4.ビバ・紐なしバンジーの悲劇(笑)1.
4、ビバ・紐なしバンジーの悲劇(涙)
病院の屋上からレオは、まるで自分を嘲笑っているかのような青い空を見ていた。先ほどまでの自分の母親との会話で心身ともに疲れ果ててしまったレオは、逃げるようにして、屋上へとやってきていた。
「疲れた・・・」
あれから、ずっとレオに女の子としての条件などつらつらと語りだした自分の母親にうんざりしていた。
そう、嫌いじゃない。自分の母親だ。しかも一般的にはかなりかわいい自分の母親にうんざりするが嫌いになれるはずも無く。そう、あの兄弟たちの変わった性格も迷惑だが、嫌いになるほどではないと思っている。本人たちを目の前にそれを言うと、なんだかいつにもまして、うざいくらいかまってくるので言わないではいるのだが、
「絶対、ツインズなんて、寝るときまでベッドに張り付いてくる・・・」
となると、実兄にいたっては、笑顔でお風呂場まで付いて、レオの嫌がるさまを眺めている。それを、笑いながら、加わってくるのが、健兄だったりする。
「はあー。やっぱりのんびり、どこかにいきたい・・・」
けれど、どこかに行ったところで、またとんでもないことに巻き込まれることは多分、必然だろう。
「うーん・・・どこに行っても同じかあ・・・」
そんなことを考えながら、屋上の給水タンクのある、他よりも高い位置にある場所へと、登っていった。
ここで昼寝をするのが、この実菜井総合病院に入院するたびの日課になっている。
それほどまでにお世話になっているのだった。
「あんまり、お世話になりたくないんだけどなあ・・・」
自分の身体はいたって健康なのだが、どうもこの体質により、お世話になることが多々ある。昔はよく重症をおって、運び込まれていたなあと、懐かしい、あまり思い出したくない思い出にかすかにレオの目頭は熱くなった。
なんたって、誘拐されて、銃で撃たれて、重症。あの時は命の危険を感じたと、おもっている。誘拐なんて日常茶飯事だけど、命まで危うくなったのは、さすがに、そのときだけだったような気がするような・・・?
まあ、浮気がどうのこうので、刺されたこともあったなあと、これまた物騒なことを思い出していた。昔は、そんな軽いものも、対処に困り、よく刺されたり、高い階段から、巻き込まれて落ちたりしていた。そのたびに重症を追って、入院していた気がする。
まあ、年月がたつにつれ、対処法と身のこなし方をみにつけ、たいていのことはこの瞬発力や脚力。腕力はあんまり付かなかったが、かなりの体術を身につけることが出来たようなきがする。そんな自分の成長を喜ばしく思った。そう、男らしく成長することを想像して。
空には、真っ白な雲がふわふわと浮かんでいる。
屋上から見える道路には、学校から帰る学生の姿がところどころ見える。
「もう、そんな時間かあ・・・」
そんな様子を、何気なく見ながらレオが呟く。
そういえば、学校帰り、真紀の奴がこの病院によると言っていたのを、今朝の様子を思い出しながら考えていた。
「あいつもなんだかなあ・・・」
なかなか、つかみ所の無いあの性格に、どうも、自分が翻弄されているような気がするのは気のせいではないだろう。
けれど、なかなか、中学からの友人に、自分をよく見放さないでくれたと、感動も一塩だったりする。自分の体質をよく知って、助けてくれるときもあれば、傍観することもたびたびだが、決して見放すことをしないこと見ると、友人をじたいするつもりは無いらしい。
「まあ、いいやつだよなあ・・・」
そして、もうすぐ、真紀が来ることを見越して、屋上を後にしようと思い、立ちあがった。まあ、部屋にいないことに気づいた真紀は、レオがここにいることなどお見通しで、探しに来てくれるだろうが。
「がたんっ」
屋上の端のほうで何かの音が響いた。レオは不振に思いながらも、辺りを見回す。先ほどまでは、人の気配などしなかったはずだが、どこからか、聞こえてくる音に、耳を傾けながらその場所を探す。
