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夢路漂泊  作者: 藤野千賀
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心霊ハプニング


 さて、今回の話にも、前回の話に登場したレディに出てきてもらいたいと思う。連続で同じ人物が登場することはそうそうないことなので、話している私たちも驚いているところだ。


 しかし、今回レディはおそらく、多分、主人公ではない。主人公は、とある少年になることだろう。しかし、私たちが先に出会ったのはレディであるし、読者の皆さんもレディに親近感を持ってくださっていると思うので、レディの側からこの物語を話しはじめることにしたい。

 レディの側から話すとは、すなわちレディが主人公というわけではないのか、という疑問は受け付けていない。それはそういうものとして納得してもらうしかない。




 今回、レディは何故か高校に通う女子生徒であった。であるからして、レディもトレードマークの赤いドレスではなく、学校の制服であるところの臙脂のリボンのセーラー服を着ていたし、顔立ちはそのままに、日本人的な黒髪に黒い目へと変貌していた。それでもレディが美少女であるということは、不変の真理として、また厳然たる事実としてそこにあるということは、もう皆さんおわかりであると思う。


 だが、今問題になるのは、レディのセーラー服姿ではないので、これ以上は言わない。さて、レディが学校に通うにあたって用意した、保護者について語ってゆきたいと思う。彼が、この物語の最初の部分における、重要人物になるから。


 彼は、変人であった。もちろん、レディと長年にわたって付き合えるからには、変人であることはその必要最低条件ともいえるわけだが、とにかく彼は変人であった。


 彼のことは、ここではミスターと呼ぶ。ミスターの後に続く名前に関しては、読者さまのお好きに、何か黄色っぽい名前を付けてくれればいい。マイケルでもジョンでも、ジブリールでも。黄色っぽい名前でさえあれば、彼は喜んでその名前を受け入れるだろう。


 今回の物語は、ミスターと主人公に近い位置付けであるところの少年が出会うところから始まる。二人が出会ったのは、サッカーの試合で、だった。




 ミスターは、そのサッカーの試合において、ラインマンを務めていた。だが、そこにあったのがミスターであるからして、ミスターが普通にラインマンを務めることができるかというとそうではないし、またそうではなかった。


 私たちは話し忘れていたのだが、ミスターがミスターであるということのうちの大きな特徴の一に、その服装がある。レディがレディたる重要な要素の一つに赤いドレスがあるというのなら、ミスターの場合は黄色い甲冑がそれであった。


 だが、想像してみて欲しい。黄色い甲冑である。お城の装飾として廊下に並べられているような、厳めしい西洋風のそれが、蛍光イエローであるのを。レディのドレスはレディにこの上なく似合っているからいいものの、蛍光イエローの甲冑が似合う人間がこの世にいるだろうか。いたとしても、そんなものが似合うなんてことが喜ばしいはずがない。

 まあ、それがミスターのチャームポイントであると本人は大まじめに思っているので、それを生温かい目で容認してやるのも、私たちに求められていることだと思う。


 そんなミスターが、ラインマンを務めるからといって甲冑を脱ぐわけがなく。ミスターはミスターのまま、つまりは黄色い甲冑のままで、その仕事を行っていた。


 こんなにわけのわからない特徴があるにもかかわらず、ミスターは目立つ人物ではなかった。それがどういう原理でそうなっているものか、私たちにはわからない。レディのように、真理と幽明の境界を彷徨い歩く人々にしかわからない方法が、きっとあるのだろう。ミスターもまた、レディ程ではないにせよ、世の理を超越していたので、彼の存在感というものは果てしなく薄くなっていた。


 しかし、そうした工作をしたところで意味を為さない人間というのは、どこにでもごく少数はいるものである。ここに語る少年もまた、そんな人間の一人であった。


 少年は気付いてしまったのだ。ラインマンとして、観客席にいる自分のすぐ前方にいる人物が、どうしてか黄色い甲冑を着ていることに。そして、その現象を、周りの人間は誰も不思議に思っていないらしいことに。

 少年は混乱した。自分だけの錯覚なのではないかと疑った。そして、もっとよくその不可思議な人物を見ようとして――。


 観客席から、フィールドへと落下した。試合に熱狂している中で、少年がこうして落下したことに、あまり注意は向かなかった。しかし、救護のために動いた人物が存在したのは確かであり、またその中にミスターが含まれていたというのも事実であった。




 少年が目を覚ますと、見知らぬ天井があった。不思議に思って身を起こし、隣にいた人物に気付いて跳ねあがった。

 大丈夫かい、と少年に声をかけた人物こそ、少年があの時覗き込もうとして席から落ちてしまった原因となる人物、ミスターだったのだから。


 少年は驚きのあまり、何も言えなかった。そんな少年に向かって、ミスターは声をかけてゆく。心配した、どこか具合の悪いところがあるかい、などと。

 そんなミスターに、少年は微かにだが緊張を緩めた。目の前のこの人物は、奇矯な格好をしてはいるが、悪い人物ではないのだろうということがわかったから。


 少年はそのまま、ミスターの家へと招待された。なぜかというと、少年が倒れてから目覚めるまでにはかなり時間が経っていたのだ。少年の家はここからは遠く、家へ帰る気力はまだあまり残ってはいなかった。




