3.ママンは自由奔放主義者
3、ママンは自由奔放主義者
清潔感あふれる病院の一室。外来の受付でにぎわっている一階とは違い、受付からかなり遠い位置にある三階のいつもの利用している通称、レオちゃん部屋(ちなみに命名は母さんだったりする)毎回のように運び込まれては退院しているので、専用の部屋を何故か、夜兄さんが造ったらしい。
(だから、何故そんなことが出来るんだ!)
と叫びたいんだが、やはりあえて突っ込まない。どうしてか、あの父さんも母さんも不振には思わないらしい。ちなみにあの双子のツインズは何か知っているらしいが、レオに教えるつもりなどもうとうないらしい。
(俺が、気にしているから特に、教える気ないみたいだけれどな!あの腹黒どもが!!)
あの双子はレオが困っていることや苦しんでいることが何よりも幸福感を味わうらしい。
なんともひねくれた性格をしている。
前に何故そんなになったと、口を滑らしたら、
『レオが、そっちのほうが好きだよ。おにいたん!』と、小さい頃言ったらしい。うそだと思いたい。俺はマゾでは決してないはずだ、そう思いたい。それから、レオいじめにせいが出始めたらしい。
(んな、せいなど、出さんでいいー!)
そう、心底思うのだが、その気持ちの1ミクロンも気づいてはくれない悲しさに、涙が洪水のように流れ出てくる。
「ねえ、レオちゃん聞いてるの??」
病室の真っ白な布団に埋まりながら、そんなことを考えていると、先ほど、病室に入ってきた母さんがレオに話を振ってきた。
(俺疲れてるんだから、これ以上疲れさせないでくれー)
そんなことを思いながらも、やはり、この天然素材で、できたこの母親は気づくはずもなく、
「だから、そんなに事故にあって、身体に傷でもついたらどうするの!」
レオの母親の神埼美奈。年齢不詳。四人の母親にしては子供がいるようには見えないほどの、かわいらしさを有している。そう、子供がいるようには見えないほどの若さだ。レオと同じ栗毛色のふわふわなウエーブのかかった髪に深い澄んだ翠緑の瞳。少々ロリータ系統の洋服を見事着こなしている少女趣味な母親だった。
(かわいいし、似合っているから何も言わないが・・・)
「ねえ、母さん。それ何・・・?」
布団の隙間から見えた本日のお泊り用の服。
「え?何って・・・。一週間入院でしょ?骨とか折れてないけど、一応盛大にひかれたから、内部に損傷ないか、一応調べてもらうことになっているのよ?」
美奈は首を傾けながら今後のことについて話し出した。
(うん。そんなことは、最初に聞いていたから、知っているし、俺が言いたいのは・・・)
「ねえ、母さん。俺が聞きたいのは、その手に持っている。やたらフリフリの寝巻きなんだけど・・・」
レオが引きつりながら、指を刺している。
美奈は、ああ!と思いついたのか、微笑みながら、
「かわいいでしょ?本当は、ネグリジェがよかったんだけど、やっぱりここ病院だし、あんまりかわいいと、レオちゃん襲われたら、夜ちゃんや実ちゃんや健ちゃんが後でその犯人に何するか怖いから!そんなことないように、このくらいのかわいい寝巻きにしたの!」
かろうじて、スカートタイプではないにしろ、やたら、フリルのついたかわいらしい寝巻きがそこにあった。
「いや、そんなことを聞いているんじゃないんだけど・・・?分かっているよね。母さん」
青筋が立つのを必死に抑えながら
「分かってないのはレオちゃんでしょ!私のことは『ママ』でしょ!!」
美奈がぷりぷり怒りながら言った。
「いや、俺、十六だし、『ママ』って・・・」
「年なんて関係ないわ!それに実ちゃんや健ちゃんはちゃんと言ってくれるじゃない!」
(あいつらは、俺が言えないことを言って、強制を図ろうとしているだけだ・・・)
確実に面白がっている。そう、思うのは日ごろからのあいつらの行いだったりする。
「けど、夜兄は、『ママ』って、呼んでないけど・・・」
不満そうに美奈に、レオが言う。
「ああ、そうね。けど・・・夜ちゃん。顔が怖いから、ママって言ったら、ちょっと怖かったのよねえ・・・」
確かに、あの顔で『ママ』と聞いたら、やはり怖いかもしれない。それを、強制しなかったのは、分別があったのだろうと珍しく、自分の母親を見つめる。
「だから、『ママン』って呼んでって言ったんだけど・・・」
その言葉を聴いて、
(全然、変わってねー!!むしろ悪化してるし!!)
