【短編ネタ作品】ある男の一日
「はぁ…はぁ…はぁ……」
その朝は、目覚めから最悪だった。目の覚めた今となっては内容は思い出せないが、夢の中でこれ以上にない恐怖に襲われ、気づいた時には全身が汗だくだった。まるで、今日という一日に起こる何かを暗示しているように感じて、彼は朝から憂鬱な気分になった。
そして、その予感は続いた。彼は眠気が少し残る体を無理矢理に動かし、そのままトイレに向かった。睡眠中に溜まった尿は、彼の中から勢い良く飛び出した。あまりの勢いに、彼はこの瞬間が永遠に続くのではないかと勘違いしたほどだ。しかし、当然そんなことはなく、彼から飛び出した尿は徐々に勢いを失っていった。
予想だにしない出来事が起こったのはそんな時だった。
「なんだと……」
勢いを失ったはずの尿は、弱いながら途切れることなく続いていた……、そう残尿だ。年齢と共に尿の切れが悪くなる、そのような話を聞いたことはあったが、まさか彼自身の身に訪れることがあるとは。
今までに無い経験に驚く中で、彼は今日の自分にこんなものとは比較できない何か悪いことが起こるのではないか、という予感に身を震わせるのであった。そう……、決して尿が終わった後の余韻で震えたわけではないのである。
朝食は、トーストとハムエッグだった。彼は手馴れた手つきで料理を始める。トースターにパンをセットし、そのままの流れでフライパンでハムと卵を焼く。彼は目玉焼きは片面派だ。黄身を半熟な状態で仕上げたものが好きで、焼くタイミングには細心の注意を払う。
その時、卵の焼き加減をじっと見つめる彼の耳に「チーン」という音が鳴り響く。トースターがパンの焼き上がりを告げたのだ。彼は急いでパンを取り出し、卵の元へ戻る。戻った彼が見たものは、少しの焦げをつけ完熟な形で焼き上がっていた目玉焼きだった。
彼の悪い予感を決定づけたのは、出来上がった朝食を食べていた時だった。突然鳴り響いた声、彼は一瞬何を言われたのか分からずに、声の方向へ視線を向けた。
「今日、最も運勢が悪いのは射手座のあなたです! 白いアイテムを持つと少しだけ救われるかも!」
そう言葉を告げるアナウンサーはとても美人だった。しかし、そんな事は曇った彼の心を晴らすためには何の役にも立たなかった。彼は憂鬱な気分のまま、避けられない運命と戦うために、自宅の扉を開けるのだった。
その仔猫に出会ったのは、魔王を倒し世界を救った帰り道だった。最愛の仲間と自身の利き腕を失いながらも、魔王に勝利し戦いに終止符を打つことができた。
「お前も、ひとりなのか?」
彼は仔猫に話しかけた。「みゃ~ん♪」と甘えるような鳴き声が聞こえ、彼が差し出した手をペロっと舐める。戦いが終わった後、一度も笑うことの無かった彼の顔に一瞬だけ笑みがこぼれた。
「一緒に帰ろうか」
彼は残った片腕に仔猫を抱えると、そのまま抱き上げ、すでに暗闇となった道を再び歩き始めた。
「名前、つけなきゃな。……そうだな、エミリー」
仔猫が「みゃ~ん」と鳴いた。最愛の人だった女性の名前を付けらた仔猫の毛色は、捨てられていたとは思えないほど、綺麗な白だった。
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余談の話と合わせて思いついたので、練習を兼ねて短編の物語を作ってみました。「物語の何を描くか」という点に意識して描いた短編です。
この日の男の行動は、
・朝起きて、普通に外出する準備を行う
・この日は魔王との最終決戦、最後の準備を整えて街から出発する
・魔王との戦いで彼の恋人が亡くなり、また自身の利き腕も失いながらも魔王を倒す
・魔王を倒したことを国王に報告、国内で盛大な祝いが開かれる
・その後帰宅
というような流れです。
普通に物語を考えるのであれば、「魔王と戦うシーン」や「恋人が亡くなるシーン」、「国中が喜びに溢れるシーン」が描かれる物語だと思います。しかし、実際に色々な物語を読んでいると、この物語でいうところの「トイレのシーン」や「朝食のシーン」のような、描きたい物語と関係の無いシーンに力を入れて描かれていることが良くあります。
こういったシーンは必要が無いというだけでなく、本筋のシーンの邪魔をしてしまうため、無い方が良いことが多いです。何度か話にでてきていますが、「読者に何を魅せるのか」というのは重要だと思います。
今回作った短編では、あえて主題になりそうな「恋人が亡くなるシーン」等を全く描かずに、本来なら物語になり得ない「トイレシーン」を詳細に描く、という「ネタ話」です。物語として描くべきシーンは間違っていると思いますが、「『読者に何を魅せるのか』を考えるための作品」、という意味では、この物語は成立すると思うので、なんと言っていいか……複雑です。さらに付け加えると、「描かれるあまりにも日常」なシーンと、「さらっと流される魔王との戦い」というギャップもネタにできていると思います。
「描くべきシーンを間違う」という部分にシニカルな意味を込めつつも、オチまで綺麗に描けたので、即興で作った割には自分のお気に入り作品になったのですが、読んでくださった皆さんにとってはいかがだったでしょうか?