Case7.転
短時間で長文の練習の産物
【Open The Eyes----】
――ドゴッ!! ガラガラ……
「よぉ、騒いでんのはお前か」
ぶっきらぼうな口調の男は目の前の大柄な男に問いかける。
突然話しかけられ、大男は動揺を見せる。
「お、おまえは誰だ?」
「俺? ただのヒーローだ」
「ひーろー! お、おではハードストーンって名乗ってんだ。ホラ、この腕! おで、強いんだぞ。
おでもヒーローってやつになれるかな!」
ハードストーンと名乗る大男は、自らの両腕を見せびらかした。その腕は強固な岩の塊のようで、廃墟と化した建造物をいとも簡単に破壊してみせた。しかし、巨大な体躯に見合わぬ拙い喋りから、幼いのかただ単に知能レベルが低いように感じる。
「……ハァ――。めんどくせぇな、さっさと済ませるか」
怠慢さを感じる口調と死んだ魚のような目で大男に視線を送る。
この男の名は、佐々木沢三郎二郎。職業、ヒーロー。
「お前、ハード……なんだっけ? まぁどうでもいいけどよ、廃墟だろうと人の持ち物なんだから建造物の破壊は違法なんだぞ?」
「そ、そうなのか? お、おで。そういうの知らなくて、おで、謝る! ごめんなさい」
そのヴィランと思しき大男はまるで聞き分けの良い小学生のように言われたことを素直に受け入れた。人は見かけによらず、それはアルファも人間も同じであるようだ。
それからは誤解も解けたようで、佐々木沢三郎二郎は優しく微笑み返す。和解できた二人はそれから仲良く談笑しつつ、お互いの自己紹介を ――ボキッ、ブチブチィッ!!
突如として鳴り響く耳障りな音。その音は目の前の大男から発せられた。
大男は片腕を大きく振りかざし、否、振りかざしたように見えた片腕はそのまま身体から分離した。
――ドスン
大男の腕はその見た目通りの重量感で、地面に土煙を巻き起こす。
「アア? アギャアアアアアアアアアア!!!!!」
大男は未だかつて体験したことのない痛みに顔を歪ませ、断末魔に近い叫び声を上げる。
「いでええええ、いでえよおおお!!! お、オマエ何するんだアああ!?」
佐々木沢三郎二郎は傷一つ付けるのにも苦労しそうな大男の腕を、まるで当たり前かのように引き千切り、後方に放り投げた。少し楽しくなってきたのか、その目は爛々と輝いている。
「ハハ、アハハハ!! 何するんだって? 決まってるだろ! 仕事だよ、仕事! 街を守る正義のヒーローだよアハハハ!!!」
「建造物破壊だけじゃねぇよ、オマエ一般人に怪我させたろ? その後、詰め寄って威嚇したとかなんとか」
佐々木沢はハードストーンが被疑者であろう彼に問い詰める。
それに対し、動揺しつつもハードストーンは弱弱しく、そして悪いことをしてしまったと反省した様子で口を開く。
「あ、あ、あでは事故だったんだ! おで、バカだから周りに女の子がいること気が付かなくって‥…それで殴った建物の一部が当たっちまって……で、でも! そのあと、女の子に謝ろうと思ったけど、おで、こんな見た目だから逃げちゃって……」
ハードストーンは精一杯、どうかこれ以上傷つけないでくれと、懇願している。
「まったく、ヴィランは言い訳ばかりでウザいな」そう言いつつ、佐々木沢は片腕の無い男に残された唯一の腕を掴む。
「ヴぃ、ヴぃらん!? おで、そんなんじゃない!! 頼むからやめてくれ!!」
佐々木沢は力を込める。
「アアア、ほ、ほらこの前の事件!! ヒーローが殺されたの聞いて、おでも悪いやつやっつけようと思って特訓してたんだ!! それより前にやってたのは……悪いことした……でも謝った!」
「知らん」再度ぶちぶち、と己の足と両腕を使って腕を引き千切る。声にならない叫びを上げ、目の前の大男は倒れ込み目を涙でぐずぐずに濡らしている。
「ゆ、許して……死んじゃう……もう腕も無い! 悪いことなんてでき
――ぐじゅっ
鮮血、
岩男の頭が潰れ、その割れ目という割れ目全てから、血が勢いよく溢れ出る。
命乞いの声すら遮られ、ハードストーンの肉体は活動を停止した。
「自分のご自慢の腕で殺される気分はどうだい? ヴィラン野郎」
佐々木沢はご満悦のようで、いつもとは違うベクトルでニコニコと微笑んでいた。
「あースッキリした。まったくシルバーもシルバーだ。クソヴィラン如きに殺されやがって……アイツも俺同様に中々の“善人”だったのによ、ヴィランを殺すのを躊躇わない良いヒーローだったのになぁ」
ヒーローとは思えない言葉を呟きながら死んで間もないハードストーンのまだ暖かい遺体を、足でゲシゲシと弄んでいた。
佐々木沢三郎二郎は、先天性のアルファである。
しかし、彼には特筆すべき能力という能力は存在しない。
彼は肉体的なステータスを全体的に少しずつ底上げしたほどで、少し強い一般人のような立ち位置だった。
しかし、彼のヒーローとしての価値はその優しく、心強い、誰からも頼られるそんな彼のキャラクターにあった。
派手な能力はないが、持ち前の努力やパトロールで街の平和を守っているヒーロー。
ここまでの怪力があるというのはおそらく彼が秘密にしていたことかもしれない。
が、街の人々は彼の努力する姿に勇気をもらっているそうだ。
「少なくとも、俺はそうだったよ」
背後から悲しそうな声が聞こえる。
「へ?」
刹那、佐々木沢の頭部は遠く離れた廃墟の残骸の山にごろごろと転がっていく。
身体は糸の切れた傀儡のようにへなへなと地へ伏した。
「お前も……お前もかあああああああああああああ!!」
真っ暗闇の秋の空に、哀しみと怒りにまみれた男の叫び声がこだまする。
この男の名は、
相馬ソウマ。職業、大学生。