神吉 ゆづな(終)
そうね、狂ってるって呟かれたこともあるわ、あのスーツの警察官に。
あたしね、ずっと不思議に思ってたことがあるの。
日本の法律には人を殺してはいけないってことが書いてあるじゃない。でも、ヒトを喰べてはいけないとは書いてないのよ。殺すことと喰べることは別よ。「殺す」ということは、ただただ命を絶つ行為なの。でも「食べる」ということは、本来は、位の高い人からいただくっていう意味なのよ。ありがたくいただいて食す意から、自分の飲食する行為をへりくだって言うようになったのが始まりなのよ。
ね?全然違うでしょ?
あたしは、テレビのニュースで流れるような無差別殺人の犯人とは違うわ。イライラするから殺そうと思ったとか、そんなこと全く思ってないわ。
それにね、あたしはちゃんと相手も選んでいるもの。ただ殺してみたかったなんていう快楽殺人者とも違うわ。殺すことが目的じゃないもの。ただ喰べたいだけなの、それだけよ。人間の最大の欲求の一つを満たしてるだけなのよ。それなのに、あんな低レベルで美学のない人殺しと一緒にされたこっちはいい迷惑よ。たまったもんじゃないわ。
あたしの美学ね……あたしはね、汚いのが嫌いなの。だから、喰べるモノは綺麗なモノがいいの。骨の付いたお肉を両手で掴んでむしゃぶりつくようなことはしたくないの。綺麗にお皿に盛って、綺麗にソースをかけて、付け合せも綺麗に添える。そして、残さずに喰べる。綺麗なモノのためには、綺麗な本体にもこだわるわ。綺麗なモノを喰べるために、あたし自身見た目には気を付けているのよ。
そうね、これがあたしの美学。
綺麗なモノを綺麗に喰べる。
あぁ、素敵。こんな素晴らしいことを見つけることができたあたしは幸せだわ。だってそうでしょ?他の誰も、この感動を味わえないのよ。
ふふふ……こうやっていたら、なんとなくここに入れられた理由がわかったわ。
人を殺した人は殺人者というレッテルを貼られる。でも、あたしみたいな人には、どんなレッテルを貼ったらいいのか凡人にはわからない。だから、せめてこれ以上捕食されるヒトが出ないように、あたしをここに隔離しようとしているのよ。
あーあ。もう喰べられないのかしら。あの柔らかくって、サシが入って、綺麗な肉汁が溢れ出てくるあのお肉――
あぁぁあぁああぁぁあああぁあ気が変になりそうよお肉が喰べたいの喰べたい喰べた喰べたいべたいのよおぉぉぉお肉お肉肉肉肉うぅぅここから出して出してして出して出し出して喰べさせて喰べさせて喰べたいの柔らかいお肉が喰べたいの
はぁはぁ………たまにね、こんな発作みたいなものが起こるのよ。お肉が喰べたいのあたしはお肉が喰べたいのよ。牛や豚なんかじゃ物足りないわ。牛や豚、まして鶏なんて淡白じゃない。味気ないのよ。
ヒトよ。ヒトなのよ!ヒトはヒトを喰べる価値があるの!あたしはそれを許されたのよ!周りの子は、こんな素晴らしい食材があるなんて誰も気付いてないわ。こんなに溢れかえっているのに。牧場や養豚場に養鶏場なんかに行かなくても、一歩街に出れば目の前を食材が通り過ぎるのよ。何躰も何躰も何躰も――こんなに素晴らしいことってある?
やっぱり、理解はしてもらいにくいかしら。
でもね、それでかまわないって思えてきたの。
だって、あたしはそういう人として生まれてきたし、そう生きてきたんだから。
今の食事?我慢してるわよ、家畜ごときのお肉でね。でももう忘れられないのよ、あの特別なお肉の味が。
――ねぇ、あなた……あなたも、あたしの好みのタイプよね。細身で優しそうで、清潔感があって……ねぇ、喰べさせてくれない?指一本でもいいの。ダメ?まぁ、当然かしらね。
ふふふ……そんなに怖がらないでよ。今はこうしておとなしくしてるんだから。でもね、いつか出られるって信じてるわ。だって、あたしは犯罪を犯したわけではないもの。喰べただけだもの。だからいつかは出られるのよ。そのときにはね、一緒にどこか遊びに行かない?一緒に汗流しましょ?それから美味しいものいっぱい食べて、あたしにも美味しいもの、喰べさせてね。