「あ・・・!」
屋上の柵の向こうに人の姿があった。今にも飛び降りそうな勢いの自分と大して変わらないくらいの年齢の男性がいたのだった。
「ちょっ!ちょっと!ちょっと!ちょっと!何してんだよ!!」
そう、大声を上げるが気づいた様子などなく、その男は下を向いたまま、レオの声など聞こえないかのように何もない空中を見続けている。ここは十階建ての病院の屋上。落ちたら確実に怪我どころか命も確実に危ない距離である。
「ねえ、ちょっと!!」
先ほどより大きな声で、叫んでみるが、やはり耳に入っていないようだった。まるで夢遊病患者のように、心ここにあらずというような感じだった。レオは辺りを見回し、柵の向こう側にレオ自身も急いで渡った。
確実に、巻き込まれている自分の体質を考えて、けれど、ここで何もしなかったら、それこそ、自分にやけがさしてしまうのは事実。レオは、その人間に慎重に近づいて行く。こっちに気づいて、いきなり飛び降りられでもしたらアウト。
すると、光にあたり、きらきらと揺れる金色の髪と、青い澄んだ空の色のような美しい瞳がレオの蒼みのかかった黒眼に写った。
「って!早瀬じゃん!!なにやってんだ!お前!!!」
早瀬光。レオのクラスメイトだったりする。普段はとても、騒ぐタイプと言うよりも、むしろとても落ち着いて、どこか大人な雰囲気をかもしでしている。どちらかというとおとなしいタイプだったりする。そんな彼が今にも飛び降りそうになっている姿を見ると、とっさに、現代社会の自殺理由の中にいじめという単語が、レオの脳内に流れ出てきた。レオが知っている早瀬は、おとなしいが、暗くはないし、そういったタイプではないと思っていた。自分の意思ははっきりもしている。
まあ、そんなにかかわりのある訳ではないので、本当のところどうか分からなかったりする。
高校に入学してから、始めて同じクラスになったが、そんなに話したことは無かったと思う。
(もしかして、いじめられていたのか?!)
自分のいるクラスメイトを思い出し、そんなやつ、あの中にいたのか?と、思案していた。
そのような姑息なまねをする生徒はいないと信じたい。結構いい奴が多かったような気がする。
「おれ・・・」
早瀬が、小さな声で呟く。けれど、それは誰に言うでもなく呟いているだけのようだった。
(それとも、付き合っていた彼女と別れたとか!てか、付き合っていたのか?知らんがな!!)
確かに、早瀬の容姿は美形で、背も、レオよりかなり高めだ。中学の頃はたいして、レオと変わりなかったと思うが、高校に入ってから急激に伸びたと思う。何で知っているかっていうと、うらやましかったからである。そう、涙が出るくらいうらやましかったからである。顔もきれいなほうだったから、昔は女の子みたいで結構、自分となんだか失礼だが、親近感を沸いていたのである。けれど、急激な身長の伸びにその親近感も皆無になった。今もし、レオと並んで歩くことになったら、確実に、自分は男には見られないかもしれない悲しさに心痛していた。そんなことを考えながら、一体、その早瀬が何故?どうしたんだ?という気持ちが倍増していた。
「お、おう!どっどうした?何かあったのか??なんだったら話してみろ!!」
レオは言葉を慎重に選びながら、ゆっくりと言葉をかけて行く。
「・・・おれ・・・」
(それとも、何か家庭内のことで色々あったりしたのか!!父親が暴力的だったり、母親が、浮気をしていたり、とか!!)
「早瀬・・・」
レオは自分の中に広がるあまりよろしくない妄想が徐々に膨らんでいった。これじゃ、自分の母親の妄想と大して変わりないような気がする事に気づいて、急いで、頭を振った。
(まだ、早瀬は何も言っていないんだから、こんなこと考えちゃだめだ!もっと心が大きな男にならなくては!!)