 こうして少年はそこでミスターの家に赴き、そしてそこでレディに出会うことになる。いや、ミスターの家にレディを発見した、というべきか。いやいや、そこは私たちからしたらレディの家であるわけで、レディの家へとミスターが帰ったというべきなのかもしれない。つまりは、少年はミスターが帰ったレディの家において、家の主人たるレディと対面した、というのが正しくなる。


 少年は、レディを見つけて吃驚した。なぜなら、少年はレディのことを知っていたから。これは私たちがいうような、真理を超越したという意味でのレディを知っていたという意味ではないので悪しからず。


 ではなぜ少年がレディを知っているかというと単純である。ここでレディが面白半分で高校に通っていたという、最初に話した部分に結びつくわけだ。少年とレディは、同じ高校に通う生徒で、ついでに言うとクラスメートでさえあった。


 少年の方は、レディを見つけてたじろいだ。なぜならレディは、近寄りがたい雰囲気を感じさせる美少女であったから。ただの人間、それも人生経験の浅い高校生如きが、レディのその人智を超えた偉大さを近くで感じたというのならば、当然そうなるだろう。


 だがレディの方は、少年を歯牙にもかけていなかった。レディにとって興味を引く人間は稀であったし、学校へはそういう目的のもとに通っているわけではなかったから。レディが興味を持ったのは学校という制度、人間の営みであって、人間個人ではなかった。


 しかしそれも今日までであった。レディは少年に、微かにだが賞味を抱いた。ミスターが連れてきた、ということに。しかしレディも、そういう点においては礼儀正しいので、少年という面白い存在をどうこうする優先権がミスターにあるということを忘れるつもりはなかった。なので、レディは少年に関心を抱きつつも、遠くから見守るということを選択した。




 レディがいるということで、その家にいることにひどく緊張を感じた少年だったが、レディが今までとは違い、僅かにではあるが、自分の存在を認識してくれていることに気付いた。


 それまでレディと近づきたくても、その独特の雰囲気に尻込みしていた少年は、ぽつぽつとレディと会話を試みることにした。そしてそれは成功したといってよい。レディは、普通の人間が会話を成立させるにはどこか遠大かつ超越的な思考をしているのだが、少年はそれもレディの一つの個性として受け止めた。

 ありていにいえば、少年にとってレディは「霊感少女」もしくは「電波」に近い位置付けをされてしまったということでもある。レディはそのことに薄々気づいて内心で激怒していたが、ミスターを憚ってひとまずその怒りを内心に留めておくことにした。レディを怒らせた人間の命を救うことができるくらい、ミスターがすごい人物であるということが、このことで再確認できたと思う。


 まあ、ミスターにとってはこの少年はそこまで面白い対象ではなかったので、その点でレディとミスターの思考は擦れ違ってしまっていた。しかしまあそれは仕方ない。意志伝達の齟齬というものはどこにいたとしても避けられないものだし、レディは人の考えを知る事ができるにはできるが、友人であるミスターには、よっぽどのことがない限り使うことをしたくないと常々思っていたから。


 こうした訳で、見た目の上だけでは和やかに、少年とレディの交流は成立した。あくまで、上辺でのみ。だが少年の方では、レディの内心での隔意には気付かなかった。

 少年は、高校の中においては見目も成績もよい、人気のある生徒であったため、そうした子どもが抱きがちな、自信過剰なところがあった。だから気付かなかったのかもしれない。少年にとっては不幸なことに。




 次の日、早速少年は、レディに声をかけた。周囲は驚きをもってそれを見つめ、周囲からの視線を浴びているということに少年は満足した。レディは、そんな少年の内心などはお見通しであったが、一応ミスターの知己ということで、レディなりには少年と会話を成立させる努力をした。


 そのレディなりの努力、というものは私たちの想像とはかけ離れていることを、ここでは了承してもらわなくてはならないだろう。なにしろレディは、たいていの事は何の苦労もなしにやってのけるお人であるからだ。

 レディは普段から、自分に欠点があるとすればそれは、努力をするという才能がないことだ、と言っている。まあ真理だろう。

 しかしレディが真実、努力というものができないかといえば、それは否だ。レディなりの努力の仕方というものはあり、飽きっぽいレディの性質においてそれは長続きしないのだが、それでも私たちのような凡人が行うその、遥かに上を行く成果を叩きだして余りある、という事実が存在する。


 そんなレディなりの努力をして少年との間に会話を成立させたレディだったが、そんなレディにも誤算があった。それは、少年とレディが親しいという印象を、周囲に強く与えてしまったことだ。


