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狂喰  作者: 仲島香保里
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井川 啓介

 今って、何月何日なのかな。僕の住んでるこの部屋にはカレンダーがないから、だいたいの季節しかわからない。テレビも置いてなくてDVDプレイヤーしかないんだよね。あの小さいパソコンみたいな形のプレイヤーね。ニュースとかバラエティも見れないから、日にちとか曜日の感覚がどんどん狂ってきちゃって。時計はあるけど、小学校の教室にあるような、文字盤だけのアナログ時計だから、時間しかわからない。真冬は、陽が昇るのが遅いでしょ。朝五時でもまだ真っ暗だから夜中なのか明け方なのかわからないのがちょっと不安に思うな。二度寝していいのかってね。

 僕の部屋は、広さはごく普通のワンルームだよ。トイレとお風呂は別になってるから、女性でも住みやすいんじゃないかな。セキュリティーもしっかりしてるらしいよ。警備員が常にいるはずだよ。あ、でもこの部屋はお勧めしないよ。男性でもね。理由はさ、窓が小さいんだ。二十センチ四方くらいじゃないかな。小さいでしょ?朝から電気を点けないと生活できないよ。電気代がかかるのが考えどころだね。そうだな……生活に不便はあまり感じないな。ある程度の家具はもともと備え付けだったし。エアコンもあったし、洗濯機ももとからあったよ。便利でしょ。

 ここにはもう六、七年は住んでるよ。契約期間とかはよくわからないんだけど……引越しとかはできないんだ。引っ越したい理由は、やっぱり窓だね。あとはそんなに気にしないよ。男だから大雑把だしね。

 この部屋には、本当に生活に困らない程度の家具があるんだ。本棚もあるし、テーブルに食器棚、椅子にベッド、コンロもあるし、掃除機もあるよ。家具類は全部シンプルなデザインなんだ。使い勝手もいいし、便利すぎる機能があれこれついてないから使い易いよ。料理も、そんなに凝ったものは作らないよ。炒め料理がほとんどだから、フライパンとお箸があれば自炊できる気がするよ。

 窓?ね、なんでこんなに小さいんだろう。しかも、こんな小さいのに、縦に格子が嵌め込まれてるんだ。ひどいと思わないか?ここまで小さいんだから、出たくても出られないのに格子までつけるなんてさ。他の部屋だと、格子はあってももっと大きい窓のところもあるみたいなんだ。一日でいいから部屋、変わってほしいよ。

 でも、この部屋さ、男の一人暮らしだから、色味がなくてね。女性を誘いたくても誘えないよ。今は自由に家具を買いに行くこともできないからね。いや、そんなに頻繁には誘ってないよ。しつこく誘ったら、女性にも失礼だからね、誘うなら、ちゃんと仲良くなって、何回かデートでもして、食事も一緒にしてからにしないとさ。

 落ち着いてるって?よく言ってはもらえるけど、もう二十八だからな。外に出ないから、日焼けもしないんだ。だからかなり若くは見てもらえるね。

 普段から掃除はしてるよ。こう見えて綺麗好きなんだよ。まぁ……私物が少ないから、散らかりようがないっていうのもあるな。なんにもないよ。服と本くらいだよ、数があるのは。

 普段はずっと本を読むよ。本は好きなんだ。古本屋で注文したら安くすむからよく使うよ。ジャンルは……そうだな、何でも読むけど、案外詩集も好きなんだ。あとは、ミステリーが多いかな。文学的なものも読むよ。次の展開はどうなるんだろうとか、この謎は、どうやって解かれるんだろうって考えるとたまらなく面白い。本に没頭している間は、自分が何者であるかも忘れさせてくれる。読み進めている本に出てくる内容で、わからない解説とか、解釈があると、だいたい調べるようにしている。本の読み手と書き手が一体になれると、今までなんとなくでしか読めなかった部分が、実は面白かったり、実は奥が深かったりするんだ。 

 本が好きになったのはいつからだろうな。たぶん子どものころからだと思うけど……小学生のころから読んでたな、きっと。実家にね、本棚いっぱいの本があったんだ。小学生が読む本はあまりなかったよ、父や母の本だったからね。図鑑もいろいろあったよ。恐竜図鑑や植物図鑑、深海魚の図鑑や、地上生物の図鑑に、人体図鑑もあったよ。図鑑って、丁寧なイラストや写真がたくさん載ってるだろう?子どものころは、字が読めなくてもイラストだけを眺めるだけでも楽しかったんだ。図鑑の中でも好きでよく読んだのは、深海魚の図鑑と人体図鑑だったな。深海魚は、写真じゃなくてイラストだったけど、たまらなく興味をひかれたんだ。水族館では見ることができない魚たちが描かれている。体の割に大きな口があって、鋭い、大きな牙が並んだ魚、頭の部分がやたら大きいけど、体からは急に小さくなっている魚、目がぎょろぎょろと大きくて、口が裂けたような魚、見た目は怖くて、いかにも凶暴そうなのに、体調が二十センチしかない魚……あの図鑑はね、この部屋にも運び込んだんだ。今でもたまに眺めるよ。深海魚の図鑑だから、ほとんどのページが深海をイメージしてか、真っ黒なんだ。それだけが子どものころ怖かったな。なんだか、自分が足のつかない真っ暗な水の底に引き摺り込まれるような感覚がしてさ。

 今ではもう大丈夫だよ。

 あと好きだったのは、人体図鑑だな。人間の体はこんな風にできているのか、自分の体にはこんな仕組みがあるのかって飽きもせずに見ていたよ。かなり詳しい図鑑だったんだ。全身の骨や筋肉の名称まで書いてあったんだ。医学書としても使えそうなものだったよ。そういえば、人体図鑑も持ってきたよ。最近はあまり読まないな。ほとんど覚えちゃったしね。

 その気になれば、医者も目指せたかもしれないね。外科医とか内科医とかさ。ちょっともったいないことしちゃったかもしれないな。

 うん、結局医者を目指すこともしなかったんだ。特に医者になりたい理由が見当たらなかったからね。何になりたかったんだろうな……たぶん、そんな大層なことは願ってなかったよ。普通に生活していたかったんだ。普通に――いつか一人の好きな女性と一緒に住んで、買い物に行ったり、食事に行ったり。仕事も、そこそこ興味のある仕事に就いて、家族のために頑張って……そんな生活がしたかったな。

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