売る。次にもろの外への進出に関しては許可制を取ろうと思ってるの。そう。取っちゃうの。これによって、森の外に出る要請を管理するの。そう。管理しちゃう。ほかに意見は?」
「なるほど……そうなると、そのあたりの制度の整備から必要になるなりな」
「うん。そういうわけだから、そのあたりの制度の整備は任せたよ。そう。任せちゃう」
そこからの丸投げである。
ナノンをはじめとした大妖精たちはそれに対して抗議をしようとするも、どうせしたところで無駄だからと必死に抑える。
「そういうわけだから、制度の整備よろしくね。うん。お願い。私は、シャルロッテ家の方に交渉しに行ってくるね。そう。行ってきちゃう」
ミニSLの建設のために必要は規則の整理を周囲に丸投げしたカノンはそのままシノンを伴って飛び立ってしまう。
「待つなり! ちゃんと説明をするなり!」
そんな後ろ姿にナノンは抗議し、追いかけようとするが周りにいたほかの大妖精たちが必死に足止めをする。
ナノンとしても、一度やると決めた彼女に対して、抗議をしたところで無駄だということは十二分に理解しているのだが、この件に関しては何も言わずに見過ごすというわけにはいかない。
シャルロの森の歴史の中で妖精たちが外とかかわったのは非常に限定的な場面に限られている……ということになっている以上、一気に制度を変えてこれまでの関係をオープンなものにすることにつながりかねない。
こればかりは見逃すわけにはいかない。とにかく、追いかけなければ。そう考えての行動なのだが、ほかの大妖精たちを振り切るには至らない。
「カノン様ならきっとうまくやりますから! とにかく、私たちは私たちでできることをやりましょう!」
結局のところ、周りの大妖精たちが主張するのはカノンはカノンなりに自分で何とかするから、自分たちは自分たちのカノンからの仕事を何とか解決させなければならないというものだ。
「あぁもう! わかったなり! 何とかするなり!」
最後はナノンが折れる形となって会合は続行となった。