3
「だりぃ…」
「お前普段は無駄に元気なのにたまにそうやってしんどそうだよな。
月一くらい?」
悠斗の言葉に思わずどきりとするもなんとか適当に笑って誤魔化す。
成長するにつれて少しづつ慣れてはきてるが、やっぱり全体的に身体が重く何をやっても身が入らない。
机に顎をつけながらさっき買ったトマトジュースを飲む。
気休めとわかっていてもなんとなくこれを飲むと少しマシになる気がする。
あくまで気がする。
マンガとかでよく吸血鬼が血の代わりに飲んだりしてるけど絶対意味ないと思う。
まぁあれはギャグなんだろうけど。
はぁと小さくため息をついて廊下を見るとそこには丁度教室を横切る莉音の姿。
身長の高い男、確かバスケ部の奴と楽しそうに歩いている。
あいつなんで元気なんだ?
やっぱり昨日のおやつ効果なんだろうか?
そんな俺の視線の先を追った悠斗が少し声のトーンを落とし心配そうな表情で声をかけてくる。
「なぁ、西園寺大丈夫か?」
「は?」
見るからに元気そうな莉音を見てこいつは何を言ってるんだろうか?
「いや、なんか最近夜に西園寺が繁華街っていうかそういうとこフラフラ歩いてるって部活の奴らが言っててさ。」
あいつ…
だから言わんこっちゃない。
ちょっと遠くに行ったくらいで高校生にもなると行動範囲だって交友関係だって広がる。
必然的に目撃率だって上がるに決まってる。
「見間違いじゃねぇの?」
「あんな目立つ容姿の奴、そうそう間違えるかよ。
しかも1度や2度じゃないからな。」
軽く流そうとするも失敗。
ていうかなんで俺が莉音のフォローしなきゃなんねぇんだよ。
ただでさえしんどいのにと思うと気づかぬうちに一つため息をこぼす。
「少し気にしてやれよ。」
そう言った悠斗の言葉に俺は思わずカチンとくる。
「莉音の心配するヒマあんなら、水瀬さんのこと気にしろよ。」
「…何だよ、それ。」
「水瀬さん、悠斗のことすげぇ想っていろいろ我慢してるんだし、莉音なんか気にするくらいならもっと水瀬さんかまってやれよ。」
もともと昨日水瀬さんにも言ってたように悠斗にもうちょっと水瀬さんのことを考えるよう言うつもりではあった。
でもそれはこんな気まずくなるような言い方じゃなくて、もっと軽くちょっと笑う感じで終わるはずだったのに…
でも、あんなに水瀬さんに想われてるくせにそれを当たり前のように気にもかけず、他の女を気にかけるなんてと思うとどうしても言わずにはいられなかった。
「…前から気になってたんだけどさ、お前琴葉のこと…」
その先の言葉はちょうどチャイムがなって紡がれることはなかった。
でも、何が言いたかったかなんてわかってる。
琴葉のこと…好きなのか?
なんとなく前から悠斗は俺の気持ちに気付いてるんじゃないかって思ってた。
だけどお互いそれにはふれずにきたんだ。
ただ、もしさっきチャイムがならずに悠斗が最後まで言葉を発してたら、俺はなんて答えたんだろうか…
認めたのか、嘘をついたのか…
ただでさえしんどい身体に気持ちまでもが重くなる…
面白くもない古典の授業がこのまま終わらなければいいのになんてことを、俺は生まれて初めて願った。
「なんだ元気じゃん?」
部屋でベットに寝転がりマンガを呼んでるとノックもなしに莉音が入ってきた。
「勝手に入ってくんな。」
「なによ、早退したって聞いたから心配して来てやったっていうのに。」
少し頬を膨らませながら莉音はベットに腰掛ける。
「満月の日だとしても千夜が早退までするなんてよっぽどしんどいのかと思ったんだけど。
しんどいのは身体じゃなくて気持ち?」
マンガをどけて顔を見せた俺にそう聞いてくるなんて、俺はいったいどんな顔を見せているんだろう?
あのあと古典の授業が終わってすぐ俺は悠斗に口を挟ませる隙を与えずに体調がすぐれない旨だけ伝えて早退した。
「三橋君も似たような顔してたけど、なに?ケンカでもした?
それとも琴葉が好きか聞かれた?」
「…知ってたのか。」
「三橋君が千夜の気持ちに気付いてたこと?」
無言で頷くと莉音はまあねと苦笑する。
「どんだけ隠しても千夜のことよく知る人間にはわかるよ、アンタの気持ちくらい。」
そう言った莉音の目が少しさびそうに見えたのは俺の気のせいだろうか?
