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狂喰  作者: 仲島香保里
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井川 啓介(3)

 他の彼女ね。他の三人も、付き合って四ヶ月以内にはみんな亡くなった。遺体が見つかってないのはみんなに共通してるよ。彼女達の共通点?そうだな……明確な共通点とは言えないかもしれないけど、みんな、ほんの少しふっくらしてたってことかな。ガリガリな子はあまりタイプじゃなかったからね。太りすぎてるのもちょっと遠慮したいからね。ふっくらしてる子で、仕事とが頑張ってたりするとギャップがかわいいなって。あとは、やっぱり清潔感。メイクもファッションも、派手じゃないんだ。落ち着いた、大人の女性のイメージが強い人達だった。それだけにね、遺体も見つけてもらえないなんていう現状が全く呑み込めなかった。今でもまだ、あの大量の血は誰かのいたずらで、彼女たちはどこかで変わりなく暮らしてるって思い込みたいんだ。遺体が見つからないからね、「死亡」とは言えないみたいなんだ。生存の可能性が低いってさ。

 

 

 彼女が轢かれた場所はね、どっちかといえば裏道なんだ。観光客が走るような道じゃないんだ。地元の人とか、土地勘のある人しか走らない道だった。

 だから、普段からその道を使ってる人かと思ったんだ。けど、いくらひき逃げの犯人でも、事故現場に来るかどうかわからなかったから、その道路に入ってくる道をチェックするようになった。あとは、仕事場の近くで、黄色の軽ワゴンを探し出そうとした。案外、黄色の軽ワゴンって見つからなかったんだよ。

 でもね、仕事先の近くのコインパーキングに黄色のワゴンがあるのをみか見かけたことがあった。持ち主が帰ってくるまで待ってたんだ。

 でもね、その人は男性だったんだ。彼女を殺したのは女だった。だから、この人じゃないって確信が持てたよ。

 そんなことが何回かあったんだ。黄色の軽ワゴンは見かけるけど、運転手が男性だったり、おばあさんだったりさ。半年も続いたらさ、ヤケにでもなるよ。

 だから、決めたんだ。

 黄色の軽ワゴンに乗った、髪の長い若くふっくらした女性。

 ここまで絞れたら、そんなに多くはないなって思ってね。ここまで絞れたら、条件に当てはまる女を全員殺せばいいって。それに、それが一番手っ取り早いだろ?

 せっかく少人数まで絞り込めたんだ。全員殺せば、彼女を殺した犯人もどこかでは殺されてくれるだろうなってさ。彼女を殺したかもしれない女だからね。これくらいの罰は当然だろう?人を殺した人間が、守られていいはずがないからね。

 一人目は、例の彼氏と別れて落ち込んでた女ね。彼女と一緒にいた理由は簡単だよ。黄色の軽ワゴンに乗っててふっくらしてたから。それだけだよ。少し仲良くなってから、頃合を見て話したんだ。僕の前の彼女がひき逃げされて亡くなった。犯人の車は黄色の軽ワゴンだったんだって。でも彼女はただ一言、「彼女さん、お気の毒ね」とだけ言った。「それでね」って、無理矢理話の流れを変えようとしてた。あぁ、こいつなのかなって思ったね。夜までドライブしようって誘ったらのってくれたよ。誰もいないような寂しい場所を選んでね、車を降りて夜景を見ようってもちかけたんだ。車から簡単に降りて来てくれたから楽だったよ。

 その女は、急に僕の声色が変わったから驚いたみたい。本当に、人を轢いてないの?って聞いたんだ。いらいらしたように金切り声で、前の女のことをいつまでも鬱陶しいって吐き捨てたんだ。その女が彼女を殺したかどうかよりも、まるで彼女を侮辱されているみたいで、そのことに腹が立ってね。もし、この女が犯人だったときに殺せるように用意していたものがあったから、それでもう殺してやろうって思ったんだ。

 まず、首の後ろ側を思い切り腕で叩くんだ。息を詰まらせてその一発でしゃがみこんだな。頭を蹴飛ばしたらもう立てなくなってたよ。こんなところで、好きだった人体図鑑が役立つとは思ってもみなかった。どうやって殺そうかずっと迷ってたんだ。殺す相手が、一人に特定できていれば多少リスクを背負ってもいいと思ってたけど、今回は特定されてないからね。なるべく、僕とは無関係だと思ってもらえる方法にしたかったんだ。そこで思いついたのが、「放置」だった。

 目の前に、意識が半分なくなった女が倒れてる。その腕に点滴の針を刺す。その先にあるのは、点滴の薬の入ったバッグじゃなくて、エアポンプだ。僕が何もしなくても、ただスイッチを入れるだけで自動的に、刺さった針から女の血液を吸い上げて体外に放出してくれる。こっちも返り血の心配はない。

 どうだい?こんな簡単で手間もかからず、芸術的な殺し方、他にないだろう?

 人間の血液量は体重の約十三分の一。女性なら大体体重の七%ってところかな。男は八%って言われてるな。

 この女の体重はだいたい五十キロほど。だから三千五百ミリリットルが全血液と思えばいい。で、約三分の一の血液を失うと致命的なんだ。でもね、エアポンプに全部任せたから、勝手にどんどん流れちゃったんだよね。

 想像してみて?コンクリートの冷たい無機質な地面に、深紅の温かい血液が三リットルも垂れ流されて、血を抜かれて真っ白になった女の死体が深紅の海を泳いでいるんだ。コンクリートのグレーと、血の紅と、死体の白――こんなコントラスト、こんなオブジェ、どこに行ったって見れやしないよ。

 こんな素晴らしいオブジェをね、なんの価値も分からないだろう人たちの目に触れさせたくなかったんだ。だから、死体を持ち帰った――

 はは、そうだよ。遺体が見つからなかった理由は、僕が持ち去ったから。隠してたって、いずれわかることだろ?この女が直接彼女を殺したわけじゃないけど、侮辱とも取れる発言が許せなかったからね、消したんだ。文字通りの意味だよ。血を抜いてたから後の作業に都合がよかったよ。関節ごとに切り刻んで、鉄製の箱に入れて、灯油をかけて燃やしたよ。骨まで全部。その方が証拠も残りにくいだろ?

 亡くなった彼女の復讐が目的だったことは変わらないけど、でも、なんだかこの一度で、箍が外れたみたいなんだ。復讐もしたい。女も殺したいってね。

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