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狂喰  作者: 仲島香保里
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井川 啓介(2)

 うーん、どうかな……この部屋にいる限りは無理だろうな……外に出られないもんな。出られないというか、出させてもらえないんだ。ここに来てから一歩も外に出てないんだ。僕がなにか病原体を持っているわけでもないよ。これでも、昔はおとなしくて優しい子とは言ってもらえてたからね。

 僕がここに来る前に、彼女がいたんだけど、全員亡くなってるんだ。事故や病気で亡くなったんじゃないんだ。最初の一人は、交通事故で亡くなった。打ちどころが悪くて、即死だったんだ。あとの彼女達全員は、殺されたと思う。「思う」っていうのはね、全員の遺体が見つからないんだ。ただ、所持品とかが真っ赤な彼女達の血の海に残ってただけだったらしいんだ。ショックだったよ。何日も眠れなかったし、何も食べられなかった。何故僕が好きになった子がいなくなるのかって。今だから言えるけど、自殺も考えていたんだよ。亡くなった当時、付き合っていたのが僕って理由で、警察とも話をした。

 ――亡くなった彼女は四人だよ。事故死の彼女も含めてね。みんな、かわいくて優しい人たちだったよ。一人目は、二十歳のときだった。当時僕がバイトで働いていた居酒屋に、彼女が友達と飲み会にきたんだ。その時にね、一目惚れしちゃって。ダメなことかもしれなかったんだけど、テーブルに料理を持っていったときに連絡先を書いたメモを渡したんだ。あの瞬間は後悔したな。迷惑だったなって。でも、彼女から連絡してくれたんだ。お茶でもしようって。そりゃ嬉しかったよ。小柄で、今時のギャルって感じでもなくって、清楚なお嬢様って印象の子だったんだ。

 メールで、お茶する日にち決めて、僕のお気に入りの喫茶店に行って、いろんなことを話したよ。偶然、彼女の趣味が読書だったんだ。始めてだったよ、本のことを話せる女の子と会えたの。その子とはすぐに意気投合してさ、思い切って告白したんだ。そしたら彼女も好きだって思ってくれてたみたいで。あの時は幸せだったな。週末ごとに遊びに行ったよ。いろんなところに行った。水族館や動物園にも行った。仕事とかで都合の合わない時は、食事だけする日もあったけど、それで充分だったんだ。

 彼女は、いつもにこにこ笑ってて、一緒にいて疲れない人だったんだ。常に一方的に話し続けるタイプじゃなかったし、にこにこしてるってたけで、下品に笑い飛ばすこともなかったからね。 

なのに、付き合って二ヶ月くらいで彼女が亡くなって……

 遺体に会わせてもらったんだ。顔にもいくつか痣が残ってて……本当に痛そうだった。痣さえなければ、疲れて眠っているだけにしか見えなかったよ。でも、顔も手も、氷みたいに冷たくて、いつも繋いでた手の人とは思えないくらいだった――もう手も繋げない、抱きしめられない、抱きしめてももらえない、声も聞けない、笑顔も見れない――もう、彼女とは何もできないって思うと、体の力が抜けていって、彼女の遺体の前で、彼女の家族もいたのに、床に座り込んでしまったのは覚えてるよ。彼女のご両親には、何故かありがとうって言われたよ。でも、どうせなら責めてほしかったよ。なんで守ってくれなかったんだってね。もちろん謝ったよ。守れなくてすみませんって。彼女のお父さんは「君は悪くない。そんなふうに思わないでほしい」って言ってた。「許せないのは、娘を車で轢いた人間だ」ともね。

 あぁそうだって思ったよ。彼女を殺した人間がいるんだって思いついたんだ。

 うん、そう。ひき逃げだったんだ、彼女の事故。許せなかったよ。人ひとり死なせてるのに、殺した本人はのうのうと生きてるんだよ。逃げのびて、本人だけ幸せを手に入れて暮らすって考えたら腹が立ってしかたなかったよ。悔しかった。御通夜のとき、彼女の両親だって、他の親族の人だってみんな泣いてた。みんなに好かれてた人だったんだ。誰かに恨まれる人じゃなかった。みんなに優しかった。彼女の親族にとっても、僕にとっても、かけがえのない人だったんだ。

 彼女を轢いた車の運転手が奪ったのは、彼女の命だけじゃなかったんだ。彼女の家族の将来や希望や幸せも全部――

 彼女を轢いた車は、黄色の軽ワゴンだったんだ。車種だけは、防犯カメラの映像で判明したんだけど、運転手だけはどうしてもわからなかった。マスクをしてたからね。ただ、若い女性ってことはわかったんだ。髪が長くて、ふっくらした人だった。

 警察は、ナンバープレートから、車を特定しようとしてたらしいんだけど、事故後に取り替えるなりなんなりしたみたいなんだ。全然ヒットしない。ナンバー登録から登録者を割り出そうともしたらしい。でも、カメラに写ってるシーンが少ないんだ。それに、カメラの端に写った瞬間に彼女を轢いてしまったから、彼女の体でプレートが見えなくなってしまってて。

 八方塞がりだったよ。

 でも、諦められなかったんだ。絶対犯人を見つけて、償ってもらいたかった。だから僕は自分で犯人を探そうと思ったんだ。ずっと犯人のことを憎んでたよ。働きながらも、ずっと探してた。でも、どこかで休みたいとも思っちゃったんだ。また彼女と過ごしてたときみたいに、誰かといたいなって。

 彼女が亡くなって、三ヶ月くらいたった頃かな。一人の女性と知り合ったんだ。若い女性で、ちょっとふっくらしてたな。なんか、彼氏と別れた直後だったみたいで、落ち込んでた。繁華街をふらふらした感じで歩いてたから、つい声をかけちゃって。そのまま喫茶店に入って、いろいろ話を聞いたんだ。それで、なんか放っとけなくなって、ちょくちょく会うようになった。そのうち、自然な流れで付き合うことになったんだ。

 その人は、付き合って一ヶ月で亡くなった。遺体が発見されなかったよ。殺人があったと思われるところが、一面真っ赤だった。最初に見つけたのは僕だったんだ。

 一人の人間の血液って、あんなに多いのかって、かえって冷静にそんなことを思ってたよ。

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