容姿が小さいんだから、せめて心だけは大きくあろうと、つねづね心に誓っているのである。
「俺、無理だ・・・」
「?」
レオは何のことか分からずに、早瀬を見る。
「俺には、無理なんだ・・・」
「ちょっ。どうした早瀬?」
レオの声にはやはり、気づいた様子が無い。早瀬は両手で、自分の顔を覆い嘆くように、呟いていた。
まるでその姿は、何かにおびえているような、縋っているようななんともいえない姿だった。
まるで心の中が真っ暗な深淵に落ちて行くようなそんな様子だった。
このままでは、今にも足を何もない空中へと踏み出しそうな勢いを感じてだめだと感じたレオは
「ばかやろう!なめたことしてんじゃねー!!」
本音を叫んで、今にも飛び降りそうな早瀬に腕を伸ばした。
抱きつくようにして、早瀬に向かったが、なにぶんレオの身長よりもはるかに高い早瀬に、レオは支えることが出来なかった。そう、飛び込んだのだけれど時すでに、早瀬の身体は足の部分を空中に投げ出していた。
悲しいことに、レオには腕力が無かった。そう、腕力だけはこの成長期の段階でも身長とともに手に入れることが出来なかったのだった。
レオは早瀬とともに、空中に投げ出された。投げ出された直後、早瀬の蒼天の瞳が光を取り戻し、レオの蒼黒の瞳を捕らえた。
「え、神崎・・・?」
先ほどの深淵に沈むような気配など感じられなく、いつも、クラスで見る早瀬に戻っていたのだった。
今のこの状態をみると先ほどの雰囲気は、まるで別人のようなだった。
元に戻った早瀬に安堵しながらも、今まさに、急降下しようとする自分達の身体に、レオは早瀬を、懇親の力を込めておもいっきり、足で屋上にけり戻した。
「どりゃ――!」
レオは一人でそのまま、地面へと急降下。
このままいくと、地面にぺしゃりとグロテスクな死体が出来上がり、あの世へと迎え入れられるだろう。運がよくても重症。想像した体の痛みに眉宇を顰めながらも、考えるのは、この体質のこと
「・・・やっぱりこの体質・・・」
ため息を吐くようになんともやるせない感情が、思わず口からもれ出ていた。
けれど、あそこで、早瀬を見捨てることなどしたら、一生後悔するし、器のデカイ男を目指しているレオとしては、自分の信念に反してしまう。けれど、ものすごい速さで急降下する自分の身体と、迫り来る地面のあの硬質なアスファルトに、さすがに、
「紐なしバンジーは初めてだ――!」
泣き叫ぶように今の状況を振り返っていた。
ああ、これも人生。良きも悪きも巻き込まれて人生。
ただいま、もうすぐ三途の川を渡っちゃうかもしれない神崎玲於那。十六歳。
涙がほろりと、目頭から流れ出る。
男の子は泣いちゃだめだ!そう常々思いながらも、泣かずにはいられないそんな、心情を誰か分かってくれる人はいないかと心底考えながら、残りわずかな命を噛締めていた。
けれど、地面に激突する直前に、男らしくないが、どうやらレオの意識は途切れたようだった。意識が途切れる直前に、何か、先ほど助けた早瀬の声と、知らない腕の優しい感触がレオを優しく包んでくれたような気がした。
(お父さん、お母さん、夜兄、実兄、健兄、ちなみに真紀。とりあえず先立つ不幸をお許しください。お願いだから、夜兄は、俺が助けた早瀬を、俺と同じ三途の川だけは渡らせないでください。(助けた意味ないから・・・!)実兄と健兄、俺の遺骸の前で、指差して、大笑いだけはしないでください(イラッとくるし、悲しすぎる)母さんもこの際だからって、遺骸にフリフリレースのゴスロリ系を着せないでください(俺、生き恥じゃなく、死に恥さらしたくない・・・!!!号泣)真紀も、そんな姿を、淡々と写真に収めようとしないで下さい。(成仏が出来ないから、むしろ呪うぞ!!)たぶん、父さんだけが、まともに悲しんでくれると、思いたい・・・!(そうあってほしい!!涙)次、生まれ変わったら、今度こそ、今度こそ!何かに巻き込まれて誘拐とか、刺されたりとかしない普通の人生送りたい!切に願うよ!!)
そんな、ことを考えながら、意識を手放したのだった。