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狂喰  作者: 仲島香保里
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神吉 ゆづな(4)

 そうだ。食事の質問って言ってもかなり限定的でね。「お肉」の話しかしないの。調理法……っていうより、なぜ「そのお肉」を食べたのかって聞かれるの。え?うん、そうよ。そのお肉って、さっき言ってた、どこに頼んでも取り寄せできないお肉。数はあるのに、食べられないお肉のことよ。

 で、その同じ質問を毎回されるの。でも、あたしが答える内容はいつも同じよ。だってそれ以外に理由がないんだもの。

 あたしは、食事をしているだけです。特にこの種類のお肉が好きだから、自分で料理を研究して美味しくありがたく思って食べてるだけですって。

 お店に売ってるお肉もたくさんありますね。それではダメなの?って聞かれるわ。もちろん、お店に並んであるお肉も好きよ。でもね、部位によってはものすごく高いじゃない。あたしまだ子どもよ。そんなお金、毎回出せないわ。

 この前、新しい質問されたの。

 何故、あなたは彼の肉を食べたのですか?ってね。

 「彼」っていうのよ。面白いと思わない?そりゃ雄のお肉だから「彼」かもしれないけどね。

 結構何回も聞かれるのよ、一回のカウンセリングで。あたしはなんでそんなことを何度も聞くのかがよくわからないのは変わらないわね。

 そのうち女の人がね、では別のことをお尋ねしますねって言うの。はいって答えたら、男の子の話になったのよ。

 どんなタイプの男の子が好き?って。いきなりだったからなんだかドキドキしちゃって。ちょっと考えてから、優しくて、器が大きくて、趣味を理解してくれる人。あとは、線の細い、清潔そうな人が好きって答えたの。女の人は、そうね、そんな男性って魅力的よねって言ってくれたの。女の人とのカウンセリングはそれで終わって、男の人との話になって。男の人はいつも仏頂面ね。声を荒らげるようなことはないからまだいいけど、できるだけ早く終わってほしいっていつも思う。

 男の人はね、ケイサツカンなんだって。で、その人の質問は、いくつかは女の人と同じなの。何故、彼の肉を食べたのかって。ちょっと変だなって思ったの。二人ともが、「彼」って言い方するのよ。

 そんなことがしばらく続いたわね。ある日、男の人がね、またこう言うの。何故、彼らの肉を食べたかったのですかって。

 あたし、ずっと思ってたことがうまく言葉になるなって思ったから言っちゃった。

 何故、人は牛や豚や鶏や羊の肉を食べるのですかって。

 男の人は、落ち着いた声で、あなたは、あなたの食べた肉が、何の肉かわかっているのですかって言ったの。はいって答えたわ。

 あなたは、あなたが食べた肉が、牛や豚や鶏の肉と同じだと思っているのですかとも聞いてきたの。

 うーん、ほんっと話が呑み込めない。だってお肉よ?肉を切り取る本体や部位が違っているだけで、お肉に変わりはないじゃない。

 男の人は、あなたの好みの共通点は、線の細い、容姿の整った年の近い男性ですねって言ったの。それに間違いはなかったから、頷いたわ。

 あなたの中では、「肉」といえば全て同じものなのですか。たとえ彼らでもって独り言みたいに言うの。

 え?みんなそうなんじゃないの?

 食べることって大切じゃない。栄養のこともそうだし、生きていくためには必要不可欠な行動じゃない。お肉はタンパク質が豊富なのよ。良いお肉ほどタンパク質は良質だし。炭水化物や野菜だけでは生きていけないじゃない。

 それにね、あたしたち人間は、なんでも食べなきゃダメだと思うの。貧しい国だってある。満足に食べ物が手に入らない国がある。この国は恵まれてるけど、もったいない食べ方してる人も正直多いと思うの。この前見たのよ。喫茶店で、ギャルみたいな女の人がね、料理を頼んだくせに、太りそうとか言って、ほとんど残してたのよ?作った人に対しても、食べ物自体にたいしても失礼って思わない?

 食べ物を捨てるなんて最低よ。だからね、あたしたちはなんでも食べなきゃ。

 もちろん牛も豚も鶏も食べるわよ。お肉だけを食べて生活してるわけじゃないわ。卵も食べるし、お魚だって食べるし野菜も食べる。お菓子だって食べるわ。でもそればかりだとね、いつか飽きちゃうわ。飽きたら、人はまた珍しい生き物を殺して食べられないかどうか試行錯誤する。

 そんなことしなくても、たくさんあるじゃない。一歩街を歩けば何十何百とあるわ。数の少ない生き物をやたらに食べて絶滅させてしまうくらいなら、溢れかえっている物を食べたらいいのよ。そう思わない?溢れかえっているものって、虫とかじゃないわよ。虫なんてあたし、気持ち悪くて食べられないわよ。足が一杯あるしウネウネ動くし。見るだけでも苦手なのに。どこかには、虫をたくさん集めて炒めたりして料理にしてしまうんでしょ?想像しただけで倒れそう。

 そりゃ虫もタンパク質かもしれないけど……見た目がね……あとはやっぱり量よ。足りないわ、小さな虫の寄せ集めなんて。そもそもお皿に気取ったようにこじんまり盛ってるのも物足りないの。

 あたしだってこだわりはあるのよ、いろいろ。もっと詳しく?そうね…極めつけは、喰べる直前の行動まで知りたいもの。例えばね、喰べる直前まで、何かの薬を飲んでいたら血中に薬の成分が入っちゃうでしょ?さすがにそれは喰べたくないわ。美味しいお酒を飲んでくれるのが一番嬉しいわ。アルコールのおかげで程よく味にコクが出るの。あとはやっぱり適度な運動ね。引きこもりみたいにずっと動かなかったお肉って硬いのよ。せっかくの味や風味も台無しになっちゃう。

 まぁ……なかなか理解してもらえないんだけどね……あたしの好きな食べ物のことだけは。

 あたしのこの考え方、ちょっとおかしいみたいなの。だからこの部屋にいるんだろうな。

 ――ふぅ。ちょっと喋りすぎちゃったわね。ごめんなさい。でもね、本当に久しぶりよ、外の世界の人とお話ししたの。楽しかったわ。

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