 そのことに、他よりも強く反応した者がいた。同じクラスの少女だ。少女は、少年に思いを寄せていた。少年の側からしたら知る由もなかったが。


 突然だが、この少女の名を水浅葱という。別にわざわざここで言う必要のないことなのだが、珍しくも私たちが登場人物の名を覚えているので、一応記しておくことにする。


 水浅葱は、どちらかというと大人しめの少女であった。しかしどこか、物事にのめり込むようなところがあった。そして、密やかに想い続けられてきた片恋は、いつしか執着のようなものにまで変じてゆく。


 さて、水浅葱だが、彼女は少年がレディに話しかけたことを、少年がレディ自身に興味を抱いたのだ、という風には解釈しなかった。水浅葱は、少年がレディに話しかけるのは、所謂「霊感少女」なるものに関心があるからだ、と判断した。水浅葱にとってレディは「霊感少女」だったのだろう。

 このような判断のもと、水浅葱は、少年に関心を持ってもらうためには、自分も「霊感少女」になればいいという結論に達した。


 その後の水浅葱の行動は早かった。一週間後には、彼女は「天才霊能者」として、テレビに映って金切り声をあげていた。その姿は、水浅葱のクラスメート達にはいたく不評だったが。

 水浅葱はインチキだ、などという声が止むことはなかったが、水浅葱自身は意に介さなかった。彼女は少年に見てもらうためだけにそうした行動をとっていたので、ある意味当然といえば当然だ。


 だが、少年がそのことで水浅葱に興味を持ったかといえば、そんなことはなかった。水浅葱は相変わらず少年にとってはクラスメートに過ぎなかったし、その騒動の後では、少し頭のおかしい奴だと思われただけだった。




 最終的に何が起こったか、ここに記しておくことにする。


 水浅葱は、ついに直接的な手段に訴えることにした。レディを力ずくで排除する、という。


 我々には、どうして水浅葱の思考回路がそのように働いたのか、正確な判断を下すことはできない。レディを排除したところで、少年の水浅葱への印象が変わるかといえば、怪しいところだ。

 だがとにかく、そういう事件が起こった。しかし、それが無謀極まりない試みであったということは、皆さんにはすでにおわかりになっていることと思う。


 レディは、そんじょそこらの人間ごときが太刀打ちできるようなお人では、到底ないからだ。そして、レディには水浅葱の側の事情などは、全く関係のないところであった。


 レディはミスターに遠慮して少年に配慮をしていただけで、それ以外の感情を持っていないのだから、当然といえばそうだが。


 水浅葱が刃物を持ってレディに襲いかかる事件を起こしたのは、ある日の放課後、学校の校門でのことだった。レディは難なくそれを避け、上手く水浅葱を昏倒させた。その間に、事件を目撃した生徒が教師を呼び、水浅葱は連れてゆかれた。


 まだ若年ということもあるが、ともあれ警察沙汰にはなった。だが、水浅葱の精神が普通ではないのは明らかだった。責任能力があるのかどうか。

 それに苛立ったのは、レディだった。レディ曰くの、「ほんの少しの悪戯心」によって、水浅葱は、僅かに残っていた正気というものを、根こそぎ奪われることになった。馬鹿な人間に意識というものは特に必要ないのではないか、というのがレディの言だ。


 原因となった少年はというと、そもそも自分が全ての元凶ということを知らずじまいだった。いや、少年自体には何の悪気もなかったのかもしれない。しかし、周囲に不注意であるということは、時として計り知れない災いを撒き散らすことがあるのだ。


 結果として、レディは少年のことを、ミスターに任せることになった。レディはミスターに、「ちょっと反省をするように促して欲しい」と頼んだ。そして、ミスターは快くそれを引き受けて実行した。「ミスターにとっての正しい方法」で。


 ミスターがしたことといえば、少年の髪をミスターにとっての、この上なく正しい色に変えてやることだった。ミスターが思うに、髪の色が正しい色になれば、それにつられて生活態度も自然と正しくなるだろう、ということだ。

 そういう理由から、少年の髪の色は、黄色くなった。それもド派手で、色々と趣味の悪い蛍光イエローに。しかも、ミスターが施したそれは、染めようが何をしようが、絶対に色が変わらないのだ。


 健全な学生にとって、髪の色は一種その品行を図るパラメータになっていることは、皆さま承知であると思う。少年はミスターの「善意」によって、この上ないハンデを背負わされることとなった。


 そうやって少年が困っているのを、レディはほんのりと笑いながら見ていた。自業自得だ、と思いながら。

 レディにとって、彼女の気分を害した罪は重いのだ。


 さて、今回のことで、学生生活に対する期待を少なからずと裏切られたレディは、学校を止めることにした。その際に色々と工作をしたようだが、私たちはその詳細を知らない。ただ、面白がって悪乗りしたミスターがはりきったので、ろくなことがなくなってしまったのは、ご理解いただけるかと思う。


 その学校は、今では呪いや七不思議等で噂の的になっている。実際に起こると評判で、しかも体験した者が多い。

 だが、廃校にすると更に災いが起こるとされているので、細々とだが存続し続けている。レディもたまに様子を見に訪れているらしい。皆さんも、上手くタイミングが合えば、偉大なる我らがレディの影なりとも拝めるかもしれない。


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