第1章 空しき背中
城のメイドとして働き始めたスミレ。なにやら食堂内が騒ぎ始め…
クロがしゃべります(^_^)/
国王生誕祭の夜の出来事から数日がたった。
特になんの進展もなく、ただひたすらメイドとしての役割をこなすスミレ。
「わたし、何してるんだろう…」
休憩中、使用人専用の食堂でパスタをフォークに巻き付けながらスミレはため息をつく。
「解放されるのはいつなんだろうね」
向かいに座って『和の国』の味噌汁をすすりながらアヤメが心配そうに呟く。
スミレの成り行きを知っているのはアヤメだけである。
アヤメは面倒見が良くお陰でスミレも仕事をしっかりとこなすようになっていた。まだ何日かの付き合いなのに、アヤメはスミレにとって姉のような存在となっている。
答えのでない問題は後回しにして、食事を再開していると食堂内がざわついた。
「クロ様が…」
「…怪我」
「やはりあの噂は…」
「吸血鬼…」
断片的にあちらこちらから聴こえてくる会話。
一斉にたくさんの使用人たちが話を始める。
「何かあったようね…訊いてくるわ」
アヤメは仲間のもとへ情報を集めに行った。
そしてすぐに顔色を変えて戻ってくる。
「クロ様が吸血鬼から女性を庇って大ケガをされたそうよ!」
「えっ?クロさんが?」
あの晩の奇妙な生き物の鋭く尖る爪や牙、青白い皮膚。何よりも人ではない何かの、あの異様な雰囲気は忘れたくても脳裏に焼き付いて離れない。
思い出すだけで背筋がゾッとする。
民衆はそれを『吸血鬼』と呼んで恐れている。
最近、街では吸血鬼に女性が襲われる事件が起こっていた。
人々はその噂と、その存在に怯えながら暮らしているのだ。
そして、そんな輩にも怯むことなく斬りかかり、スミレを救い、手を差し伸べてくれたクロが怪我をした。
これだけの騒ぎが起こるほどだ。
もしかしたら…
後先考えず、スミレは食器を片付け、アヤメからクロの部屋を聞き出すと、走り出した。
「まだ、あのときのお礼言ってない!」
何日間かでこの城内の事は大分わかったが、行動範囲以外は未知の場所。
迷いながらも、なんとか、城の中間にある中庭に出る。
王子直属の護衛であるクロはその中庭に面した部屋を与えられていた。
その部屋は重たそうな扉で閉ざされている。
だが確かに中には人の気配があった。
スミレが扉の前でうろうろと開けようかどうか迷っていると、中から声が聴こえてきた。
「痛い…もっと優しく出来ないのか?」
クロの声だった。
その様子から、どうやら無事のようでスミレは安心する。
「こういうのはしっかり縛らないと悪化してしまいます!!ね、先生?」
「そうですが…指先まで紫になってますよ…」
クロの他には男女二人の声。
「…私なんかのために…」
中の女がそう呟くと、しばらく部屋中が静まり返った。
どうやら、この声の女を庇って怪我をしたようだ。
そして、急にその扉が開いた。
「あらっ?」
スミレは突然の出来事に直立してしまう。
扉の隙間から、女が顔を出した。
長いまっすぐに伸びた髪を真上に一つに束ね、意思の強そうな大人びた大きな瞳。スミレよりかはいくつか年上であろう。
「あ、あの…」
スミレが何も言えないでいると、その女はしばらく考え、クロに向かって声をかけた。
「クロさん〜可愛いお客様がお見えですよ!」
「…誰だ」
奥から声がした。
女がまたスミレの方を見る。
「あら?あなた瞳に何か…」
その言葉を聞いたクロは締め付けられていた包帯をほどく手を止め、扉の方を向いた。
「スミレか?」
「はい…」
「入れ」
そのあっけないやり取りに女は目を細めた。
「私のときはあんなに部屋に入れるのを渋っていたのに…あなたは、一体…」
少し口調に元気がなくなり、スミレを見つめる。
「さくらさんは王子の級友でしたから、クロさんは気を使っていたのですよ」
もう一人の男がニコニコしながら扉をさらに開いた。
「スミレさん、でしたか?そんなところにいないでお入りください」
