カッコウアザミ
「それで結局、どうなったの?」
「いやそれが、こっぴどくフラれました。」
先輩は驚いた様に目を丸める。相変わらず可愛いくりくりとした眼だなあ、と彼はぽけーっと見つめてしまう。
「いやいや、その話の流れだと付き合うよね。なんでそうなるの。」
「ん~……今までの、ツケといいますか。」
実際、あの夜は勢いも相まって行けると感じていた。彼は彼女と相思相愛の仲である事は間違いないと踏んでいたし、事実そうだった。しかし彼はフラれてしまったのだ。
「え~……全然、私分からないなあ。」
「まあ、しょうがないですよ。色々あいつも考えた結果なんです。」
彼女は結局、誰の告白にも首を縦に振らなかったのだ。彼は勿論、落ち込んだし寝こみもした。サークルにも一ヶ月ほど顔を出さなくなったし、今日漸く復帰できた所なのだ。先輩からのメールを見て、報告しなくてはと奮起してという嫌々ではあるが。
「複雑だねえ。……じゃあ、私と付き合う?」
「いやー、残念ながら僕はあいつの事が忘れられないんで。」
「わ。昔の女が忘れられないってやつだ。私が忘れさせてあげるよ?」
「それは魅力的な提案なんですけどね。」
今日、サークルに足を運んだのは先輩からのメールだけが原因というわけではなかった。幼馴染ともう一度話す為でもあった。サークルに来た時の部長を含めた先輩一同、友人一同の痛い視線に彼は思わず心を砕いてしまいそうになったが、なんとか逃げ帰る事はしなかった。
「今度はですね。僕があいつに好きだーってアピールする番なんでね。」
「ほほう。諦めの悪い男は嫌われるって言うけどね。」
「良いんです。諦め悪いのが取り柄だって思うことにしてますから。」
彼女が彼を振った理由は2つあった。1つは今までの行いに対して呆れ果てて、怒りが止まらない事。
「ふーん。それで、勝算はあるんだ。」
「そうですねえ。まあ、諦めの悪さを全面に押し出して……後は、縋る感じで行けばやれるでしょう。」
もう1つは海外留学するから一年程会えないという事。どちらかと言えば後者の方が大きい要因だった。怒りは止まらないし、彼を許せる自信は今のところないと彼女は言う。それに加えて来月から一年ほど日本を離れるという訳だった。だからそれまでに彼女は自分に許しを請うて、一年後にもう一度同じ言葉を吐いて見ろと言って来た。なんとも、恐ろしい幼馴染である。
「ま、一年後には晴れて彼女持ちですな。」
「留学ね。私なら一年も待てないかな~。その間に心移りしちゃいそう。」
「ふふふ、僕と幼馴染の絆の強さは半端じゃないですよ。」
「おお、言うね。じゃあ、私は一年間君を口説いてみようかな。」
小悪魔の様に、悪戯っぽく彼にささやく彼女は実に妖艶。くらくら、と良い匂いに参ってしまいそうになる。
「やめてくださいよ、耐える自信しかありません。」
「わ。強気な発言だね……?」
実際、彼女が自分にそんな事をするはずはないと知っていた。あの夜の引き金は彼女であるし、幼馴染はきっと彼女とそれはもう濃密な会話を交わしたのだろうと彼は推測していた。
「………仲がいいですね、お二人さん。」
ベンチに座り、二人で談話していると後方から見知った声が。そしてかなり低い声色が。彼は少し冷や汗が背中を伝うのを感じながら、振り向く。先輩もまた、バツが悪そうに笑っていた。
「僕が好きなのは幼馴染のお前だけだよー。」
「うるさい、馬鹿!一年間じっくり頭冷やせ!」
彼女の握りこぶしが背中に突き刺さる。彼は思わず「ぐえ。」とカエルが轢き潰された様な声を漏らして咳き込む。この痛みも来月から一年後まで味わえないと思うと、何処か悲しくなってしまう。
「まあまあ、君も罪な男だからね。きっちり償ってから、頑張るんだよ。」
「ああ、先輩は本当に女神みたいですね。それに比べて幼馴染はまるで天女様かなー。」
「あー、もう。知らない。久々に来たと思ったら、変にテンション高いし。気味が悪いわね。」
それは許して欲しい、と彼は独白する。空元気も良いところで、フラれた事実には未だに立ち直れていないし一年間彼女と会えない事にだって不安で仕方ない。それに周りの眼は痛いし、部長の視線は本当に敵意に満ちているし。ハイテンションに保ち続けないと今日は乗り切れない、と彼は思うばかりで。
「よーし、テニスでもやろーぜ。僕が勝ったら留学取り消しとか、しない?」
「するか馬鹿。向こうで格好いい外人さんと付き合ってやるわよ。」
「ひっでえ……。僕を捨てないで。」
「………ふん、知らないわよ。」
ラケットを片手に、テニスコートへ歩いて行く彼女。それを追う様に彼もまたラケットを手に向かう。本当に勝ったら留学取り消ししてくれないかな、と叶うことがない願望を胸に。
「じゃあ負けたら、諦めて私と付き合うことね。」
恐ろしいことを言う。先輩がそう冗談がましく言う度に周りの視線は更に強まると言うのに。彼女もまたサークルでは人気者。彼は二人の人気者から好意を寄せられていると周りからは眼に映っているのだ。周囲の眼に敵意が宿るのも無理はない。
「うおおおお、俄然勝つ気が満々だーっ!!」
だけども、彼が本当に好きだと決めたのはただ一人。負ける気は更々なかった。負けてしまったとしても、土下座でもなんでもして撤回してもらう気が満々である。彼女のためならプライドも捨てようと彼は言う。
「………もう、馬鹿じゃないの。」
そんな彼の姿を見て、彼女また少し頬を染めていた。その顔は照れた様な、嬉しく思う様な表情。とはいえ負ける気なんてないぞ、と大胆不敵な笑みを浮かべていたのだった。