相思相愛の仲
やがて彼と彼女はテニスサークルに所属し、半年が経とうとしていた。二人の関係は変わる事なく、サークルでの立ち位置も結局高校時代と対して変わりやしなかった。彼女はサークルの人気者で、彼は“良い人”だ。いつも彼女の周りには先輩と同輩が集まり、彼には数人の親しい同輩しか集まらない。とはいえ彼がサークルを楽しめていないかと言えばそうではなかった。彼もまた、先輩の1人に恋い焦がれていたし、友人達は気さくで不満なんてあるはずもない。彼女との関係も今まで通り、お互いに突然住居に訪問する仲だった。
「お前さ、本当にあの子と付き合ってないの?」
「だから、ただの幼馴染だから。そんなに相思相愛の仲に見えるのか?」
友人達からの言葉はいつもそれだった。サークル内でも二人の仲は親しく見える事もあり、周囲からそうやって囃し立てられる事が多い。これもまた高校時代と同じと言える。
「お前らお似合いだけどな。いいのかよ、先輩達めちゃくちゃあの子狙ってるぜ。」
「関係ないね。僕はあの先輩しか目に入ってないからな。」
三年生の先輩は彼にとってこの半年で大きな存在になっていた。テニス経験のない彼を指導し、飲み会で潰れた彼を介抱してくれたりと何かと自分の世話を焼いてくれる。そんな先輩に好意を寄せるのにそう時間はかからなかった。幼馴染である彼女が他の先輩達にどう思われていても、彼の頭には件の先輩しかなかった。勿論、幼馴染に彼氏が出来るとなると何処かむず痒い気持ちにもなるが彼はそれを封殺していた。
「あいつに彼氏が出来たら、僕も迷うこと無く先輩にアタックできるさ。」
口に出していて、何処か可笑しいと自嘲する。周りの友人達も呆れた様に彼を宥めていた。気づいていないのか、気づいているのか。実際のところ彼にはわからなかった。憧れている先輩を前に、何故幼馴染である彼女を言葉に出してしまうのか。
「何話してるの?」
ひょっこり、と彼らの輪に件の彼女が現れる。にこにこと浮かべる笑顔は彼の顔を曇らせるには充分だった。
「あー、こいつがさー、またあの先輩のこと好きだ好きだーって。」
「またあ?あんたじゃ無理だからやめときなって。」
「うるさいな、お前こそ先輩たちにちやほやされてるだろ。さっさと誰か選びな。」
ぶっきらぼうに言い放つ。彼女の前ではどうにも苛立ってしまう事が多くなっていた。その理由は明白なのか、そうではないのか。彼はそれを深く考える事を避けていた。
「あはは、私に彼氏が出来たら困るのあんたでしょ。主に食生活の面で。」
「別に困らねーよ。大体、男の家に1人でのこのこ来るとか自覚してんの?」
「はいはい、あんたに私襲う度胸なんてないでしょ。それにあんたが好きなのは先輩なんでしょー。」
「ふん、僕だって男だから分からないぞ?男とは時として、狼なのだぜ。」
けらけら、と周りが痴話喧嘩だと囃し立てる。彼は強がりながら面白可笑しく彼女と論争を繰り広げるが、どうにも内心面白くはなかった。サークルに入ってからと言うもの、何かと彼女とはこういう話にも発展する事が多い。そういう話はどうにも彼は好かなかった。とはいえノリに乗らないのも、興が醒める振る舞いだと思う。
「ねえ。」
こそこそ、と馬鹿話を繰り広げる友人たちを尻目に彼女は彼に小声で話しかける。その声は何処か、神妙な声色だった。
「今日、相談したい事あるから。家行くね。」
珍しい事もあるな、と彼は驚いた表情を浮かべて了承する。彼女が自分に相談する事なんて、大学に入ってからはあまり多くはなかった。直近のもので言えば三ヶ月以上前だったりする。大方誰かに告白されたとか、どう断ろうとかそういう類の話だと推測する。彼女はそういった話を女友達によく相談しているのを耳にする。遂に自分にも白羽の矢が立ったかと彼は観念した。