長身で、黄緑色の流れる髪。優しい笑顔に白衣を着ている男がスミレを中に招いた。
「初めまして。城医のトパーズと申します。こちらは王子の魔導学校時代の級友で王子を抜き首席で卒業されたさくらさんです」
トパーズはさくらの機嫌を取るようににこやかに自己紹介をした。
「王子さまは魔導学校にいかれていたんですか…」
意外な話を聞いた気がした。
なんだかすごい人たちに囲まれて小さくなっていたスミレがやっと口を開いた。
「私は、こちらにしばらくお世話になってます、スミレと申します!」
元気良く頭を下げるスミレ。
「…お世話に?…ですが、ここの制服を着ていますが…」
「あの、えっと…」
「先生、紹介はもういい」
三人のやり取りにクロが口を挟んだ。
スミレの件はそれだけ知られてはいけないことなのだろう。
クロの様子を察したのか、トパーズはさくらを連れ王子に報告をしに行くと言って、部屋を出ていってしまう。
包帯を巻き付けてあるとは言っても、上半身の肌を露にしているクロと二人きりになってしまった。
スミレは目のやり場に困る。
「あのっ!」
「お前…」
同時に口を開いてしまう。
「お先にどうぞ」
スミレが肩をすぼめて話を譲った。
「…いや。何か困る事があったのか?」
「え?」
一番最初にクロと会ったときのあの雰囲気が嘘のように穏やかな空気をもつクロに、スミレの緊張は溶ける。
「何でもないんです!だけど、あの、クロさん、夜の街で私を助けてくれてありがとうございました!それだけ言いに来たんです」
クロは思わぬスミレの言葉に戸惑う。
「お前は、それだけを言いに来たのか?」
表情のなかったクロの口許が少し緩んだ。
「律儀なやつだ」
「クロさん、怪我、大丈夫なんですか?」
包帯が大袈裟なのか、かなりひどい怪我のようだが、そんなこと思わせないクロの様子。
「あぁ、俺は人より治癒能力が高く、切り傷くらいならすぐ治るからな」
「…でも、もう無茶しないでください」
スミレはうつむき告げる。
「心配してくれたのか…だが俺は、シロ様に命を預けた身。シロ様のためなら無茶でも何でもするつもりだ」
「…そんな…」
部屋の中が重たい空気になった。
「そんなこと言わないでください…」
小さい声でスミレが呟く。
その声が届いたのかはわからない。
「俺には記憶がない…だから、そうするしかないんだ。シロ様を護ることだけ…それだけでも俺には生きる意味がある…」
その言葉にスミレは顔をあげクロを見た。
だがもうクロはそれ以上話さなかった。
スミレも何も聞くことが出来ない。
窓から差し込む日差しにクロが照らされる。
理由はわからないが、なぜかそのシルエットは痛々しく傷だらけに見えた。
同時に、クロの背中がとても哀しく、空しいものにも見えた。
「先生…」
シロの部屋へと向かう廊下でさくらはトパーズを引き留める。
「クロさんはなぜ、シロ君にだけあんなに従うんですか?あの女の子はシロ君と関係があるんですよね?だから簡単に部屋に入れた…」
さくらはうつむき呟いた。
トパーズはそんなさくらに笑顔を向ける。
「さくらさんはひとつ間違ってますよ」
その言葉にさくらは顔をあげた。
「王子に従うだけじゃないですよ。現にあなたが無茶をして吸血鬼に立ち向かっているときいて、真っ先にあなたの元に向かったのはクロ君ですから…」
「えっ?」
「王子の話しもろくに聞かずに。だから怪我をされたのかもしれませんが…」
「…ふふっ…そうなんですか?」
トパーズの話を聞くと、先程までの落ち込みはどこかにいってしまった様子のさくらは足取り軽く歩き出した。
その後ろ姿を見ながらトパーズは微笑んだ。
「青春…ですね」
はい、以後、クロさんは余計なこと話さなくなりまーす( ´△`)過去に何が!?
すいませんが、そこまで根気よくお付き合いくださいませんか( ´△`)?
ありがとうございます♪
がんばります!!