「けど、夜ちゃんが珍しく、涙目で『ごめん、母さん・・・』って言ったのがかわいかったから、許したのよねえ~」
美奈はほくほくした表情で、楽しそうに話す。
(ねえ、実は母さん天然じゃなく腹黒・・・??)
新たな一面に何故か、実兄さんのあの、性格と少々ダブって、遺伝って恐ろしい、そう思ったのだった。
「って!話が、変わっているけどさあ!!俺、そんなの着ないよ!」
「えー!せっかくかわいいの買って来たのに~!近頃、ママが買ってくる服、レオちゃん全然着てくれなくなったし!!ママは、レオちゃんに似合うと思っていっぱい買ってきてるのよ!!」
美奈が涙目で訴える。
「うっ!母さんが俺のためって思って、買って来てくれるのはうれしいけどさあ!忘れてない?」
伺うように美奈を見る。
「うれしいなら着てくれてもいいじゃない~!」
「何で、女物ばかり買ってくるんだよ!俺、男だから!!母さんが生んだんでしょ!!だったら分かるでしょ!!!」
「えー?レオちゃん女の子よー。ママが生んだの女の子よー?」
さらっと、言い張る美奈にレオは
「てか、現実見ようよ!俺ちゃんとついてるから!女の子にないものついてるから!!!」
「あ、そうそう、この間プリーツのミニスカート買ってきたから、退院したら、はいてみて!」
「全無視かよー!!!」
(てか、思春期の男に、んなもの着せるなよ!変な道に進んだらどうするんだー!!)
真紀といい、この母親といい、どうして、こういうのが回りにわんさかいるのだろうかと思う。
「レオちゃん、女の子だから、そんなに恥ずかしがることないのに~」
「あなた、今までの会話ちゃんと聞いていたの?ねえ、母さん」
爆発寸前のようなレオの心情など、どこ吹く風のように美奈は続ける。
「レオちゃんのほうが、ちゃんと聞いてないんじゃない。ママはちゃんと昔から本当のことを言っているのよ?」
急に、真剣みを帯びた美奈の表情に、レオは少し動揺してしまった。
「昔から言っているでしょ?あなたは生まれたときから女の子」
「え・・・?」
その言葉にさすがに、真剣に見つめてくる美奈の翠緑の瞳に焦りを感じた。
「多分、何かに巻き込まれて、男の子になったのよ!」
急に口調が明るくなって、今までの真剣さなど吹っ飛んで言った。
美奈の瞳には夢見る乙女のようなきらめきが放っていた。
「へ?」
「多分ね、ママが思うには、誰かの王子様の呪いに巻き込まれたんじゃないかしら!そして、男の子になっちゃったのよ~!!」
「・・・」
一瞬何を言われたのか分からなくて、止まっていたレオだけど、ちょっと前の真剣さなんてどこにも無く。美奈としては騙したわけではないのだろうが、
「んなわけあるかー!!」
「えー、あなたの体質ならありえるでしょ?」
不満を訴えるよう。
「妄想も対外にしろー!!」
病院内にいつもの、高校生男子には少々高すぎる声が鳴り響いたのだった。
「女の子が大声出したらはしたないでしょー」
「まだ言うかー!!」
神埼玲於奈(十六歳)。自分の周りにはろくなやつはいないかも・・・そう思い出した今日この頃・・・。
周りは単なる反抗期かしら?という具合にしか認識されないのがかなりの沈痛だったりする今日この頃。
「どっか、遠くにいきたい・・・」
この体質が無ければそう、思うのだけれど、しょうがない。体質だからしょうがない。今までもそして、これからも、ずっと続くのだろう。この、どうしようもない体質。このどうしようもない、まきこまれ人生。
病室の窓から、レオをまるであざ笑うかのような爽やか過ぎる風が、白いカーテンを揺らしていた。その先には、とても澄んだ様に美しい青い空が広がっていた。