神吉 ゆづな(3)
あ、でもね。内臓全般は苦手なんだ。レバーとかハツとかね。なんだか生臭くって。それにちょっと臭うしね。なんかこう……血の臭いとか、とにかく変な臭いが強すぎるのよね。吐き気がしてきちゃうし。まぁ理由をあげたらいろいろあるわ。腐りやすいっていうのもあるし。でもね、無理に内臓を食べなくても、美味しい部位のお肉、お腹一杯食べられたら幸せだもの。それで満足よ。だってお肉だけでもかなりの部位があるし、量もあるもの。
え?そうよ。あたし、読書も好きだし音楽も好きだけど、お料理も好きなのよね。自分好みの味が見つかって、それが作れたら毎日レストラン気分よ。もっとも、毎日頑張るのも疲れちゃうから、週末とか、ちょっといいことがあった日とかね。
普段の生活?うーん…普段って言っても、本当にカンヅメ状態なのよ。カンヅメっていうより監禁よ監禁。だって一歩も外に出してくれないのよ。締切り間近の切羽詰まった作家でもないのにね。この建物の敷地内だけでも散歩させてくれてもいいと思わない?
病気があるのかって?ううん、そうじゃないのよ。健康には問題はないの。なのに、なんでなのかなぁ。病気じゃないから療養中ってわけでもないし問題行動を起こしたわけじゃないのにね。でも、なんとなくわかるの。ちょっとだけ、他の人と違ってるの。観点が違うっていうのかな。病院の先生は、個性が強いって表現をしてくれるわ。
あぁ、先生っていうのは、なんていうんだろう。セイシンカっていうところから来た先生なんだって。精神的な病気ではないと思うんだけどな。でもやっぱり、ちょっと変わってるから、カウンセリングが必要なんだと思う。
うーん……いつからここにいるんだろうな。今一九歳だから、一年半くらいになるのかな。外はどんな風に変わってるんだろう。それとも変わってないのかな。窓から見える景色は、相変わらず長閑なんだけどね。
一年半くらい前、いつも通りに生活してたのよ。あの日は今でも覚えてる。ここに連れてこられる前の日ね、一人の男の子と遊びに行ってたのよ。その子はね、あたしがよく行く喫茶店から出てきたときに男の子のほうから声をかけてきたんだけど、ちょっとタイプの子じゃなかったの。やんちゃクンって感じがしたんだけど、優しかったからいいかなって思って。よくこの喫茶店に来るねって言われたわ。本を読みに来てるって言ったら、本読む人ってすごいよねって返されたの。話してて嫌な感じではなかったな。いろんなこと聞いてくれて会話に困るようなこともなかったしね。でね、会ってから何日か後に、会う約束をしたの。その子と喫茶店に行って、珈琲とケーキを奢ってもらったわ。買い物に付き合ってもらって、その後ご飯にしたの。おいしいお肉を食べさせてもらったのよ。あたし好みのお肉だったわ。きれいな真っ赤な肉汁が溢れ出してて、霜降りもしつこくなくっていくらでも食べられそうなお肉だったの。それまではね、その種類のお肉、随分長い間我慢していたから、尚更美味しかったの。そのときのお肉は肩ロースをステーキにして食べたな。バターで焼いて、お醤油かけてって調理で。今でも覚えてるわよ、あの味。柔らかいだけじゃなくって、ちゃんと歯ごたえもあるんだけど、口の中で溶けていくようなお肉だった。ほら、こうやってお話ししててもニヤけちゃう。
それでね、そのお肉を食べた次の日に、あたしここに来たの。なんか、がっしりした男の人が三人家の前にいてね、家に入ろうとしたらいきなり目隠しされて、両手だって縛られて。ひどいと思わない?で、目隠しとかされたまま車に乗せられたの。あたし、その三人は誘拐犯で、このまま殺されるって思ったわ。でもね、不思議と怖くなかったの。怖すぎて麻痺してたのかしら。しばらく走ってたな。ずっと高速だったのかしら。ほとんど止まらなかったのよね。どれくらい走ったのかわからないけど、急に車が止まったのよ。でね、次はヘッドフォンみたいなものまで付けられて、音まで聞こえなくなっちゃったの。いよいよ殺されるって思った。逃げたかったけど、体が動かなくって。半分諦めてたわ。両腕掴まれて、無理矢理歩かされて、急に立ち止まったのよ。で、床に座らされてから、まずヘッドフォンを外してくれたの。それから手を解いてくれた。最後に目隠しね。あぁ、殺されなかったって思った瞬間、今度は別の不安が出てきたの。目隠しして車に乗ってたから、どこなのか全くわからないんだもの。そしたら三人の中の一人がね、説明したの。なんかよくわからなかった。うーん、なんだったかな……
***さんのさ――いのよう――で……って言ってたような気がする。びっくりしすぎて、うまく聞き取れなかったのよ。
で、細かい台詞は忘れちゃったけど、その人達が言ってたことは、あたしはこの部屋で暮らさなきゃいけないし、外に出ることもできない。この部屋にいて、何かのカウンセリングを受けて、何かをなおさないといけないんだって。あと……ナントカ鑑定っていうのもしていかなきゃならないんだって。さぁ?何をなおさないといけないのか、あたしもよくわからないわ。
でも、この部屋での暮らしが苦痛ってことでもないから、あまり文句はないんだけどね。ただ、週に三回ほど、大人の人とお話しするのよ。お医者さんみたいな白衣を着てる人と、スーツを着た人。白衣の人は女の人で、スーツの人は男の人よ。白衣の女の人の方が好きなのよね。話しやすくって。スーツの人はね、なんか怖いのよね。常に怒ってるみたいで。何を言ってもイライラしているみたいだし、あたしの言うことに呆れてるって態度で。
どんな話か?なぜか二人とも食事のことしか話さないのよ。「何故」とか「どうして」って言葉をよく聞くわ。
あたしもちょっと話が呑み込めないのよ。だってそうじゃない?何故お水を飲むのかって訊ねられているようなものなのよ。お水だったら、飲まないと死んじゃうじゃない。お水だけでも死んじゃうわ。だからご飯を食べるでしょ?そのご飯を何故食べるのかって聞かれるのよ。うーん、不思議で仕方がないの。