「で、ちゃんと答えたの?
それとも違うって嘘ついたの?」
「…聞かれる前に早退した。」
俺の返事に一旦黙った莉音はそのあと盛大にため息をついた。
わざとらしくはぁと声まで出して。
そしてすでに見下ろされていたが、表情すら見下ろすものに変えた。
「ヘタレ」
低く言われた言葉に今回はぐうの音も出ない。
「今日逃げて明日はどうすんの?」
「…」
それはまさに今俺がぶちあたってる悩みだ。
マンガだって一切頭に入ってこなかった。
俺は明日どんな顔で悠斗に会えばいいんだろう…
実際はまだ何も聞かれてない、だったら何もなかったように振る舞えばいいんじゃないかと自分でも嫌になるくらいヘタレ思考だ。
「千夜はさ、本当に琴葉のこと好きなの?」
「え?」
「千夜言ってたじゃん、琴葉に会った時すごく渇きを覚えて吸血衝動が出たって。」
「ああ。」
「それって初めて飲みたいと思えるほど好みの匂いが琴葉だったからそれを恋と感違いしたってことはないの?」
「お前何言ってんの?」
自分で思ってる以上に低い声を出しながら俺は上半身を起き上がらせる。
それほどまでに俺は莉音の言葉に衝撃を受けた。
まさか莉音がそんなことを言うとは思ってもいなかった。
こいつはいつだって俺のことをヘタレとか暴言を吐きつつも、誰にも知られてはいけない俺の気持ちを聞いてくれてたから。
その莉音がまさか俺の気持ちを否定するなんて…
「絶対違うって言い切れる?
本当に好きだったら三橋君から奪えばいいじゃん!!
琴葉からいろんなこと聞いてるアンタは琴葉の理想な彼氏になれるでしょ?!
でもそうしないのは、そこまでだからだよ。」
「お前に何がわかるんだよ!!
悠斗は大切な親友なんだ、そんなあいつを裏切るようなこと俺にはできない。
お前みたいに節操なく吸血できるような奴には俺がどんな気持ちで水瀬さんへの吸血衝動を抑えてるかなんてわかるわけない。
勝手なこと言うなよ!!」
好きだから、大切だと思うから、傷つけてはいけない触れてはいけないと思うんだ…
どれだけ渇きを覚えても、それでも彼女から吸血できないのは、それをしてしまったら悠斗とも水瀬さんとも顔を合わせられなくなる。
だから…
いつもならすぐに反抗してくる莉音が黙っていることに気付き見てみると、そこには泣きそうに顔をゆがめる莉音がいた。
なんでお前がそんな顔するんだよ?
「…千夜にだって私の気持ちわかんないくせに…」
「え?」
小さく呟かれたその声は俺にまでは届かなかった。
聞こうとしたそのとき、莉音のスマホが鳴る。
莉音は俺から顔を背けて画面を見ると目を見開きチラリと俺を見て立ち上がった。
背を向けると画面を押してすぐにを耳に当てる。
どうやら電話のようだ。
「…どうしたの?」
さっきまでの雰囲気を引きづらないようにか明るい声を出している。
しかし、その声はすぐに変わった。
「ちょ、どうしたの?
え?…もう泣いてちゃわかんないよ?
少し落ち着いて、琴葉!!」
その名前に俺は立ち上がり莉音との距離を詰める。
泣いてる?水瀬さんが?なんで?
疑問ばかりが頭に浮かぶが、莉音との会話からはそれ以上のことはわからない。
「琴葉、とりあえずうちにおいで?
今どこにいるの?」
スマホに耳を近づけると泣いている水瀬さんの声が聞こえる。
途切れ途切れに学校近くの公園の名前が出たところで俺は椅子に掛けてたパーカーを手に取る。
「ちょ、千夜!?」
パーカーを羽織ってフードを被る俺に莉音が目を丸くして引き止めようとするが俺はそれを無視して部屋を出る。
莉音が止める理由なんて考えなくてもわかる。
今日は満月だ。
俺たちにとって鬼門といえる辛い一日。
すでに日は暮れていて月が出ている時間帯だが、幸いにも今日は曇りで月は隠れてる。
直接光さえあたらなけらばなんとかなる。
俺は深めにパーカーをかぶり公園まで走った。